赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Сорак Сем(第四十七話)

 

 

 

 

 数日前――

 

 フェジテ某所のアパートのある部屋に、一人の少女がベッドに腰かけており、通信魔導器で誰かと通話していた。

 

「……そう……やっぱり、そうなったのね」

 

 通信相手から聞かされた少女――アナスタシアがため息を吐いた。

 

『はい……先日のエースティ独立派による無差別テロで殺害された東部人の内、何名かが国家保安委員会の工作員であることが帝国政府に知られてしまいました』

 

「……まぁ、そうなるでしょうね」

 

 通話相手――帝国保安局情報調査室室長ボリス。

 

 ボリスの口からは、先日まで頻発していた無差別テロでの犠牲者の中に国家保安委員会の工作員が含まれていたことを帝国政府に察知されたことを報告する内容であった。

 

 独立派の犠牲になった工作員は、全員、政府機関の省庁に潜り込んでいた者達。

 

 自国の政府機関に国家保安委員会――つまり、革命政権の人間が紛れ込んでいたということがわかれば、そのままじっとしているはずもなく――

 

『発覚以降、既に何名かが帝国政府の”網”に引っかかりました。中には――我々の同胞も……』

 

「でしょうね……彼らが素直に正統派の人間って明かせば情状酌量の余地はあるかもね」

 

 やれやれ、とアナスタシアは肩を竦める。

 

 帝政派は現在二つの派閥に割れている。第一皇女アナスタシアを擁立したい正統派と、生き残りの大貴族の中から新たな皇帝を擁立したい新皇帝派だ。

 

 この二つの派閥は前者がアルザーノ帝国が、後者がレザリア王国から様々な支援を受けており、帝国と王国の代理戦争とまではいかないまでも、所々では両者の衝突が発生している。

 

 そして……両者とも革命政権子飼いの諜報機関、国家保安委員会に人員を送り込んでいる。

 

 要は、帝政派の人間だと明かしても、帝国が支援している正統派の人間ならばまだなんとかなるものの、王国から支援を受けている新皇帝派の人間ならば、生きてそこから出られるという保証はなかった。因みに、革命政権の人間ならば問答無用で封印される。

 

「貴方もヤチェクも……バレてはないでしょうね?」

 

『そこは御安心を。私達に政府の手は来てませんので』

 

「そう」

 

 重要な二人がまだ割れていないという朗報に安堵するアナスタシアに、ボリスが淡々と告げる。

 

『しかし、ヤチェクからもたらした情報によりますと、どうやら、他の独立派も帝国に人員を送り込んでいるとのこと。それと、上層部も補充だけではなく、増員する方針を昨日決定したとのこと』

 

「さらに来るの?それに増員って……?」

 

『マルトラ―ルが他の独立派にリークしたのでしょう。貴女が帝国の中に潜んでいることを。他の独立派がマルトラ―ルの言葉を鵜呑みにしていないのか、少数とはいえ、様子見を兼ねてか、フェジテに複数の人員を送り込んでいるのは確かです。上層部の増員も、独立派の動きに察知しての動きと見て違いありますまい』

 

「あれは、本当に誤算の誤算だったわ。まさか、ルミアにバレるなんて……いや、本人は確信を持っていたんじゃないんでしょうけど、私があんな反応をしたのが運の尽きだったね」

 

『フェジテにいる独立派はザスローン部隊に密かに始末させるように、一部フェジテへ派遣させます。革命派の方は、直接手を下すのはいささかマズいので、間接的にはなりますが……』

 

「それで、いいわ。フェジテにいる純血派は全滅したし、他の連中もそこまでのことをする度胸はない。白昼堂々と学院を襲うことも、街中で騒ぎを起こす可能性は限りなく低いしね」

 

 そして、アナスタシアは次の話題に移すのであった――

 

 

 

 

 ……。

 

 ………………。

 

 ………………。

 

 ヒヒィイイイイイイイイイインッ!

 

 馬の、天高く嘶いた音に、サーシャは目を覚まし、意識が現在に還る。

 

 そして、身を乗り出すと、馬車の前方と後方、森の茂みの中から、無数の黒影が飛び出してきて、馬車をあっという間に取り囲んでいた……

 

 その影の正体は、サーシャも知っていた。

 

「なんで、シャドウ・ウルフが……」

 

 今起きている状況を整理するために、辺りを見回すと……原因がわかった。

 

 周囲は、馬車は鬱蒼と茂る森沿いに進んでいた。

 

 要は、従来の街道ルートを大きく外れて進んでいたのだ。

 

「どうして?こうなってるのかなぁ?」

 

 馬車が十数匹のシャドウ・ウルフに囲まれている中、サーシャは御者台の方へ向かう。

 

 シャドウ・ウルフとは、鋭い爪と牙、らんらんと光る眼、読んで字のごとく影のように真黒な毛並みを持つ、狼型の魔獣だ。

 

 森に生息する魔獣としては、決して珍しくない存在であるが――極めて危険な存在だ。

 

 その鋭い爪牙の威力は言わずもがな、もっとも厄介なのは、人に真似できぬその圧倒的な敏捷性だ。攻性呪文にしろ、銃にしろ、並の腕では連中を捉えきれない。

 

「こんな場所に、こんな危険な魔獣が住み着いていたなんて聞いてない……御者さん、貴方、一体、どういうつもりなんですか……ッ!?」

 

「………………」

 

 だが、対する御者は、こんな状況でも無言。馬が暴走しないようにきつく手綱を引くだけで……微動だにしなかった。

 

「くっ……ッ!」

 

 歯噛みするシスティーナ。

 

「………………」

 

 サーシャは、そんな無言な御者を少しばかしの殺意が篭った目で見下ろす。

 

 この御者は一体、何を企んでいるのか?

 

 天の智慧研究会の連中か?それともそれに通じている人物?

 

 それとも……可能性は低いが、マルトラ―ルらとは別の過激な独立派の連中か?

 

 いずれにせよ、今はこの状況を切り抜けなくてはならない。

 

「これは、マズいね……」

 

 サーシャは、シャドウ・ウルフ達を見ながら難しい顔をしていた。

 

 シャドウ・ウルフは魔獣だ。

 

 『魔』という名を冠するだけあって、ただの獣ではない特殊な能力を持っている。

 

 その能力とは――『恐怖察知』。

 

 シャドウ・ウルフ達は、標的が自分達に対して抱く恐怖の感情を敏感に察知する能力を持っている。その恐怖で、標的が自分達の襲ってよい獲物かどうか判断するのだ。

 

 逆に言えば――シャドウ・ウルフ達に対して、恐怖を持っていなかったら、切り抜けるのは容易なのだ。

 

 だが、サーシャはシャドウ・ウルフ達との戦闘は避けられないと確信していた。それは、二階席にいる面々を見ればわかる。

 

「皆、怖がっちゃだめよ!怖がったら――」

 

 シャドウ・ウルフの能力を知っているのか、システィーナが警告の声を上げるが、もう遅い。

 

「あ、ぁ……う……ひぃ……魔獣……あんなにたくさん……ッ!」

 

「うう……ど、どうして、わたくしがこんな目に……ッ!?」

 

 リンやウェンディなどは、すっかり青ざめてしまって、震えている。

 

「まぁ、そうなるだろうね。まだ魔術師の卵だし、温室育ちの子供……こんな魔獣に囲まれて平静に保てるのはそれなりに実戦経験のある軍人か、頭のおかしい人だけだね。……システィーナは怖くない?」

 

「でしょうね……私も怖いんだもの……」

 

 現役の軍人であるサーシャは平然としているが、システィーナは緊張に暴れる心臓を深呼吸で乗りこなしている状態であった。

 

 非常に厄介なことになってしまった。

 

 シャドウ・ウルフは一度、獲物と狙い定めた存在に対しては非常に勇猛果敢で、退くことを知らない。こうなったら攻性呪文を前にしても恐れない。

 

 実際、システィーナ達の恐怖を察知したのか、目の前のシャドウ・ウルフ達は低く身構え、攻撃態勢だ。今や彼らにとって自分達は格好の獲物であるらしい。遠巻きに、襲い掛かる好機を今か今かと待ち構えている。

 

「厳しいね……攻性呪文の弾幕を張ろうにも数が足りないし、一体、一体、狙っていたら他のやつの接近を許しちゃうし」

 

 比較的平静を保っているシスティーナを含め、ルミアと下の階にいるグレン達を含めても、少々心もとない。

 

「……システィ、大丈夫?」

 

「わ、私は大丈夫よ。それより、リィエルは……?」

 

「ううん、駄目。さっきから揺すって呼びかけてるけど、目を覚ましてくれないよ……」

 

 こんな時に一番頼りになる小柄な少女は、ルミアの膝を枕に丸まって、すっかり眠りこけている。

 

「こんな時でも起きないって……なんでなん?」

 

「多分、昨晩、私達と一緒に遊びに行くのが楽しみで眠れなかったって言ってたし」

 

「はぁ……リィエルが眠くなるような難しい話をしてたのが、裏目に出たわね……」

 

 思わずため息をついてしまうサーシャとシスティーナ。

 

 システィーナがどんな難しい話をしていたにせよ、軍人やルミアの護衛としては失格だ。ましてや、後方にいるはずのアルベルトは中央に呼び戻されており、しばらくはフェジテに戻ってくることはないのだからなおさら自分達がしっかりしないといけないのだ。

 

(どうしたものかねぇ……)

 

 サーシャは難しい顔をしていた。

 

 手はないわけじゃない。あの槍――聖ジェルジオの槍をもってすれば、この程度の魔獣は造作もない。

 

 サイネリア島で遭遇した宝石獣のように、頭を潰してしまうこともできるし、なんなら服従させてこの先の露払い役として使うこともできる。

 

 サーシャにとって、この程度の魔獣は大したことではないのだ。

 

 では、なぜ難しい顔をしているのかというと、聖ジェルジオの槍を出すにはある条件じゃないと取り出せない。

 

 それは、自身の正体――つまり、『サーシャ』ではなく『アナスタシア』としてじゃないと槍を出すことはできないのだ。『サーシャ』のままだと槍は取り出せないし、当然、シャドウ・ウルフ達を服従させることもできない。

 

 ルミアには先の事件でバレてしまってるものの、革命政権と新皇帝派と独立派に狙われている現状、システィーナ達においそれと正体を明かすわけにはいかなかった。

 

 では、氷の人形を召喚する手段は?

 

(それが出来たとしても、召喚できるのは四、五体。それで、この数を捌くのは厳しい。一撃で相手を葬れるほど、シャドウ・ウルフもそこまで甘い相手じゃない)

 

 リィエルが起きていればまだ何とかなるが、サーシャとグレンだけじゃ、馬がやられる恐れがある。完全に怯んでいしまっているウェンディを除き、システィーナとギイブルならやれなくはないが……今の彼らの実力では、かなり手間取り、頼りにはなり難い。

 

「馬車の中や上にいる限り、連中は私達には手を出せないけど……馬をやられたら身動き取れなくなっちゃう……なんとか馬を守りきらないと……」

 

 難しい顔で、シャドウ・ウルフ達にシスティーナが狙いを定める。

 

 いずれにせよ、シャドウ・ウルフ達をなんとかしない限り、前には進めない。

 

「とにかく、御者さんは、こちらに。後で、色々と聞きたいことがありますので。場合によっては……力づくでもその口を開かせますんで、お覚悟を……」

 

 氷剣を錬成するサーシャの口から出る、聞いた者を凍えさせるかのような冷たい声に、隣にいたシスティーナは思わず一歩、後ずさる。

 

 と、その時だ。

 

「待てぃッ!てめぇらッ!」

 

 ばんっ!馬車の窓が、大音響を立てて開いた。

 

 ようやく外の様子に気付いた、我らがグレン先生のご登場である。

 

「この不届き者め!俺の生徒達に手を出そうたぁ、いい度胸じゃねえかッ!」

 

 威風堂々と腕を組んだグレンが、不敵にそう言い放ち――

 

「この俺が成敗してくれる――とうっ!」

 

 窓のさんに足をかけ、跳躍、そのまま馬車の外へ飛び出し――

 

「――ふっ!」

 

 前方宙返りにひねりを三回加え、華麗に着地を決めて――

 

 ぐきり。

 

 グレンの右足首から、変な音がした。

 

「………………」

 

 グレンはそれから数秒間、華麗に着地を決めたポーズのまま、硬直して。

 

「ぎゃああああああああああ――っ!?足、くじいたぁあああああああああああああ――っ!?」

 

 そのまま、足首を両手で押さえて悲鳴を上げ、ゴロゴロと転げ回っていた。

 

「ひぃいいいぎゃああああ!?痛すぎるぅううううう――ッ!?」

 

「「馬鹿なの、貴方!?」」

 

 頭が痛くなり、同時に突っ込むサーシャとシスティーナ。

 

「何やってるんですか、先輩!?」

 

「そ、そうですよ!ていうか、なんで舗装されてない場所に、そんな変な飛び降り方するのよ!?馬鹿なの!?」

 

 本っ当に肝心な時に頼りにならない講師である。

 

「システィ!サーシャ君!大変!先生が――」

 

「そ、そうだわ、まずいわ!」

 

 ルミアの悲鳴に、システィーナが気付く。

 

 そう、自分達は安全だ――馬車の中や上にいる限りは。

 

 だが、グレンは馬車の外に出てしまった。しかも、間抜けな負傷をして。

 

 そんな隙を、シャドウ・ウルフ達が見逃すわけがない。

 

「グゥルァアアアアアア――ッ!」

 

 それを好機と見た、三匹のシャドウ・ウルフが、馬や御者より先に、無防備に地面に転がるグレンを獲物と見定めて、一斉に駆け出した。

 

「くっ……ッ!≪雷精よ≫――ッ!」

 

 システィーナが慌てて呪文を唱え、駆け寄ってくるシャドウ・ウルフを狙う。

 

 だが、シャドウ・ウルフ達は、システィーナが放つ雷閃などひらりとかわして、空を飛ぶように跳躍し――グレンを目がけて一気に肉薄する。

 

 その鋭い爪牙が、蹲るグレンへと殺到し――

 

「せ、先生――ッ!?」

 

 次の瞬間に広がるだろう最悪の光景に、システィーナが悲鳴を上げた……

 

 まさに、その時。

 

「≪罪深き我・逢魔の黄昏に独り・汝を偲ぶ≫――」

 

 不意に、システィーナの耳へ、そんな聞き覚えのない呪文が届いた。

 

 その刹那、ひゅご、と御者台から旋風が吹き荒れて――

 

「ギャウゥウウウンッ!」

 

「ギャンッ!?」「ギャワン――ッ!?」

 

 グレンに襲い掛かっていた三匹の魔獣が鮮血をまき散らし、空に吹き飛んでいた。

 

「……えっ?」

 

 驚愕に目を見開くシスティーナ。

 

「……ん?」

 

 見れば、けろっとした顔で背中に隠していた拳銃を抜きかけていたグレンの前に……

 

「…………」

 

 いつの間にか御者が、グレンを背にかばうように立っていた。

 

「……なぁんだ、()()()()()()()()()……」

 

 御者が唱えた呪文に心当たりがあったサーシャは、突然の反撃で硬直していた一匹のシャドウ・ウルフに対して、氷剣を投擲して始末し……

 

「……せっかく、先輩の即興の演技に付き合ってあげたのに……もう、ウチらの出番はないですな」

 

 もう自分の出番は終わりといわんばかりに、サーシャは階下の馬車内に下りていくのであった。

 

 

 

 

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