赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


пять(第五話)

 

 

 

 

 魔術競技祭はいまだ衰えぬ熱気に包まれている。中央の競技フィールドでは一喜一憂のドラマが次から次へと生まれていき、そのたびに観客達は熱狂に包まれていく。

 

「……遅いなぁ」

 

 そんな活気に満ちた周囲の観客達とは裏腹に、銀髪の女子生徒――システィーナ=フィーベルは不安げに呟いていた。

 

「ルミア、まだ見つからないのかな……?」

 

 午後の部が始まってかなりの時間が経っていた。グレン不在の中でも二組の生徒達は奮闘し、総合順位は上がったり下がったりで現在四位。優勝を狙うならば少し厳しい状況になってきている。やはり地力の差がここで現れ始めたのであろう。

 

「やっぱり、先生がいないと……」

 

 皆の士気が落ちかけている。やっぱり、だめかも。いや、俺達にしては上出来じゃないか?……そんな弛緩した空気が流れ始めている。システィーナ自身も、もう充分楽しんだ、よく頑張った……そんな思いに囚われ始めている。

 

「本当にどこに行ったのかしら、あの二人……まさか、あいつ、ルミアに何か邪なことしてるんじゃないでしょうね?」

 

 システィーナが理由もわからない焦りと怒りに駆られた、その時だった。

 

 背後にふと、覚えのある気配を感じ、システィーナは振り返った。

 

「やっと帰ってきたの!?遅いわよ、先せ――あ、あれ?」

 

 つい、グレンとルミアかと思ったが、そこにいたのは見知らぬ男女だった。

 

 長髪、鷹のように鋭い目つきの青年。

 

 帝国では珍しい青髪、感情と表情の死滅した人形のような少女。

 

 二人とも黒を基調とした上下のスーツにクラバット、白い手袋、と帝国式の正装に身を包んでいる。この場においては少々堅い服装ではあるものの、別段珍しくもない出で立ちではあるが、なぜかどうにも違和感が拭えなかった。

 

「お前達が二組の連中だな?」

 

「そ、そうですけど……あ、貴方達は一体……?」

 

「俺はグレン=レーダスの昔の友人、アルベルト。同じくこの女はリィエルだ」

 

「…………」

 

 システィーナの問いにアルベルトと名乗る青年が答え、リィエルと呼ばれた少女が無言で微かに頭の角度を下げた。挨拶のつもりらしい。

 

「今日は、魔術競技祭の後、旧交を温めようとグレンの奴にこの学院へ招待されてな。この通り、正式な入稿許可証もある」

 

 アルベルトは懐から、学院の校章たる梟の紋が銀で箔押しされたカードを取り出して見せた。それは学院の正式な来客へ厳正なる審査の下に発行され、結界で守られた学院への出入りを可能にする鍵となる魔術符だ。

 

「だが、奴は今、突然の用事に少々取り込んでいるそうだ」

 

 突然の来訪者に、ざわざわと顔を見合わせる二組の生徒達。

 

「……で、だ。唐突なことで戸惑うと思うが、あの男は今しばらく手が離せないらしい。ゆえに俺はこのクラスのことをグレンに頼まれた。今から俺が奴の代わりにこのクラスの指揮を執る。そして――」

 

 

 

 

 魔術学院とは大きく離れた町の一角にて。

 

 金髪の少女を横抱きに抱えた青年が、一心不乱に駆けている。

 

 その脳裏に思い起こされるのは先ほど、昔の同僚と交わした言葉だ。

 

『ルミアは感応増幅者だが、この状況を打破するために、ルミアの能力を使うことは絶対にできない』

 

『知っての通りだが、異能というのはバレたらただじゃ済まない。迫害され、忌み嫌われ、下手すりゃ殺される。異能と聞けば、神の名の下に粛清したがる非公式の狂信的武装修道会があるの知ってるだろ?万が一、連中に目をつけられたら終わりだ』

 

『ルミアの素性を隠し通さなければならない大前提がある以上、状況打破のための能力行使は厳禁だし、事情を誰にも説明できない。こんな詰んだ状況で、誰にも邪魔されず女王陛下に近づくには、まず俺のクラスが魔術競技祭で優勝する必要がある』

 

『優勝すれば、今回だけは女王陛下が表彰台に立ち、クラスを代表して担当講師が勲章を賜ることになっている。これが、現在、厳戒態勢で女王陛下の周辺を固めている王室親衛隊を出し抜いて、陛下に接触する唯一のチャンスだ』

 

『なぜなら、競技祭の終わりに陛下がこの表彰台に立つ瞬間だけは、王室親衛隊は陛下に対する徹底マークを一時的に外さざるをえないからだ。女王の名において下々の者に勲章を下賜するこの瞬間に、女王陛下を自身らの監視下において拘束し、それを妨げるならば、それは女王陛下の威光と面子を潰すことになるからだ。右派筆頭たる王室親衛隊の誇りにかけて、そんなことできるはずがない』

 

『そして、その時、怪しまれずに俺が陛下の前に立つ方法を考えた。それは――』

 

 ――――。

 

 ――正直、分の悪い賭けだと思う。

 

 だが現状、この状況を打破しうる手はそれくらいしかないのも事実だった。

 

「いたぞ――ッ!?」

 

 と、その時、背後で怒声が上がった。

 

 駆ける速度を緩めず、ちらりと背後を振り返れば――

 

「あそこだ――ッ!追え――ッ!?」

 

 遥か後方の十字路の辺りで、自分達の姿を発見した王室親衛隊の群れが見えた。

 

 こんな所で捕まるわけにはいかない。

 

「……ふん、やれやれだ」

 

 鼻を一つ鳴らして、駆ける速度をさらに速める――

 

 

 

 

 と、魔術競技祭が盛り上がっている裏で王室親衛隊とのカーチェイスが繰り広げられている中。

 

(ルミア=ティンジェル、ねぇ……)

 

 観客席の一角――二組と貴賓席が同時に見渡せれそうな場所にサーシャが壁に背を預けていた。

 

 元々、今回の任務は機密性が高いから、帝国宮廷魔導士団がいないという前提で動いている。そのため、サーシャはグレンとアルベルト達と別れ、単独で行動していた。

 

 可能性が限りなく低いが、王室親衛隊が突飛な行動を取らないかを監視するのが、今、サーシャに課せられた任務。

 

 ……実際、そうなのだが、サーシャはルミアのことでしばらく一人になる必要があった。

 

 決して、惚れたというわけではない。確かに美少女で惚れる男は多いだろうが、サーシャにはそんな感情はない。

 

 サーシャは、今、グレンとフェジテを舞台に王室親衛隊とカーチェイスしているルミアの顔を思い出しながら、貴賓席にいるアリシアを上空でぐるぐると跳び回っているビィエルの視覚を通じて見る。

 

「……なるほど」

 

 しばらくアリシアを見ていたサーシャは、懐から通信魔導器を取り出し起動する。

 

「……1 (アジーン) 2(トゥヴァー) 4(チィトゥィーリ) 2(トゥヴァ―) 2(トゥヴァ―) 2(トゥヴァ―) 8(ヴォースェミ) 3(トゥリー) 2(トゥヴァ―) 3(トゥリー) 2(トゥヴァ―) 1 (アジーン) 9(ヂェーヴィチ) 1 (アジーン)――」

 

 通信魔導器に向かって、数字を東部圏でよく使われている言語で呟く。

 

 なぜか誰もサーシャに気付いていないが、傍から見たら数字をランダムに通信魔導器に呟く今のサーシャには誰も近付きたくないし、関わりたくないだろう。

 

 だが、サーシャはそんなのお構いなしに数字を呟く。一体、何の意味があるのかわからない数字を呟く。

 

 しばらく数字の羅列を呟いた後、サーシャは通信魔導器を懐にしまった。

 

 ふと、中央の競技フィールドに視線を向けると、敷設された変身魔術実演用の円形舞台では誰かが竜に変身していた。

 

 黒光りする鱗、雄々しく広がる翼、凶悪に光る爪牙に、見る者を圧殺せんばかりの巨躯――本物と見紛うほどの迫力に満ちた竜が出現していた。

 

「ふーん……」

 

 サーシャは竜をまじまじと見つめ。

 

「……30点」

 

 審査員である学院の講師・教授陣が9、9、10、9点、合計37点と高得点を出している中、サーシャは30点と評価していた。

 

「見た目はいいんだよね、センスはある。ただ、所々雑なとこがあるんだよねー。例えば――」

 

 雑な点を指摘しようとした、その時。

 

 通信魔導器から呼び出し音が鳴る。サーシャは仕事が早いと呟き、通信魔導器を取り出し起動する。

 

「――どう?ルミアの素性、なにかわかりました?」

  

 開口一番、サーシャは貴賓席を見ながら言った。

 

「……そう。やっぱり……へぇ、元・王女様だったんだ。ふーん」

 

 通信魔導器から聞こえる男からの報告に、サーシャはどこか嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「……それで……あぁ、そう言えば、学院で爆破未遂テロがあったもんね。その時、連中は彼女を連れ去ろうとしたんだ……」

 

 ルミアについて、興味を抱いてきたサーシャ。ルミアが異能者だというのは、さっきグレンから聞いたが、ある組織がルミアを狙っているということに興味を持ち始めたのだ。

 

「……()()()異能者の為に、連中は凄腕の外道魔術師三人を投入したわけか。セキュリティーが厚いこの学院にわざわざ、と」

 

 どするのかと、男が問うと、サーシャは口の端をつり上げる。

 

「……決まってるでしょ。彼女を観察する。そして、利用価値があるなら……遠慮なく利用させてもらう。……それは、()のためであり、何より、()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

 まぁ、あの組織が凄腕を投入してまで欲しがるんだから、利用価値はあるに決まってるんだけど、と。サーシャは冷酷な笑みを浮かべる。

 

「……彼女には優しくした方がいいんじゃないかって?確かに彼女とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?今さら、情が湧くこともないだろうし、ね」

 

 サーシャが誰かと通信している一方、中央の競技フィールドでは――

 

『て、天使様だぁああ――ッ!?魔術学院に聖画から抜け出てきたような天使様が降臨したぁあああ――ッ!?これは美しい!二組のリンちゃん、なんとも見事な変身を見せましたぁ――ッ!さぁ、注目の評価点は――ッ!?』

 

 時計の文字盤を模した光輪を背に、純白の三対六翼、揺れ流れる純銀の髪、ふわりとしなびく薄絹の衣。その華奢な身体にはゆるりと無数の金色の鎖が巻き付き、その細腕には時の天使を象徴する巨大な黄金の鍵が携えられ、自身の鎖と繋がっている。

 

 その全造形がまるで彫像のように精緻かつ美麗。

 

 時の天使ラ=ティリカ。

 

 宗教神話上の存在に過ぎない天使の実在を証明するような、その神々しい御姿。

 

 滝のように轟く拍手と大歓声の渦巻く中心に、敬虔なる者ならば思わず跪いて聖印を切ってしまわんばかりに荘厳なる天使が降臨していた。

 

 そんな中央の競技フィールドから放たれる神々しい輝きが届いていないのか。

 

 サーシャの周囲はまるで輝きも何もない、まるで殺伐とした冬――東セルフォードでの奥地で猛威を振るう、他者を寄せ付けない斬りつけるような冬のような冷たい雰囲気が支配していた。

 

 

 

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