元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
「はい。じゃーおつかれー」
「ちょっと待って! ちょっと待ってあげよ! ウチら友達じゃん⁉︎」
席を立ち、颯爽と歩き出す銀さんに、私は縋り付いて止める。
引きずられていくアラサー女に、カフェ中の注目が集まる。
「電波女と友達になった記憶なんてねーよ。どこが普通の女だよ。地雷原だよ。一番やばい地雷踏んじまったよ」
「私の話はここからなんです! ここからめちゃくちゃ面白いから一回聞きましょうよ! ここから壮大な物語がはじまるんで!」
「いえ、もう結構ですから。漫画界アニメ界では異世界は飽和状態ですからね。よほど独創的なストーリーじゃないと売れないから」
「なんでもします! 私なんでもしますから! なんでも頼んでいいから! なんでも食べてって!」
私の必死の説得で、銀さんはようやく席についてくれた。
そしてメニューを開き「んじゃ、
このマダオは相変わらず容赦がない。
——ここの代金はなんとかして真選組につけておこうと心に決める。
とにかく、なんとかして言いくるめなければ。
「えーっと、あのですね。こんな遊びがあるの知ってます?」
私は咳払いをして、居住まいを正す。
この男は弁が立つ。
一筋縄ではいかないだろう。
気を引き締めなければ。
「ストレスばかりの現代社会。有給も使えず、長期休暇は取れず、たまの休みは体力の回復と家事で消費して終わっていく……。来る日も来る日も、朝起きてご飯食べて仕事してご飯食べながら仕事して仕事して帰ってご飯食べながら仕事して寝て——起飯仕事飯仕事仕事帰飯仕事寝、起飯仕事飯仕事仕事帰飯仕事寝、起飯仕事飯仕事仕事帰飯仕事寝! あれ早口言葉?」
「そんな悲しすぎる早口言葉知らねーよ」
「ともかく! 悲しい社畜に許される遊びは一つしかないんです。そう——妄想です」
妄想……、と銀さんは口の中で繰り返す。
「社会で生きるということは、毎日毎日同じことの繰り返し。都合よく助けてくれるスパダリ上司は現れないし、空から女の子は降ってこないし、トンネルの向こうに異世界が広がったりはしないんですよ。それが日常なんです。けど、それではあまりに味気ないですよね。だから妄想するんです」
「つまり異世界から来たんです〜っつーのは、お前の息抜きの妄想ってわけだな?」
「その通りです」
さすが銀さん。話が早い。
私は食い気味に大きく頷いてみせた。
一ヶ月も経ったのに、元の世界へ帰る手かがりが一つも見つからない。
焦った私が導き出した苦肉の策。
その名も『妄想ってことにしてセカンドオピニオンを頂いちゃおう☆』大作戦だ。
人間は自分のことになると意外と客観視できないものだ。
異世界トリップ——特異な状況ならば、なおさらだろう。
何か……私が気付かない見落としがあるはず。
その見落としを探すために、第三者の意見を聞く必要があった。
「異世界から来ました☆」とか言っても信じてくれるわけがないので、そこは妄想ということにしてゴリ押し通す荒っぽい作戦である。
そこで白羽の矢が立ったのが、坂田銀時だ。
言わずもがな彼は銀魂の主人公。
何かヒントを持っているかもしれない。
それに万事屋というのも都合がよかった。
依頼という形なら、妄想話をする痛さも多少は和らぐと思いたいし、沖田さんのような情報漏洩も防げるだろう。
我ながら完璧な作戦である。
銀さんは大声を上げて言った。
「店員さぁーん! テイクアウトにしたいんで詰めてもらえます?」
「なんでですか! 友達になるって言ったくせに嘘つき!」
「うるせぇぇぇえええ! 私異世界から来たんですぅ♡って妄想話する女がまともなわけあるか! 何その高度な遊び。リアルおままごと超越しちゃってるよ。K点超えちゃってるよ!」
「だから、依頼だって言ってるじゃないですか! 私の妄想話を真剣に聞くことが依頼なんです! こんな話をタダで聞かせるのは悪いと思ってるから依頼してるんです! お願いします……こんなこと銀さんにしか言えないんです。銀さんじゃなきゃダメなんです……」
「桜……お前……」
いつになく真剣な瞳と視線が交わる。
羞恥で顔が火照るのを感じる。
私は喉をつまらせ、
「私……こんな恥ずかしいことマダオの銀さんにしか言えません! 自分よりも恥ずかしい人間にしか、話せないんです!」
「テメー本当いい加減にしろよ! 俺のことめちゃくちゃ下に見てるよね? 遥か彼方に見てるよね?」
「お願いします。どうかここは一つ、山田桜は異世界から来たという設定で話していただけないでしょうか。日々に疲れた社畜の妄想に、銀さんという一時をください!」
よろしくお願いしまぁぁぁぁす! と、プロポーズよろしく手を差し出す。
気まずい沈黙が流れる。
ここまで来て引けない。
女には絶対に引けない時がある。
私にとっては、それが今だ。
頭を下げたまま、真っ直ぐに手を差し出し続ける。
しばらくすると空気が抜けるような、銀さんのため息が聞こえた。
差し出した手に何かを握らされる。
ヒヤリと冷たい感触に驚いて顔を上げると、
私の手にはパフェ用の長いスプーンが握られていた。
いつのまにかスイーツで埋め尽くされたテーブルを眺めて、銀さんが言う。
「頼みすぎたぜ。お前も食うの手伝えよ——スイーツ仲間だろ」
「銀さん——ッ!」
「まあ、暇つぶしと思えばいいか。付き合ってやるよ」
「ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。
「ぜんぜんダメだな」
一部始終を聞き終わると、銀さんは真面目な顔でスプーンを置いた。
「何がダメなんですか」
さすが主人公。もう見落としを発見したらしい。
厳しい表情で腕組みをする銀さんに、思わず身を乗り出す。
「アラサーものなら恋愛は必須でしょ? 酔っ払って朝起きたらイケメンと寝てるぐらいのハプニングは必須でしょ? なのに異世界まで来て、借金してキャバクラで働いて節約生活——ってどんだけ地味なの。異世界まで来てどんだけ地味なの。そんなんで読者喜ぶと思う? そんで、主人公の……桜さんだっけ? 主人公に魅力を感じないんだよねー。コンセプト的に地味顔なのはいいとしても、胸はもうちょっとあった方がいいんじゃない?」
「初期設定にケチつけるのやめてくれます? 私の人生にケチつけるのやめてくれます? 読者とかいないんで。編集者目線のダメ出しとかいらないんで」
銀さんは鼻をほじりながら、
「んじゃ、何にダメ出しすりゃいーの」
「ダメ出しはしなくていいです。アドバイスをください。元の世界に帰る方法を考えてくださいって言いましたよね⁉︎ 依頼なんですからきっちりお願いしますよ。なんかこう——異世界もののお約束展開とかないんですか。この際、漫画知識でもいいので……」
「あー、異世界召喚ものならだいたい魔王倒したら終わりだな」
「この世界魔王いないじゃないですか! 世界観ぜんぜん違うじゃないですか!」
「いるだろーが。ゴリラを蹂躙する魔王がキャバクラ城に君臨してるだろーが」
「それお妙さんのことですよね。属性的には魔王ですけどギリギリ人間ですからね。もし魔王だとしたらその瞬間に詰みますよ。あんなん倒せる勇者いねーよ」
銀さんに頼んだのは間違いだったのだろうか……。
不毛なやりとりにうんざりして、私はやけくそ気味にショートケーキを頬張る。
甘いものの食べすぎで胸焼けするけれど、かまうものか。
むしろ胸にたまる不安感がまぎれていい感じだ。
二杯目のブラックコーヒーで、それらをなんとか胃に流し込んだ。
銀さんはそんな私を横目で眺めて、
「異世界に来る前、普段と違うこととかなかったのかよ。例えば夢の中で『目覚めろ勇者よ! そなたは選ばれたのだ!』的なやつ。テンプレだろ?」
「そんなベタなこと……。だいたい勇者は世界観が違うって言った——ああああああ!」
私は突然大声をあげて、勢いよく立ち上がった。
その拍子に椅子が後ろにひっくり返り、和やかな店内にものすごい音が響く。
「なんだよ! びっくりすんだろーが!」
「みみみみみみみました! ゆめゆめゆめゆめ!」
「はぁ? 何。とりあえず落ち着けって追い出されんぞ」
めずらしく引き気味の銀さんに諭されて我にかえると、店員さんがニコニコしてこちらを眺めている。
目が笑っていない。
私はそそくさとイスを戻して座りなおすと、興奮を抑えきれず、勢いで捲したてる。
「だから夢です! 夢を見たんです! この世界に来る前、何度も同じ夢を見ました。……なんで忘れてたんでしょう」
「どんな夢だよ?」
「女の人が——出てきて、私に言うんです。『お願い桜。たすけて』って……」
今まで忘れていたのに、突然頭の中にはっきりと映像が流れる。
真っ白な空間に浮かびあがる女性。
全裸の身体は境目がなく、まるで空間に溶けているようだ。
彼女は真っ青な唇で私の名を呼ぶ——何度も何度も——。
そういえば銀魂世界に来てから一度もあの夢を見ていない。
「それなら話は簡単じゃねーか。その女を見つけて助けることが、お前のミッションだ。そしたら元の世界に帰れるんじゃねーの? 知らねーけど」
銀さんは私を指差すように、行儀悪くスプーンを向ける。
「助ける……それは無理です」
「なんでだよ?」
トーンを落とした声に、銀さんが眉をひそめる。
私は財布の中から一枚の写真を抜き出し、スイーツでごった返すテーブルの隙間に置いた。
皿に隠れて見えないのか、銀さんは写真に近付いて覗き込む。
「この写真って、お前の財布に入ってたやつだろ? 運命の男に出会ったらこっそりバッグに入れるって——は? これ……桜が二人?」
ちょうど縦半分に折り目のついた写真。
その折り目を境界線にして、白衣姿の女性が二人写っている。
右側には、以前万事屋に見せたふんわりと花のように笑う女性。
左側には、仏頂面でコーヒーを啜る女性。
同じ顔でも、二人の印象は対極だ。
「財布にはいつも半分に折って入れてるんです。以前、万事屋に見せた可愛い方が、私の双子の姉です」
「そんで左の仏頂面が桜か。へ〜、同じ顔でも違うもんだな」
何か言いたげにニヤつく銀さんを無視して、さっさと写真を回収する。
「それで? お前の姉ちゃんに何の関係があんだよ」
「夢に出てくる女性は、私の姉なんです」
「へー。んじゃ、姉ちゃん助ければいいんじゃねーか」
「無理なんです。……姉は三年前に他界しましたので」
「……そりゃ、助けようがねーな」
そうだ。今となっては助けようがない。
銀さんの言葉に、胸中で頷く。
死人が夢枕に立つことはままあることだろう。
しかし、今思い出しても、あの夢は異質だ。
人も声も匂いも——あまりにリアルすぎる。
姉さんが私をこの世界に呼んだのだろうか?
一体何のために?
どうやって死人を助ければいい?
記念すべき第一回の作戦会議は、大きな発見とさらに大きな謎を残して終わった。
塗装の剥げ具合がレトロかわいい緑のドアを押し開けると、小さな呼び鈴がカランコロンと可愛い音を立てた。
私たちを押し出すように、「ありがとうございました〜」と店員さんの挨拶が背を追う。
いつのまにかすっかり日は暮れて、赤と橙色が混じったような光が辺りに広がっていた。
歌舞伎町の夕焼けは優しい。
この町のカオスを丸ごと包むような包容力を感じる。
その中に私も含まれていたらもっとよかったんだけど——。
じゃあまたなー、間延びした声でひらひら手を振りながら銀さんが歩き出す。
私はその背中を小走りに追って、隣に並んだ。
「まだ別れは早いですよ。私も万事屋に寄っていくので」
このあとは神楽ちゃんとスマブラで遊ぶ約束だ。
銀さんはうんざりした顔で、
「何。もしかしてまだ妄想話続くの?」
「いえ、今日の分は終わりです。言ったじゃないですか。銀さん以外に話すつもりないんです。あと、依頼なので大丈夫だとは思いますが、もし誰かに喋ったら——」
「わかってるって。俺だってプロですからね。守秘義務ぐらいありますぅ〜」
ふざけた調子で口を尖らせるから、いまいち信用できない。
真冬の風がキリリと肌を刺激する。
あと数日で、年が明ける。
一ヶ月前、元の世界では夏だったのに、もう年越しなんてタイムスリップでもした気分だ。
全く実感がない。
この世界で年を越すのは最後にしたいものだ。
私は冷たくなった手をこすり合わせて、横目でちらりと銀さんを盗み見る。
顔の造作だけで言えば、整った顔立ち。
実写版銀さんが某イケメン俳優であることも頷ける。
けれど、濁った魚のような瞳に、緩みきった表情筋は「何も考えてないでーす」と張り紙でもしてあるようで間抜けだ。
さっきから続いている沈黙も、どうせ気にしてないんだろうと思うと、少しほっとした。
このまま黙っているのも、なんだかもったいない気がして、私は口を開く。
「あの……銀さん。これは依頼じゃなく、個人的なお願いなんですけど——」
「何。まだなんかあんの?」
「気が向いたらでいいんです。私が『助けて』って言ったら助けに来て欲しいんです」
「はぁ? なんだよそれ」
「……なんでしょう? 気休め……ですかね?」
銀さんに問われて、自分でも首を傾げる。
なんでこんな話になったんだっけ。
私にとって坂田銀時は、絶対的なジャンプヒーローだ。
どんなにバカやってても、鼻ほじってても、下ネタ言ってても、この人はきっとすごい。
誰にも思いつかない方法で、誰にもできないことをやってのける。
しかも余裕そうに、いかにもヒーロー然として。
それは努力で到達できる境地ではない。
才能とかカリスマ性とかスター気質とか——そういった眩しいものを魂に持って生まれた人間だ。
「じゃあ、俺のことも助けに来いよ」
「……はい?」
私は目をぱちくりさせて、思わぬ銀さんの言葉を聞き返した。
彼は呆れたように、
「はい? じゃねーよ。当たり前だろ。なんで俺だけが律儀に助けに行かなきゃいけないの。世の中
「それはそうですけど……私の助けがいる時なんてあります?」
「何言ってんの。めちゃくちゃあるわ。神楽の機嫌が悪い時だろ、ババアの取り立てがうるさい時だろ、あとはパチンコで負けたときだろ、競馬で負けたときだろ——」
「ほとんどお金絡みじゃないですか」
銀さんらしいと思った。
間抜け面にふさわしい、間抜けな回答。
銀さんといると、いろんなものが曖昧になる気がする。
根無し草のように世界の境界線がゆらゆら揺らいで、ふとした拍子に私の足元まで広がる。
それが、良いのか悪いのかはわからないけれど。
少なくとも今は心地いいと思えた。
ここまで読んで頂いてありがとうございます!
とてつもなく光栄です。
お気に入り登録、しおり、評価もとても嬉しいです。
励みになっております。
今後ともよろしくお願いします〜