Astoņi(第八話)
アルザーノ帝国魔術学院を擁する学究都市フェジテから、馬車で四日ほどの距離にある帝都オルランド――アルザーノ帝国首都。
その郊外には、天を衝くような、五つの巨大な塔からなる建造物が築かれているだろう。
人呼んで『業魔の塔』――帝国宮廷魔導士団の総本部である。
”汝、力に溺れるなかれ。心せよ、過ぎたる力は何時の日か、必ず汝が身を滅ぼすだろう”――そんな言葉を残した帝国宮廷魔導士団創設者兼初代団長の意を汲み、戒めの意味を込めて命名されたその塔。
そこで特務分室が所有する会議室にて開かれた室内緊急会議にて。
「これは一体、どういうこと!?」
ばんっ!
いつものように(ていうか風物詩と化している)、キンキン声が響き渡っていた。
声の主は、紅蓮の炎で染め上げたような髪が美しい、二十歳前後の娘だ。
情熱的な炎髪とは裏腹に、その相貌はどこまでも硬質で冷たく――相反する二つの属性が、その戦乙女然とした美貌も相まって、どこか常人離れした雰囲気を醸し出している。
イヴ=イグナイト。帝国宮廷魔導士団、特務分室室長、執行官ナンバー1≪魔術師≫を務める娘である。
そんなイヴからのキンキン声と机を叩く音が、いつものように響き渡る。
会議室中央に据えられた円卓には、イヴの他に、特務分室のお馴染みの面々、三名が席に着いている。
アルベルト、サーシャ、そして、たまたま報告で帰還していたリィエル。
そんな彼らを、イヴは苛立ちの目で睥睨し、金切り声で捲くし立てる。
「忙し過ぎるのよッ!仕事量、多過ぎッ!バカじゃないの!?」
「まぁ、そんなもんでしょ、とくにウチらは宮廷魔導士団の切り札みたいなもんですし、そんなもんじゃないですか?」
雪のように白い髪が特徴の少年サーシャが他人事のようにぼやく。
「そもそも、なんで今日の会議はこれだけしか集まらないのよ!?前々から招集かけてたじゃない!?」
「他の特務分室の連中なら、其々密命を帯びて、帝国各地で独自に動いている」
鷹のように鋭い雰囲気の青年アルベルトが、素っ気なく応じる。
「おっちゃんもクリストフ先輩も出払ってますからねー。そもそも、特務分室、一年前のあのイカれ野郎にやられて、大分減らされましたし」
天井を仰ぎ見ながら続けてぼやくサーシャ。
「……グレンもやめたし」
無気力、無感情、無表情――三拍子揃った人形のような少女リィエルも、思い出したようにぼそりと呟く。
「ああああもうっ!仕事量に対して、私達が人手不足過ぎるのよ!一体、いつになったら補充要員が来るの!?上は何やってるの!?この人手不足の上に、この無茶ぶりな仕事量。その上、室長の責任は重いし……いくらなんでも捌ききれないわよッ!」
すると。
「それを解消するために先日、室長権限で特務分室に人員を入れることにしたんですけどねー。あそこまでやっておきながら、最後はイブさん自身で盛大に爆発しましたしねー」
頭を抱えてヒステリックに喚き散らすイヴを見て、サーシャが遠い目で先日のことを思い出す。
「うるさいッ!聞こえてるわよッ!思い出させるな!」
「解せんな、イヴ。一体、何が不満なのだ?俺達は歯車だ。上からの命令には忠実に、かつ、状況に応じて自己判断も交え柔軟に、己が為しうる最大限の成果を出す……それが組織に貢献するという事だ。其処に私個人の事情や負担など……」
「ワーカホリックは黙ってなさい!」
常に無数の案件を同時に掛け持つアルベルトの、完璧かつ淡々とした仕事ぶりは有名で、団内では「いつ寝てんの」と噂されるほどであった。
「ああ、もうっ!この二人はぁ~~ッ!」
「それで?本題はなんなんです?まさか、イヴさんのキンキン声を聴かせるために呼んだんじゃないんでしょう?」
まったく、この人は……っと、サーシャが呆れながら本題を促す。
「ま、まぁいいわ。丁度貴方達に任務が来ているし。アルベルト、サーシャ、リィエルにはこの度、フェジテに向かってもらうわ。これは、上からの任務よ」
切り替えて任務の内容を話すイヴに、アルベルトとサーシャはその内容を頭に叩きこむのであった。
因みに、リィエルはお船を漕いでいた。
――――
「ごめんなさい!許してください!リック学院長!セリカ様ッ!」
アルザーノ帝国魔術学院学院長室にて。
呼び出されて学院長室にやってきたグレンは、部屋に入るなり、いきなり見事なムーンサルト・ジャンピング土下座を決めていた。
それを目の当たりにしたセリカとリック学院長は、目を点にして硬直するしかない。
「おい、グレン。なんなんだ?いきなり」
「ちょっとした手違い……ほんのちょっとした手違いだたんですぅうううッ!?お二方がお怒りになるのはごもっとも!平に、平にぃ~ッ!」
きょとん、と顔を見合わせるセリカとリックを前に、グレンが粛々と告解していく。
「薬草菜園で栽培されてきたキハレトの花、与える魔術肥料の種類を間違えて全部枯らしちゃって、ホントに申し訳ありませんでした――ッ!」
やたら恐縮するグレンに、リック学院長は穏やかに話しかける。
「ははは、グレン君。顔を上げたまえ。勘違いをされては困るよ。今日、我々が君を呼び出したのは、そのことについてではない。もっと別の要件なのだよ」
「あ、なーんだ、そうだったんですか。あっはっは、脅かさんでくださいよ!」
グレンは安堵したように息をついて、立ち上がった。
「ですよねー?だって、あの事件、証拠は完全に隠滅したはずだったんですもの。なーんでバレたのかなぁーって不思議だったんですよ、あっはっは!」
そして、朗らかに笑う。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、グレン君はうっかりさんだのう」
学院長も朗らかに笑う。
「あっはっは」
「ふぉっふぉっふぉっ」
そして、互いにひとしきり笑い合って……
「それはそうとグレン君、きみ、減給な」
「ぎゃあああああああああああああ――ッ!?ですよねぇえええ――ッ!?」
学院長は朗らかに裁定を下し、グレンは頭をかかえて悲鳴を上げた。
「うぅ、ちくしょう……これ以上、減給されたら、そのうち俺が学院に給料支払う羽目になるんですけど……」
あまりにも妥当かつ無慈悲な現実に、グレンはさめざめと涙を流すしかない。
「あぁ……せめて先月にあった魔術競技祭のハー……なんとか先輩との賭けの勝ち分があったらなぁ……てか、見栄張って生徒達に奢るんじゃなかった……ッ!ええい!俺の馬鹿馬鹿!」
「みっともなさ過ぎる……お前、自分自身が悲しくならないか?」
窓際で、ずぅーんと暗く項垂れるグレンへ、セリカは呆れたような視線を向ける。
「そもそもだ。いちいち減給されたことを嘆くくらいなら、ちょっとは勤務態度を改めたらどうなんだ?授業自体はそれなりに真面目にやってるからいいとしても、お前はそれ以外がザル過ぎる。ちょっとは魔術師としての自覚をもってだな……」
「ちっ……うっせーなぁ。はいはいはいはい、聞こえなーい」
「もしくはやらかすなら、決して表沙汰にならないようにもっと完璧にやれ……この私のようにな。お前は昔からどうにも詰めが甘い」
「わかりました!我が生涯をかけて敬意を払うべき偉大なる師匠!」
がしっと、グレンはセリカの手を両手で取り、感服と尊敬の目でセリカを見つめ――
「わしって、どうしてこんな連中を雇ってるんじゃろうな……」
美しい師弟愛の光景を前に、リック学院長は遠い目で外を眺めた。
そこには、いつものように自然溢れる学院敷地内の庭園光景と、鉄柵を挟んでの外側に広がるフェジテの古風な町並み――そして、その遥かな上空に浮かぶ雄大な蜃気楼の城――メルガリウスの天空城があった。
「ところで話を戻すが、グレン君。君に話というのは、編入生についてなのだよ」
「……編入生、ですか?」
「うむ。明日からこの学院に編入される二人の新しい生徒を、グレン君のクラスで受け入れくれないかね?」
「明日から?またそれは随分と急な話っすね……それにこんな中途半端な時期に編入されるってのも妙だ」
「……もっとも、君に拒否権はないのじゃが」
学院長は執務机を滑らせて、手にしていたものをグレンの方へと送る。
それは一本の筒型封筒だ。すでに蓋の封蝋は解かれている。見ればその筒型封筒に住所などが記載されていない。筒の装丁に使用されている革の高級さも考慮すれば、きっとこれは郵政機関を通さず、信頼できる筋の人間を使って直接学院に運ばせたものだろう。
(それにこの封蝋痕……帝国軍で使われている封蝋か?)
グレンはその筒を手に取って蓋を開け、筒の中から綺麗に丸められた一枚の羊皮紙を取り出し、それを広げた。その羊皮紙には細かい文字で要項がびっしりと書かれ、最後に鷹の紋章が金で箔押しされている。
「鷹の紋?つまり、女王陛下公認の帝国政府公文書……しかも設定されている秘匿等級がやけに高い……って、ちょ!?これ、軍の人事異動に関する最重要機密文書じゃないっすか!?」
グレンが驚愕に目を見開いて、その羊皮紙を凝視する。
「うむ。平たく言えば、今回の編入生をグレン君の担当するクラスへ、名指しで編入するよう指示する旨が書かれておる。女王陛下勅許、帝国政府直々の指令をもってな」
「……っ、まさか」
不自然な時期の、唐突な編入生。わざわざ自分のクラスへの編入指定。
「学院長。その編入生ってのは……」
「恐らく君が察したとおりじゃ、その編入生はルミア君の身辺警護として派遣されることになった帝国宮廷魔導士団の魔導士じゃよ。彼女と同じクラスの学友になれば、護衛も容易いだろう――政府と軍はそう判断したのじゃ」
「…………ッ!」
ルミア=ティンジェル。
グレンの担当するクラスの女子生徒だ。座学は優秀だが、白魔術以外の魔術の実践はやや苦手とするため、総合的な成績は平均的。その卓越した容姿を除けば、特筆することなどない平凡な生徒のように思える少女である。
だが、実は彼女には様々な秘密がある。
まず一つ、彼女はアルザーノ帝国王室直系の血を引く、れっきとした王女であること。
そして二つ、彼女は王女であると同時に、この世界では未だ悪魔の生まれ変わりや落とし子と固く信じられている『異能者』であり、それゆえに彼女は様々な政治的理由から帝国王位継承権第二位という地位を剥奪され、王家を追放されてしまっていること。
さらに三つ、彼女は不可解なことに『天の智慧研究会』という魔術結社――常に歴史の裏側で暗躍し、政府と血みどろの抗争を繰り広げてきた最悪のテロリスト集団――に狙われている、ということだ。
ルミアの『異能』は『感応増幅者』と呼ばれる能力である。触れた相手の行使する魔術と魔力を増幅強化する力だ。
確かに珍しい。破格の力である。だが、『天の智慧研究会』ほどの魔術結社が今さら欲しがるほどの力でもないはずなのだ。単に魔術と魔力を強化するだけなら、現在の魔導技術を駆使すれば、他にいくらでも方法があるのだがら。
ありえそうなのは、ルミアの元・王女という立場をなんらかの形で政治的に利用することくらいなのだが、件の組織の二度目の仕掛けはルミアの生死を問わないものだった。政治利用の線は非常に薄い。
一体、ルミアに何があるのか?『天の智慧研究会』は一体、何を目的にルミアを狙っているのか?謎は深まるばかりである。
だが、その目的は不明だとしても、帝国政府としては、みすみすルミアを『天の智慧研究会』に渡すわけにはいかないという結論に達したらしい。もし、ルミアが件の組織の手に落ちれば、ろくなことが起きないだろうことは容易に予想がつく。
かと言って、元・王女であるルミアをあまりにも特別に扱えば、否応なく彼女に注目が集まり、国内外に余計な混乱をもたらす危険がある。神聖なる王家出身の『異能者』とは、この国の根底を破壊しかねない爆弾のような存在なのだ。
そこで下された苦肉の策が、帝国宮廷魔導士団から派遣した精鋭の魔導士を学院に紛れ込ませ、密かにルミアの身辺警護を行う……というものなのだろう。
「それは……心強いな」
グレンは素直にそう思った。
グレンもかつてその一員だったからよくわかる。帝国宮廷魔導士団は、帝国最強クラスの魔導士達が集まる精鋭部隊である。所属する魔導士達は、まさに一騎当千という言葉が相応しい。どうして自分のような三流魔術師がそんな連中の中に混ぜられていたのかが不思議なくらい、次元の違う化け物集団だ。
ルミアが明確に『天の智慧研究会』に狙われていると知って以来。、グレンはルミアの身辺に気を遣う毎日だった。だが、宮廷魔導士団から派遣されると知って、肩の荷が物凄く軽くなったような気分である。しかも、二名なのだからなおさらである。
「グレン君のクラスは、二年次生の必修講座の一つ、『遠征学修』が目前に控えていることもある。グレン君にとって今回の編入生は心強い助けになるのではないかね?」
確かにリックの言うとおりだった。それはもう否定しようもない。
「わかりました。今度の編入生、喜んでうちのクラスに受け入れさせてもらいます」
「おお、そうか。それは良かった」
グレンの返答に、リックは満足そうに頷いた。
「そうそう、編入生の詳細はその書類に書いてあるから、参考にしてくれ」
「了解っす。えーと……?」
グレンは手元の公文書に、ざっと目を通していく。
(帝国宮廷魔導士団からの派遣……とはいっても特殊な任務だからな。恐らく、派遣されるのは特務分室の連中だろう)
帝国軍における魔導戦力の主格かつ象徴たる帝国宮廷魔導士団。その中でも魔術絡みの案件・事件を専門に処理する秘匿性の高い特殊部隊――それが、かつてのグレンも所属していた『特務分室』と呼ばれる部署である。
(すると、護衛という任務に適した魔術が得意、もしくは高度な状況判断力を有して、編入生として違和感のない世代のやつは……≪法皇≫のクリストフと≪死神≫のサーシャか?あの二人が来てくれるなら、俺も少し、いや、大分は……)
編入生として派遣される人物候補をかなり確信しながら書類を流し読みしていると。
サーシャ=セルゲーヴナ=ソルダトワ。
リィエル=レイフォード。
編入生名の項目欄に、そんな名前が記載されているのが目に入った……気がした。
「……やれやれ」
グレンは大仰な動作で文章から視線を外し、ごしごしと目を擦った。
「ははっ……どうやら、俺、結構疲れてるみたいだ……一人は予想通りだが、もう一人……なんか、もっともあり得ない名前が見えたような気がしちまった……」
もう一度見る。
サーシャ=セルゲーヴナ=ソルダトワ……
……の下の名前を。
リィエル=レイフォード。
やっぱり、そんな名前が記載されている気がした。
「やべぇ……なんか本格的に幻覚が見える。もしくは深刻な目の障害か……あるいは俺が狂ったか」
もう一度見る。
リィエル=レイフォード。
「……おいおい、グレン、落ち着け、冷静になれよ。リィエル?あの≪戦車≫のリィエルだって?……そんな馬鹿な。あの暴走脳筋イノシシ娘、ナチュラルボーン破壊神、がっかり斬殺天使、一緒に任務に就きたくない同僚ランキング万年ぶっちぎりナンバーワンのリィエル?連携作戦を台無しにすることに定評があり、作戦なんて立てる意味ないだろう、だってリィエルがいるから、と各軍閥から太鼓判のあのリィエル?」
グレンは脂汗をだらだら垂らしながら肩を竦めた。
「ははっ、ナイス・ジョーク。護衛って結構、デリケートな任務だよな?こんな高度な状況判断力を要求される特殊任務にリィエルを寄越すと申されるか?んなわきゃねーだろ、あっはっは!特務分室もそこまで馬鹿じゃないし、深刻な人材不足じゃ……」
ちらり、グレンは薄目で恐る恐る、慎重に、一字一句確かめるように見る。
リィエル=レイフォード。
どう見ても、何度見ても、リィエル=レイフォードと読める文字の羅列。
これが何かのアナグラムであることも疑って、スペリングの分解再構築を行っても、どうもうまくいかない。ならば炙り出しかと思って、オイルライターの火で炙っても、紙面に変化は何も起こらない。
「…………」
グレンはたっぷりと数秒間沈黙しながら、羊皮紙に記載されらその名前を見つめて……
一人は心強いのだが、もう一人がソレという、その揺るぎない、無慈悲で残酷な現実に。
「ちょぉおっと待ってぇえええええええええええええええええ――ッ!?」
学院長室に、グレンの叫びが響き渡るのであった。