赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Сорак Шэсць(第四十六話)

 

 

 

 

 それから――一週間。

 

 通常授業をいつも通り進める傍ら、遺跡調査計画の立案、スケジュールの調整、必要物資の手配、参加生徒達を集めてのミーティング、生徒達への野外活動時における生存術の指導……出発前にやるべきことは山のようにあった。

 

 そして、慌ただしく日は過ぎ――いよいよ、遺跡調査出発の日。

 

 仄かな宵闇と朝霧のヴェールが包む早朝、グレン達は屋根上に二階席もある大型の貸し馬車に搭乗し、フェジテを発った。

 

「風が気持ちいいわね……」

 

「うん」

 

 吹きさらしの二階席の一角に陣取ったシスティーナが、緩やかにそよぐ風に流れる髪をなで押さえながら、しみじみと呟き、その隣のルミアがにこにこと応じていた。

 

 フェジテ城壁北門から外に出たシスティーナ達を迎えたのは、まず辺り一面に広がる広大な農地、そして自然の息吹を感じさせる冷たく澄んだ空気であった。

 

 馬車が北上するは、フェジテと帝都オルランドを結ぶアールグ街道。

 

 その街道は、緩やかな起伏とカーブを繰り返しながら、はるか北北西先、地平線の彼方へと吸い込まれえるように消えていく。街道の西には小高い丘が姿を連ね、東には鬱蒼と茂る森、さらにその先に延々と連なる荘厳な雪化粧連峰が見える。

 

 火が上がると、空は抜けるように蒼く染まり、雲が穏やかに流れていった。

 

 若草の青い匂いが鼻をくすぐり、空を舞う鳶が笛のように通る声で鳴く。

 

 ちょうど差し掛かったすぐそばの牧草地では、羊達がもしゃもしゃと草を食んでいる。

 

 その長閑で牧歌的な風景は、見ているだけで心が洗われるようであった。

 

「やっぱり、たまには外出もいいものですわね……」

 

「うん……そう、だね……空気が美味しいね……」

 

 同じく二階席に搭乗したウェンディとリンも、いつになくご機嫌そうだ。

 

「……羊。もこもこ。たくさんいる」

 

 リィエルは眼下の羊達がとても気になるらしい。ルミアの隣にちょこんと腰かけ、眠たげに細められた目で、じ~っと穴が開くように羊を見つめていた。

 

 そして、ルミアの向かい側に腰かけていたサーシャは、そんな景色には目もくれずに複数枚の絵葉書を眺めていた。

 

 絵葉書には街の景色が描かれている。街並みと辺り一面の銀世界が描かれていることから、少なくとも帝国のいずれの都市ではないことは確かであった。

 

「サーシャ……何、見ているの?」

 

「ん?ああ、これ?東部の主要な街並みが描かれた絵葉書。趣味なんよ、これを集めるのが」

 

 羊を見飽きたのか、リィエルがサーシャの隣にちょこんと腰かけ、サーシャの手に持っていた絵葉書を覗いていた。

 

 サーシャは、リィエルに一枚、見るか?という感じで手渡す。

 

 その絵葉書は旧東セルフォード帝国連合の主要都市が描かれた絵葉書の中でも旧帝国連合の首都――冬都シリェーブリャヌイグラード――通称、シリェブヌイで、サーシャの中でお気に入りの一枚だった。

 

「……ん。綺麗な街並み」

 

「わぁ、綺麗な街並み……これってもしかして、『北海の真珠』?」

 

「そうそう、『世界で最も美しい首都』と呼ばれる我らが東部の首都でございますよ。その風景は絵葉書の中でしか今は見られないけど」

 

 受け取った絵葉書を眺めるリィエルに、ルミアが目を丸くして絵葉書を見つめる。

 

 世界最北端に位置している首都である冬都は、北海に面しており、運河が縦横に巡るその美しい街並みから、『北海の真珠』『世界で最も美しい首都』の異名を持つ都市として世界中からも観光客が訪れていた。

 

 もっとも、内戦が起きている現在は、観光は望めない。そもそも、革命が起きた地でもあるから、都市自体が破壊されているところもある。

 

 このような美しい街並みは、内戦が終わって復興しない限りは絵葉書の中でしか見られないだろう。

 

「す、凄いわねぇ……こんな綺麗な街があったなんて……」

 

「『北海の真珠』……噂では聞いていましたけど、この壮麗さ……きっと、現地に行ったら凄い景色が見られそうですわ……」

 

「うん……凄く、綺麗……それしか、思い浮かばないよ……」

 

 絵葉書だけも伝わる冬都の壮麗な街並みに、システィーナ達も感慨的に目を丸くしながら、見つめていた。

 

「ルシタニアって元々は東部諸国の中の一小国に過ぎなかったんだけど、東に領土を拡張して東方諸国まで国境を接するようになったんだよね。そのせいで、例えばシリェブヌイかた極東の都市――ヴラジヴォストークまでだと、移動だけでもかなり時間がかかるから、こういう絵葉書は東部諸国内では凄く人気なんだよね」

 

「あ、そうか。大陸の北部を丸々領有してたもんね、ルシタニアって」

 

 帝国内での移動でも、フェジテから帝都オルランドまで三、四日かかる。

 

 レザリア王国、ルシタニア大公国のように広大な国土ではないアルザーノ帝国内でもこれぐらいの日数はかかるのだから、帝国よりも遥かに広いルシタニア国内での移動だけでもどれほどの日数が必要なのかは、行ったことのないシスティーナ達ですらも容易に想像出来てしまうのであった。

 

「ねぇ、システィ。順調にいけば、日が沈む頃には遺跡に到着するんだよね?」

 

 ひとしきり、東部のことを話した後、ルミアが今回のスケジュールを思い浮かべながら、システィーナに問う。

 

「そうよ。『タウムの天文神殿』って、結構、近場の遺跡なのよね……まぁ、着くまでのんびりしましょう?」

 

 システィーナはそう笑って応じ……やがて、何かを思い出しかのように、その笑顔を次第に渋面へと変えていく。

 

「それにしても……せっかくいい風景だっていうのに、先生達は……」

 

「下の階は今、ずっとテレサのターンになっているからねぇ……」

 

 階下の馬車内に引きこもる風情のない連中に、深いため息を吐くシスティーナに、サーシャは絵葉書を眺めながら、下の階の様子をこうまとめるのであった。

 

 

 

 

 現に馬車内では――

 

「どうだ、ハートのフラッシュだッ!」

 

「あらあら、うふふ……残念です、先生。私の手はフルハウス。私の勝ちですね?」

 

「ぎゃああああああああああああああああ――っ!?うっそ、マジで!?」

 

「ぐっはっ!?このタイミングで!?テレサ、強っ!?」

 

 グレンやサーシャを除く男子生徒一同は、紅一点テレサを交えてテーブルを囲み、ポーカーと呼ばれるトランプゲームの真っ最中であったのだが――

 

「くっそ!そんな馬鹿な……ッ!かつて帝国公営カジノにこの人ありと謳われた伝説の賭博師たるこの俺が……ッ!?」

 

 テレサに為す術なくあしらわれているグレンが悔しげに頭を抱え――

 

「嘘だ……確率的に……統計的に……この展開はありえない……ッ!」

 

 ゲーム開始前、『ポーカーは運じゃありませんよ?確率と統計が物を言う知的な数学ゲームですから(キリッ)』と眼鏡を押し上げて豪語していたギイブルも……顔を屈辱に歪め、脂汗を垂らし――

 

「……天運って、本当にあるんだなぁ……あ、テレサ、メダルもう十枚貸して」

 

「さ、流石は富豪の娘だね……あ、僕も十枚」

 

 完全にテレサの養分と化しているカッシュとセシルは、すでに諦めの境地であった。

 

 まぁ、完全にずっとテレサのターンであった。

 

 グレンにいたっては、イカサマを駆使してでも、テレサに勝てない。テレサがカードを何枚か適当に入れ替えると、決まってデカい手を引き込むのである。

 

 そして、グレンは次のゲームで帝国宮廷魔導士団時代、≪隠者≫のバーナードに教えてもらった(汚い)必殺技で、テレサに勝とうとするのだが……

 

「あら……?何か流れがよくありませんね……」

 

 テレサは自分に配られた手札を見るなり、いきなり全部、捨て山に捨てた。

 

 因みに、今、テレサが捨てた手は、グレンが罠として仕込んだフォアカード。ファイブカードには及ばないが、相当に強い手である。テレサはそれを迷いなく捨てた。

 

「先生、五枚くださいな」

 

 何か恐ろしいことが起こる予感に震えながら、グレンがテレサに新しいカードを恐る恐る五枚配り……

 

「あらあら?ロイヤルストレートフラッシュができてますね」

 

「ふっざけんなぁああああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 テレサがにこやかに広げたスペードの10、J、Q、K、A……ポーカー最強の手役を前に、グレンは目を剥いてカードを頭上へ放り投げ、絶叫するのであった。

 

 完全に、ずっとテレサのターンであった。

 

 

 

 

(末恐ろしい娘……)

 

 馬車内から響いてくる悲鳴に、サーシャはテレサの本物の天運・剛運に頬を引きつらせていた。

 

 サイネリア島のピーチバレーで見せつけた、女性らしいワガママボディに、おっとりしていてその実抜け目ない性格をしていて、そしてこの天性の強運の持ち主……

 

「……チート女学生テレサじゃん」

 

「え、えーと……サーシャさん……?貴方、絶対、邪な考え持っていたよね?ね?」

 

「ま、まぁ、間違ってはいない……とは思うんですけど……」

 

 そんなテレサに対し思いついたことを口にしたサーシャに、システィーナは主にテレサのワガママスタイル――特に、テレサが持っている二つの山岳が頭に浮かび、ウェンディはこの当たらずとも遠からずなサーシャの一言に納得しかけるなど、両者はそれぞれの反応でサーシャを見るのであった。

 

 

 

 

 

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