元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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二十話 告白は大人になってもドキドキする

忙しない歌舞伎町の一角で、時間が切り取られたような空間。

レトロでノスタルジックな雰囲気のある古民家カフェ。

木の温もりがあるテーブルとイスがどこか懐かしい。

つるりとした木肌のベンジャミンの木や、テーブルに一輪挿しで飾られる小さな花も目に楽しい。

 

私は、少しぬるくなったコーヒーに口をつけた。

豊潤な香りが口の中に広がって鼻を抜けていく。

思わず、ほぅっと息をつく。

さすがにインスタントコーヒーとは格が違う。

丁寧に豆から挽かれたコーヒーは、予想以上に私の心を満たした。

 

こういう時、最近の若者は何というんだったか。

……エモい?

なるほど。

これがエモい。

たしかemotionalを由来としたスラングだったか。

奥深いものだ。

 

「なーにがエモいだ」

 

いつもの着流しを着た銀髪の男がだるそうに現れると、私の向かいに座った。

 

「10分遅刻ですよ」

「あー? 15分内は遅刻のうちに入んねーから」

 

アンティークチックな可愛らしいメニュー表を見て、銀さんはぶつぶつ文句を言う。

 

「小洒落たカフェっつーのはなんで余計なもん使いたがるかねェ。やれ全粒粉だ、やれにんじんケーキだ。こちとら健康になるために食ってるわけじゃねーの。むしろ不健康になりに来てるわけよ。体を犠牲にしてでも好きなもん食いに来てるわけよ。往生際悪いんだよなぁ。その点、オレは覚悟してるからね。たとえ糖尿病になろうとも関係ねーという精神でやらせていただいてるからね」

「幸せの全粒粉入りパンケーキでお願いします」

「お前ないわー。邪道だわー。スイーツ(笑)みたいなの許さねーからな。俺はもっと真剣だから。スイーツ(怒)だからね。んじゃ、俺チョコレートDXパフェで。あ、あと苺牛乳」

 

店員さんは「かしこまりました」と私にだけスマイルをくれた。

わざわざ店員さんの前でぼやくことないのに……と思いつつ、銀さんだから仕方ないかと諦める。

デザートが到着すると、結局文句言いながら私のパンケーキまで食べてしまうのだから意地汚い男だ。

 

 

 

しばしの間、カフェスイーツについて激論を繰り広げ、

私のパンケーキが残り半分ぐらいになったところで、ようやく銀さんが会話らしい会話を投げた。

 

「お前、真選組で働くんだって?」

「なんだ。知ってたんですか」

「あんなヤクザ警察でよく働く気になったな。あいつらと仲悪かっただろ」

「それには海より深い怨みがありまして」

「理由じゃねーのかよ」

 

ヤクザ警察の雇用契約書に判を押したのはつい昨日のことだ。

それにしても情報が早い。

私のため息にさして興味もないようで、銀さんはいつも死んでいる目を輝かせてチョコレートDXパフェを頬張っている。

……うん。マヨネーズパフェより心穏やかな光景だ。

 

「そーいや、あいつら取り逃したらしいじゃねーか」

「何をですか?」

「犯人だよ、犯人。ほら、パンパン事件だかパイパイ事件だか知らねーけど」

「それどんな事件ですか。ぜんぜん違います。ヴァンパイア事件ですよ」

「あー、それそれ。ったく、本当役立たねー税金泥棒だぜ。パンパン事件もパイパイ事件もヴァンパイア事件も解決できなくて、一体何を解決してるっつーんだよ。しまいにはアラサー女雇うって何してんの? アラサー女で事件解決できんの? それで解決できるのはパンパン事件くらいだっつーの」

「勝手に卑猥な事件解決させないでくれます? というか、なんでパイパイ事件は解決しないんですか。なんでパイパイ事件は荷が重いんですか。むしろそっちの方に腹が立ちます」

 

私はそこまで貧乳じゃない。

少し着痩せする、少し慎ましやかなだけだ。

 

「——けど、犯人に逃げられたのって若干私のせいでもあるんですよね」

「何、お前またなんかやったの?」

「またってなんですか。失礼なこと言わないでください」

 

話そうかどうか少し迷ったけれど、やっぱり銀さんには話しておくことにした。

隠し事は少ない方がいい。

だって、彼は大事なパートナーになるんだから。

 

 

 

 

ここ数日で起こった出来事を話し終えると、聞いていたのかいないのか、銀さんは「ふーん」とだけ気のない相槌をした。

その言葉を聞き流して、私はパンケーキの残りを口に入れる。

幸せの味が広がる。

すっかり冷めたコーヒーにも口をつけ、さりげなく銀さんに尋ねる。

 

「どう思います?」

「何が」

「無理やり働かせてまで、私を手元に置きたい理由ですよ。土方さんは教えてくれなかったですけど」

「俺が知るかよ」

 

興味なさげに銀さんは言った。

私の話より、次の注文を選ぶことに夢中らしい。

 

まあ、銀さんも詳しい理由までは知らないか。

そう考えていると、メニューに目を落としたまま銀さんがぼそりと言う。

 

「別物だろうな」

「……何がです?」

「物好きなストーカーと、沖田くんが()ったバケモノだよ」

なんだ。しっかり聞いてたんじゃないか。

銀さんは間の抜けた声で、

「いちおー気をつけた方がいいんじゃねーの。まー、豚箱で暮らすなら安全か。あいつら腐っても警察だからな。あー店員さんすんませぇーん! 追加で幸せの全粒粉入りパンケーキくださぁーーい」

「全粒粉気に入ってるじゃないですか」

 

私もストーカーとあのバケモノは別だと思っていた。

部屋に侵入した犯人は、理性的だ。

あの攻撃的なバケモノとはどうしても結びつかない。

しかし、あの夜以降、私を見張っていた視線がパタリとなくなったことも確かだ。

——銀さんの言う通り、用心しておくに越したことはないだろう。

 

 

 

 

「そうでした。忘れないうちに、お渡ししますね」

私は大事なことを思い出して、用意していた茶封筒を、銀さんに手渡した。

銀さんは中身をのぞいて、満足そうに頷く。

 

「確かに受け取ったぜ。これで全額返済だな」

「おかげさまで。今までお世話になりました」

 

ホクホク顔の銀さんに、私は頭を下げる。

皮肉にも真選組に就職したおかげで、予定よりも早く借金を返済できた。

「うちで働く以上、悪徳業者に借金するんじゃねェ」と土方さんがポンと出してくれたのだ。

もちろん毎月の給料から引かれるものの、たしかに悪徳業者よりはマシだろう。利子もないし。

 

 

 

 

 

さて、そろそろ泳がせるのも飽きてきたところだ。

ここらが潮時だろう。

私は頬杖をついて身を乗り出す。

「銀さんも、かなり儲かったんじゃないですか? 私と真選組の両方から報酬もらって」

 

パンケーキを口に運ぶ、銀さんの手がピタリと止まった。

 

「……え? 何が? 何のこと?」

「依頼の件ですよ。即日で、私の家と職場と当面の資金まで準備してくれて——かなり優秀ですよねぇ。でも、おかしくないですか? だって銀さんお金なかったんですよね? どこから準備したんですか?」

「……それはお前あれだよ。ヘソクリ? 的な?」

銀さんの目が宙を泳ぎまくる。

 

「でも、おかしなことがもう一つあるんですよねぇ。なんでかわからないんですけど、話した記憶がないことをちょくちょく近藤さんが知ってたんですよ。例えば、いつ銀さんと会ったとか、どんな話をしたとか——」

あのお喋りゴリラ……と、銀さんが毒づく。

「真選組からの依頼で、私の動向を報告してたんですね。親身になってくれてると思ったのに、すっかり騙されました。銀さんのこと信用してたのにショックです……。でも、私って事件の容疑者だったし、仕方ないですよね……」

私は悲しげに目を伏せて、

「あれ、そういえば新八くんや神楽ちゃんは知ってたんですかねぇ? まさか知らないはずないですよねぇ。でもショックだなぁ新八くんも神楽ちゃんも、損得勘定なしに仲良くしてくれてるって思ってたのに……」

 

銀さんの顔色がみるみる青くなった。

それもそうだ。

こんなこと新八くんと神楽ちゃんに知られたら、大変なことになる。

なにせこの一ヶ月ちょっとで、二人との絆はバッチリ深めてある。

新八くんとはぬか漬けを交換する仲だし、神楽ちゃんには会うたびに酢昆布を差し入れている。

この件が二人にバレれば、銀さんがボッコボコにされることは間違いないだろう。

 

「安心してください。べつに私は怒ってないんですよ。銀さんにはいつもお世話になってますし。ただ秘密にしておくかわりに、私の依頼を受けてほしいんです」

 

銀さんはめんどくさそうにガシガシ頭を掻いて、

「……なんだよ。依頼っつーからには報酬はきっちりもらうからな」

 

絶対ガキどもには言うんじゃねーぞ!と、銀さんは何度も念押しする。

私はニヤリと笑って、

「もちろん報酬は払います。明日から私もお役人ですよ? 任せてください。それで依頼なんですけど——銀さん、私と友達になってください」

「……は?」

「友達という名前が嫌なら、スイーツ仲間とかどうです? 銀さんが行きつけのお団子屋さんも行ってみたいし、私も行きたいカフェがあって——」

「いやいやいや、ちょっとよく分かんねーんだけど。……友達ってどういう意味? もしかして銀さんのことが好きになっちゃった的な愛の告白——」

「全然まったく違います。恋愛感情じゃなく、友愛です」

 

バッサリ言い切られて、ぽかんとしている銀さんに説明を続ける。

 

「この一ヶ月、歌舞伎町で暮らしてみてわかったんです。最初に助けてもらったっていうのもありますけど、銀さんは特別っていうか……。だらしなく見えるけど、頼りになるし、話してて楽しいし、歳が近いから話も合いますし! 私、銀さんといると肩の力が抜けるというか……。銀さんを見てると、私みたいな人間でも生きてていいんだなって思えるんです」

「後半褒めてる? 見下してるよね? 自分より下の人間見て勇気付けられてるよね?」

「とにかく! 私が安心して愚痴ったり、相談したりできるのは銀さんだけなんです! だから私と友達になってください」

 

嘘ではない。

銀魂の知識から、間違いなく頼りになる男だということは知っている。

なんせ銀さんはジャンプヒーローだ。

私が頼るとしたら主人公の彼を置いて他にいない。

 

日頃の行いから罵倒されることが多く、正面からの褒め言葉に慣れていないのだろう。

銀さんは照れ臭そうに頬を掻いて、

「……まあ? 俺もそこまで言われたら悪い気しないし? スイーツ仲間っつーのも悪くねぇな」

「本当ですか⁉︎」

「それになんつーか、俺にとっても桜みたいな女は意外と貴重? 良い意味で普通? 殴りかかってこねーし、蹴り飛ばしてこねーし、まず命の危険を感じないっつーとこがお前の長所だよな。ああ、あと酒乱でもねーし、料理は食えるもん作るし、ドMの変態でもねーよな」

「女性に対するハードル著しく低いですね」

たしかに銀さんの周りの女性はクセが強すぎる。

うんうんスイーツ仲間としては申し分ない人材ではあるな、と銀さんはしきりに頷いた。

 

「ただし報酬はなしだ。仲間内でつるむだけっつーのに金取れるかよ。ま、飯代出してくれりゃ十分だぜ」

「爽やかな笑顔で言ってますけど、それって完全に紐男ですよね」

 

まあ、いいだろう。

銀さんと二人きりの時間を確保することが目的。

そして、ここからが本題だ。

 

思わぬところで、無料飯(ただめし)の算段がついてニヤつく銀さんに、私は本題を切り出す。

 

「それでは、友達の銀さんにさっそく相談があるんですけど——」

 

相変わらず濁った瞳を覗き込んで、私は一世一代の告白に踏み切る。

 

「私、異世界から来たんです。元の世界に帰るためにはどうしたらいいと思いますか?」

 

銀さんはニヤついていた顔をすっと真顔に戻して、パンケーキの最後の一口を食べ終わった。

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