元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
早朝。
ドアを激しく叩かれる音で目が覚めた。
何事かと時計を見ると、午前5時を回ったところ。
こんな非常識な時間帯にアポ無しで訪ねてくる人間はそうそういない。
ちなみに私は超低血圧だ。
ふらつきながらも、怒りを原動力に玄関までたどり着く。
「うるっっっっっっさいんですよ! 一体何時だと思って——」
「おはようございまーす。じゃあ、みなさん後はお願いしまーす」
咥えタバコをした土方さんは、パジャマ姿の私の首根っこを捕まえる。
彼の号令に、某クロネコのユニフォームを着た男たちが「ウィーーース」と返事をすると、次々に私の部屋から荷物を運び出していく。
「ちょっと! 突然何してるんですか!」
「勤務初日に逃げられると困るからな。迎えに来てやった。ありがたく思え」
「どんな迎え方⁉︎」
「社宅付きって言ったろ。引越しはこっちでやっとくから」
「社宅強制なの⁉︎ 聞いてないんですけど! 住宅手当にしてって近藤さんに言ったんだけど⁉︎」
「あれそうなの? 近藤さんからは、住宅は手が当たらないぐらい広い部屋にしてほしいって聞いてたんだけど」
「どんだけ聞き間違えてんだよ! うちん家そんな狭くねーよ! 手広げても余りある広さだよ! バカにしてんのか!」
私は抵抗も虚しくパトカーに詰め込まれ、屯所に連行される。
到着すると隊士たちが寝静まる中を隠れるようにして、奥の和室に通された。
「着替えてから来い」と土方さんに隊服を渡され、それ以上の説明もなく彼はさっさと出て行ってしまう。
私は一人取り残され、呆然とした。
寝込みに乗り込まれて家宅捜索からの強制連行。
これは社員扱いではなく、完全に容疑者扱いだ。
昨日、銀さんに言われた「豚箱」という単語が脳裏に浮かぶ。
……転職先を間違えただろうか。
しかし、これも私の甘えが招いた惨事だ。
ひとしきり諦念のため息をついてから、渡された隊服に袖を通した。
着替え終わり、指定された部屋に入るとお決まりの三人が待っていた。
とにかく文句からはじめようと私が口を開く前に、沖田さんが私の足元に手帳らしきものを投げ捨てる。
無作法な挨拶にムッときたものの、ドSの無言の圧力には勝てず、私は手帳を拾いあげた。
それは警察手帳だった。
開いてみると、見開きのページには「山田サク」と氏名が記載されている。
「あの、すみません。警察手帳の名前なんですけど、一文字印刷し忘れてますよ。あと名前はカタカナじゃなくて漢字です」
「あー……山田桜って名前だっけ? テメーには贅沢な名前なんで一文字取っておきやした」
「アンタはどこの
暴虐不尽っぷりは似ているけども。
もとより沖田さんからまともな回答は期待していないので、近藤さんと土方さんに説明を求めようと——思いっきり目を逸らされた。
明後日の方向に遠く目を泳がせる二人に、嫌な予感がつもる。
「土方さん……。さっき渡された隊服にさらしが入ってました。一応巻きましたが、これはどういう意図が?」
「あーそれはだな。……説明してやってくれ近藤さん」
「俺ェ⁉︎ ズッリーよ! なんで俺なわけ⁉︎」
「もともとはアンタがまいたタネだろーが! ここまでお膳立てしてやったんだ。あとは
「近藤さん。私からもお願いします。是非局長の口からご説明を」
気まずそうにタバコに火をつける土方さんを、私はめずらしく援護する。
事態は深刻だ。
ここまで話がこじれては、最高責任者から直々の説明がないと収拾がつかない。つーか早く説明しろ。
怒りを含んだ私の微笑みに、近藤さんは曖昧に笑い返す。
すると、彼はおもむろにマジックペンを取り出して、私の警察手帳——『山田サク』の後ろに、汚い字で『太郎』と書き込んだ。
「どうか、これでひとつ……」
ヘヘッと照れ笑いをした近藤さんの頭を、私は警察手帳で引っぱたく。
スパーンといい音がした。
脳味噌が入っていない証拠だ。
「太郎付けときゃいいわけないでしょう。もはや名前とかどうでもいいわ。バカなの? もう一回言いますよバカなの?」
「安心しろ。健康保険証に戸籍諸々——大至急『太郎』付きで直してやる」
「アンタはどこにフォロー入れてんですか! そこは心配してねーよ! どうでもいいよ! 性別変わってるのが問題なんですよ!」
土方さんは開き直って呑気にタバコを吸っているが、絶対に私と目を合わせようとしない。
「というか、土方さん。私って男になるんですか? 戸籍上も男になるんですか?」
「真選組は女人禁制だ。女の入隊は許されてねェ」
「だから私は女ですよね!」
「諦めろ。既に戸籍も作ってある。お前は今日から頭脳は女、見た目は男。その名も
「
マガジン派のくせにサンデーぶっ込んでくるのはやめてほしい。
怒りと混乱で頭痛がしてくる。
リアルに頭を抱える私に、畳み掛けるドSがいた——沖田総悟だ。
獲物を品定めする蛇のように、私を上から下まで眺めると、
「グチグチうるせー女でさァ。決まったことにいつまでも文句つけてんじゃねーよ。アンタも了承済みだろ」
「私がいつ了承したって言うんですか」
「ここに書いてあんだろ」
沖田さんは、先日私が判を押した雇用契約書を取り出す。
彼が指差す最終行に目を凝らすと、ギリギリ読める程度のサイズで記載があった。
※とにかく何があっても沖田さんに服従します。
「なんでだァァァァアアアア!」
私は反射的にそれを破り捨てる。
「なんで沖田さん限定なんですか。私はどこのSMクラブに入会したんですか」
「つーわけで逃げても無駄だぜィ」
「よくやった総悟。これで話はまとまったな」
「前から思ってましたけど土方さんって耳付いてます?」
話は終わりだとばかりに、土方さんはタバコを灰皿に押し当てると「山崎!」と廊下に向かって大声で叫ぶ。
まもなくドタバタと廊下を走ってくる音が近付き、スターンと勢いよくふすまが開いた。
口にはあんぱんを咥え、バドミントンのラケットを手にした山崎さん。
どう見ても勤務中の格好ではない。
私の背後に立つ沖田さんがボソリと言う。
「ちなみにアンタが女だと知ってるのは、俺ら三人だけでィ。バレねーように全力を尽くせ」
「え? 山崎さんにも秘密なんですか⁉︎ 無理ですよ! あの人と面識ガッツリありますし、人生の愚痴を聞いた仲ですよ! 絶対にバレますって」
山崎さんに聞こえないように私は小声で叫ぶ。
だいたい今の私が男装と言えるのかも疑問だ。
一応さらしで胸をつぶし、隊服は着ているだけ。
セミロングの髪は低めのポニーテールでまとめて、アラレちゃん風のデカい眼鏡をかけている。
申し訳程度の変装だ。
「大丈夫でさァ。前髪もっと出しとけ。たいていのサブカルバンドはそれで誤魔化してるんで」
沖田さんが私の前髪を乱暴にかき混ぜる。
「前髪で顔隠したぐらいで誤魔化せませんよ!」
「大丈夫でさァ。ヤバくなったらオロロって言っとけ。それで9割は剣心だと思われる」
「私の剣心要素髪型だけなんですけど」
「さらにヤバくなったらオロロロロロロって言っとけ。るろうに要素も出せる」
「それ吐いちゃってますよね。るろうに要素物理的に出ちゃってますよね」
「ちなみにバレたら全員切腹でさァ。死んでもヘマすんなよ」
最後にとんでもなく物騒なお知らせを言うと、沖田さんは私の背中を足蹴に突き飛ばした。
「おーい山崎。紹介しまさァ。こいつが例の新人隊士だ。ほら、挨拶しなせェ」
絶対バレるでしょ絶対無理でしょもれなく切腹でしょ!
顔をあげると、山崎さんと視線がぶつかった。
まごまごしている私を見て、緊張していると思ったのか彼は饒舌に喋りはじめる。
「はじめまして。今日から君の教育係になった山崎退です。よろしくね。何か困ったこととかあったら何でも言って。とりあえず今日は屯所内を案内しながら、隊士たちに挨拶回りをしたり真選組の仕事について説明したりするから」
「……あ、はい。山田サク太郎と申します。……よろしくお願い致します」
山崎さんは地味に爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた。
——今のところ気づいた様子はない。
まあ、さすがに話してれば気付くはず……。
「山田くんって話しやすくて助かるよ。威圧感がないっていうか物腰柔らかっていうか。ほら、ここの連中は無駄にいかつくて暑苦しいからさー。やっぱりお医者様だから気品的なオーラが出てるのかなぁ」
——うん。まだ午前中だからね。
「ここが食堂だよ。もうお昼だし食べて行こうか。山田くんはトンカツでいい? いやでも本当不思議なんだけど、君とは初対面な気がしないんだよね。会ったことあるっけ⁉︎ そんなわけないか〜アッハッハ!」
——なぜなら初対面じゃないからね。
「おーいみんな。こちら山田サク太郎くんです。仲良くするように」
………………
「えーっと、真選組の仕事はだいたいこんなとこかな」
山崎さんは一通りの案内を終える。
思っていたよりも屯所内は広く、隊員数も多かった。
いつのまにか日は暮れて、カラスがカーカー鳴いている。
私の心は謎の虚無感に苛まれていた。
なぜだ。なぜ誰一人として気付かない。
こんなことがあっていいのか。
そういえば漫画でも山崎さんや桂小太郎の変装を誰も見破っていなかった。
おそらく世界がギャグターンに入ると、網膜になんらかの異常をきたす仕組みになっているんだろう。
でないと説明がつかない。
恐ろしい……なんて恐ろしい世界なんだ銀魂……。
衝撃によろめきながら山崎さんの後をついていく。
そして屯所の一番奥——廊下の突き当たりに位置する部屋の前で山崎さんが立ち止まる。
「ここが山田くんの部屋だよ。好きに使っていいから」
「……部屋? 誰のですか?」
「もー何言ってるの。君の部屋だってば。ほらね」
山崎さんがそう言ってふすまを開けると、そこには見慣れた家具や私物が配置されていた。
「……わーすごーい。これはたしかに手が当たらない広さですねぇ〜」
新住居はたしかに広かった。
唯一狭く感じたのは私の常識の範囲である。
思考回路はショート寸前。
私は真新しい部屋の畳の上に崩れ落ちたのだった。