元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
夜の廊下を足早に歩き、自室に戻る。
時計を見るとすでに21時を回っていた。
私は思わず舌打ちをする。
夕食後に急遽呼び出された説教大会が、思ったより長引いたのだ。
特に土方さんの説教は長くて困る。
言わんとすることは最もだが、終わったことをチクチク突かれたってなんの解決にもならない。
原田さんとの決闘は私にも非があるけれど、ザッキーの監察日記でキレられても困る。
私は急いで隊服を脱ぎ、普段着の男性用着物に袖を通した。
桶、タオル、シャンプー、石鹸、下着——お風呂セットと手土産を持って、急いで正門に向かう。
いつも18時には訪問しているのに、今から行っても迷惑にならないだろうか。
何もなければ遠慮するのだが、何せ緊急事態だ。
明日相談するにしても、今日中に頭出しぐらいはしておきたい。
屯所の長い廊下を渡り正門をくぐると、スクーターに跨った銀さんが私に軽く手を振った。
スウェットにダウンジャケットにマフラーに手袋に——銀さんは完全防備でモコモコになっている。
「おせぇーよ」
「すみません。色々ありまして……。寒いのにわざわざ迎えに来てくれたんですね。ありがとうございます」
「神楽が心配だってうるせーんだよ。つーかマジでさみーわ。責任とってなんか奢れよー」
そう言って投げられたヘルメットを受け取る。
奢ってるのはいつものことではと思ったけれど、わざわざ迎えに来てくれたのだから目をつぶっておこう。
受け取ったヘルメットを被ろうとしたところで、背後から特徴的な低い声がかかった。
「こんな時間に外出か、山田」
振り向くと、私服の着流しにマフラーを巻いた土方さんが立っていた。
薄暗がりにライターの火が灯り、土方さんは伏し目がちに咥えたタバコに火をうつす。
「面倒ごと起こしといて呑気に夜遊びかよ」
「近藤さんに許可はもらってます。土方さんに報告する義務はないと思いますが」
「近藤さんが? んなわけねーだろ。お前は24時間屯所にいることが——」
「就業時刻は9時から17時までの契約です」
「何それどこのOL?」
あのゴリラまた勝手なことしやがって……、と土方さんはガシガシ頭をかいた。
よほど心労があるのだろう。いつもより眉間のシワが深い。
その原因の一つであろう私が言うことでもないが。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
「……は? 何が? べつに何も心配してないけど?」
「いやツンデレとかいらないですから。ザッキーから聞きましたよ。私ってヴァンパイア事件の犯人に狙われてるんですよね」
山崎……そうかやはりあいつか……、土方さんは低い声で呟く。
どう見てもブチギレている。
上にも下にも問題児を抱えて、さぞかし心労もたたるだろう。
さすがに気の毒になって私は下手に出る。
「不要な外出は控えてますし、日のあるうちは人通りのある道を選んでいます。夜間の外出は必ずボディーガード付きという条件で、近藤さんから許可を頂いてます」
「ボディーガード?」
土方さんは訝しげに眉根を寄せる。
「お父さんどうも〜。ボディーガードの銀さんで〜す」
私の影に隠れて見えなかったのだろう。
銀さんがひょっこり顔を出すと、土方さんは一層厳しい表情になった。
「誰がお父さんだ」
「9時過ぎの外出ぐらい今時のガキでも普通だぜ。それをネチネチギトギト
「誰が脂ギッシュだ!」
「マヨネーズなんて脂の塊じゃねーか。顔の半分脂みたいなもんじゃねーか」
「それを言ったらテメーも糖分でできてるだろーが顔の半分生クリームだろーが」
「そんないきなり褒めんなよ……」
「褒めてねーよ」
いつも通りマイペースに煽りまくる銀さんは、いまの土方さんにとってはいつにも増して毒だろう。
銀さんは相変わらずのだらけた目付きで、私を指差して言う。
「だいたいね。お宅の娘さんなかなかの年齢ですよ。ボディーガードいる? ボディー守る必要ある? むしろどんどん売らなきゃいけない年齢だよね?」
「ふざけないでください。さっきからなんで土方さんの娘設定なんですか。せめて近藤さんでお願いします」
「お前はあくまで俺を攻撃してくるよね。もっと別に文句つけるべきところあったよね」
土方さんを無視して、銀さんは微妙な顔をした。
「嘘だろ。ゴリラの娘の方がいいの?」
「まあ、マヨネーズの娘よりはましでしょう」
「マヨネーズがゴリラに劣るわけねーだろ! つーかマヨネーズの娘ってなんだよ。出会いたいわ。むしろお目にかかりたいわ」
了承したとばかりに、銀さんはさっきと同じポーズを取る。
「だいたいね。ゴリラの娘さんなかなかの年齢ですよ。ボディーガードいる? ボディー守る必要ある? むしろどんどん売らなきゃいけない年齢だよね?」
「ゴリラにとってはドラミングが命ですよ。ボディーは大事にすべきでしょう」
「結局ゴリラ守る話になってんじゃねーか」
たしかにいつのまにか話がズレている。
銀さんが会話に混ざると延々と本題に入れないのが困りものだ。
私は話を戻して、土方さんに答える。
「夜遊びにいくわけじゃありません。これから万事屋にお風呂を借りに行くんです」
私はそう言って、桶に入ったお風呂セットを土方さんに見せる。
当然だが、屯所には女風呂はなく風呂場は共同だ。
人目を忍んで行くにしてもリスクがありすぎるため、私は毎日万事屋のお風呂を借りていた。
土方さんは眉をひそめて、
「風呂だと? ——ったく、今日ぐらい我慢しろ。あんだけ大騒ぎ起こしといて」
「何? またお前なんかやったの」
「またとは何ですか。少しトラブっただけです。ゴリラの息子たちに脅されて
「おいおいとんだToLOVEるだよ。ゴリラの娘がゴリラの息子たちにヤラレそうなの? 何やってんだよ先生〜。いくらアニマル使ったってアウトだろ。ジャンプ本誌いられなくなっちゃうよ」
「アウトなのはテメー等の頭の中だ」
銀さんと一緒にしないでほしい。
私は下ネタを言ったつもりはない。
私がゴリラの娘なら、隊士たちはゴリラの息子だろう。
真選組という組織を家族に例えた詩的表現じゃないか。
「とにかく今夜の外出は禁止する。副長命令だ」
土方さんは眼光鋭く言い、場には緊迫した空気が流れる。
「いーや。桜は万事屋の風呂に入る運命だから。テメーが勝手に決めるんじゃねーよ」
「外部の人間が口出さないでくれるかなー?」
「父親気取りもいい加減にしろよ。ゴリラに托卵されてんの気付かない?」
「ゴリラの托卵ってなんだ! ゴリラは卵生じゃなくて胎生だからね」
「土方さん。ツッコミどころはそこじゃないです」
鬼の副長は相当お疲れらしい。
ツッコミにキレがなくなっている。
この二人は一度喧嘩を始めると長い上に、ムキになると非常に面倒くさい。
こうして言い争っている間にも夜は深まるばかりだ。
銀さんに決闘の件を相談したかったのだが、仕方ない。
諦めて明日にしよう。
「迎えに来て頂いて申し訳ないんですけど、うちの副長がこう言ってるので今日は遠慮しますね」
「なんだよ桜。そいつの味方かよ。すっかり真選組の一員じゃねーの」
お得意のダル絡みをはじめる銀さんに、私はすかさず手土産を渡す。
「これ、本日のおかずです。神楽ちゃんと夜食に食べてください」
豚の生姜焼きとポテトサラダを覗いて、銀さんは「ほーん」と感嘆符を漏らす。
さらに私は畳み掛ける。
「あと、これは気持ちですが次のジャンプ代にでも——」
財布から千円札を抜き出すと、銀さんはまるで引ったくりのようにそれを奪い取ってそのままスクーターを走らせる。
離れていく背中に私は慌てて叫ぶ。
「明日の朝一でお邪魔するので起きててくださいねー!」
「おー! 任せろ!」
銀さんは振り返ることもなく、左手だけブラブラ揺らして返事をした。
風のように去っていった現金なボディーガードを、土方さんは呆気にとられて見送る。
さっきまで場に満ちてきた熱量が嘘のように引いて、とたんに冷気を思い出した。
二人の白い息とタバコの白い煙だけがゆらゆら揺れる。
自然と二人の目が合うと、土方さんはきまりが悪そうに背を向けた。
「……よかったのかよ。行かなくて」
「行くなって言ったのは土方さんじゃないですか」
「そりゃ、そうだが。……お前、俺のこと嫌いじゃねーか」
そう言うと、彼はそっぽを向いたままタバコの煙を吐き出す。
隊服を着ていないせいだろうか。
いつもの高圧的な真選組副長ではなく、そこらへんを歩く普通のお兄さんに見える。
その背中に若干の親しみを感じつつ、私はしみじみと答える。
「土方さんってそういうの気にするんですね。……意外と狭いんですね、心」
「お前は本当に隠そうとしないよね、悪意」
「心外です。言っときますけど、嫌いじゃないですよ。ただ土方さんが言うことにはとりあえず否定から入りたいだけです」
「それすごい嫌いって意味だよね?」
土方さんは怒気を抑えて、
「とにかく! 保護されてるって自覚があんなら、むやみに外出——しかも女の姿で出歩くんじゃねーよ。男の格好させてる意味がなくなるだろーが」
……女の姿で?
なんのことだろう。
真選組で働き始めてから、私はずっと男装をしている。
私の男装は、女性しか狙わないヴァンパイアの目を欺く意味もある。
命が狙われているのに、わざわざ女の姿で出歩くはずがない。
それこそ意味がないじゃないか。
私は内心首をひねったが、足早に立ち去ろうとする土方さんに気付いて慌てて彼の腕を取る。
「ちょっと待ってください!」
「なんだよ。まだなんかあんのか」
「あるに決まってます。私のお風呂に付き合ってくれるんですよね」
「……はぁ⁉︎ なんでそんな話になってんだよ!」
「万事屋に行くなって言ったのは土方さんじゃないですか。責任取ってくださいよ」
「なんで俺が——ッ! 他のやつに頼めよ!」
「下半身暴れん坊将軍ゴリラと超ド級ドSの二択なんですけど」
「……一日ぐらい入らなくたって死にやしねーよ。我慢しろ」
彼の言い分に、私は肩をすくめる。
「わかりました。一人で行きます。大丈夫ですよ。深夜の誰もいない時間帯にしますので。ただし何かあったら土方さんの責任ですよ。私は相談しましたからね」
土方さんは眉間に深くシワを刻み、しばらく私を睨みつけると、観念したように大きなため息をついた。