赤い国からの魔術師   作:藤氏

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お久しぶりです。仕事が忙しくて更新が遅くなってしまいました。

それでは、どうぞ。


Пяцьдзясят Два(第五十二話)

 

 

 

 そして、アナスタシアは慎重に通路の奥へと歩を進めていった。

 

 ここがどこなのかわからないが、通路を進み、部屋らしき空間を通り抜け、迷路のように複雑に入り組んだ通路をいくつも抜けていき、やがて現れた階段をとりあえず降りる……その繰り返し。

 

「……しかし、ここはどこなのかしら?」

 

 あてもなく下に降りながら、アナスタシアは歩を進める。

 

 今、アナスタシアがいるこの構造物は、どうやら無数の円形階層が上下に積み重なった……まるでコインを積み上げて作ったような『塔』のような建造物らしいのだが……

 

 アナスタシアが、ちょうど階層の外周部分にさしかかり、テラスから外の様子を拝むと。

 

 ひゅごお、ひゅごお、とテラスを吹き抜ける冷たい風。

 

 いつの間にか、日は落ちたらしい――眼前に広がる果てしなき夜空。

 

 見上げれば、髑髏のように大きく真っ白な月。

 

「いや、本当にどこなの、ここ……?」

 

 遥か下方の地上は遠すぎて、深淵に沈んで見えない。

 

 どうも、自分はとんでもない場所に飛ばされてしまったらしい。

 

「そもそも、この『塔』は一体、どういう施設なの……?」

 

 疑問はそれだけではない。

 

 この『塔』は、訪れる者を拒むかのように、まるで迷宮のように複雑に入り組んだ構造になっているが……同時に住居のような部屋や区画も多々ある。少なくとも、かつてここに人が暮らしていたてあろうことは……様々な痕跡から間違いないだろう。

 

 迷路であり、町でもある――相変わらず古代人の考えていることはよくわからない。

 

 そして――

 

「……本当に意味がわからない……」

 

 相も変わらず、部屋や通路のそこかしこに、ミイラ化した魔術師の死体が折り重なっている。どれも外的原因で激しく損壊しているのは同じだ。

 

 そして、それらミイラがたまに動き出して、それに連動して亡霊も湧きだし、アナスタシアを襲うものだからたまったものではない。

 

 だが――

 

「汝に命じる――」

 

 ミイラ達が襲い掛かってくるたびに、アナスタシアは槍を突き立てていく。

 

 アナスタシアが呟くと、ミイラ達の周囲に青い光が線状に拡がり、ミイラ達は苦しみ、消滅していく。破裂していく。

 

 数に任せたミイラや亡霊の行進も、これにはひとたまりもない。

 

 死してなお現世に縋る彼等は、彼女の手によって片端からあの世に送られていった。

 

 そして、アナスタシアは先に進んでいく。

 

 

 

 

 どれぐらい歩いただろうか。どれだけ階層を下に降っただろうか。

 

 時間の感覚があやふやになるくらいに歩いた頃。

 

「にしても……あのミイラ達、誰を恨んでいるのかしら?」

 

 アナスタシアは、歩きながら怨念マシマシだったミイラ達のことについて考える。

 

 あのミイラ達は、全員揃いも揃って誰かを憎んでいた。実際に呪詛を吐きまくっていた。正確に言うなら、ある女を憎んでいた。

 

 あの正気も失いかねない呪詛を聞くあたり、ミイラ達がその女に殺されたのは明らかだった。

 

 ただ、その女が誰なのかがわからない。もうすでにこの世にいないのかもしれない。

 

 いや、もしかしたら……

 

「……まさか、ね」

 

 アナスタシアは、ミイラ達の損傷具合を思い出し、ある女性が頭の中に浮かんでいた。

 

 セリカ=アルフォネア。

 

 第七階梯で大陸最強の魔術師で現・アルザーノ帝国魔術学院教授。そして、グレンの師にあたり、育ての親でもあり……歳を取らない永遠者(イモータリスト)

 

 グレン曰く、セリカは超威力の破壊呪文を大得意としているらしいから、今回のミイラ達の激しい損傷具合も、セリカが殺ったというのはあり得なくもない。

 

「…………」

 

 他にも考えるべきことが多い。

 

 ここはどこなのか?

 

 そもそも、タウムの天文神殿とここが、どうして繋がっている?

 

 あの天象儀装置の正体とは、一体――?

 

 あそこで出現した謎の『扉』とは?

 

 なぜ、セリカはついてきた?

 

 いや。

 

 そもそも――()()()()()()()()()()()

 

「……考えても埒が明かないよね……とりあえず、ここを出ないと」

 

 ひとまず、疑問は頭の隅に追いやって歩を進めようとした、その時。

 

 不意に、とてつもない殺気を感じ取った。

 

「!」

 

 殺気を感じ取ったアナスタシアは、咄嗟に周囲を見渡すが誰もいない。

 

 再び前方を見ると、その奥にはアーチ型の出入り口が、無限の闇色を湛えている。

 

 そして、そこから殺気が溢れているような感じがした。

 

「……な、なんなのよ。この殺気は……」

 

 人間が放つ殺気ではない。もっとこう……上位の存在が放つような殺気。

 

 行くべきではない。この先を進んではいけない。本能がアナスタシアに警鐘を鳴らす。

 

「……ここで、戻っても意味ないわ。行きたくないけど、行かないと……」

 

 脂汗が噴き出す中、アナスタシアは歩を進め、奥のアーチ型をくぐりぬけると――

 

「な――ッ!?」

 

 アナスタシアの眼下に広がったのは、まるで闘技場のような大広場であった。

 

 アナスタシアから向かってフィールドの遥か向こう側には、黒光りする石で封じられた巨大な門が、高くそびえ立っている。

 

 そして、その門の前には――

 

(教授ッ!?それと先輩とルミア達まで……ッ!?いや、それよりも……)

 

 セリカとグレンとルミア、システィーナ、リィエルと――殺意を放っているであろう誰かがそこにいた。

 

 セリカは様子がおかしく、グレン達はその『誰』かが放つ圧倒的な存在感に呑まれている。

 

「……ッ!」

 

 『誰』かが放つその圧倒的な存在感は、遠くにいるアナスタシアですらも感じ取れた。そして、その『誰』かを見る。

 

 緋色のローブで全身を包んでいる。そのローブは丈長で、フードの奥は無限の深淵を湛え、その表情は窺えない。眼光一つ差さない。

 

 その全身から立ち上る。闇色の霊気。

 

 まるで、闇そのものがローブを纏い、人を形作った――そう思わせる人間……いや、魔人ともいうべき存在がそこにいた。

 

(や……やばい……ッ!?)

 

 魔人を認識した瞬間、アナスタシアはグレン達も同じように感じたであろう己が心臓が悲鳴を上げるのを感じた。

 

 あのリィエルですら警戒心剥き出しで深く低く構え……その剣先を震わせていた。

 

(やばいやばいやばい……ッ!あいつは――ヤバい!)

 

 見るだけで、肌に感じられる。

 

 自分達とその魔人は、根本的な存在としての規格が違いすぎる。

 

 例えるならば、魔術を全く知らない一般市民が、強大な力を持つ魔術師に悪意を向けられているような……そんな状況にも似た絶望感を、あの魔人に感じる。

 

 アナスタシアの現役の魔導士としての……国家保安委員会に潜り込み、ここまで培った直感が告げる。

 

 あの魔人を前に、自分達の振るう魔術など……それはセリカすら含めて……きっと児戯なのだろうと。

 

 恐らく、自分たちとあの魔人では――前提としているルールが違うのだ。

 

 だが、ただ一人、セリカだけは違った。

 

 自分達の前に現れた魔人がいかに難物か、よくわからないようだ。

 

(教授があんなに冷静さを欠いているなんて……どうしたのよ……?)

 

 そもそも、なぜグレン達がここにいるのか、魔人に狙われているのかもまるで皆目見当がつかない。そもそもあの門はなんだ?

 

 そうこう考えている内に、両手に魔刀を手に持っていた魔人は明確なる敵意と殺気を、グレン達に向けていた。

 

 洪水のように迫るその圧倒的な存在感に呑まれてしまったのか、システィーナは怯えきって、グレンにしがみつき、気丈なルミアも顔を真っ青に青ざめさせ、肩を震わせて呆然と立ち尽くす。

 

 あの常に能面のリィエルすら顔色を失い、過呼吸気味にも見える。

 

 距離が遠いせいか、殺意などは感じるが、会話の内容が聞こえないが……確実に言えるのは、魔人はグレン達を殺す気だ。そして、自分も。

 

(じょ、冗談じゃないわ、つきあってられないわ!?)

 

 援護だ。アナスタシアは即断した。

 

 今の姿だと後が面倒だが、今は切り抜けないといけない。

 

 周囲に氷剣と氷影を複数召喚しようとした、その時だ。

 

「聞けよ……人の話をなッ!」

 

 セリカが据わった目で魔人へと突進していた。

 

「な――ッ!?なにやって――ッ!?」

 

 セリカのあまりにも予想外な行動に、アナスタシアは魔術の行使を中断してしまう。

 

 一方で、セリカはグレンの制止も聞かず、声高に呪文を叫ぶ。

 

「≪くたばれ≫ッ!」

 

 起動される黒魔【プロミネンス・ピラー】。

 

 真紅に輝く超高熱の紅炎が、天を灼く火柱となって瞬時に魔人を呑みこみ――

 

 魔人がゆるりと振るった左手の魔刀が、セリカの魔術を切り裂き――かき消した。

 

(嘘――ッ!?今、何をしたの、あの魔人!?)

 

 その様子に、アナスタシアが目を剥いた。

 

 現象だけ見れば、セリカの攻性呪文を打ち消した……それだけだ。

 

 だが、様々な外道魔術師、政敵を抹殺してきたアナスタシアの勘が、あの現象をそれだけで片付けるなと叫んでいる。

 

(違う、あれは打ち消したんじゃない……ッ!そもそも、打ち消せない……ッ!)

 

 そう。黒魔【プロミネンス・ピラー】はB級軍用魔術。

 

 近代の軍用魔術においては、B級は打ち消しが出来ない――防ぐしかない――

 

 とある一定の威力規格を超えた攻性呪文は、打ち消し不可能なのだ。

 

 ならば――

 

(あれは対抗呪文じゃない!もっと異質で別の――)

 

 だが、原因はわからないが、頭に血が昇り、冷静な判断ができないセリカはそんな発想には至らず――

 

 セリカは真銀の剣を振りかざし、魔人の懐へと、一気に飛び込んでいた。

 

 すでに【ロード・エクスペリエンス】によって、かつて≪剣の姫≫と謳われた英雄の剣技を自身に降ろし、無双の剣士と化している。

 

 今の彼女に近接戦闘で敵う者など、この世にいるわけが――ない。

 

 ないのだが……

 

 キィイイイイイイイインッ!

 

 甲高い音と共に、セリカの剣と魔人の刀が喰らい合い、両者がすれ違う――

 

 途端、セリカが狼狽えているように見えた。

 

 狼狽えながら、セリカが振り返り、魔人に剣を構えるが。先ほどまで構えとは違い、最強剣士の風格がまったく感じられなかった。

 

 咄嗟に跳び下がるセリカが魔人へ左手を向け、黒魔【プラズマ・カノン】を唱えるが――

 

 魔人が左手の魔刀を振るうと、魔人に迫る集束雷撃が虚しく霧散し――

 

 その刹那、ぶん、と残像する魔人の姿。

 

 瞬時にセリカの背後へ回り込んだ魔人が、右手の魔刀を稲妻の如く打ち下ろす。

 

 間一髪。辛うじて反応したセリカが、跳び転がって、その斬撃を避けるが――

 

 魔人の刀は、セリカの背中に微かな掠り傷を刻んでいた。

 

 そう。掠り傷だけなのだから、普通ならセリカには大した傷にはならないのだが。

 

 転がる勢いのまま、体勢を立て直すこともなく、そのまま四肢を投げ出すように、無様に倒れ伏してしまった。

 

(え……?教授?)

 

 なんで倒れ伏してしまったのか、アナスタシアは訝しんだが、すぐに魔人の霊気の異変を察知した。

 

 力を失ってしまったかのように無防備に倒れるセリカとは対照的に、魔人が纏う闇色の霊気は先ほどと比べて明かに勢いを増しており、見るからに力が漲っていた。

 

 そんな魔人は、セリカの首筋に右手の魔刀を当てていた。止めを刺すつもりだ。

 

「ちょっと、ちょっと、ちょっと……ッ!」

 

 このままでは不味い。止めなければセリカは死ぬ。そして、グレン達も皆殺しにされ、自分も見つかったら殺される。

 

 なんとかして、止めなければ。だが、どうやって?

 

(いや、今は悩んでいる暇は……ない……ッ!)

 

 時間がないアナスタシアは、氷剣を召喚しようとするのだが……

 

 その前に、別の呪文を呟くのであった。

 

 

 

 

 

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