元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
「なんでィ。もっとぐっちゃぐちゃに泣くかと思ったのに、つまんねーなァ」
栗色の髪。
飄々とした口調。
ベビーフェイスに似合わない好戦的な瞳。
そしてブレないドSっぷり——
「お、沖田さん⁉︎ なんで⁉︎」
沖田総悟は、抜き身の刀を
すでにバケモノの腕を斬り飛ばし、一仕事終えた刀身は、血を吸ってさらに飢えているようにみえた。
「それはこっちのセリフでさァ。何勝手に死にそうになってるんでィ」
「私だって好きで死にかけたわけじゃ——」
そう言いかけると、沖田さんが「来るぞ」と鋭く呟く。
何が? と疑問を口にする暇もなく、沖田さんは私の首根っこを掴み、軽々と後方に飛びすさる。
その勢いのまま、私は乱暴に投げ捨てられた。
痛む身体をさすって顔をあげると、目の前の光景に息をのむ。
さっきまで私が転がっていた地面に、バケモノの腕が深々と突き刺さっていた。
「グガグガグガグガチチチチチチチチチ! アノカタニチ! アノカタニチヲオオオオオ!」
あの方に血を……? 誰のことだ。
バケモノの
最終形態と化したバケモノは、闇の中でも浮かび上がるほど禍々しい。
いまだ
その異様な光景に、私は釘付けになる。
ヤツの邪気が空気を介して身体に入り込みそうで、息をするのも
その時、私の視界が
沖田さんだ。
散歩でもするように、ゆらりと私の前に進み出る。
ダメだ。あんなバケモノに勝てるはずない。
「逃げ——」
逃げましょう! と言おうとして、私は言葉を失う。
沖田さんは、ただ静かに刀を構えていた。
しかし、その背中からは剣山のような鋭い殺気が立ち昇る。
一瞬にして空気が重くなる錯覚。
この人には誰も触れられない。
直感的にそう感じた。
「アンタ、ずいぶんタフそうですねィ」
口調だけは軽やかに。
沖田さんは悠然と言う。
強敵を見咎めたバケモノの雄叫びが、冷たい夜気を引き裂いた。
「まあ、どんなにタフでも——」
タンッと軽い足音を立てて、沖田さんが軽やかに飛び出す。
ひらめく稲妻のごとく一瞬でバケモノの脇を通り過ぎると、蝶のようにふわりと着地した。
そして振り返ることもなく、刀についた血を振り払う。
「
彼がそう言った直後、バケモノの身体が崩れる。
左腕が飛ぶ。
右腕が飛ぶ。
左足が飛ぶ。
右足が飛ぶ。
最後にダルマのようなフォルムで残ったバケモノは、断末魔の叫びを上げると、肉片となって崩れ去った。
これが真選組一番隊隊長——沖田総悟。
その圧倒的な強さに戦慄を覚える。
私は呆然とへたり込んだまま、彼の姿を目で追っていた。
沖田さんはずんずんこちらに近付いてくると、気付けば目の前にいて、私を見下ろしていた。
我にかえって、緊張で乾ききった唇を開く。
「あ、ありがとうございました! 助けて頂いて——」
「なんで言わなかった」
私の言葉を遮る、彼にしてはめずらしく低い声。
言わなかった? 何を?
その質問の意図がわからず、私は疑問符を浮かべる。
沖田さんは静かに言い放つ。
「だから、なんで誰にも相談しなかったって聞いてんだ」
苛立ちを隠さない声色に、ハッとする。
いつも
なぜ彼が怒っているのか理解が追いつかず、私はしどろもどろに答える。
「あの……ただのストーカーだと思っていたので。自分で撃退できるかと——」
「それで死んでも、全部
沖田さんの言葉に息をのむ。
間違ってはいない。
その考えは、たしかに頭の片隅にあった。
しばしの沈黙の後、私は小さく肯定した。
沖田さんは大きなため息を吐いて、
「近藤さんにすら相談できねーほど、俺たちのことは信用できねーってか」
「そんなこと——!」
顔を上げると、思ったより真剣な瞳とぶつかって戸惑う。
何かがジンと胸にくる。
こんなに真剣に怒られたのはいつぶりだろうか。
「……すみませんでした。沖田さんにはご迷惑をおかけして——」
申し訳なさに消え入りそうな声が、大事なことを思い出す。
「——ッ真選組はどうしたんですか⁉︎ ヴァンパイア事件は⁉︎」
「知らねー。土方の野郎がどうにかしただろ」
沖田さんはこともなげに言った。
ヴァンパイア事件は、いまの真選組にとって間違いなく最優先事項。
斬り込み隊長の沖田さんがいなくていいはずがない。
「どうにかってそんな……なんでわざわざ私を追ってきたんですか」
私が襲われるなんてこと、沖田さんが知っていたはずがない。
大事な仕事を投げ出すほどの、根拠と策があるはずで——。
その考えをなぎ倒すように、「
「勘って——そ、そんな運任せな……」
「バーカ。俺は運がいいんじゃねぇ。勘がいいんでィ」
そういうものだろうか。
たしかに彼の鋭さは
沖田さんはついと視線をそらして、
「それに今日のアンタは様子がおかしかったんでねィ」
と、ついでのように付け足した。
……本当に鋭い人だ。
沖田さんの前では下手なことはできないと改めて思う。
変なタイミングで彼が視線をそらすものだから、私まで目線の行き場を失ってしまった。
視線の置き場に困ってさまよわせると 沖田さんの腕に目が止まる。
隊服は裂かれ、そこから
「沖田さん! 腕が!」
思わず小さく叫ぶと、
沖田さんは今しがた気づいた様子で、
「かすり傷でさァ。これぐらいなんともねェ」
と、ひらひら手を振ってみせた。
「何を言ってるんですか! 早く手当てしないと、血が——」
そうだ、早く治療を——
そう思った途端、ドクンと心臓が大袈裟に鳴った。
うまく息ができない。
傷口から流れる血から目が離せない。
苦しい。
真っ青になった顔を、沖田さんに悟られたくなくて
「止血します。少ししゃがんでください。」
沖田さんは何も言わずに、私の前にあぐらをかいて座った。
私も無言で、傷の具合を見る。
大丈夫。たしかにひどい傷ではない。
しっかり止血さえすれば——大丈夫、大丈夫だ。
私は応急処置さえすればいい。
手早く自分の
それを沖田さんの腕に巻こうと手を伸ばして、その手を握られた。
「自分で
「……そうですか」
小刻みに震える私の手から帯締めを受け取ると、彼は慣れた手つきで患部を止血した。
真冬の夜に音が吸い込まれたのかと思うほど、しんと静かだ。
荒くなった呼吸が、少しずつ落ち着いてくるのを感じる。
沖田さんは何も言わなかった。
いまはそれが
気まずい沈黙の後、
沖田さんはおもむろに立ち上がると私の背後にまわる。
そして私の着物に手をかけた。
「ちょちょちょちょ⁉︎ 何するんですか⁉︎」
思わずギョッとして小さく叫ぶと、沖田さんは呆れ顔で言う。
「バーカ。勘違いすんじゃねェ。そんな格好で歩かれたら変な誤解されんだろーが」
その言葉に、自分の格好を省みて納得した。
着物は着崩れているし、髪もぐちゃぐちゃだ。
たしかにこの格好で出歩けば、あらぬ誤解を受けるかもしれない。
そもそも沖田さんみたいな美青年が、年増のアラサー女に変な気を起こすはずもない。
さらに言えば、腰が抜けてしばらく動ける気もしなかった。
私は気恥ずかしさに小さく「すみません」と呟いて、肩の力を抜く。
よれた着物を、沖田さんは手際良く伸ばしていく。
人間の手のひらの温かさを背中に感じて、少しホッとした。
「悪かったな」
背後から沖田さんがぽつりと呟く。
彼の口から絶対出ないような言葉で、内心驚く。
というか、沖田さんが謝る要素は一つもないと思うんだけど……。
私が黙っていると、彼はいつもの淡々とした調子で続けた。
「勘違いすんなよ。別にアンタのためじゃねぇ。俺はただ——女が死ぬところは見たくねぇってだけでさァ。意地張ってどこで野垂れ死のうがアンタの勝手だけどな」
冷たい言葉とは裏腹に、帯を整える手つきは優しい。
——ミツバさんのことだろうか。
沖田さんの言葉に、亡くなった彼の姉を思い出してしまう。
いまが原作のどの時点なのかは分からない。
けれど、原作知識があるということは、人の秘密を盗み見ているようで気持ち良いものではない。
「わかりました。沖田さんの前では死なないように気を付けますね」
大真面目にそう言った私を、「相変わらず変な女でさァ」と沖田さんは小さく笑った。
この世界は漫画『銀魂』の世界だ。
けれど、ここの住人は生きている。
漫画もアニメも銀魂も関係ない。
私は沖田さんと——彼らと同じ世界で生きているのだ。
そう思ったら自然と口を開いていた。
「私、実家が大病院なんです。医者家系の娘で、生まれた時から医者になることが決まっていました。といっても、双子の姉がいたので、家督を継ぐのは姉さんなんですけどね」
なんでこんな身の上話をはじめたんだろう。
命拾いして、気が抜けたんだろうか。
それでも一度話し出すと止まらない。
「幸い勉強は好きだったので、医者を目指すことに不満はなかったんです。姉さんと一緒に、たくさん勉強して、大学は医学部に入って、そこでもたくさん研究して、実家の病院に就職しました。姉妹そろって無事に医者にはなれたんですが——三年前、姉が亡くなったんです。血液の病気でした」
沖田さんは聞いているのかいないのか、黙って
ぱさりと肩に落ちた髪が、夜風にさらって気持ちいい。
「トラウマって言うんですかね。それから血が苦手になりました。日常生活に支障はないんですけど、医者として治療しないと——って思うと、もうダメで。
返事がないと、独り言をいってるみたいだ。
私のことを誰も知らないこの世界自体に、自己紹介でもしてる気分になってくる。
そんなことを想像すると、不思議とおかしくて笑えてきた。
「姉が死んでからは本当に散々ですよ! 婚約者には浮気されて捨てられるし! しかも浮気相手って私の親友だったんですよ⁉︎ 不幸すぎて逆に笑っちゃいます!」
ぜんぜん面白くもないのに、一人でケタケタ笑った。
アラサーなのに、結婚はしてないし、恋人はいないし、いまさらキャバクラで働き始めるし、借金はしてるし、死にかけるし、挙げ句の果てにひと回り近く年下の青年に助けられて愚痴ったりしてる。
自分がダメすぎて情けなくて、アラサーなのにぜんぜん大人じゃない。
「なるほど。だからアンタは幸薄い顔してるんですねィ」
いつもの憎まれ口を叩いて沖田さんが立ち上がる。
私の髪の毛はいつのまにか綺麗に結われていた。
嫌味なくらい、そつなく出来る男だ。
将来が有望にもほどがある。
「大きなお世話です!」
ようやく力が入るようになった足で、私は立ち上がる。
大人として、一社会人として、この青年にどれぐらいの御礼の品を送るべきか考えながら。
借金持ちの懐具合とよく相談してから決めるとしよう。
とにかく沖田さんをカッコよく書きたい&桜の身の上話をしたい回でした。