赤い国からの魔術師   作:藤氏

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семь(第七話)

 

 

 

 ――魔術競技祭閉会式は粛々と進んだ。

 

 競技場に学院の生徒達が整列し、閉会の言葉から始まり、国歌斉唱、来賓の祝辞、結果発表……つつがなく、なんの滞りもなく、その行程を消化していく。

 

 実にいつも通りで毎年恒例の焼き直しだ。ただ唯一違うのは盛大な番狂わせのため、いまだに生徒達が興奮気味なのと、今日は女王陛下がこの式に立ち会っていることだ。

 

 いよいよアリシアが表彰台に立った。その背後にゼーロスとセリカが控える。この瞬間、アリシアを害せる者などこの世界で誰一人いやしないだろう。

 

『それでは、今大会で顕著な成績を収めたクラスに、これから女王陛下が勲章を下賜されます。二組の代表者は前へお願いします。生徒一同、盛大な拍手を』

 

 拍手が上がる。

 

 各クラスの担当講師達から羨望のため息が漏れた。女王陛下から直々に勲章を賜る栄誉など、一生の内に一度有るか無いかの名誉だ。それもよりによって、あの二組のグレン=レーダスが。ルールに則り、正々堂々と戦って破れたとはいえ、流石に嫉妬ややっかみの気持ちは隠せないようだった。

 

「ぐぬぅうううう……ッ!?なんてことだッ!この私が……第五階梯(クインデ)の魔術師たるこの私がぁ……ッ!第三階梯(トレデ)のグレン=レーダスごときに……ッ!魔術師としての誇りも分別の欠片もない、あのような男の後塵を拝することになるとは……ッ!?」

 

 ハーレイも悔しそうに歯噛みしながら、頭をガリガリと掻き毟っていた。

 

「ハーレイ先生……そんなに頭を掻き毟られては毛根にダメージがいきますよ?ただでさえ先生は、歳のわりにはもう生え際が――」

 

「やかましいッ!余計なお世話だッ!」

 

(おいおい……それ以上やると、頭が光り輝いてしまうよ、あの先生。てか、まだ二十代でしょ?)

 

 心配そうに結構酷いことを言ってくる生徒を一喝し、何やら今後のことをぶつぶつと呟いてはその後のたまうハーレイに、サーシャが若干引き気味になっていると。

 

 拍手が疎らになっていき、次第にざわざわと会場が沸き立ち始めた。

 

 

 

 

「……あら?貴方達は……?」

 

 表彰台に立ったアリシアは、生徒達の間を縫って自分の前に現れたその人物達を、目を瞬かせながら見つめていた。

 

 現れたのはグレンではない。しかし、アリシアが見知っている男女である。

 

「アルベルト……?それに、リィエル……?」

 

「……来たか」

 

 戸惑うアリシアをよそに、セリカはぽつりとそんなことを漏らしていた。

 

 かたわらに立つゼーロスが不審に思い、アリシアに耳打ちする。

 

「……陛下。そやつが二組の担当講師グレン=レーダスとやらなのですか?」

 

「いえ、違います……けど」

 

 と、その時だった。

 

「なぁ、そこのおっさん」

 

 厳めしい面構えのアルベルトが突然、似合わないくだけた口調で言い放った。

 

「いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ」

 

「なん、だと……ッ!?」

 

 そして、アルベルトらしき男が、ぼそりと呪文を唱える。

 

 すると、男女の周囲が一瞬ぐにゃりと歪んで――

 

 再び焦点が結像し、そこに現れたのは――

 

「き、貴様らは――ッ!?」

 

 

 

 

(はい、これが女王陛下に接近する方法でーす)

 

 魔術競技場の中央、表彰台前に設けられた広場にて。

 

 突然、現れたルミアとグレンの姿に、ゼーロスはただただ狼狽するしかなかった。

 

 そんな狼狽しているゼーロスを尻目に、競技場のどこかで見ているサーシャはフェジテ市内でデッドレースを繰り広げているアルベルト達に、グレン達が上手くアリシアに接触出来たことを通信魔導器で報告する。

 

 そう。グレンとルミアは()()()()競技場におり、王室親衛隊がフェジテ市内で鬼ごっこしている”グレンとルミア”は、実はアルベルトとリィエルだった。

 

 路地裏でアルベルト達と打ち合わせたグレン達は、競技場に戻る途中、【セルフ・イリュージョン】でグレンとルミアはアルベルトとリィエルに、アルベルトとリィエルはグレンとリィエルにすり替わっていたのだ。

 

 そして、グレンとルミアにすり替わったアルベルトとリィエルは、学院外に出てきた王室親衛隊の面前に現れ、本物のグレンとルミアから自分達に注意を逸らしていた。その間に、グレンとルミアは学院に戻り、二組と合流していたのである。アルベルトとリィエルの姿で。

 

(で、俺は、あのおっさんが変なことをしないように監視をしていたわけです。フェジテでアルベルト先輩とリィエルと一緒に鬼ごっこしてたら、宮廷魔導士がいると王室親衛隊にバレちゃうし。グレン先輩達と一緒にいても貴賓席から二組を監視していたら、それは怪しまれるし。なんせ、俺と先輩とリィエルはお忍びの任務でここに来たんだから。バレたら色々と面倒なのよね~)

 

 特に、現室長である嫁ぎ遅れの冷血ヒス女からガミガミ言われるだろうし、と。サーシャが思っている中。

 

 表彰台付近では、アリシアを背中で庇っているゼーロスが、会場を警邏していた衛士達に指示を飛ばし、我に返った衛士達が一斉に抜剣しながらグレンとルミアの二人を取り押さえようと殺到した、その時。無数の光の線が猛速度で地面を走った。

 

 そして、表彰台を中心に、グレン、ルミア、アリシア、ゼーロス、セリカの五人を取り囲むように、結界が瞬時に構築され、そびえ立つ光の障壁が結界内界と外界を切り離す。もちろん、こんな早業をやってのけるのは、セリカ=アルフォネア――大陸屈指、いや最高峰の魔術師である。

 

(うわ、マジか……あんなに素早く結界を構築するなんて、セリカ=アルフォネア……敵に絶対に回したくない魔術師だわ……)

 

 まぁ、あんな魔術師を敵に回すなんて、よっぽどの狂人じゃないとしないし、できないだろうが。

 

 締め出されて障壁面をバンバン叩きまくりながら何事かを叫んでいる衛士達を尻目に、サーシャは競技場から去ろうとしていた。

 

 あそこまでいったら、後はなんとかなるだろう。

 

 例え、トラブルがあっても、あのグレン=レーダスがいるのだから。彼なら土壇場でも解決してしまうだろうし、現に彼が現役時代、土壇場で解決してきた事例など数多くあるのをサーシャは知っているし、実際に見ている。

 

「ま、後は先輩達に任せるとして……俺はこの妙に凝ったやり方をした黒幕に会いに行きましょうかね」

 

 そう言って、サーシャは競技場から去り、フェジテ南地区に向かっていくのであった。

 

 

 

 

 そんなこんなで。

 

 混乱の渦と化した魔術学院から離れた、南地区にて。

 

 夕闇の帳が辺りを包み始める閑散とした裏通りを、サーシャが歩を進めていた。

 

「……見ぃ~つけた♪」

 

 サーシャが歩を進めると、前方に一人の女が足を止めていた。

 

 二十代半ばほどの女で、ヘッドドレスにエプロン、ガーターベルトなどといった使用人服に身を包む、黒髪黒瞳の女が。

 

「……俺達に与えられた任務は二つ。一つは最近、王室親衛隊の過激な行動が目立っているから、それの監視。もう一つは女王陛下側近の内偵調査。つまり、貴女のような人の身体調査」

 

 辺りが闇で濃くなっていくのとは裏腹に、サーシャの声は実に楽しそうだ。そして、女もくすくすと楽しげに笑っている。

 

「で、その最中に起きた、王室親衛隊の暴走……あれ、なーんで、あんなバカなことしちゃったんだろうね~っと思いながら見ていたらね……わかっちゃたの♪今回のこの奇妙な案件の正体を♪」

 

 実に楽しそうに喋るサーシャ。

 

「あれってさ~、女王陛下に呪いがかけられていたんでしょ?多分、陛下のネックレスに条件起動型の呪いを仕掛けて、ね。で、詳しい内容はわからないけど、貴女がゼーロスのおっさんに”陛下に呪いのネックレスを付けたから、今日中になんとかしないと陛下が死んじゃいますよ~、解呪したかったら、ある女の子を殺してね~”って。で、王室親衛隊は暴走。ルミア=ティンジェルを殺すために、あんなバカなことをしたってわけ」

 

「…………」

 

「ああ、でも、ルミアを殺すにしても、計画の中で最も障害になる魔術師がいたじゃん。それが、セリカ=アルフォネア。第七階梯の魔術師。あんな化け物を野放しにしてしまったら、計画はおじゃんになってしまう。でも、正面から排除しようにしても消し飛ばされて灰になってしまうのがオチ」

 

「…………」

 

「では、どうやって、彼女を黙らせたのか?そう、彼女にも言ったんだ、ゼーロスと似たようなことを。そして、こうも言った。”この事を他の連中にバラしたら、陛下が死ぬぞ~”ってね。他にも色々条件はあったんだろうね。例えば『勝手に外したら装着者を殺す』とか、ね。要は、『勝手に外したら陛下が死ぬ』、『一定時間までに解呪しないと、陛下が死ぬ』、『誰かに言いふらしたら陛下が死ぬ』……大方この三点。そして解呪条件が……『ルミア=ティンジェルの殺害』」

 

 そこまで言って、サーシャはやれやれと肩を竦める。

 

「いやぁ、さすがだねぇ。もしルミアの殺害が成功すれば、その遺体は貴女達の元に回収される。もし失敗したとしても、陛下が死ぬだけ。この国は女王陛下で纏まっている国……陛下が死んだら死んだで帝国は一瞬でカオスになる。どちらに転んでも、貴女達にはプラスに転じることはあってもマイナスには転じない。素晴らしいね、その発想はなかった。いや、あったとしても、ここまで綿密にするには相当、頭を使わないとできないし……まぁ、失敗しちゃったらしいけどね」

 

 そして、その女の名を言う。

 

「まぁ、最近、どうにも俺達の動きも読まれちゃってるし?可能性は一番低いなぁって思ってたけど、女王陛下にネックレスをつけれる人なんて貴女ぐらいしかいないと思うし?ねぇ、女王陛下付き侍女長兼秘書官……ああ、違ったわ、天の智慧研究会所属のエレノア=シャーレットさん?」

 

 すると。

 

「なるほど……どうやら帝国もぼんくらばかりではないようですね。……いえ、帝国がぼんくらではないのではなく、東の赤い連中に目を付けられた……とでも言いましょうか」

 

 その瞬間、辺りを包み始めた闇がより一層濃くなったような気がした。

 

「はっきりとした出自、あまりにも優れた経歴、卓越した能力……傷一つないからこそ疑うべきだったと思うんだよね~。ね、思わない?」

 

 サーシャのおどけた言葉に女――エレノア=シャーレットは薄ら寒い笑みを浮かべていた。

 

「考えてみれば、今回の王室親衛隊が暴走し始めたのは、女王陛下がエルミアナ王女に会うために席を離れた後、貴女がゼーロスとセリカに接触してからなんだよね。アルベルト先輩も俺も最初は王室親衛隊が暴走したと先入観があったから気付かなかったんだけど」

 

「あらあら、遠見の魔術で覗き見ですか?趣味が悪いですわ」

 

「別に貴女の裸を見たわけじゃないし、いいでしょ?で、一つ聞きたいんだけど、お宅らの目的って何?もし、ルミアが本当に王女なら……以前は誘拐しようとしたのに、なんで今回は殺すことにしたの?行動に一貫性がないんだよね。一体、何がしたいわけ?」

 

「……『禁忌教典(アカシックレコード)』」

 

 意味不明のエレノアの返しに、サーシャは小首を傾げる。

 

「そう、我々が目指すは大いなる天空の知恵『禁忌教典』……そのための王女……とでも言っておきましょうかしら?……くすくすくす」

 

 大手を広げて空を仰ぎ、陶酔したように語るエレノア。

 

 そんなエレノアの前に、へぇ~っと思いながら、サーシャが問う。

 

「ふーん、その『禁忌教典』という代物を手に入れるために、王女の生死は問わない、と?」

 

「もちろん生きていらっしゃる方が良いのですが、急進派とでもいいましょうか……組織の中にはせっかちな方もいますので……ふふっ、今回、せっかく綿密な遺体回収ルートを苦労して用意したのですが、全部無駄になってしまいましたわ」

 

「なるほどね、自分で手を下さずにわざわざ王室親衛隊に殺らせようとしたのは、そういうこと?」

 

「ご想像にお任せしますわ、帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー13≪死神≫……いえ、東セルフォード連邦国家保安委員会所属、サーシャ=ミハイロヴィチ=ロマノフ様」

 

 艶然に微笑むエレノアに、サーシャの周辺の闇がさらに濃くなった、ような気がした。

 

「へぇ~、バレちゃってたんだ?貴女に。さすが♪アレ、結構、上手く捏造してたのにな」

 

「くすくす」

 

「まぁ、いいや。知られてしまったら……それなりの対処をすればいいだけだし。ねぇ、エレノアさん。王女のことなんだけど、貴女の話を聞いた限りだと、ウチらに莫大な益をもたらしそうなんだよね。だからさ、手、引いてくんない?別に王女をそこまで狙う必要もないじゃん?あんなに凄腕の外道魔術師を死なせなくてもさ。だから、手を引いて♪」

 

「あらあら……それはお断りいたしますわ。全ては大導師様のためなんですから」

 

 サーシャが微笑みながら言う取引を、同じく微笑みながら一蹴するエレノア。

 

 すると、たちまち場に、戦場特有の張り詰めたような殺気が満ちていく。

 

「あっそ。なら、死んで♪」

 

 たちまち、周囲の気温が低くなる。氷点下に達する。

 

「あらあら、怖いですわね」

 

 だが、エレノアは動じず、余裕の表情で笑った。

 

「流石に貴方と相手したら、後の二人、特務分室のエース三人を同時に相手取るのは分が悪いですわね……ここは一つ、逃げの一手を打たせてもらいますわ」

 

「まぁまぁ、そう言わずに……少し付き合って下さいなッ!」

 

 サーシャが呪文を唱え始めると、大気中に氷刀が生成される。

 

 同時にエレノアも舞うような身振り手振りと共に呪文を唱え始め――

 

 フェジテの人知れぬ路地裏で、魔力と魔力が激突し、衝撃音が響き渡った。

 

 

 

 

 結論から言えば、騒ぎは大事なく収まった。

 

 あの後、なんやかんやあったものの、グレンからの盛大な上段回し蹴りを喰らったゼーロスの投降宣言に伴い、暴走する王室親衛隊は沈静化。

 

 そして、アリシアが身に降りかかった事件を学院生徒達の前で演説した。

 

 帝国政府に敵対するテロ組織の卑怯な罠に陥ったこと。そして、勇敢な魔術講師と学院生徒の活躍で事なきを得たこと。

 

 セリカの結界のおかげでグレンや女王達の会話が漏れなかったのも幸いしたのだろう。国難に関わる危険な部分はさりげなくぼかし、華々しい部分はあえて美化して強調する――世界を相手取る一国の女王の巧みな話術が、場にいた全ての者達を見事に欺いた。

 

 一時、居合わせた者達を不安と動揺が支配するが、それもすぐに落ち着いた。

 

 最後に一騒動あったものの、魔術競技祭はここに無事終了する運びとなった。

 

 そして――

 

 

 

 

「……以上が、今回の案件の報告となります」

 

 すっかり夜の帳に包まれた某所にて。サーシャは通信魔導器で誰かに報告していた。

 

『ご苦労であった、同志サーシャ。君が収集した情報は明日の中央委員会で議題に取り上げるとしよう』

 

「ありがとうございます」

 

 四十代くらいの、陰湿そうな声の男が聞こえる。

 

 サーシャが敬語を使う辺り、中央委員会というあたり、政府では上級幹部であることは間違いなかった。

 

『それと、女王付近ではどんな動きがあった?同志』

 

「動きとしては、今回、暴走した王室親衛隊には大きな咎めはないらしいです。総隊長のゼーロスには建前上、厳しい懲戒処分はありますでしょうが、酌量の余地はありますから、そこまで影響はないでしょう。ただ、今回は女王陛下付きの侍女長という側近中の側近が件の組織に内通していたという事実は、帝国政府に大きな波紋を呼びそうです」

 

『…………』

 

「恐らく今後は、内部で取り締まりが始まるでしょう。その時に、我々の同志も何人かは引っかかるでしょう」

 

『……そうか。それで、このルミア=ティンジェルという少女なのだが』

 

「ええ……利用価値はあります」

 

 ルミア=ティンジェル。

 

 感応増幅者。ルミアの異能。

 

 触れた相手の魔力と魔術を超強化する生きた魔導回路。

 

 確かに珍しい。破格の力ではある。

 

 だが――

 

『確かに珍しい能力だが……理解出来んな』

 

「件の組織のやることは理解できません。ですが……」

 

 天の智慧研究会は、ルミアの身柄を確保したいらしい。それも生死を問わずに、だ。

 

 だが、この能力は希有だが、ルミアだけに備わっているわけではない。他にもこの能力を備わっている異能者はごまんといる。

 

 単純に魔術を強化する儀式法や術式などはとっくに確立されているから、希有ではあるが、そこまで絶対的な魔術的価値がある能力ではないのだ。そんなの、あの組織ならわかっているはずなのだが。

 

 だが、それでもルミアに拘るということは――

 

「……決して意味のないことはしないでしょう。あの組織がどんなに犠牲を払ってでも掌握したい何かが彼女に備わっている、ということかと」

 

 それがなんなのか、今はわからないが、なんらかの形で自分達の役には立つことは確かだ。

 

(それにエレノアが言っていた『禁忌教典』……)

 

 結局、逃がしてしまったが、彼女が陶酔しながら零していた『禁忌教典』。

 

 一体、それはなんなのか、さっぱりわからない。本なのか、それとも別の何かなのか。

 

 だが、一つだけわかることがある。

 

 それは、その『禁忌教典』が手に入れば、絶大な力を得ることができるということ。

 

(それを手に入れたら、目的を果たすための大いなる力になる……ふふふ)

 

 少なくとも、手に入れて損するようなものでもあるまい。

 

 そして、『禁忌教典』を手に入れるための鍵が、ルミアという少女にあること。

 

 ならば――

 

「そこで、なのですが……彼女に接近するために、帝都を離れてフェジテで活動しようかと思いまして……」

 

『……方法はあるのか?あんまり、勝手に動くと、嗅ぎ付けられるぞ?同志サーシャ』

 

「ええ、大丈夫です。なにせ――」

 

 ニヤリと冷笑するサーシャ。

 

「近く、彼女の扱いについて円卓会で協議するでしょうから。その時に、統合参謀本部長がこちらが接近しやすいような状況を作るでしょうから」

 

『利用するだけ、利用する、か』

 

 くくくっと、含み笑いする男。

 

『良かろう。同志サーシャ、ルミア=ティンジェルに接近し、必要な情報を収集せよ。そして、可能であるならば……彼女をこちらに連れてきて欲しい。期限、手段は問わない。今後、そちらの任務に専念したまえ』

 

「了解しました。その件で、何人か、支援でこちらの任務に割り当てて欲しいのですが」

 

『いいだろう。第一総局と第八総局から何人か君の支援に回るように手配しておこう』

 

「ありがとうございます」

 

『健闘を祈る。全ては労働者のために、我々は力を得なければならぬ。他の誰よりもな』

 

「……了解致しました」

 

 そういうやり取りをして、サーシャは通信を切った。

 

「……面白くなってきた」

 

 そして、口の端をつり上げて冷笑するのであった。

 

 

 

 

 こうして。

 

 その夜は静かに、緩やかに更けていく――

 

 その裏では、帝国政府と天の智慧研究会の間に赤い国が暗躍しようということを、これが東セルフォードに少なからぬ影響をもたらすとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 





次で第二章に入ります。
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