元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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十二話 蝶と蛾はだいたい同じ

 

「局長のぉ! ちょっといいとこ見てみたい! はーい、ウッホウッホウッホッホ!」

「ウッホウッホウッホッホ!」

沖田さんの号令を追いかけて声を張り上げる真選組の面々。

独特なコールに合わせてゴリラ——もとい近藤さんが泣きながら酒を飲み干していく。

 

「いつもこんな風にコールしてるんですか? ずいぶん賑やかに飲むんですね」

土方さんがタバコを咥えたタイミングで、ライターの火をサッと掲げてやる。

彼はタバコの先端を見つめながら、そっと火をうつした。

伏し目がちの瞳をそのままにして、まるで周りの喧騒から切り取られたような時間の中、ゆっくりと紫煙をくゆらす。

 

「べつに楽しくてやってるわけじゃねーよ。ありゃー、近藤さん潰す時の合図だ」

「潰すって、そんな物騒な……」

「お前も近藤さんと飲んでんなら分かるだろ。今日は相当悪酔いするパターンだぞ。そうなる前に潰しちまったほうが楽なんだよ、色々と。あの馬鹿力で暴れられたらたまったもんじゃねぇ」

 

眉間に深いシワを寄せて、土方さんは忌々しげに言う。

かくいう私も、たった1ヶ月の付き合いだというのに思い当たる被害が多すぎて、彼の言い分に深く頷いてみせた。

 

「上にも下にも問題児を抱えて、フォローも大変ですねぇ」

「そーだな。いまは変な女のフォローにも手こずってるんで、さらに大変だな」

「失礼ですね。土方さんにフォローされるほど落ちぶれてないですよ」

 

含みのある言い方に軽く言い返すと、土方さんは呆れ顔で、

 

「本当、口の減らねー女だな」

「安心してください。土方さんだけの特別待遇ですから」

「どんなオプション⁉︎」

「いまはツンデレを3:2の比率で提供中です」

「デレあった? どこらへんにデレ要素あった?」

「どうぞ。チョコレートパフェのマヨネーズトッピングになります」

「いや、そーゆー甘さ⁉︎」

「なに勘違いしてるんですか。ツンデレは、マヨネーズをツンとするほどデレーっとかけるの略です」

「俺の知ってるツンデレと違う!」

「でも、お好きでしょう?」

 

にっこりと微笑みかけて、マヨネーズを追加していく。

甘味とマヨネーズの素敵なコラボレーション。

絶対に直視しないようにするのがコツだ。

常人に耐えられる光景ではない。

 

「な、なかなか分かってるじゃねーか」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

おいしくなーれ☆ おいしくなーれ☆と呪詛を唱えつつ、さらに悪魔を投入していく。

するとあら不思議。

鬼の副長も大喜びだ。

土方さんにはマヨネーズさえ与えとけば満足してくれるので、客としては大変手間のかからない相手といえる。

 

「なんでィ。ずいぶん楽しそーにしてるじゃねーか」

 

いつのまにかコール隊長を抜けてきた沖田さんが、土方さんの隣にドカリと座る。

 

「あれ、いいんですか? 抜けてきちゃって」

「ああ、もう3番に入ったからな。99番歌い切るまでにはゴリラも潰れるだろ」

「それどこの地獄のロード? 」

 

近藤さんにちらりと視線を向けると、真選組の面々は慣れたコールに飽きたのか既に好き勝手に飲み始めていた。

ざわめきの中で、近藤さんが一人で酒をあおっている。

 

「……なんか自分でコールしてるんですけど。もはや誰も見てないのにウホウホ言いながらゴリラが一気してるんですけど」

「あー、ちょうど4番入りやしたね」

「あと95番この地獄続くの⁉︎ すごい可哀想! 見てられない! 見てられないよ! だって泣いてるもの! ウホウホの声が震えてるもの!」

「馬鹿野郎! うかつに見るな。仲間だと思われるぞ」

 

土方さんがやけに真剣な声色で言い、私の頭をむんずと掴んで無理矢理伏せる。

 

「いいの⁉︎ 君らの大将あんな切なくていいの⁉︎」

「いいも悪いもねーでさァ。一度優しくするとつけあがるからな。10のうち、9は無視、1は嘲笑(ちょうしょう)で十分でィ」

「デレがツンを超えてます」

 

いや、待てよ。

放置プレイ(ツン)のあとでは、嘲笑(デレ)はご褒美になるのかもしれない。

完璧な調教レシピすぎる。

さすがドSの王子様。

ツンデレの使いっぷりが違う。

とはいえ、酔った近藤さんがとてつもなく面倒なのは確かだ。

彼には悪いけれど、私も慣習に準じさせてもらおう。

 

マヨネーズパフェと孤独なゴリラ。

若干難易度が上がったトラップをなんとか目に入らないよう回避して、沖田さんのお酌に向かう。

 

「沖田さん、お酌します」

「俺ァ、いまは八海山しか飲まねーぞ」

「心得てます」

私は微笑んで、目の前で徳利をふってみせた。

沖田さんは少し驚いた顔をして、

「意外と気がきくんだな」

「ゴマをするべき相手のリサーチぐらい当然ですよ」

「悪くねぇ」

 

満更でもなさそうに、彼はふんと鼻を鳴らしてお猪口を差し出す。

私は徳利を両手で持ち、なるべく手のひらを見せないように注意して酒を注いだ。

なみなみと注がれた透明な液体。

日本酒の豊かな香りがふわりと広がって鼻先をくすぐる。

沖田さんは慣れた手つきでくいっと一口含む。

青年というべきかも悩む年齢なのに、日本酒をあおる姿はなかなか様になっている。

 

「なかなか様になってるじゃねーか」

「え?」

「お前のキャバ嬢っぷりだよ。こないだまで無愛想だったくせに、リップサービスできるんだな」

 

心の中を言い当てられたのかと一瞬ギョッとした。

沖田総悟。

若干18歳にして、真選組の特攻隊長を務める剣の天才。

自他共に認めるドSっぷりは凄まじく、彼の歩いた後には屍の道ができるという。

今後とも是非当たり障りない関係でいたい。

触らぬサドに祟りなしだ。

私は営業スマイルを浮かべて答える。

 

「仕事ですから。お給料分の働きぐらいはしますよ」

王子様のお気に召さない回答だったのだろう。

ふーんとつまらなそうに言って、骨ばったしなやかな手でお猪口をもてあそぶ。

 

「そーいや、兄貴はお前の仕事っぷりを見に来ねーのかよ」

「……私に兄はいません。知ってるでしょう? 誰のせいで作り損ねたと思ってるんですか」

 

まだ癒えていない古傷に塩を塗りたくる沖田さんを睨みつけると、マヨネーズに夢中になっていた土方さんが顔を上げる。

 

「バーカ。ありゃ、お前が無茶苦茶言ってただけだろ。常識的に考えて、なんの証拠もねーのに戸籍登録なんて無理に決まってんだろーが」

 

そうなのだ。

あの日、あんなに坂田銀時の妹になる!と妹キャラをゴリ押したにも関わらず、結論からいうと坂田銀時妹計画は失敗に終わっていた。

というのも、まあ普通に考えれば当たり前の話になるが、妹として戸籍登録しようにも証拠がいる。

最大のネックはDNA鑑定を求められたことだった。

結果なんてわかりきっている。

鑑定するまでもなく銀さんと私は赤の他人。

さらに言えば、妹うんぬんの前に、私の素性が怪しすぎたからだろう。

誰かの妹になる以前に、まず自分の身元をはっきりさせろという話だ。

当然だ。

至極もっともな話だ。

 

しかし、私にも言い分はある。

私にとって、ここは某ギャグ漫画『銀魂』の世界だ。

……イケると思うじゃん⁉︎

なんやかんやでヌルッとそこはオッケーな雰囲気になると思うじゃん⁉︎

バズーカをモロに受けても髪の毛が爆発するぐらいのダメージしか負わない人間に、常識がどうとか本当に言われたくない。

 

私の憤りはこの世界で私一人にしかわからないんだ。

こんなところでも世界からの疎外感を感じて虚しくなる。

厳しい状況ではあったが、なんとか銀さんの好意で身元保証人を確保できただけでも幸運と言えるだろう。

計算外の出来事があったわりには、その後の生活はトントン拍子に整った。

戸籍のない私に代わって、銀さんは迅速に住居・職場・当面の金銭を用意してくれた。

いくら生業の性質上厄介ごとが多いとはいえ、普段から何かしらやってるんじゃないかと疑うほどの仕事っぷりだ。

とにかく当面の目標は、銀さんへの借金返済である。

 

元の世界へ帰る糸口どころか、目の前の日常を生きることで精一杯だ。

そんな私の苦労も知らないマヨネーズ馬鹿にバカにされたのが悔しくて、

「警察も大変ですね。私みたいなバカに振り回されて」

含みのある言葉をからかうように投げかけた。

土方さんはピクリと眉を動かすと、

「それはどういう意味——」

 

その時——

「出ました! 吸血鬼です!」

一人の真選組隊士——山崎退が宴会会場に転がり込んだ。

 

「どこだ!」

腰を浮かせた土方さんが鋭く問う。

「B地点です。既に1番隊、2番隊が向かっています!」

「わかった。テメーら!  仕事だ!  3番隊、4番隊はAルート。5番隊、6番隊はCルート。山崎はゴリラ。吸血鬼かなんだか知らねーが、今夜血を抜かれるのは奴の方だ。血祭りにあげてやれ!」

 

眼光鋭く、土方さんが決起する。

真選組の面々は、気合の入った雄叫びを返して、次々に剣を握りしめて飛び出していく。

ついさっきまで酒に溺れていた連中とは思えない。

 

ただ一人、山崎さんだけが情けない声で、

「いや、俺だけゴリラってどうゆうこと⁉︎」

「そのまんまだ。そこに酔いつぶれたゴリラがいるから、屯所に連れ帰っとけ。今夜は近藤さんの出番はねぇよ」

また貧乏くじかよ、とブツクサ言いながら山崎さんはゴリラの回収にいく。

 

その姿を横目で追ってから、私を睨み付けている土方さんに視線を戻す。

「そんなに熱く見つめられると照れちゃいます」

軽い冗談を微笑んで返してみると、彼の眉間のシワはさらに深まった。

 

「茶化すんじゃねぇよ。さっきの言葉、どういう意味だ」

「どういうって……、そのまんまの意味です。これだけ毎日警察に出入りされて、気付かない方がどうかしてますよ」

まあ、一番の根拠は近藤さんですけどねと語尾に付け加える。

 

思い当たる節があるのだろう。

土方さんは忌々しげに舌打ちをして、「使えねーゴリラだな」と低い声でうなった。

 

「お妙さんに会いに来ているって名目は納得できますけど、容疑者に助言しちゃまずいでしょう」

 

近藤さんの言葉——ヴァンパイア事件について聞くな——は、明らかに私の立場を案じてのセリフだ。

たった1ヶ月の付き合いで容疑者に情をうつすなんて甘っちょろいにも程がある。

 

「ともかく、これで本当の意味で私の容疑は晴れたと思っていいんですかね? 」

身に覚えのないことで警察に見張られるなんて気分が悪い。

 

しかし、私もつくづく間の悪い女だ。

ヴァンパイア事件は、私が釈放されて数日後に起こった。

釈放した不審な女。

その直後に起こった猟奇的殺人事件。

何かしらの繋がりを疑うのも無理はない。

けれど、ついに事件は起こったのだ。

この場で警察と一緒にいた私には完璧なアリバイができたことになる。

土方さんは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

 

「ああ、残念なことにな……」

「私もです。これから土方さんにもめっきり会えなくなると思うと、寂しくて震えが止まりませんよ」

私はニッコリと笑顔を返し、別れの言葉を送った。

 

 

 

 

真犯人を捕まえるために飛び出していった真選組。

騒ぎの主を失い、途端にガランと静かになったシャンデリアの下。

同じくらい静かな闘志を胸に、私は立っていた。

ちょうどいま、戦いに身を投じているだろう彼らに想いを馳せる。

去り際の沖田さんの何か言いたげな瞳を思い出す。

彼らの手は借りない。

誰の助けもいらない。

というか、すでに返せるか分からないほどの恩がある。

 

万事屋のみんな。

スナック『すまいる』のみんな。

あと一応、真選組。

 

これ以上借金を増やすのはごめんだ。

別れることを決めている世界。

しがらみは少ないに限る。

私はざわめく心を落ち着かせようと、無心で散乱した宴会の後片付けをはじめた。

 

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