元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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二十四話 職場の人間関係と女心と秋の空

 

真選組の朝は早い。

6時起床。

時間だけ見るとさほど早くもないように思えるが、2週間前はキャバクラで働き、昼夜逆転の生活を送っていたのだ。

それを鑑みると十分早いと言えるだろう。

 

顔を洗い、身支度を整える。

慎ましい胸をさらしで潰し、隊服に身を包む。

ジャケットを着ないかわりに、白衣を羽織る。

手ぐしで整えた髪はローポニーテールにまとめ、仕上げにアラレちゃん眼鏡を装着し、前髪を崩せば完成だ。

化粧をする時間が削減されたことはわりと嬉しいけれど、アラサーとしては終わってるんじゃないかと思う。

——まぁ、いまの私は男なので問題ないだろう。

女は三十路まで。男は三十路過ぎてから、だ。

 

自室を出ると、一日がはじまる。

6時30分〜7時30分まで、食堂が一番賑わう時間帯だ。

夜勤明けと早朝勤務と早朝稽古——各自の食事の時間がちょうど重なる。

パッと見ればどこに属しているかは簡単に判別できた。

夜勤明けは闇のオーラを纏っているし、早朝勤務は眠たげな緩い空気が流れ、稽古組は快活なビタミンが弾けている。

 

その中で、いずれにも属さない私が目立つのは言うまでもない。

 

「くそ、山田いんのかよ……。食堂で飯食うのやめてくんねーかな。飯が不味くなるぜ」

「本当だよなー。あいつ何もしてねーのに飯だけは食うのかよ」

「ケッ。お医者様ってヤツァすかしてて気にくわねぇ」

「軟弱ヤローが。あの細っこい腕見てるだけでへし折りたくなるぜ」

 

それらの声を聞こえないフリをして通り過ぎる。

券売機の前には、食堂と同化するほど地味な男が立っていた。

 

「おはようサックー! 朝飯にあんぱん持ってきたよ」

子犬のように走り寄ってきたザッキーに、私は挨拶を返す。

「おはようザッキー。悪いけど朝からあんぱんは重いかな。僕はフルーツとかヨーグルトとかが今の気分かも」

「そうなの? じゃあ俺もそうしようかな」

「べつに僕に合わせることないのに」

「バーカ。そんなんじゃないっつーの」

なぜかザッキーは頬を赤らめる。

いつのまにツンデレ属性を身につけたのか。

 

昨日落ち込んでいた山崎さんにあんぱんを分けたところ、なぜか親友認定されてしまった。

そこからはザッキー&サックー呼びを強制されるというウサインボルト並みの距離の詰めっぷりだ。

よほど人に優しくされたことがないんだな……とは思ったが、会社の同僚とも婚活仲間とも違う、リアルな友達は久しぶりでちょっと嬉しい。

 

朝食をトレーに乗せ、席を探そうと歩き出すと何かに躓いて私は盛大にすっ転んだ。

「サックー⁉︎ 大丈夫⁉︎」

驚いたザッキーが慌てて私に駆け寄る。

 

「おいおい。軟弱なモヤシ野郎が転んじまったぞ。骨でも折れてんじゃねーか?」

「クク……もし怪我してたって大丈夫だろ。なんせお医者様だからな。自分で治療できんじゃねーの」

 

私の足を引っ掛けた張本人が、仲間たちと嘲笑の笑みを浮かべる。

なんつー古典的なことをする奴らだ。

 

「お前ら……ふざけたことしやがって!」

「ザッキー、僕なら大丈夫だから。これぐらいで怒ることないよ」

 

男たちに飛びかかる勢いのザッキーを宥めて、私は衣服の埃を払って立ち上がる。

 

「陰湿な嫌がらせは結構ですけど、相手は選んだ方がいいですよ。僕と関わると下手をすれば命を落とします」

「あ? 意味わかんねーこと言いやがって……やんのかテメー!」

「頭が悪いですね。僕ならいつでも腹を切らせるぐらい簡単だと言ってるんです」

「やれるもんならやってみろよ——」

 

私は黙って、男たちの背後を指差す。

ヒートアップしていた彼らは瞬時に固まり、ギギギと音を鳴らして振り向いた。

 

「ヒッ——土方副長……お、おはようございます!」

 

真選組副長——土方十四郎。

鬼の副長に血走った目で睨みつけられると、彼らは蜘蛛の子を散らすように消えていった。

 

「おはようございます。また徹夜ですか? 目がイッちゃってますよ」

「……ちょっと来い。局長がお呼びだ」

 

あまりの剣幕にドン引きするザッキーを置いて、私は土方さんの後を追った。

 

 

 

 

 

部屋に入ると、近藤さんはめずらしく難しい顔で私を出迎えた。

どっしりとあぐらをかき、眉間にシワを寄せて腕組みまでしている。

こうして見ると本当にお偉いさんみたいだ。

 

私もつられて背筋を伸ばして歩み、神妙な顔つきで腰を下ろす。

 

「ただいま参りました。局長、お呼びでしょうか」

「うむ。ご苦労。……山田先生の様子が気になってな。もう二週間経つと思うが、ここでの生活には慣れただろうか」

「はい。未だ戸惑うこともありますが、お陰様で不自由なく過ごしております」

「なるほど、なるほど……」

無精髭の生えた顎をさすって、近藤さんはうなずく。

 

「何か気がかりなことでも……?」

彼の煮え切らない態度に、私は眉をひそめた。

 

「いやー、俺の気のせいだったらいいんだけどね? 本当になんとなーくなんだけど……もしかして山田先生って隊士たちとあの、ほら……あんまーり仲良くないのかな? みたいな?」

「死ぬほど嫌われてますね」

「やっぱりぃぃぃぃ⁉︎ えーーーーもうなんでぇぇええ⁉︎ まだ二週間じゃん! たった二週間で普通こんなに嫌われる⁉︎ トシでもなかなかねーよ!」

「素で驚かれると傷付くのでやめてもらっていいですか。あと二度と土方さんと比べないでください。シンプルにムカつきます」

「それは俺のセリフだ」

不機嫌そうにタバコをふかし、土方さんがドカリと座る。

 

「べつに驚くほどでもねーだろ。コイツの腐った根性がヤツらにバレただけだ」

「腐ってるのはヤツらの眼球です。男装も見抜けない人間に何が見抜けるって言うんですか」

「でもそこまで嫌われるって——やっぱり女っつーのがバレたんじゃ……」

青ざめる近藤さんに、私は断言する。

「それはないですね。バレるわけないですよ。片乳見せても気付きませんよあいつら」

「バカ言うんじゃねェ。さすがに両乳見せたらバレまさァ」

いつのまに入ってきたのか、沖田さんは軽い調子で会話に混ざる。

 

「なんだ、総悟。何か心当たりでもあるのか?」

近藤さんに水を向けられると、沖田さんは肩をすくめた。

「そんなの近藤さんと土方さんのせいに決まってるじゃねーですか」

 

名指しに挙げられた二人は、心外だとばかりに目を丸くする。

「当たりめぇーでしょう。ヒョロい弱そうな男が入隊したかと思えば、非戦闘員で医者だときたもんだ。局長は『山田先生』なんて呼び、副長はわざわざ自室の奥——いつでも守れる位置に男の部屋を用意した。特別待遇にも程がありやす。古い(もん)はともかく、若手は納得しねーでしょう」

「そっ、そりゃーだってお医者様なんだから先生だろう!」

「バカ言うんじゃねェ。守ってんじゃなくて見張ってんだよ!」

「事実がどうであれ、客観的にそう見えちまうって話でさァ」

沖田さんは双方の反論をゆらりとかわして、冷ややかな瞳で私を見る。

「それに加えて、仕事はしねーんだからムカつかねー方が難しいでしょう」

「……私のモットーは『お給料分きっちり働く』ですよ。何もするなって言ったのはそちらじゃないですか」

 

私だってロクな働きをしていない自覚ぐらいある。

ザッキーに頼みこんでやっと貰えた仕事は、庭の鯉に餌をやるとか——その程度の仕事で、他の隊士から見れば遊んでいるようにしか見えないだろう。

 

これでは職場にいること自体が仕事みたいだ。

そして、実際にそうであることを私は求められている。

 

ザッキーに聞いたところ、私の入隊には二つの理由があった。

一つは聞いていた通り、近藤さんの失言の尻拭い。

土方さんが教えてくれなかったもう一つは、私の身柄の保護だ。

 

私を襲ったバケモノは、ヴァンパイア事件の犯人ではなかった。

しかし、血を欲していたぐらいだ。

何かしらの関与があることは間違いないだろう。

ヤツは言っていた。

「あの方に血を——」

あの男をバケモノにした何者かが、血を欲している。

そいつこそがヴァンパイア事件の犯人ではないか——と真選組は睨んでいる。

そしてバケモノは私の血に異常な執着を見せていた。

真選組は懸念しているのだ。

最後の事件の日から鳴りを潜めるヴァンパイアが、私を襲うことを。

 

もちろん私にとっては有難い話である。

衣食住の面倒を見てもらい、そこそこの給料をもらって、守られるのが私の仕事だ。

……一体どこのお姫様の話をしてるんだ。

そんな働き方、私は望んでいない。

 

けれど——

唇を噛み締めて、そうしていることに気付かれないように注意して、私は深く頭を下げる。

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。これ以上の波風を立てぬよう、努力致します」

 

……自分のやりたい仕事と、求められる仕事は違う。

元の世界でも散々経験したことだ。

となれば、雇用主に従うのは当然だろう。

せめて人様の仕事の邪魔をしないよう、大人しくすべきだ。

青い畳の目を数えながら、私はそう思った。

 

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