赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Пяцьдзясят Адзін(第五十一話)

 

 

 

 

「……ん」

 

 謎の『扉』に吸い込まれるように飲み込まれた後、サーシャは瞼を開ける。

 

 仰向けに倒れていたサーシャの視界に映ったのは石造りの天井。

 

「……もう。一体、何があったっていうのよ……ていうか、ここはどこなの?」

 

 むくりと上体を起こしたサーシャは、周囲の様子を確かめる。

 

 天井は、床、壁、全てが石造りの小部屋の真ん中であった。サーシャの傍らには、小型モノリスがある。石のブロックを積んで建築されているため、タウムの天文神殿内ではないことは間違いない。

 

 どうやら、あの『扉』のせいで、ここに飛ばされてしまったらしい。

 

「……先輩につながるかしら?」

 

 そういってサーシャは、懐から通信魔導器を取り出そうとするが。

 

「!」

 

 その時になってようやくサーシャは自身の状態を理解した。

 

 雪のように白い髪が床までさらさらと流れ、美しい河を作っている。服装も学院の制服ではなく、白のワンピース姿。

 

 つまり、今のサーシャは『サーシャ』じゃなくて……

 

「……危なかった」

 

 今のサーシャは、『アナスタシア』であった。

 

 このまま気づかずにグレンに連絡取ろうものなら、面倒なことになっていたのは間違いなかったことだろう。

 

 それでも、通信が出来る状態なのかは確かめたいから、アナスタシアは通信魔導器を起動し、グレンを呼び出す。

 

 だが。

 

「……つながらない」

 

 グレンが通信魔導器を取る様子はなく、そのまま呼び出し音がなるだけだった。

 

 とりあえず、自分が謎の『扉』に呑み込まれてグレン達の前から姿を消してしまった以上、グレンはなんらかの方法でここに来るのは間違いないだろう。今でも、その方法を模索しているかもしれない。

 

 あの人が見捨てるなんてことは、外道魔術師などよっぽどのこと以外はないのだから。

 

 だから、アナスタシアは、グレンが来る前に『サーシャ』の姿に戻ろうと指を鳴らすのだが……

 

 …………。

 

 ……。

 

「……え?」

 

 何も起きない。

 

 いつもなら、指を鳴らすだけで仮初め(サーシャ)の姿と本物(アナスタシア)の姿に自在に変身することができるのだが……なぜかできない。

 

「ちょっと……」

 

 もう一度指を打ち鳴らすアナスタシア。

 

 だが、結果は先ほどと同じ。

 

 その後も、何回も指を打ち鳴らすが……アナスタシアが『サーシャ』の姿に変身することはできなかった。

 

「……なんで?」

 

 ひとまず指を打ち鳴らすのを止め、ため息を吐くアナスタシア。

 

 非常に不味いことになってしまった。このままではいろいろと不味い。

 

 ふと、自分の傍らを見るとそこには槍が無造作に置かれていた。

 

 聖ジェルジオの槍。

 

 ルシタニア大公家――東セルフォード帝国連合皇族の始祖となった聖ジェルジオが、当時ルシタニアを含む東部を荒らしまわっていたドラゴンを一突きで殺した、竜殺しの槍。そして、その聖ジェルジオの末裔ともいわれるルシタニア大公家が所有している家宝であり、現在アナスタシアが大事に持っている家宝である。

 

 その槍をアナスタシアは手に取る。

 

「……ねぇ、どうして……?」

 

 その槍に向かって話しかけるアナスタシア。

 

「どうして、私の変身を解いたの?どうして、何の断りもなしに『あなた』が出ているの?」

 

 何やら意味不明なことを呟くアナスタシア。

 

 物に向かって意味不明なことを話しかける今のアナスタシアの姿を見たら、引く者数多であることだろう。

 

 しばらくすると。

 

「……って、答えてくれるわけないか」

 

 諦めたように肩を落とすアナスタシア。

 

 だが、原因がわからないがこうなってしまった以上、考えてもしょうがない。

 

 アナスタシアは頭を切り替え、自分が謎の『扉』に呑み込まれる前の状況を整理することにした。

 

 謎の『扉』が現れ、呑み込まれる直前に見たのは、天象儀装置を操作するモノリスにシスティーナとルミアが呆けていた姿であった。

 

 あの状況から察するに、二人が操作モノリスに何らかの操作をして、あの『扉』が出現したものだと推測できる。

 

 操作したのはシスティーナでルミアが彼女の側にいたということは、システィーナがルミアの能力アシストをこっそりと使っていたということだろう。

 

 ルミアの能力は『感応増幅能力』――触れている任意の相手の魔力を一時的に超増幅させ、結果として魔術を強化する異能だ。先日のフェジテでの事件の時、旧エースティ公国の過激な独立派の首領マルトラールを追撃する時にアナスタシアもルミアの能力アシストを受けたことがあった。

 

 システィーナがルミアの異能を使って、天象儀装置の調査をしていた時にあの『扉』が出現した……ということなのだろう。

 

 そして、自分が呑み込まれて、現在に至る。

 

「……なんか、妙ね」

 

 ここまで状況を整理したアナスタシアは、ある違和感を抱いていた。

 

「前情報によると、あの天象儀装置は何人もの高位な魔術師が調査したけど、その結果のどれもが”ただの天象儀装置”だったらしいじゃない。でも、そのただの天象儀装置からあの『扉』が現れた」

 

 普通、あり得ないのだ。何人もの高位の魔術師――その中には、件の天才魔術師も術式も徹底的に調べた結果がただの天象儀装置だったのだ。あの『扉』がその時に出現していたのなら、学会でその論文が堂々と掲載されていることだろう。

 

 だが、そんな記述がなされた論文は出てきてないし、だからこそ『タウムの天文神殿』の価値が低いのだ。

 

 その価値の低い遺跡の、ただの天象儀装置から、あの『扉』が出現したのだ。つまり、それは今までの魔術師達に見えない術式がその魔術師達よりも階梯が低いシスティーナには見えていたことになる。

 

 そんなこと、今まで調査してきた魔術師や学院の教授陣に話してみたらどういう顔をするだろう?信じられない……十中八九そういう顔をするだろう。

 

 それほど、あり得ないことが起きてしまった。ルミアの能力であり得ない現象が起きてしまったのだ。

 

(ルミアの『感応増幅能力』……何か()()

 

 思えば、先の遠征学修旅行先の事件。

 

 ルミアは、とある外道魔術師に囚われ……『Project:Revive Life』の儀式に、術式の一つとして組み込まれ、能力を強引に使わされたことがある。

 

 だが、先述したが『感応増幅能力』とは、本来、触れた相手の魔力を一時的に増幅させ、結果的に相手が行使する魔術を強化するだけ――それだけの能力なのである。

 

 だから、どれだけルミアの能力を酷使させようが、元々から理論的に達成が不可能であった『Project:Revive Life』は――成功した。成功してしまった。

 

 今回の件も――恐らく、それと同じだ。

 

(ルミアのアシストを受けたシスティーナが見た術式は、近代魔術では解析が不可能だった古代魔術の術式かもしれない。ルミアの能力がそれを見せた)

 

 ルミアの能力には、不可能を可能にしてしまう『何か』があるのだ。

 

 そして、それこそが――恐らく、天の智慧研究会の狙い――

 

「……色々と疑問に思うところはあるけど……それは置いといて、今は……」

 

 そう、今はそれよりも目の前に置かれているこの状況を打破することを考えなければならない。

 

 改めて部屋の周囲を確認するアナスタシア。といっても、小型モノリス以外、特になにかがあるわけではなく、アナスタシアは小型モノリスの前に立つ。

 

「さて……私にもシスティーナが見たと思われる術式が見えるのかしらね?普通なら無理でしょうけど」

 

 そう言って、アナスタシアは黒魔【ファンクション・アナライズ】を起動する。

 

「…………」

 

 ……そして、すぐに。

 

「……駄目ね。どこをどうみてもそれらしい術式なんて見当たらない。やっぱり、近代魔術では解析できないし、ルミアの能力で見えたということがこれで確定したわ」

 

 それがわかったら、もうこの小型モノリスを調査する必要はない。

 

 アナスタシアは、先に進もうと槍を手に持ち、部屋を出る。

 

 アナスタシアが部屋を出た先にて。

 

「な……」

 

 眼前に広がる光景に、アナスタシアはただ呆然とするしかなかった。

 

 天井、壁、床、全てが石造りの通路の光景は、はっきりいえば異常であった。

 

 そこには、そこかしこに干からびた死体――無数のミイラが転がっていたのだ。

 

 しかも、皆一様に恐怖と無念の形相に、その顔を歪ませて――

 

「……な、なにが……あったの……?」

 

 激しく動悸する心臓を押さえつつ、アナスタシアは足下のミイラを恐る恐る検分する。

 

 その朽ちかけた独特な衣装と、手にした杖から察するに……

 

「……()()()……?しかも、()()……?でも、この傷って……?」

 

 謎のミイラ達は例外なく、焼け焦げていたり、身体の一部を欠損していたりと外的損傷が激しかった。恐らくは、それらの外傷が生前の彼らの命を刈り取ったのだ。

 

 つまり、これは明らかに……

 

(……殺された?……誰に?かつて、ここで一体、何があったの?このミイラ具合からして……殺されてから相当、時間が経っているみたいだけど……?)

 

 と、その時だ。

 

「……うっ」

 

 不意に感じた目眩と吐き気に、アナスタシアが片膝をついて頭を押さえる。

 

 気分が悪い。空気が悪い。漂う濃厚な『死』の匂い。こうして、ここにいるだけで背筋から熱が奪われていくような……正気が、命が削られていくような気配……

 

 この階層には、何か良くないモノが充満している――

 

「くそ……」

 

 駄目だ。正直、恐ろしい。震えが止まらない。

 

 ここは――地獄。怨嗟と死の穢れに満ちた、呪われた空間だ。

 

 きっと、生きている人間が足を踏み入れていい場所ではなかったのだ。

 

 ここはマジでヤバい……呑み込まれたとはいえ、ここには二度と来たくない。

 

 己が理性とは関係なく、否応なしに、アナスタシアの中で様々な感情が渦巻いていくが――

 

「……落ち着け……落ち着くの、私……」

 

 この状況を打破しなければ待っているのは死。その状況を前に、アナスタシアは深く深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。

 

 そして、前に進めようとした……その時だ。

 

「…………」

 

 ふと足を止め、周囲に数本の氷剣と氷の人形を召喚する。

 

 直後、ずる、……り……、と、後方から何かが這う音が響いた。

 

「――ッ!?」

 

 音に反応し、アナスタシアが振り返る。

 

 アナスタシアが指先に魔術の光を灯し、その音がした方向へと向ける。

 

 すると、後方にある曲がり角から、長い髪の女が這い出してくるのが見えた。

 

「教授?いったい――」

 

 アナスタシアがその女に向かって歩き出して――その足は数歩で止まった。

 

 違う。セリカじゃない。

 

 ずるり。

 

 その女には……左腕がなかった。

 

 ずるり、ずるり……

 

 もっと言えば、その女には下半身もなく、干からびた臓腑を引きずっていた。

 

 ずるり、ずるり、ずる……り……

 

 女はそのまま、石像のように固まったアナスタシアに這いずりながら近付いてきて……幽鬼のように振り乱した髪の隙間から、アナスタシアを恨めしそうに見上げ……

 

 その眼窩に眼球はなく、無限の闇色が湛えられていて……

 

「……ッ!≪殺れ≫ッ!」

 

 硬直から解放されたアナスタシアが女に指差して詠唱し、浮遊する氷剣を飛ばす。

 

 ドス、ドス、ドス、ドス、ドス――ッ!

 

 女の頭、右腕、上半身に次々と刺さりまくる氷剣。瞬く間にハリネズミと化す女はそのまま動かなくなる。

 

 だが、それで終わりではなかった。

 

「――ッ!?」

 

 突如、アナスタシアの足下のミイラ達が動き出し、素早く彼女の足に取り縋ろうと、彼女の背中に組み付こうとして――

 

 二体の氷影がミイラ達を撫で切る。

 

 こうしている間にも、周囲のミイラ達が次々と動きだし、身を起こし始め、死霊達がどこからともなく現れ始める。

 

「ちょっと、ちょっと、ちょっと――ッ!?」

 

 そのあまりの数の多さに、アナスタシアは捌ききれないと脂汗を流すが。

 

「……足止めして頂戴……」

 

 ぼそりと呟いて、アナスタシアは刃先を上に向け槍を地面に突き立てる。

 

 その呟きを聞いてなのか、複数の氷の人形はそれぞれ四方に散らばり、ミイラ達をバラバラに切り裂いていく。

 

「……汝に余――東セルフォード帝国連合第一皇女、アナスタシアが命じる――」

 

 ゆっくりと、殊更にゆっくりと。

 

 アナスタシアは左手を地面につき、意識を集中させ、一句一句言葉を紡いでいく。

 

 全身に亡霊達が取り縋るが、そんなのお構いなしに言葉を紡ぐ。

 

 言葉を紡ぎきった直後、周囲が青白く光り始める。床、壁、天井の継ぎ目に光が奔り始める。

 

 神々しく逆らうことを許さない光が、周囲を明るく照らし――

 

 ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!?

 

 ミイラや亡霊達が目を背け、内側から光り出しながら苦しみ始める。

 

 縋り付く亡霊達も、アナスタシアから離れ、激しく苦しみ始め――

 

「――死ね」

 

 冷酷に、冷めた声ではっきりとミイラと亡霊達に命じる。

 

 キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!?

 

 亡霊達は消滅していき『無』に帰していき……

 

 ギャァアアアアアアアアアアアアアアアア……

 

 ブシュッ!グシャッ!バシャッ!

 

 ァアアアアアアアアアアアアアア……

 

 ドシャッ!グシャァッ!

 

 ミイラ達が内側から膨れ、破裂していく。

 

 そして……訪れる静寂。

 

 その場のミイラ達や亡霊達は残らず消滅し、辺りの呪われた瘴気が取り払われていた。

 

 聖ジェルジオの槍の能力――所有者が指定した対象を問答無用に服従させる能力。……悪魔を除くが。

 

「さっさと、この場を脱出しないとね……教授も、なんとか連れ戻さないと……」

 

 今でも『サーシャ』の姿に戻れてはいないが、だからといってセリカを見捨てることはできない。そもそも、自力で脱出できるかどうかすら怪しいのである。

 

 その時の対応は道中で考えるとして……と、アナスタシアは思いながら、前へ進むのであった。

 

 

 

 

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