元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
私は、ヒーローになりたかった。
幼い頃は、リカちゃん人形で遊ぶ女の子たちを尻目に、赤いマントをひるがえし、男の子に混じって遊んでいた。
ヒーローの赤いマントを身に纏っている時だけは、私は無敵だったのだ。
努力は必ず報われる。
どんな逆境も力に変える。
敵も味方も、私の登場を固唾を飲んで見守り、私の熱く真っ直ぐな言葉は、みんなの心を感動で震わせる。
そして高らかに叫ぶのだ。
「正義は、必ず勝つ!」
しかし、よくある幼稚なヒーロー願望は時と共に現実を突きつけた。
ヒーローは英雄だ。
選ばれし者しか正義の名を語れない。
その現実が、私の赤いマントを引っ剥がそうとにじり寄ってくるのだ。
ヒーローは理屈で動かず、己が正義に真っ直ぐ進む。
傷付いた仲間を見て、全てを投げ捨て無鉄砲に飛び込んでいく。
私には出来ない。
怖くてどうしようもなくて逃げ出すだろう。
でも、それの何が悪いというのか。
恥ずべき行為でもない。
普通の人間は、自分が一番かわいいに決まっているのだから。
問題は、私にある。
愚かにも自分がヒーローになれる器だと勘違いしてしまった。
その結果が、今の私である。
未婚、恋人なし、恋愛経験ほぼなし。
今月で契約が切れる崖っぷち派遣社員。
年収200万。
1R風呂無しアパート。最寄駅徒歩20分。
年齢:アラサー
なんだこのとんでもないパワーワードは。
十分ヤバイ臭いがプンプンする情報に、『年齢:アラサー』が付くだけで救いようがなくなってくる。
一気に辛い情報になってくる。
同世代の女子が恋と青春に瞳を輝かせ、結婚し、妻になり、母になっていく頃。
私は必死に夢を追ってきた。
偽善とプライドの海に溺れながらも、赤いマントを必死に手放さないように。
誰も私の助けなど必要としていないのに。
そんな私だから、何者にもなれず、何様ばかり積み重なってしまったのだ。
だから、余計に嬉しかったのだろう。
「……さくら」
ある夜の夢の中。
懐かしい声が私を呼ぶ。
「たすけて、桜」
たとえ夢の中でも、私を必要としてくれる人がいる。
泣き果てた末の縋るような声に私は答える。
今まで言いたかったセリフだ。
今まで言えなかったセリフだ。
「必ず助けます」
私の正義が燃えている。
…………
なぜ昨日見た夢のことばかり思い出すのだろう。
走馬灯は、人生のフラッシュバックが相場のはずだ。
血に塗れた日本刀が、私に向かって振り下ろされている。
コマ送りのようにジリジリと刃が迫るが、どれだけ「逃げろ!」と念じても足は動かない。
タキサイキア現象。
危険を感じると脳が誤作動を起こし、世界がスローモーションに見えるアレだ。
よく見えるからと言って避けられるわけでもない。
自分が殺される瞬間をじっくり見学できるなんて最悪すぎる。
まさか身体に刃が通る間もこの速度なんだろうか。
嫌な可能性に思い至り心の中で絶叫するも、実際の唇はほんの1㎜開いたかどうかだ。
無駄な足掻きと分かっていても、胸中の喚きを止められない。
嫌だ。死にたくない。
死の瞬間を待ちながら、また昨日の夢がフラッシュバックする。
生まれたままの姿で現れた彼女は、真っ白な空間に溶け込むような白い肌を震わせる。
鎖骨まで伸びた髪の毛と、必死に訴えかける瞳だけが異様に黒く、まるで白い空間にそれらだけがポツンと浮かんでいるかのようだ。
彼女の乾燥した色の無い唇が開く。
「たすけて、桜」
バカヤロー。
どう見ても助けて欲しいのは私の方だ。
とうとう白刃が私の前髪に触れ、同時に私の唇も動き出した。
おそらく彼女と同じような土気色の唇から言葉が溢れる。
「たすけて、ヒーロー」