赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Сорак Восем(第四十八話)

 

 

 

 結局、あの後は、御者による一方的な虐殺となった。

 

 鉄などと比べものにならないほど驚異的な剛性と靭性を兼ね備えた真銀(ミスリル)という魔法金属で鍛えられた片手半剣を手に持った御者による、一方的な虐殺。

 

 馬車を取り囲んでいた魔獣の二匹を始末する。

 

 その付近には、剣を振り抜いた御者の姿があり――

 

 しかし、それもすでに残像で、その直後に別の場所から断末魔が上がる。

 

 それはあまりの速さに、空気を裂く音すらしない無音の神速剣であった――

 

 後は、それの繰り返し。

 

 次と。次と。また次と。

 

 そして。

 

 最後のしゃどう・ウルフと御者が、地を交錯する雷のごとく、鋭くすれ違った。

 

 刹那に振るわれた剣閃が、情け容赦なく魔獣の急所を捉える。

 

 だが、本来一個の生物として、人より優れた存在たる魔獣の意地か、あるいは偶然か。

 

 その魔獣の爪牙が、すれ違う御者の外套を……びり、と裂いていた。

 

 鮮血をまき散らし、どさり、と地面に前のめって倒れ伏す最後のシャドウ・ウルフ。

 

 その一方で。

 

 吹き抜ける風に嬲られ、破れた外套が御者の身体を滑り落ちていき……

 

 途端、フードの奥から眩い金髪がまびろ現れる。黄昏に燃え上がる麦穂のように燦然と輝くその髪が、風に乗ってさらりと棚引き、見る者の網膜を鮮烈に灼いた。

 

 野暮ったい外套の下から現れた、黒いゴシックドレス。

 

 その艶美で優美な曲線を描く御者の背格好には、見覚えがありすぎる、その正体は――

 

「あ……、あ、アルフォネア教授っ!?どうしてこんな所に!?」

 

「や。皆、元気かなー?」

 

 一同を振り返りった御者は――セリカ=アルフォネアであった。

 

 

 

 

 どういうわけか、雇った御者といつの間にか入れ替わっていたセリカ。

 

「悪いな。別にお前達を怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、『タウムの天文神殿』へ向かうならこっちの方が近道だったんでね……魔獣がこの近辺に渡って来てたのも予想外だったし……すまん、すまん、余計なお節介だったな」

 

 まったく悪びれもせず、そう言ってのけ……

 

「さて、唐突だが……私もついていってやるよ、グレン。私の力を貸してやる」

 

 セリカは、なぜかグレン達にそのまま同行を申し出ていた。

 

「もちろん、私は何も口出ししないぞ?今回の探索隊の隊長はお前だ。私は隊長の指示に従う一人の隊員って扱いでいい」

 

 悪戯っぽく笑うその姿からは、その真意はまるで見えない。

 

「ま、腐っても枯れても、それなりに名高き第七階梯だ。……上手く使えよ?」

 

 だが、追い返すわけにもいかず、むしろ今回の旅程における生徒達の安全面を考慮するならば、世界最強の魔術師たるセリカの同行は願ってもない話だ。

  

 セリカの参加はそのまま、なし崩し的に決定してしまうのだが……

 

 

 

 

(まぁ、こうなるよね……うん知ってた)

 

 サーシャは、この展開がわかっていたとばかりに馬車内を見渡していた。

 

 正午にさしかかることで日差しが強くなり、吹きさらしの二階席にいると余計な体力を消耗してしまう……ということで、セリカと交代で御者台にいるグレンと側にいるルミアを除いての生徒一同は馬車内に集まっていた。

 

 当然、セリカも馬車内の隅の席に腰かけたのだが……

 

(ど、どうしてアルフォネア教授ほどの御方が……?)

 

(あの生きた伝説が……俺達と一緒に……?ま、マジか……?)

 

(な、なんか緊張するよぅ……)

 

 生徒達はセリカの席からなるべく離れた位置の席で固まって、縮こまっている。

 

(拝啓、お父様、お母様、お元気ですか?……今、馬車内の雰囲気は最悪です)

 

 システィーナもそんな馬車内の様子に、ため息を吐いていた。

 

 無理もない。確かに生徒達は、アルザーノ帝国魔術学院に、セリカ=アルフォネアという大陸最高峰の魔術師が籍を置いているのは知っていたし、学院内でその姿を見かけたこともある。グレンとセリカが実は師弟関係であるという話も知っている。

 

 だが、このセリカ=アルフォネア。東部諸国でもその名が広まっている彼女には良くも悪くも様々な噂や逸話、伝説があるのだ。

 

 近代魔術史の教科書に、度々名前が出てくるのは、まだ序の口。

 

 曰く、二百年前の魔導大戦で邪神の眷属を殺した英雄、曰く、とある町一つ虐殺した殺戮者、曰く、帝国軍で戦略兵器扱いされていた≪灰燼の魔女≫、曰く、実は古代の魔王の生まれ変わり――等々、枚挙に暇がない。

 

 おまけに、学院で授業やクラスを受け持たないセリカは、ただでさえ生徒達とまともに言葉を交わす機会がほとんどない。その魔性の領域に達した美貌も、精緻すぎるがゆえに冷たさと硬質さを醸しだし、一種、近寄りがたい雰囲気を演出している。

 

 そんな、あまりにも雲の上の人物が、これから数日間、自分達と行動を共にするのだ。

 

 生徒達が緊張に身構えるのは当然であった。

 

 カッシュやギイブルらは女の子達の手前、男の意地で平然を装い、ウェンディら女子生徒達はとにかくセリカから距離を置いている。リンなどは怯えまくってテレサの背中に隠れてしまっている始末である。

 

 何も背景がなかったリィエルと違い、セリカに纏わる人離れした膨大な背景が、セリカと生徒達の間に、図らずも大きな距離と溝を生み出している。

 

 サーシャやルミア、システィーナ、リィエルなど、グレン繋がりで、セリカと面識がある生徒を除き、生徒達はセリカという規格外の存在に完全に委縮してしまっいた。

 

「~♪」

 

 当の本人は、我関せずとばかしに、余裕の表情で本などを開いたりしているが。

 

「……アルフォネア教授」

 

 さすがにこのままの空気で、目的地に向かうのはちょっと……と思ったサーシャがセリカに話しかける。

 

「教授はどうして今回の遺跡調査に?」

 

「……ん?……理由か?理由……そうだな……」

 

 セリカは本に落としていた視線を外し、ちらちと前方へ向ける。

 

 前方の小窓からグレンが馬車内の様子を覗き込んでいたような、気がした。

 

 セリカは、しばらく前方を向いて……ふっと穏やかに口元を緩め……

 

「……別に?……なんとなく、だ」

 

 再び本に視線を落としながら、そんなことを言った。

 

「なんとなく……ですか?」

 

「そ。なんとなく、だ」

 

「そうですか……」

 

 どうも理由について話す気はないらしい。どこか拒絶の意志を感じた。

 

 が、サーシャはこれがセリカ=アルフォネアという人なんだろうと思い、諦めて会話をそこで終了してしまった。

 

「え、ええーと……」

 

 せっかくこの空気がなんとかなると期待していたがすぐに終わってしまったので、システィーナは困ってしまう。

 

「そ、そうだ、教授!ちょっと聞きたいことがあるんですけど!?」

 

「……ん?」

 

「さっきの魔獣退治の時なんですが、なんでわざわざ剣を使ったんですか?教授なら普通に攻性呪文を使えば、もっと簡単に……」

 

「……?いや、だって……あの位置で私が攻性呪文ブッパしたら、お前達まで吹っ飛んじゃうじゃん?地形も霊脈も変わっちゃうだろうし……」

 

 何を誇ることもなく、さも当然、とばかりに言ってのけるセリカ。

 

 どんだけなのよ……頬を引きつらせながら、システィーナはさらに続ける。

 

「そ、それにしても、たった一人であれだけの敵を撃退しちゃうなんて……凄いなーっ!憧れちゃうなーっ!?」

 

「ははは、フィーベル。お前、私のこんな噂を知らないか?」

 

「え?」

 

「曰く……セリカ=アルフォネアは、たった一人で数万の敵国軍を皆殺しにした……ってな?それと比べたら、あんな雑魚共……くっくっく……」

 

「え、……ええー……?そ、それは本当の話で……?」

 

「……さぁ?どうだったかなー……?どっちだと思う?」

 

 冗談とも本気ともつかない曖昧な返答で、悪戯っぽく笑うセリカ。

 

(う……逆効果だわ……)

 

 システィーナは掌で顔を覆って、ため息をついた。

 

 セリカのこの人を食ったような態度は別に珍しいものではなく、実にいつも通りだ。

 

 だが、今は拙い。今のやり取りを聞いた生徒達は、ますます萎縮してしまっている。

 

 セリカに限っては、どんな馬鹿げた話でも『嘘』と断じきれないのだ。『本当』でもおかしくない……それだけの力が、セリカにはある。

 

 セリカもそれを理解して、生徒達を脅かして楽しんでいるような節がある。

 

「ふふっ……」

 

 小悪魔的な笑みを浮かべ、セリカはちらちらと生徒達を流し見ていた。

 

(この人……)

 

(も、もう……この人ったら……っ!)

 

 あの弟子にして、この師匠あり。良くも悪くもセリカはグレンの師匠らしい。

 

 さて、どうしたらいいものか……サーシャが呆れ、システィーナが辟易していると……

 

「……ん……?……セリカ……?」

 

 ぼそりと、リィエルの呟きが馬車内に漏れる。

 

 見れば、馬車の座席の片隅で丸くなっていたリィエルが身を起こし、眠たげにお目々をこすっている。今、ようやく目覚め、セリカの存在に気付いたらしい。

 

「……いたの?セリカもくるの?」

 

 リィエルは、ひょいひょいっと器用に座席を乗り越えて移動し……

 

 セリカの隣の席に、ちょこんと飛び乗り、セリカに顔を寄せた。

 

 意外かもしれないが、なぜかリィエルはセリカに懐いている。

 

 サーシャもだが、リィエルが帝国宮廷魔導士団に入団したときは、すでにセリカは退団していたので、二人は直接的な面識があったわけではない。が、グレンを通してセリカと知り合ったリィエルは、以来、どういうことかセリカによく懐くようになった。

 

 リィエル曰く『なんか、他人のような気がしない……よくわからないけど』とのこと。

 

「まあね。私も一緒に行くことにしたんだ。よろしくな?」

 

 セリカは微笑みながら、リィエルの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 どうやらセリカも、リィエルに懐かれるのは満更でもないようである。

 

「……そう。……何を読んでいるの?」

 

 早くもリィエルの興味は、セリカが開いている本へと移っていた。

 

「これか?これはな……『メルガリウスの魔法使い』っていう童話さ」

 

 本を開いてリィエルに見せるセリカ。

 

 リトグラフという技法によって四色印刷された挿絵はとうに色あせ、活字で印刷された文章は所々霞んでいる。童話と銘打つには文章量が多く、重厚な本だ。挿絵が多い小説と呼んでも差し支えないくらいである。

 

「ん?”左手に魔法を打ち消す赤い魔刀……右手に魂を喰らう黒い魔刀……夜天の乙女が課した十三の試練を乗り越えて……十三の命を得た、魔煌刃将アール=カーン”?」

 

 リィエルが目を細めながら、眼前に開かれた本の内容を、たどたどしく読み上げる。

 

「”ついに……魔王にすら……その刃を向けて”……?なに、これ?」

 

「……『メルガリウスの魔法使い』の序章の山場だわ」

 

 不意にシスティーナが口を挟む。

 

「いわゆる主人公の『正義の魔法使い』が登場するのは第二章から。それまでは魔王とその配下の魔将星達がいかにして魔王の下に集い、天空城を作ったか……という話ね。中でも魔将星が一柱、魔煌刃将アール=カーンは序盤の狂言回し的な役割を担っているわ」

 

「ほう……詳しいみたいだな?」

 

 セリカが感心したように、システィーナを流し見る。

 

「え?あ、はい……私達メルガリアンにとっては、この本も重要な研究資料ですから」

 

 童話『メルガリウスの魔法使い』。

 

 空に浮かぶ城を舞台に、正義の魔法使いが、人々を苦しめる悪い魔王をやっつけて、囚われていた姫を助け、皆を笑顔にする……大体、そのような話である。

 

 これだけ聞くと完全に子供向けの話だが、作中には様々なミステリーや謎解きようそ、主人公の葛藤を描いた重厚なドラマがある。時に敵である魔王やその配下達にもスポットが当たり、群像劇のような体にもなっており、案外大人も楽しめる作りだ。

 

「これはただの童話じゃありません。帝国各地に残った伝説や民間伝承を集め、著者のロラン=エルトリアが独自の解釈の下、編纂した古代神話大成でもありますから」

 

 すると、セリカがくすりと笑い、本を掲げて見せる。

 

「これは子供の頃のグレンが好きだった本でな……今回の旅の道中の暇つぶしに、何か本をって思って書架をあさってたら、これが目に留まってな……懐かしくて、つい」

 

「……えっ?」

 

 セリカの言葉に、システィーナが目を瞬かせる。

 

「……い、意外だわ。先生がそんなものを好んでいたなんて……魔術なんて人殺しの道具だ~なんて豪語する先生なら、真っ先に下らないって言いそうなものですけど……」

 

「今はヒネちゃってな。確かに魔術は人殺しの道具という一面もあるが、決してそれだけじゃない……あいつも、腹の底ではわかっちゃいるんだろうが……」

 

(まぁ、そうだろうなと思っていたけど……)

 

 やれやれ、とセリカが苦笑し、肩を竦めて見せる中、サーシャは現役時代のグレンのことを思い出す。

 

 今もそうなのだが、特務分室時代のグレンは、一言でいうなら”十を救う”だった。

 

 必要なら、九を救うために一を切り捨てるアルベルトや、どんな犠牲が出ても、それが効率的なら容赦なくやるイヴとは違い、十を救うために動いていたのが、あの時のグレンだった。

 

 そんなグレンだから幼少期はきっと魔術が大好きで、『メルガリウスの魔法使い』などを読んで将来、正義の魔法使いになりたいという夢を持っていたであろうことは、容易に想像できた。

 

 宮廷魔導士団時代に重なった不幸――一年余前のジャティスが引き起こした事件でのセラというグレンの唯一の理解者でもあり……恐らく、お互いに想い合っていたであろう女性の死が決定的となり、一時は生きる気力がなくなってしまっていたが……昔は純粋で真っ直ぐな子であったのだろう。何より、今も何かあれば、生徒たちのために身体を張っているのだから。

 

「――だからな……お前たちには、本当に感謝しているんだ」

 

 サーシャがグレンのことで物思っている中、どうやらセリカは何事か――恐らく、グレンのことについて長々と生徒達に語っていたらしい。

 

 複雑そうな表情をしていたセリカだが、不意に、自分に視線を集める生徒達を見回して、笑っていた。

 

 黄金色に輝く麦畑を照らす、暖かい陽光のような笑みだ。冷たさなんて欠片もない。

 

 数々の悪辣なる噂や、信じがたい武勇を持つ女と……同一人物とは思えない。

 

 そんなセリカの不意討ちに、息を吞み、目をぱちくりさせて戸惑う生徒達。

 

「グレンのやつが、またああして元気にバカできるのも……きっと、お前達のおかげなんだろうな。私一人がべったりと、あいつを囲って、甘やかして、守っていても……あいつはきっと立ち直れなかった……だから……ありがとうな」

 

 この話はもう終わりだと言わんばかりに、セリカが再び本を開き、視線を落とす。

 

 そのジェスチャーの通り、セリカはこれ以上、何も語らなかった。

 

 半開きの窓から、緩やかに風が吹き……セリカの豪奢な髪が緩やかに棚引く。

 

 そんなセリカの姿に、ウェンディやリンら生徒達も、あるいはすでにセリカと面識がそれなりにあったサーシャやシスティーナすらも、この時、悟ったのだ。

 

 

 まるで、悪魔か魔人であるかのように、人々に語られ、噂され、畏れられるセリカ。

 

 なんていうことはない。

 

 そんな彼女も自分達と同じ……ただの人間であったのだ、と。

 

 

 

 

 

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