赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Сорак Пяць(第四十五話)

 

 

 

 

 ――この時。

 

 サーシャは、システィーナが子供っぽく拗ねていることに気付いた。グレンに対して何か言いたいことがあるのも気付いていたが、それ以上にグレンに言って欲しいことがあったのだろう。

 

 要は、システィーナは、ヤキモチを焼いていたのである。

 

『ルミア、お前はどうしても来て欲しかったくらいだ』

 

『ま、頼りにしてるぜ?リィエル』

 

 確かにわからなくもない。ルミアとリィエルは、あの根性三回転半捻くれ講師にそこまで言わせたのだから。素直じゃないグレンの性格を鑑みれば、これは物凄い信頼度だと言える。

 

 別に、ルミアとリィエルの技能や能力を考えれば、おかしくもなんともない。

 

 ルミアの法医呪文はちょっとしたプロの法医師並で、中身が皇女でも現役の軍人でもあるサーシャもこの分野は敵わないほどだし、同じく現役の帝国軍魔導士たるリィエルの戦闘能力は猪突猛進の脳筋とは言え、超一級品だ。

 

 危険があるかもしれない野外の遺跡探索という枠組みにおいては、クラスの生徒達の中で、グレンが真っ先に二人を頼るのは至極当然のことだ。

 

 当然、サーシャも現役の帝国軍魔導士。ルミアの護衛任務もさることながら、万が一を考えれば、サーシャとリィエルの二人がいるだけでも探索か捗るのは間違いないことだろう。

 

 では、システィーナは?というと……

 

 結論から言うと、今回の遺跡探索ではシスティーナは必須の存在と言っても過言ではなかった。何せ、このクラス――いや、学院の中でも彼女は一番、魔導考古学に詳しいのは間違いないのだから。

 

 それに、これはグレンから聞いた話だが、先日、フェジテで騒動を起こし、再び表舞台に現れたジャティスという正真正銘の狂人をグレンと一緒に撃退したのだ。

 

 グレンと一緒だったとはいえあの狂人と戦い、撃退したという事実にはサーシャも驚きも隠せなかったが……まぁ、なにはともあれ、今回の遺跡探索にはシスティーナは必須である。

 

 恐らく、グレンもそのことを考えているだろうし、後はシスティーナが手を挙げればいいのだが……

 

(絶対、見栄とか意地とかが邪魔してるよな、これ……)

 

 システィーナの本音が、この遺跡探索に是非とも参加したいというのは『タウムの天文神殿』という言葉にかなり反応していたから、サーシャにも十分伝わっていたのだが、システィーナのなけなしのプライドと微かな嫉妬、グレンに対して素直になれない気質が本音を邪魔しているようだった。

 

 参加はしたいが、ルミアやリィエルと違って、ぞんざいに扱われるのは、嫌なのだろう(実際は、ありえなくも……ないだろうが)。

 

 眉根を寄せて、むむむ……と考え込むシスティーナを見て、そう思うサーシャ。

 

「えーと、他に誰か参加希望者いないかー?」

 

 教壇上では、グレンが生徒達に呼びかけ続けている。

 

 ほんの一瞬だけ、グレンがちらりとシスティーナを流し見たが……頭を押さえて思索に耽るシスティーナは、結局、その視線には気付かなかった。

 

 そして、何を思いついたのか、ぱぁっと表情を明るくするシスティーナ。

 

 恐らく、いかに自分の面目を潰さないようにして参加を表明しようと考えて、思いついたのだろうが――

 

「なら、僕も参加させてもらいましょうかね」

 

 システィーナに先んじて、誰かがそう宣言する。

 

 なんと意外なことに、その声の主はギイブルだった。

 

 出鼻をくじかれたシスティーナの首が、かくんと傾く。

 

「僕は先生の進退になど、まったく興味ありませんが。でも、野外の遺跡調査への参加経験は、実戦経験と同じく経歴にハクがつきますから。将来の進路選択の際に有利……もっとも、F級なんて大した肩書きにもなりませんが……ま、参加してあげましょう」

 

 そう言うギイブルを他所に、システィーナは思わず頭を抱えてがたーん、と机に突っ伏した。

 

 ギイブルに同じような理由を、先に使われてしまったのだろう。

 

(……普通に、参加表明すればいいのに……)

 

 そんなシスティーナをジト目で見るサーシャ。

 

 そんなシスティーナを他所に、ギイブルの参加表明に触発された生徒達が次々と手を挙げ始める。

 

「先生っ!俺!俺!俺を連れて行ってくださいっ!俺、遺跡探索とか、そういう冒険に憧れていたんです!な、セシル!お前も一緒に行こうぜ!?」

 

「そうだね。古代の遺跡には僕も将来、学者を目指す身として興味があるよ。僕とカッシュも参加してよろしいでしょうか?」

 

「おいおい、お前ら遊びに行くんじゃないんだぞ?まぁいい、助かる」

 

 大柄なカッシュと、細面の読書少年セシルが参加を表明し……

 

「あっ……あの……先生……わ、私も……」

 

「うふふ……私も参加させてさせてくださいな、先生?」

 

 小動物的な雰囲気のポニーテール眼鏡っ娘リンと、モデル顔負けのプロポーションを誇る美少女テレサ=レイディも手を挙げる。

 

 素直にグレンが先生でいてほしいと思い、そのために参加するリンと、実家が有力商会で、グレンが断れる状況にないところを上手く突いて、物資を採算度外視で融通。学院とのコネと取引実績を作るという目的で参加するテレサ。

 

 まぁ、どんな目的があるにせよ、これで八人。

 

 その度に頭を抱えてうめくシスティーナに、ジト目で見るサーシャ。いや、もう普通に言えよ。

 

 そして。

 

「あー、そうそう、残りの一人なんだが……これは俺の中でもう決まってるんだ」

 

「なっ――」

 

 突然のグレンの宣言に、システィーナが愕然として硬直する。

 

(……?誰なんだろう?)

 

 サーシャも、グレンの方に視線を向ける。

 

「実はな……その残りの一人、俺から頭を下げてでも同行を頼みたいやつなんだよ」

 

 グレンがそんなことを言って、システィーナの方を向いた。

 

「……お?」

 

 サーシャはまさかと思い、システィーナの方に振り向くが……

 

(……いや、待てよ?)

 

 ふと、サーシャはグレンが頭を下げてでも同行させたい生徒がシスティーナではないと思い始めた。

 

 遺跡探索になると、システィーナの魔導考古学の知見も必要といえば必要なのだが……同時に、遺跡内の碑文の解読も重要になる。

 

(そういや、このクラスに暗号解読系の魔術が得意な生徒がいたような……)

 

 まさかと思い、サーシャがシスティーナの五つ後方の席に腰かけていたある女子生徒の方を振り向くと――

 

「ウェンディ。最後の一人はお前だ。頼む、同行してくれないか?」

 

 案の定、ウェンディさんでした。

 

 がたーんッ!

 

 一方のシスティーナは、脱力のあまり、額を机に打ちつけてしまっていた。

 

(いや、だから普通に言えば良かったんでしょうが!?)

 

 そんな、サーシャがシスティーナに心の中で突っ込む一方。

 

「どうして高貴なわたくしが、そのような辺鄙な場所へ行かなくてはならなくって?」

 

 ウェンディは、頬杖をついてあさってを向いており、露骨に嫌そうにしていた。

 

 うん、わかるわかる。なんで超高貴な血筋を持つ私も行かなくっちゃならないんだろう?ルミアが行くと言ったからです。ですが、決して、ルミアのせいにはしません。私が行くと言ったのですルミアのせいにはしません(早口)。

 

「論文を書くために遺跡内の碑文を再解読したい。ひょっとしたら、今までとは違う解釈があるかもしれん。暗号解読系の魔術に関しては天才的なお前の力が必要だ」

 

「…………」

 

 何か物思うところがあるのか、押し黙るウェンディ。

 

 グレンが両手を合わせ、ぺこぺこ頭を下げる姿を見たウェンディは、やがて嘆息一つ。

 

「……はぁ……仕方ありませんわね……」

 

 渋々といった感じで、グレンに応じていた。

 

「時に見聞を広めることも民草の上に立つ貴族の務め、時に赤き血の求めに応えることも青き血たる者の義務……気は進みませんが、わたくしも同行いたしますわ」

 

 うん、わかるわかる。私も皇女だからね、赤き血の求めに応えないとね。赤き血?(ルミアを見て)いいえ思っくそ青き血の少女が行くからこそ私も行くことになったのです反省はしてません(早口)。

 

 そんな感じで、サーシャは再びシスティーナに視線を戻すのだが。

 

「……………………………」

 

 システィーナは動かない。しゃべらない。まるで石像のように固まっていらっしゃる。

 

「システィ、どうして……?あんなに遺跡調査に行きたがってたのに……」

 

「システィーナ?……ん、固まってる。……変なの」

 

 ルミアの心配そうな声も、リィエルのまるで他人事な声も、システィーナには届いていない。

 

 まぁ、グレンからの募集背景がどうであれ、この千載一隅のチャンスを、つまらない意地と見栄で間抜けに零し落としてしまったのだから無理もない話であった。

 

 周囲の生徒達も『ルミアとリィエルが参加するのに、どうしてシスティーナは参加しなかったのだろう?』……そんな疑問を顔にありありと浮かべ、戸惑っている。

 

 サーシャは、ルミアの肩につんつんと指をつつき、そっと耳打ちする。

 

「ナーシャ?」

 

「ルミア。システィーナは実は……」

 

 ごにょごにょと耳打ちするサーシャ。

 

「……あ~、そうなんだね……あはは……」

 

 サーシャから一通り聞いたルミアは苦笑いするのであった。

 

「これで調査隊の参加メンバーは決定だ!皆、協力、マジで感謝するぜ!詳しい日程と準備については、後のミーティングで!」

 

 何やら高説していたウェンディからさりげなく逃れたグレンが、再び教壇の上に立ってそう言った、その時である。

 

「……ん?」

 

 ふらふら~、と。

 

 まるで夢遊病者のように、システィーナがグレンのもとへ歩み寄っていく。

 

「な、なんだよ、白猫……さては論文書くのサボったことに対する説教だな!?」

 

 自分の前に立ったシスティーナに対し、思わずグレンが身構え、後ずさる。

 

「ち、違うっ!あれは違うんだ、白猫っ!し、強いて言うなら時代のせい――」

 

 が。

 

「……うぅ……あぅ……あぅ……あぅ……」

 

「……?」

 

「その、あの、その、あの、その、あの……」

 

 システィーナは涙目で口をぱくぱくさせているだけだ。何かを訴えかけるような懸命な表情だが……その口から具体的に意味を持った言葉が紡がれることはない。

 

「……う、うぅ~~~~ッ!むぅ~~~~ッ!ふぅ――ッ!」

 

「い、いや……マジでなんなんだ……?怖いぞ、お前……」

 

 怒ったように、拗ねたように唸るシスティーナ。

 

 まるで敵を威嚇する猫のようなその仕草に、流石のグレンもちょっと引き気味だ。

 

 システィーナの後方で苦笑いしているルミアとサーシャが、システィーナの本音を同時に手話(魔術師の必修技能の一つ)で表現し(しかも一挙手一投足が見事にシンクロしている)、ルミアはグレンへ手を合わせて、ぺこぺこ頭を下げた。

 

「…………あぁ……そういうこと?いや、俺はてっきり……」

 

 それで、ようやく察したグレンが頭をかきながら、呆れたような安堵したような顔で、ため息を一つ吐く。

 

 そして、皆の前で堂々と宣言する。

 

「つーわけで、だ。調査隊に参加する生徒達のリーダー役、お前に任せたぞ?白猫」

 

「……えっ?」

 

 その瞬間、きょとんっと目を見開くシスティーナ。

 

 そんなシスティーナに、グレンが当然とばかりに言葉を畳みかける。

 

「いや、お前は連れていくに決まってるだろ?つーか、首に縄をかけて引きずってでも連れて行くぞ?実は最初からそのつもりだったんだ……うん」

 

「どっ……どうして、私を……?」

 

「え、えーと……だって、俺、やっぱ魔導考古学そのものに関してはド素人だし……なんつーか……相談役っつーか、専門家がいるだろ?お前、古代マニアだし」

 

「せ、専門家……私が……?」

 

「ま、とにかく、お前だけは担当講師権限で強制参加だ。お前の意思など知らん。拒否れば単位落としてやるぜ、くっくっく……」

 

 いかにも悪役風に笑うグレン。

 

「な――……なんて人なの!」

 

 だが、まるで幽霊のように生気がなかったシスティーナの瞳に、力が戻っていく。

 

 

「単位を盾にして生徒に同行を強いるなんて最低!す、素直に頼めないわけ!?」

 

「悪いなぁ。俺、そんな殊勝な性格じゃねーんだ。知ってんだろ?」

 

「うぅ~~、……し、仕方ないわね!今回だけですよ!?今回だけ!こんな横暴がいつまでも続くなんて思わないでくださいね!?そもそも、この度、こんな事態に陥ったのは、先生の普段からの怠惰な勤務態度が原因であって――」

 

 システィーナは怒ったようにまくし立て、いつものように説教へと繋がっていく。

 

 だが、その浮き足立った様子は、誰がどこからどう見ても、遺跡調査に参加できることが、嬉しくて嬉しくて仕方ない……といった雰囲気であった。

 

((((やれやれ、面倒臭い子だなぁ……))))

 

 その時、グレンを含め、クラス全員の胸中が見事に一致したのであった。

 

 

 

 

 


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