元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
いつだか姉さんが言っていた。
「知ってる? 男の子が勇敢なのは、女の子を守るためなのよ。女の子がピンチになるとね、いつだってカッコよく助けに来てくれるの」
姉さんは最愛の婚約者をうっとりと見つめながら、熱のこもった瞳をキラキラと潤ませていた。
私は呆れて答える。
「姉さん、それは違うよ。心理学的見地で言うなら、男のソレはいわゆる
「……見栄?」
キョトンとして、彼女は黒目がちの瞳を私に向けた。
大真面目に私はうなずく。
「理想主義からくる虚栄心だよ。有事の際に、女性が逃げ腰なのは現実的思考が強いから。負けた時のリスクを秤にかけるからだ。それに比べて、男性は圧倒的に危機感が薄い。他者からの評価やあるべき理想像を追求する傾向にあるから。特に他者──女性と一緒にいるときは顕著だよ。自分を大きく見せたい。好意を持ってほしい。あるいは、弱い者を守る自分に浸りたい——。そりゃ、姉さんからすれば完璧に見えるのかもしれないけど、
彼女の白く華奢な腕が伸びて、異様に細い指たちが私の口を塞いだ。
姉さんは頬を膨らませて言う。
「もー、桜ってば。またそういう可愛くないことばっかり言うんだから! 女の子はね、好きな男の子に守られている時が一番幸せなのよ。大好きな人の腕の中にいると、他にはもう何もいらないってとろけちゃうんだから」
そして姉さんは本当にとろけるような笑顔言った。
「桜もそのうちわかるよ。いつか桜だけのヒーローが現れたらね」
「でも、私は——」
——私は、ヒーローが欲しいんじゃなくて、ヒーローになりたいんだけど。
口を出かけた言葉は、途中で尻すぼみになって消えた。
当時、まだ夢を見ていた私にはぴんとこなかったけれど、清らかで純粋な姉の言葉は年を経るにつれてふしぎな重みを帯びてきた。
守る男と守られる女。
その理想的な対比。
大半の男女は、その役割をこなすことに幸せを感じている。
しかし、その大半に私はどうしても入りこめないのだ。
姉から受けた「可愛くない」の評価もめずらしいことではなかった。
それは時に遠回しに、時に直接的に異性から向けられる態度や言葉にまざまざと刻まれていた。
姉のような可愛い女の子には、そのピンチに駆けつけようと男の子が列をなしているのだろう。
けれど、私にはそんな大行列ができるわけもなく、閑古鳥がないている。
なので、私は私を守り続けるしかない。
ヒーローにはなれなくても、自分の身ぐらい守れると張りつめることは、意地っ張りな可愛くない女だろうか。
真冬のしんと冷えた空気が満ちる。
深夜0時を迎えて、歌舞伎町は第二形態に移行する。
明日の会社のために終電に走るサラリーマン。
オールを覚悟して三次会の会場を探す大学生風の青年。
酔いつぶれた女をラブホテルに連れ込むチャラ男。
それを横目にタクシーですごすご帰るおじさん。
それぞれの思惑が交錯し、長い夜がはじまる。
こうして眺めていると、圧倒的に女性が少ないのはやはりヴァンパイア事件の影響だろう。
スナック『すまいる』からの帰り道。
家路を歩みながら思う。
男とは、実に危機感の薄い生き物だ。
いまのところ被害者は全員女性だが、男性が襲われないという保証はない。
けれど、男は自分が事件に巻き込まれることを考えもしない。
警戒心の強い乙女を捕まえられず、飢えたヴァンパイアは仕方なく男の血をすすることもあるとは想像しないのか。
しないんだろうな。
なぜなら、事件ごときにビビる男じゃないと、謎の余裕を周囲に見せつけたいからだ。
くだらない。
男のプライド──虚栄心は、女からみると無意味で非合理的としか思えない。
それだけじゃない。
常に男は加害者で、女は被害者だという優越感に浸っている。
自分は圧倒的に優位な立場であり、さながら獣が獲物を追いつめるがごとく、狩る側であることを疑わない。
ヨダレを垂らしながら、獲物が怯える様を楽しんでいるのだ。
だんだんと男女差別的思考に脱線していく。
もちろん全ての男性がそうじゃないと、頭では分かっているのに止まらない。
織物がほつれるように次々と思考が連なっていく。
ふつふつと沸き上がる怒りが、思考の暴走を加速させていく。
そもそもなんで私なんだ。
夜を飛び回る美しい蝶たちなら納得もできる。
お妙さんもおりょうさんも、性格に難ありではあるが美人なことは間違いない。
わざわざくたびれた引き立て役のアラサーを狙うあたり性根が腐っている。
——いや、逆か?
婚期を逃した寂しいアラサーなら、タダでやらせてくれるとでも思ってるとか?
または、美人じゃない方が低いハードルで手が出しやすいとか?
なるほどなるほど。
そういうことか。
よほど死にたいとみえる。
いいだろう。受けて立ってやる。
こうなったら全面戦争だ。
ばっちり証拠を抑えて、示談金をふんだくった後に、社会的にジワジワとくびり殺してやる。
グツグツと煮えたぎる怒りが脳みそを焦がしていき、姿の見えないストーカーを消し炭にしてやらんと、私は怒りを燃え上がらせていた。
事の発端は、スナック『すまいる』で働きはじめた当初に立ち戻る。
最初は些細なことだった。
ほんの少しの違和感。
なんとなく誰かに見られているような気がした。
そんな正体不明の「なんとなく」が積み重なって、見えない棘が刺さったみたいにどうにも気持ち悪い。
その棘は日増しに確かな存在感をもって、じくじくと私の心に不安の膿を生んだ。
それでも、あの頃は慣れない異世界生活に疲弊していたし、柄にもなくキャバ嬢なんてやって神経過敏になってるんだろうと気にしないようにしていた。
しかし、不意に確信のときは訪れる。
1週間ほど前のことである。
その日はゴリラのからみ酒に付き合わされてグッタリと疲れきって、家に帰った。
化粧を落とす気力もなくて、このまま寝てしまおうかと思いながら、今にも壊れそうなボロい戸を開く。
手探りで電気のスイッチを探して、パチンと明かりを付けた瞬間に気付いた。
数センチ開けていたはずのカーテンがぴったりと閉まっている。
気のせいではない。
日中は電気代を節約するため、窓から入り込む明かりを頼りにしていた。
だから常にカーテンは少しだけ開けている。
本当は全開にしたいところだが、誰かに見られているかもしれない状況でさすがの私もそこまで図太くはなかった。
それも自意識過剰かと思っていたが——。
部屋の入口で呆然と立ちすくむ。
微動だにせず、ただじっと不気味な垂れ布を見つめていた。
今日の外出時刻は16時。
それから現在の深夜1時までに犯行が行われたことになる。
単純に人目につかないことを考えると、真夜中の侵入が濃厚だろう。
ついさっきまでここに居たのかもしれない。
いや、まだ部屋の中にいる可能性も——。
真っ白な頭に危険信号が灯る。
ハッと我にかえって、部屋をぐるりと見回した。
こんな狭い部屋、隠れるスペースもないはずだ。
もし身を隠せるとすれば——私はすり足でこの部屋唯一のクローゼットに近寄る。
その取っ手にかじかんだ指をかけて、ノータイムで開け放つ。
——そこには数着の着物と洋服がかけられていた。
外出前と何も変わらない光景。
人影がないのは明らかなのに、思わず乱暴に服たちを引っかきまわす。
大丈夫だ。
誰もいない。何もいない。
止まっていた心臓がドッと音を鳴らし、震えるほど寒いはずなのに額には汗がにじんでいた。
被害の確認をはじめる。
いくらかの金銭、洋服と下着類──ものの5分で調査はおわった。
もともと持ち物なんて数えるほどしかない。
何かしら欠損はないかと慎重に見たが、金銭はもちろん何も盗られた形跡はなかった。
それどころか配置もかわっておらず、誰にも触られていないことは確かだ。
……侵入者は一体ここで何をしていたのだろう。
ただこの家に入って、ご丁寧にカーテンを閉めて帰ったとでもいうのか。
無意識に避けていた窓辺にそろりと近付く。
紺色のカーテンに指先で触れて、遠慮がちにゆっくりと両端に寄せた。
深夜の暗闇をうつした真っ黒な窓の世界に、反射した自分の顔が透明に浮かぶ。
窓が割られていないこと、鍵がかかっていることを確認して、カーテンを元のように戻した。
いつものように隙間を数センチあけて。
窓辺を離れようと身を引いたけれど、ふと思いついてもう一度顔を寄せる。
カーテンのあいだにできた闇の空間をのぞきこむ。
すると、ガラスに反射した自分の透明な目が、同じように私を見つめ返していた。
こんな風にいつも見られていたのだろうか。
そして、いまも見られているのだろうか。
想像してみる。
私が家を出た直後。
夕闇に沈みゆく部屋に影が落ちる。
その影が静かにゆらめいて、ずぶりと何者かが顔を出す。
そいつは部屋の暗がりを通って窓辺にたどり着くと、そっとカーテンを閉じる。
そうして出来上がった暗闇の部屋で、ただ立ち尽くすのだ。
私が帰ってくるときまで。ずっと。
その日は電気をつけっぱなしにして朝日が昇るまで眠れなかった。
もはやここは私の家ではなかった。
いま思い返しても衝撃と恐怖がべったりと心臓に張り付いている。
ボロくさいながらもやっと自分の家だと感じはじめた矢先のことだった。
どこに行っても私は世界の異物だったけれど、それでも自分の家でだけはかろうじて息が出来ていた。
外界から隔離された6畳1間のアパートには、たしかに私だけの世界があったのだ。
それを土足で踏みにじった下劣な行い、
ストーカーのほくそ笑む姿が目に浮かび、怒りのままに噛み締めた唇から血の味がにじんだ。
まんまと犯人の思うように怯えてしまった自分が情けない。
この屈辱は、今日ここで晴らしてみせる。
熱い決意を胸に秘めて、予定通りに三丁目の駄菓子屋がある角を右折する。
いつもとは違う帰宅コース。
人気のない裏道に入る。
無論、醜悪なストーカーを誘い出すための罠である。
私に張り付いていた真選組が引き上げたいま、ストーカーにとっては絶好のチャンスだ。
警察の目がなくなり、犯人の緊張は弛緩しただろう。
さぞ安心して私の前にのこのこと現れるはず……。
まっすぐに前を見つめて砂利混じりの土を踏みしめながら、後方に耳をそばだてる。
はやる心音を諌めるようにゆっくりめのリズムを刻む自分の足音を数える。
ひとつ、ふたつ、みっつ——。
ちょうど「10」を数えたとき、後方で砂利を蹴り上げたような大きな音がした。
きた!
興奮気味に着物の袂に手を伸ばし、震える指先をもどかしく思いながら用意していたボイスレコーダーの電源を速やかにいれる。
落ち着け。
ハートは熱く、頭はクールに。
戦術の基本だろう。
焦る必要はないんだ。
ゲス野郎を地獄に叩き落とす準備は万全なのだから。
あとはゆっくりと料理してやるだけ。
冷静になるまでのあいだ、練り上げた計画を頭の中でサッとなぞる。
まずはこの路地裏で犯罪を自供させる。
ぶるぶると怯える弱者を演じて上手く誘導してやれば意気揚々と話すだろう。
そこをボイスレコーダーでバッチリ録音&証拠ゲットだ。
つぎに、男が襲ってきたら事前に確保している逃走経路で繁華街に出る。
0時をまわってこそ真の姿を見せるのが歌舞伎町という町だ。
それなりの賑わいがあるのだから誰かしら助けてくれるはず。
まぁ、当てが外れてもたいした問題ではない。
いざとなればピンクの店に駆け込んで「お客様やめてください!」と叫んでやればいい。
黒服の屈強なお兄さんたちがボコボコに懲らしめてくれるだろう。
そして、万一、私に危害を加えようものなら容赦はしない。
ボイスレコーダーと一緒にしまっていたスタンガンを確かめるように指先で感じる。
これの威力はテスト済み。
人知を超えた生命力を持つ近藤さんを一発で失神させた代物だ。
どのようなルートをたどろうと男のボコボコ失神ENDは免れない。
そして、その後は破滅の一本道。
意識を失った男の荷物を拝借して、個人情報の入手。
会社や家族にバラすと脅して、金をしぼるだけしぼった後に真選組に引き渡す。
最高のエンディングが頭に流れて、俄然勇気がわいてくる。
自然と震えの止まった手をギュッと握りこんだ。
どこでどのように捕まえても最大限の屈辱を味あわせてやることは間違いない。
哀れなアラサーだと私を侮ったこと、社会的死をもって泣いて悔やむがいい!