赤い国からの魔術師   作:藤氏

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お待たせしました。仕事が忙しく更新が亀になってしまっています。

あと、もう一つの作品を修正する箇所が多過ぎてリメイクすることになったので、そちらも並行しなければいけないという……orz

というわで、どうぞ。


Пяцьдзясят Тры(第五十三話)

 

 

 一方。

 

「…………ッ!?」

 

 セリカは自分の首のすぐ側にある刀の刃を呆然と見る。

 

 この魔人がそっと刀を引くだけで、セリカの首はころりと綺麗に落ちるのだろう。

 

 ……終わる。

 

 長すぎる生に疲れ、あれだけ待ち望んだ終焉が眼前に迫っている。

 

 だが。

 

 死を前にして、セリカの脳裏に浮かぶのは――グレンと過ごした、このほんの十数年間の、他愛もない出来事ばかりだ。

 

「…………あ」

 

 こんなこと、今までの四百年の中で一度たりとも思ったことはなかった。その逆のことは散々思ったのに、事ここに至り、どうしてそんなことを思ってしまうのか。

 

 すなわち――

 

「……死にたく……ない……」

 

 はっきりと自覚した瞬間、セリカの目から涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。

 

「……い、嫌だ……まだ……私は…………」

 

 こんな所で、こんなことで、死んでしまうなら。

 

 私は、一体、何のために――

 

『いと卑し』

 

 そんな無様なセリカの呟きを一蹴し、魔人が刃を引き始め――

 

(……助け、て……グレン……ッ!)

 

 思わず、そんな事を思ったセリカが固く目を瞑り――

 

 その冷たい刃が彼女の首筋に触れかけた――

 

 まさに、その瞬間。

 

「っざっけんな、クソがぁあああああああああああああああああああああ――ッ!」

 

 咆哮する六連の銃声と共に、空間を過ぎる六閃の火線。

 

 グレンの拳銃早撃ちからの連続掃射だ。

 

『ぬ――ッ!?』

 

 不意討ちが功を奏し、最初の一発の弾丸が魔人の心臓部を射貫き――

 

 その刹那、神速旋回する双刀、躍る五条の剣線。

 

 それはまさに超反応、電光石火の絶技。魔人は飛来する残り五発の弾丸を、瞬時に全て弾き返し――天井高く跳躍して、グレンから大きく跳び下がった。

 

「大丈夫か、セリカッ!」

 

 その隙に、グレンが倒れ伏せるセリカを背後に庇うように、魔人と相対する。

 

 セリカからは返事がない。どうやら気絶してしまったようだ。

 

『なんだ、その妙な武器は……?』

 

 そして、魔人がグレンを警戒し、注意深く刀を構える。

 

『爆裂の魔術で鉛玉を飛ばす魔導器か?猪口才な……二度はないと思え……』

 

 魔人は健在だった。なんのダメージもなかったような雰囲気だ。

 

「畜生、なんで倒れねえんだよ!?心臓をブチ抜いてやったってのにッ!」

 

 身を焦がす焦燥に急かされるように、グレンは弾切れの拳銃のバレルウェッジを引き抜き、グリップとバレルを分離、空のシリンダーを落とし、予備シリンダーを――

 

 だが、グレンの弾倉交換を大人しく待ってくれる筈もなく。

 

『よかろう!愚者の牙で何処まで抗えるか、存分に試すがいい!』

 

 真空すら引き裂く速度、ただの一点で魔人はグレンとの間合いを消し飛ばす――

 

(やべぇ……ッ!?)

 

 拳銃の再装填は余裕で間に合わない。

 

 すでに魔人は、グレンを二振りの魔刀の間合いへ捉えている。

 

 無残にも、グレンが幾つかの肉塊に解体されようとしていた――

 

 その瞬間。

 

「≪凍てつく矢よ≫――ッ!≪撃て(アジーン)≫、≪撃て(トゥヴァ)≫――ッ!」

 

 背後から何者かがや継ぎ早に呪文を叫んでいた。

 

 グレン達が背後を振り返ると、そこには――

 

「サーシャッ!?」

 

 そこには、サーシャが左手を魔人に構えていた。

 

 だが、それはグレン、システィーナ、リィエルから見ればの話し。

 

 ルミアから見れば――

 

(ナーシャ……ッ!?でも、先生達は……)

 

 そう、ルミアから見たらその場にいたのはサーシャではなく、アナスタシアが立っていた。

 

 だが、グレン達はアナスタシアのことをサーシャと言っていた。

 

 一体、どうなっているのか?ルミアが少し混乱している中、サーシャ――アナスタシアの黒魔【シュトレラ2】が、グレンへ肉薄する魔人を迎え撃った。

 

 アナスタシアから放たれた複数の氷閃は、敵を確実に殺すといわんばかしに魔人に迫る。

 

 が――

 

『……児戯』

 

 氷閃が、魔人が振るう左手の刀に触れた瞬間、霧散してしまう。

 

「ルミアッ!システィーナにアシストを!」

 

「……ッ!システィ!」

 

「≪集え暴風・戦槌となりて・打ち据えよ≫――ッ!」

 

 アナスタシア(システィーナから見たらサーシャ)の意図を察したルミアがシスティーナに寄り添い、左手に手を添える。

 

 そして、システィーナが矢継ぎ早に呪文を叫ぶ。

 

 システィーナの黒魔【ブラスト・ブロウ】が魔人を迎え撃つ。

 

 ルミアの『感応増幅能力』を載せた風の戦槌の威力は、もう壮絶で、破滅的な衝撃波を周囲にまき散らしながら、風の戦槌が猛然と魔人に迫る――

 

 だが、これも――

 

『……児戯』

 

 それすらも、魔人の左手の刀に触れた瞬間、霧散してしまう――魔人のローブをバサバサとはためかせたのは、ただの強めのそよ風だ。

 

「嘘!?ルミアの力を載せても駄目なの!?」

 

 システィーナが絶望的な悲鳴を上げるが――

 

「問題ない――いいいいいやぁああああああああああああああ――ッ!」

 

 その隙に、烈風のごとく魔人へ襲いかかったリィエル渾身の斬撃が、魔人に肉薄する。

 

 だが、魔人の反応は、天翔ける雷光よりも速い。

 

 魔人はその斬撃を左の魔刀で受け、返す右の魔刀でリィエルを切り伏せようとして――

 

『ぬ――ッ!?』

 

 リィエルの剣が、急にボロボロと崩れて宙を舞い、一瞬、魔人の視界を遮った。

 

 リィエルの大剣は、錬金術によって遺跡の外の岩くれから錬成したものだ。

 

 魔人の持つ左手の刀が、触れた魔術を無効化する――

 

 なんとなくそれを察したリィエルは、直感的にそれを利用したのだ。

 

 宙を舞う岩くれで魔人の視界が塞がったのは――ほんの一瞬、されど一瞬。

 

 リィエルの本命の一手は――

 

「やぁああああああああああああああ――ッ!」

 

 駆け抜けざま、倒れ伏すセリカの傍から拾い上げた、真銀の剣だ。

 

 それを逆手に持ち、その小さな身体の発条を全霊で振り絞り――斬り上げる。

 

 自身も竜巻の如く回転する勢いで、魔人を右腰から左肩にかけて――バッサリと。

 

『ぬぐ――ッ!?』

 

 リィエルの会心の一撃が深く魔人の身体に入り――魔人の身体が大きく吹き飛ぶ。

 

 ……普通なら終わりだ。

 

 あんな猛烈な斬撃をモロに食らって、生きていらるわけがない。即死だ。

 

 だが――案の定――

 

『――見事なり』

 

 ふわり、と。

 

 グレン達から遠く離れた場所に、余裕の動作で降り立つその魔人。

 

『真逆、愚者の民草らに、二つ持って行かれるとは……未だ我も未熟、か……』

 

 魔人は再び双刀を油断無く構えながら、一歩一歩、グレン達の下へ……

 

 その挙措には、やはり何の影響もない。負傷がまったく見えない。

 

「お前、ちょっと働き過ぎじゃね……?もう休んどけよ……」

 

 ようやく再装填を終えた拳銃を構えながら、グレンが虚勢の軽口を叩く。

 

(まったくよ、もう……)

 

 冷や汗を全身滝のように流すグレンに同調しながら、アナスタシアは脳内で魔人の情報をまとめ上げる。

 

 魔人の左手の魔刀は、自分とシスティーナ、リィエルの攻撃の無効化を考えるに、触れただけであらゆる魔術を問答無用で無効化するらしい。それだけに、魔術的な手段では、まったく対策できない。

 

 魔人の右手の魔刀は、セリカの状態を見るに、微かに傷つけられただけでも戦闘不能に追い込まれるようだ。恐らく、魂とか内面的な要素に干渉する魔刀だろう。単純なだけに強力無比、厄介極まりない。

 

 そして、いくら致命傷を負っても死なない不死性と、魔人本人の圧倒的な武が、その二振りの刀の特性を最大限に引き出している。

 

(要するに……こいつは究極の魔術師殺し……先輩の遥か上位互換に位置している、正真正銘の化け物ってことね)

 

 強過ぎる。攻守にまったく隙がない。

 

 正当、邪道に関わらず、魔術師にとっては相性最悪だし、剣士にしても敵う者はいないかもしれない。

 

『……行くぞ、愚者の子らよ。我が攻勢を捌いて見せよ……≪■■■――≫……』

 

 さらに……それは、如何なる術式なのか。

 

 魔人が聞き慣れない言葉を呟き始めると、頭上に、まるで太陽の如く燃え輝く球体が形成されていき、その場をまるで昼間のように明るく、眩く照らす――

 

 馬鹿げた熱量があの球体に封じられているのがわかる。それはまるで灼熱の太陽。セリカのお得意の火力呪文、黒魔【インフェルノ・フレア】程度の比ではない――

 

「う、嘘だろ……お前、どっかからそんな魔力をひねり出した……ッ!?」

 

 唖然とするグレン。確かに魔人は強敵だが、それでもその術は度が過ぎていた。

 

(あいつ自身も魔術が使える……それも得体の知れない魔術を――反則でしょ!?)

 

 アナスタシアは、グレンの方を見ると、グレンは愚者のアルカナを取り出しかけていたが――迷っているような感じだった。

 

 魔人のあの術は、まだ魔力を操作している段階……恐らく起動前だ。

 

 だが、封殺した後は?その後はどう戦う?

 

 残る戦力は、グレンの拳闘と銃、リィエルの剣技、それだけだ。

 

 グレン達は、魔術を失い、その瞬間、ルミアの能力も意味も失う。

 

 この一瞬はしのげるが、こちらの戦力もガタ落ち――どの道、詰む。

 

 それが、グレンの【愚者の世界】の行使をほんの一瞬、躊躇わせ――

 

『≪――■■■■≫……逝ね』

 

 そのほんの一瞬で、魔人の謎の魔術が完成してしまった。

 

「しまっ――」

 

「ちっ――ッ!余が汝に――」

 

 舌打ちしたアナスタシアが、もうなりふり構わないと慌てて槍を構えて能力を行使しようとするが、時すでに遅し。

 

 カッ!魔人の頭上で一際強く輝き始める太陽。

 

 灼熱の極光が、グレン達の視界を灼き、全てを呑み込み、焼き尽くそうと――

 

 …………。

 

「……え?」

 

 焼き尽くそうとした、その時。

 

 ……いつの間にか、世界が音と色を失い、モノクロ調に染まっていた。

 

 魔人も、その頭上の太陽さえも……停止している。

 

 全てが灰色になった無音の世界で、音と色を失わずにいるのは、グレン達だけだ。

 

「な、なんだこれ……?」

 

「先生……?こ、これは……?一体、何が起きて……?」

 

 あまりにも不可解な現象に、グレン達が戸惑っていると。

 

「……誰ッ!?」

 

 背後から気配を察知したサーシャ(アナスタシア)が振り返ると、息を呑んだ。

 

『……貴方達。こっちよ。早く来なさい』

 

 不意に背後から響いてきた声に、グレン達も一斉に振り返る。

 

 そして、一同はサーシャと同様に息を呑んだ。

 

「な――」

 

『この状態はそう長くは保たないわ。急いでこの場を離れるわよ』

 

 そこにいたのは――少女だった。

 

 燃え尽きた灰のように真っ白な髪。暗く淀んだ赤珊瑚色の瞳。身に纏う極薄の衣。

 

 そして、その背中に生えている――この世に属するモノとは思えない、異形の翼。

 

『何をぼうっとしているの、早く。あいつはこの聖域に足を踏み入れた愚者の民を許さない。地獄の果てまで追ってくるわ。だから――』

 

「お、お前は――ッ!?」

 

 グレンはその少女に見覚えがあった。

 

「第一祭儀場の、天空の双生児像にいた――幻覚じゃなかったのか!?」

 

『……ふん。人間って本当に蒙昧ね。辻褄の合わないことは、すぐ自分で自分を騙して流す、現実を現実のまま捉えようとしない……愚かなことだわ』

 

 蔑むような昏い目でグレンを睥睨し、鼻を鳴らす少女。

 

(な……なんなの……?この女……ッ!?)

 

 サーシャ――アナスタシアが震えながら、少女を見る。

 

「どういう……ことなの……?貴女、どうして……そんな姿を……ッ!?」

 

 システィーナが震えながら、少女に問う。その問いは、システィーナに限った話ではない。

 

 その場の誰もが等しく抱いた問いだった。

 

(この女……どうして、()()()と同じ顔なのよッ!?)

 

「貴女……どうして……?どうして、()()()と同じ顔なのよ……ッ!?」

 

 震えるシスティーナが指摘するとおり。

 

 その異形の少女の顔は――ルミアとうり二つであった。

 

 

 

 

 


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