元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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二十七話 企業にはカラーがある

時刻は深夜二時。

丑三つ時を迎え、夜勤組はパトロールに向かい、隊士たちは寝静まる。

屯所が一日のうちで最も静かになる時間帯だ。

 

暗闇の中をマヨネーズ型ライターの灯りを頼りに、私は滑るように廊下を歩く。

目的地に到達すると、土方さんは脱衣所に繋がる戸に『風呂場に入る者、切腹』と乱暴な看板をぶら下げた。

 

「じゃあ、俺はここで見張っててやるから早く済ませろ」

「何言ってるんですか。土方さんも一緒に入るんですよ」

「はぁ⁉︎ バッ——バカかテメーは! なんでそうなるんだよ!」

 

土方さんは器用に小声で怒鳴る。

さすがツッコミ担当だ。

彼の過剰反応に、私は呆れて返す。

 

「いや、普通に廊下の真ん中で突っ立ってたら目立ちますよ。脱衣所に目隠し用の衝立(ついたて)があったじゃないですか。あれ置いとけば問題ないでしょう」

 

こんな真夜中の廊下に鬼がたってたら誰だってびびるだろう。

屯所の新しい七不思議にでもなったら面倒だ。

 

「ああ、そうか……。いやいやいやだとしてもダメだろ色々と少年ジャンプ的にもダメな展開だろ」

 

一瞬納得しかけた土方さんは、何と格闘しているのかぶつぶつ自問自答をはじめる。

 

「ジャンプ的には余裕でありがちの展開です。というか土方さんマガジン派ですよね」

私は構わず戸を開けて、『男』と書かれた暖簾をくぐる。

がらんと広い脱衣所の壁に立てかけてある衝立。

それを壁と水平になるように設置して、目隠し用の壁を作る。

私に促されると、土方さんは渋々脱衣所に入った。

 

「……お前さ、ちったー警戒心とかねーのかよ?」

「他の人なら遠慮しますが、土方さんは問題ないです」

「どういう基準だよ……」

 

疲労困憊の土方さんに、銀魂という漫画を読んで貴方が良い人だって知っているからですよー、とは言えない。

私は逡巡して答える。

 

「土方さんが私のこと相手にするはずないじゃないですか」

「そういうことじゃねーだろ。あれだよ……男は好きな女じゃなくてもアレしたりできるじゃねーか。いや俺は違うけどね? 気をつけた方がいいーんじゃねーの的なあれだよ」

「それぐらい分かってますよ。私のこといくつだと思ってるんですか。……ほら、土方さんって士道不覚悟切腹マンじゃないですか。だから大丈夫なんです」

「なにその頭悪そうな奴」

 

途中で理由を探すのが面倒になり、私は土方さんを残して衝立の壁を越えてロッカーに向かう。

衝立越しに土方さんに声をかける。

 

「なるべく早く終わらせるので、よろしくお願いします。」

 

ああ、と無愛想な返事が聞こえた。

10分あればなんとかなるだろう。

忙しい仕事の合間に付き合ってくれているのだ。

出来るだけ最速のタイムを叩き出そうと、着流しの帯に手をかけたところで、土方さんから声がかかった。

 

「あー、お前アレだ。——今後は俺に言えよ」

「……何をですか?」

衝立越しで姿は見えない。

真意を図りかねる発言に私は首を傾げ、帯を解く手を止める。

土方さんは言い淀みながら続ける。

 

「今後は何かあったら近藤さんじゃなく、俺に相談しろ。近藤さんは人が良すぎる分、悪意に鈍感だ。お前のわがままを真に受けてなんかあってからじゃ遅ぇだろーが。最初から俺に相談してりゃ、今みたいな面倒ごとも起きてねェ。わかったな。これは副長命令だ」

 

ぶっきらぼうな声色が顔が見えない分顕著に感じる。

 

また副長命令——上司だから当然かもしれないが、私はこういった命令口調が嫌いだ。

昔の血が騒いで、つい反発してしまいたくなる。

土方さんに悪意はないと頭では理解していても——待てよ。

 

私はふと思いついたことをどうしても確かめたくなって、衝立をぐるっと回って土方さんに詰め寄った。

胡座をかいていた土方さんは、私の勢いに驚いてのけぞる。

「うお! な、なんだよ! やんのか!」

 

彼の様子に構わず、私は至近距離で土方さんの顔をじっと見つめる。

 

——客観的に見て男前だ。

元世界でも銀魂の土方十四郎といえば主人公にも劣らぬ人気っぷり。

そして真選組内ではめずらしく童貞臭——というか女に飢えた感じがしない。

余裕があって、仕事もできて、役職持ちの公務員で高給とり——

 

私は神妙な顔で結論を導く。

 

「さては土方さん……モテますね?」

「……は?」

土方さんは間抜けな声をあげた。

 

「だから副長命令だ——とか高圧的な言い方をするんでしょう。下手に優しくして、私が惚れないように牽制してるんですね?」

「はぁぁぁ⁉︎ そ、んなんじゃ——ッ」

 

この手の話題に慣れていないのか、土方さんは顔を赤らめて怒ったように否定する。

が、逃げきれない私の視線に負けて、彼はため息をついた。

 

「そんなんじゃねーよ。……昔、惚れた腫れたの揉め事があった。めんどくせーから必要以上に女と関わらねーようにしてるだけだ」

 

多くを語らないところが色男の証拠だ。

 

事件に巻き込まれて精神的に不安定なとき、颯爽と現れて助けてくれる男がいれば、さぞ頼れる良い男に見えるだろう。

しかも土方さんみたいなイケメンなら恋に落ちる確率は高い。

けれど、彼にとっては日々の仕事に過ぎない。

事件が起きるたびにヒロインといい感じになっていたら、今頃土方さんは士道不覚悟で切る腹がなくなっている。

 

「なるほど。だからいちいち高圧的なんですね」

「うるせー、余計なお世話だ。俺は人付き合いにゃ向かねーよ。まあ、人タラシの才能ならウチにはその筋の天才がいるんでな」

 

ああ……近藤さんか。

たしかにあの人は人タラシの天才だ。

 

真選組に入ってわかったが、ここには曲者(くせもの)しかいない。

ヤクザ紛いの暴れ者。

正義感の形がいびつなヤンデレ気質。

ただ戦いたいだけの戦闘狂。

本当にいろんな人がいて、いずれも協調性とはかけ離れている。

 

全員の共通点はただひとつ。

近藤さんだ。

みんな近藤さんが好きだ。

 

「何笑ってんだよ」

 

真選組随一の曲者が不機嫌そうにギロリと私を睨みつける。

 

「いえ、なんでもないです。あと、安心していいですよ。今後土方さんが何を言っても、身を挺して私を守ってくれても、それは仕事の内だと理解してますから。絶対勘違いしないし、まったく感謝もしないです」

「感謝はしろよ」

 

土方さんのツッコミを聞き流し、衝立の向こう側へ戻る。

手早く着替え、バスタオルを身体に巻いて浴場に踏み入る。

 

大浴場はそこらの銭湯みたいに広くて、一人でぽつんといる優越感の一方で、心細くもあった。

ずらりと並んだシャワーヘッド。

その一番手前に陣取って座る。

持ち込んだシャンプーで素早く頭を洗いながら考えていた。

 

真選組という組織は不思議なもので、一見バラバラなのに妙な一体感がある。

その求心力になってるのが近藤さんだ。

 

近藤さんは、ゴリラだしバカだし頼りない。

能力だけでいえば、間違いなく土方さんや沖田さんの方が上だろう。

それでも、真選組(ここ)の頭は近藤さんでないとダメだ。

誰も何も言わないけれど、きっとみんな同じように感じている。

 

もし真選組にそういった目に見えないセンサーがあるなら、私という存在が引っかかり、浮いて嫌われ弾かれるのは当然に思えた。

 

身体に残る泡を流し終え、毛先から落ちる水滴をタオルに染み込ませていく。

身体を拭いてから、タオルを巻いて脱衣所に戻る。

 

衝立の向こうには土方さんがいるはずなのに、人のいる気配がしなかった。

誰もいないだだ広い脱衣所は、静かすぎてなんだか入るのに勇気がいる。

私は雑談でも話しかけようと思って、やめた。

とくにこれといった話題もないし、楽しく会話をするような間柄ではないと思ったからだ。

私は黙ってロッカーに戻り下着を身につけ、寝巻き用の着流しに袖を通す。

なんとなく沈んだ気持ちで帯に手を伸ばすと——突然、電気が消えた。

瞬時にパニックに陥って、土方さんを呼ぼうと開いた口を大きな手に塞がれる。

耳元で低い声が囁いた。

 

「静かにしろ。誰か来た」

 

背後の土方さんの気配で、彼が廊下を気にしているのがわかった。

 

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