元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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十話 ゴリラ界ではモテ男

 

「いや、本当大丈夫だって! 全然たいしたことねーから! 桜さんの着物も汚れちまうし……。ほら、壁も修理しねーと!」

「ちょっと黙ってて下さい」

 

私の手から逃れようと、しどろもどろに訴える近藤さんをピシャリと黙らせる。

鈍器で殴られた額にソッと指を滑らせる。

赤みがかって腫れた患部に触れられると、近藤さんは痛そうに小さく身動ぎした。

かなりの出血があったはずだが、既に血は止まっている。

皮膚の表面だけが裂かれた小さい傷に薄く滲んだ血液を見て、相変わらずデタラメな身体に溜息が出る。

どうやら大きめのタンコブですんだ傷を、手早く消毒しながら、スナック『すまいる』に初出勤した日を思い出していた。

 

初めて見たお妙さんVS近藤さんの喧嘩。

お妙さんの渾身の右ストレートが、近藤さんの顔面にクリティカルヒットして、屈強な男の身体がオモチャのように空を飛んでいく。

それはわかりやすく例えるならば、時速100キロのダンプカーに轢かれた衝撃に等しい。

そんな大事故を目撃して半狂乱になる私に、

当然、殴った衝撃でグシャグシャに潰れるはずの手をプラプラと振りながら私を慰めるお妙さんがいて。

当然、陥没しているはずの顔面に、八の字眉を垂れ下げながら私を落ち着かせる近藤さんがいて。

二人の必死の説得があり、ようやく私は冷静さを取り戻したのだった。

 

そしてなぜ無事なのか、という当然の問いに、

女は「うちは剣の道場なのよ」と答え、男は「毎日鍛錬を欠かさないですからな」と答えた。

全く答えになっていない返答に、ますます混乱する私を見かねて、おりょうさんが補足説明をしてくれる。

それによると、なにも全ての人間がこんなに頑丈なわけではなく、並々ならぬ鍛錬を積み重ねることによって身体能力が異常に向上するらしい。

「私がお妙にパンチされたら顔面吹っ飛んじゃうわよ」と、カラカラ笑うおりょうさんに、

「身体鍛えたぐらいでどうにかなる問題じゃねーよ!」

と、口には出さなかった私を褒めて頂きたい。

 

そんな馬鹿げた話でも、近藤さんの手当てをしていると信じざるを得ない。

この一ヶ月。

彼がぶっ飛ばされる度に、今度こそ死ぬんじゃないかと戦々恐々していた。

しかし私の心配をよそに、本人は数分で復活するのだからゴキブリ並みの生命力である。

もはやゴリラなのかゴキブリなのか分かったものではない。

大事には至らないと知っていても、いざ現場を目の前にすると駆け寄らずにはいられない。

それぐらい彼のヤラレっぷりは壮絶なのだ。

といっても、スナック『すまいる』の従業員は慣れきっている様子で、のたうち回るゴリラに一瞥すらくれない。

それに比べていつまで経っても慣れない私だが、それで良いと最近は思う。

この惨劇に慣れてしまったら元の世界に帰る頃にはドライモンスターになってしまいそうだ。

動物園で苦しむゴリラを見ても眉一つ動かさないような——いや、ゴキジェットをかけられて苦しむゴキブリを薄笑いで見守るような——あんまりに嫌な考えに行き着いて、慌ててブンブンと頭を振る。

どんだけ失礼なんだ私は!

いくらなんでもゴキブリはひどすぎる。

よく見るんだ。

超犯罪級のストーカーといえど、良く見ようとさえすれば——

 

「人間寄りの可愛いゴリラですね……」

「え?」

思わず声に出していた。

呼応して、手負いのゴリラが頓狂な声をあげる。

「いえ、なんでもないです」と、慌てて取り繕ろってなんとか真面目な顔を貼り付けた。

 

そんなこんなで甲斐甲斐しくゴリラの世話をしていたせいで、いつのまにかお妙さんのヘルプ兼ゴリラの世話係に任命されていた。

夜の蝶になるべく心構えをしていたのに、正直拍子抜けだ。

キャバ嬢の仕事は確実に向いていないから、助かったともいえる。

そもそもキャバクラという職場は、10代から20代そこそこの若き乙女が日々磨き上げた美を競い合う場である。

その商品棚に自分が並べられると思うとゾッとする。

賞味期限ギリギリのアラサーが、在庫あまりで店の悩みのタネになるのは必至だ。

そう考えると、近藤さんの世話係は私にとって有難い話である。

 

とはいえ、一応女としてのプライドもなくはない。

少しはキャバ嬢らしく軽快なトークでも弾ませてみるかと思い、大人しく手当てを受けていたゴリラに話を振ってみる。

 

「近藤さんって変態ですよね」

いささか唐突すぎる話題に、

「え、俺⁉︎」

と、近藤さんは目を丸くして言った。

「あなた以外誰がいるんですか。殴られて喜ぶ人間はドMって言うんですよ」

「別に殴られたいワケじゃねーよ⁉︎ ほら、お妙さんって照れ屋だからさ。俺のストレートな愛にちょーっとばかし暴力的に答えちゃうだけなんだよね」

「よかった。暴力振るわれてる自覚はあったんですね」

 

さすがの恋愛フィルターも、お妙さんの攻撃には効かないようだ。

私は使い終わった消毒液を片付けながら、

 

「それにしても今日はいつにも増して絡み酒じゃないですか。殴られたがってるようにしか見えませんよ」

「俺としては癒されたいんだけどね⁉︎ おかしいなぁ! キャバクラ来て女の子に話しかけるとそんな風に見えんの⁉︎」

「どちらかというと相手の問題では……」

 

お妙さんと近藤さんが絡むと悲惨な結末しか見えない。

彼は気まずそうに頬をポリポリとかいて、

 

「まぁ、当たってるんだけどさ……」

「なるほど。何があったんですか?」

「何がってほどじゃないよ。色々と、ね。ちょっと仕事で大ポカやっちまって、落ち込んでただけ。俺は頭わりーから、うまくいかねーことも多いんだわ。でも、見抜かれるぐらいバレバレなんて恥ずかしいなー」

 

お妙さんに情けないと思われただろうかと心配する近藤さんは、普通に恋する大人の男だ。

お妙さんのヘルプとしてずいぶん彼と話す機会もあったけど、近藤さんは意外と普通だ。

会話の内容も仕事の話がほとんどで、自由すぎる部下の愚痴や剣についてだったりする。

女性が喜ぶ話題はないけれど、仕事のことを生き生きと語る近藤さんは、ザ・働く男って感じで好印象だった。

そのままの彼を保ってくれれば、真選組局長という肩書きも相まって、十分女性にモテそうだ。

 

しかし、女性が絡むと途端に彼はポンコツになる。

下心が隠せない。

若い女の子の生足を見て鼻血を出したり、不自然に下半身の着物を正したり、とくにお妙さんが絡むと性犯罪者にメタモルフォーゼだ。

滲み出る童貞臭がモテない原因だと、いつ本人は気付くのだろうか。

とんでもなく失礼なことを考えながら、返答する。

 

「ゴリラも落ち込んだりするんですねぇ」

「俺ホモサピエンスだから! いや、もはやゴリラなのかな⁉︎ 自分で気付いてなかっただけでゴリラだからこんなに頭わりーのかな⁉︎」

「……驚きました。本当に落ち込んでるんですね」

「だからそう言ってるじゃん!」

「というか、これぐらいで泣かないでくださいよ」

 

男らしい精悍な顔をぐしゃぐしゃにして、近藤さんは涙目で訴える。

「別に泣いてねーし!」と強がる姿はどこぞの中学生みたいだ。

こういう子供っぽいところも、良く言えば親しみがあって魅力の一つと言えなくもない。

だが、真選組局長としては威厳のカケラもなく、そんなお偉いさんだなんてちょっと信じ難い。

なぜこんな男がトップなのか。

真選組という組織は大丈夫なのか。

歌舞伎町の住人が抱く懐疑心の半分は、近藤さんのせいなんじゃないかと思う。

何も知らなければ、私だって同じように感じただろう。

しかし、私は知っている。

この男がどれだけ純真で、正義の心をその胸に秘めているかを。

 

「落ち込んでることって、もしかしてヴァンパイア事件に関係あります?」

 

涙ぐむ近藤さんを適当に慰めて、話を振った。

隠されると聞き出したくなるのが、人間の性だ。

 

近藤さんは少し躊躇って、

「……さっきも聞いてきたけど、桜さんってヴァンパイア事件に興味あるの?」

質問に質問で返された。

私は新しいガーゼを取り出しながらさりげなく答える。

 

「そりゃー、ありますよ。首の噛み傷に、血液を全て抜かれた死体——まるでホラー映画じゃないですか。こんな猟奇的殺人事件が身近で起こってるなんて。歌舞伎町の人間なら、少なからず気になってるんじゃないですか」

彼はどこかホッとした様子で、

「そっか。……そーだよな」

と小さく呟いた。

 

「そうですよ。ただの好奇心です」

彼を安心させるようになるべく軽やかな声で言う。

その返答を聞くと、近藤さんはいつになく真面目な顔で声を潜めた。

 

「……それなら、むやみに事件のことは聞き出さない方がいい。いらぬ誤解を受けるからよ」

「いらぬ誤解って……どんな誤解ですか?」

彼らしからぬ忠告に眉をひそめて聞き返すと、近藤さんはしどろもどろに、

「へ⁉︎ い、いや別に……。アレだよアレ! 色々だよ!」

「色々ですか……」

「うん! そうそう! 色々ってことはつまり、あの、その——」

彼には悪いが、あわあわとパニクる姿はちょっと微笑ましい。

 

一方で、近藤さんを困らせてしまったことに反省もしていた。

気になることがあると、ダメだと分かっていてもつい好奇心に負けてしまう。

私の悪い癖だ。

過ぎた好奇心は身を滅ぼすことを、胸に留めなくては。

相変わらずお人好しの困った人だなと思いながら、さすがにかわいそうになってきたので助け舟を出そうと——

 

「色々ってのは、テメーに話すことなんざ何もねぇっつー意味だよ。なぁ、近藤さん」

唐突に、頭の上から冷ややかな声が落ちる。

ギクリと身を固まらせた近藤さんは、おそるおそる視線を私の後方上部に固定した。

 

「ト、トシ……」

 

 

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