元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
まだ追ってくる浪人たちに舌打ちをすると、銀さんは私を抱えたまま屋根の上に飛び上がる。
「ぎゃああああああああああああ! 高い高い高い!」
さすがは白夜叉。
人を抱えているとは思えぬほどのスピードで走り抜け、家の屋根から屋根に次々と飛び移っていく。
「ああああああ内臓があああああ!」
それでも浪人たちは追いすがり、
「いやああああああああああああああ!」
私たちは覚悟を決めて立ち向かうという選択肢を迫られつつ——
「ひいいいいいいひいいいいいいいん!」
「うるせぇぇぇぇえええ! いちいちうっせーんだよテメェは!黙ってらんねーのか! せめて『キャー♡』とか可愛く叫べねーのか!」
「これが叫ばずにいられますか! 人間である限り叫びますよ普通ですよ! せめて飛ぶときは合図をしてください! 『1、2、3、ハイ!』のリズムでお願いします。『3』じゃないですよ⁉︎ 『ハイ!』で飛んでくださいね!」
「わーったわーった。行くぞ。いーちィ」
「あああああああああ! 2すら言ってくれないいいいいいい!」
銀さんは一際背の高い屋根から、一気に開けた広場に飛び降りる。
綺麗な着地を決めて、すっかり魂の抜けた私を地面に転がすと彼は木刀を構えた。
「絶対に許さない……。毎日糖分注射して一刻も早く糖尿病にしてやる……」
「不穏な計画立ててんじゃねーよヤブ医者! 約束通り助けてやってんだから大人しくしてろよ⁉︎」
大人しくも何も腰が抜けて立てないです、と思いつつ私は気合いで立ち上がり刀を抜く。
真選組の隊服を着ている以上、今の私は山田サク太郎だ。
敵前逃亡は切腹——真選組ブランドに傷を付けないためにも情けない姿は敵に見せられない。
その時、追手の浪人たちと悪魔の仮面を被る女が降り立った。
両軍は対峙する。
「よぉ、鬼ごっこはシメェにしよーぜ。そこの個性的な仮面をしてる子はどうしたのかな? カッコいいと思ってつけてんのかな?」
銀髪の侍は挑発的に笑う。
私にはその大きな背中が別人のように見えた。
侍は刀を構えるだけでこうも違うものか。
仮面の女が銀さんを指差し、生き残った六人の浪人が一斉に斬りかかる。
が、銀髪の侍は木刀で一直線に薙ぎ払い、浪人たちを吹き飛ばした。
彼は木刀を肩に乗せ、
「
伝説の白夜叉——銀さんの軽口にその片鱗を垣間見る。
すると仮面の女が返事をするように右手を軽く上げた。
その人差し指を下から上に——呼び寄せるように動かすと、倒れた浪人たちが奇妙な動きで立ち上がった。
銀さんは瞠目し、
「こいつら操られてんのか⁉︎」
「彼らの目を見てください! 私を襲ったバケモノと同じ目です!」
血走った双眼に、異常に小さな黒目がビュンビュン動き回る。
間違いない。
あの時のおぞましい瞳だ。
私たちの驚愕をよそに、仮面の女がパチンと指を鳴らす。
すると全身ずぶ濡れになった浪人たちが、敵陣営に降り立った。
先ほど川に落ちて戦闘不能になったはずの浪人たち——合わせてざっと三十人若。
銀さんは口元を引きつらせ「走れ!」と叫ぶ。
私は慌てて彼の後を追いかける。
「何本あっても足りゃしねーとかカッコつけるからァァァアアア! 足りるじゃん! 全然ピンチじゃん!」
私は走るのに精一杯で背後を気にする余裕はない。
銀さんが何度も振り返って敵を薙ぎ倒していくが、すぐに復活する操り人形には焼け石に水だ。
「うるせぇぇえええ! なんかそういう雰囲気だったんですぅ! 男の子は決め台詞言いたい時があるんですぅ! 文句言う余裕あるなら足止めんな! 囲まれたら終わりだ! 絶対俺の後ろ離れんなよ!」
「そ、そんなこと言われても……私の肺はホオズキと思ってください」
「いやどんだけ繊細⁉︎ ちょっとオシャレな例えすんな腹立つわ! いま情緒いらねーんだよ!」
緊迫の連続。
そのためか、いつもより息が上がるのが早い。
肺が裂けそうだ。
私は苦痛に顔を歪ませる。
その時、三人の浪人が銀さんに斬りかかった。
銀さんは私を背後に押し除ける。
浪人Aの刀を木刀で弾き飛ばし、そいつの手首を掴んで浪人Bに投げつける。
次に迫る浪人C。
その腹に強烈な突きをお見舞いした。
が、そいつは血を吐き出しながら踏ん張る。
木刀を両手で掴んだまま離さない。
その顔は無表情で不気味だ。
銀さんはハッとし、瞬時に振り払おうとするが、遅い。
浪人Cに続けとばかりに、浪人たちが次々と捨て身で群がる。
明らかな足止め。
その隙をついて、一人の浪人が私に襲い掛かった。
「桜ァ! クソ! テメー等どきやがれ!」
ダメだ、間に合わない。
銀さんの叫ぶ姿を視界の端で捉え、私は冷静に思う。
斬られる——身を固くすると、銀さんの鋭い叫びが耳に突き刺さった。
「腰引くな! 構えろ!」
その声に私はハッとして踏ん張り、刀を構える。
敵の刃が迫る。
逃げたくなる身体をなんとか押し留める。
一撃だ。
この一撃さえ防げれば——ッ!
頭上から振り下ろされる刃を受け止めようと、私は刀を真横に構える。
そして刃と刃が交わった瞬間——浪人が大きく痙攣し、倒れた。
……は?
何が起こったの?
鼓動の急ピッチ。
自分の荒い息遣いが聞こえる。
呆気にとられる私に、愛刀は得意げにビリリとスパークを纏った。
——電流⁉︎
「これが——私の秘められし力⁉︎」
「ちげーだろ!」
一度言ってみたかっただけだ。
これが源外さんがくれたカラクリの威力——「普通に戦ってりゃー勝てる」というのも頷ける。
つまり戦わなくたって刃を交えさえすれば、相手は電撃を受ける……。
卑怯だ。
卑怯すぎる。
こんな刀で決闘だなんて——最高じゃないですか!
「ボサッとすんな! また来んぞ!」
銀さんが私の頭を掴む。
そのままグッと下に押され、私は慌てて頭を抱えて伏せた。
直後、敵の襲撃。
浪人たちが四方から一斉に襲いかかる。
何本もの刀が頭上で交錯する。
敵に埋もれ、一瞬辺りが真っ暗になった。
が、次の瞬間、銀さんがそれらを斬り倒す。
無数についた刀傷にも怯まず、咆哮をあげて剣を振るう姿は——まさに夜叉。
斬って、
斬って、
斬りまくる。
強い。
この人数を相手でも、敵を圧倒している。
けれど、いくら銀さんでも相手が不死身では終わりがない。
少しずつボロボロになっていく様を見ていることしかできず、私は歯噛みする。
このままじゃジリ貧だ。何か突破口さえあれば——
その時、浪人の影に潜む女の姿が目に入った。
私がハッとして「銀さん!」と叫んだ時には遅かった。
メキッと鈍い音と共に、銀さんの横腹に強烈な蹴りが入る。
ガハッ——苦しげな呼吸音と共に彼の身体が吹っ飛び、その先にある古びた納屋に突っ込む。
「銀さん!」
慌てて彼に駆け寄ろうとした私に、女は一瞬で間合いをつめる。
「クッ——!」
苦し紛れに突き出した剣——女は刃を躱し、軽々と私の刀を蹴り飛ばす。
私は丸腰だ。
悪魔の仮面が眼前に迫る。
彼女の素手が、ビキビキ音を立てて変形するのがスローモーションに見える。
ちょっと待って!
それキルア=ゾルディックくんのやつじゃないですか!
ハンター試験の最中に心臓抜きとってグシャっとするやつじゃないですか!
やだー! すっごい名シーン!
いまから体験できちゃうなんてファンとして胸熱!
避けることなんて出来るはずもない。
私は涙目で、ただ彼女の腕の動きを凝視する。
すると、突然女が何かに反応して後ろに飛び退った。
直後、飛んできた木刀が先ほどまで女がいた場所——木壁に深々と突き刺さる。
木刀に刻印された『洞爺湖』の文字。
その持ち主は、倒壊した納屋の中——柱に背を預けて座っていた。
「そいつァ俺の金ヅルなんだわ。簡単に殺られちゃ困るぜ」
ぐったりと座り込んだままの銀さんが、鈍色の瞳で女を睨みつける。
木刀は——ダメだ、抜けそうにない。
女が引いたのを見計らって、私は彼に駆け寄る。
銀さんは腹を抑えて咳き込んでいた。
しばらく立ち上がれそうもない——骨折しているかもしれない。
「……お前がいると満足に戦えねェ。屯所はすぐそこだ。俺が——」
「立ち上がれもしない人が何を言うんですか。私は医者です。怪我人を置いて逃げるほどヤブじゃありません」
銀さんを背にして、私は敵に対峙する。
血がダメな半端者のくせに、恥を忍んで再び掲げた看板。
ここで逃げるぐらいなら死んだ方がマシだ。
私は助からないにしても、少しでも時間を稼げば銀さんならなんとかするだろう。
懐からスタンガンを取り出す。
すると仮面の女が手を振り、浪人たちは糸が切れたように崩れ落ちた。
私はゆっくりと発音する。
「わざわざお仲間減らしちゃって、余裕そうですね? その選択が後悔に変わらないといいですが」
「ふふ——それが切札かしら? スタンガン……触れるとビリリ〜って痺れちゃう?」
艶っぽい声色。
よく見ると胸元は谷間が強調され、身体のラインにそった黒のワンピース——アップにした黒髪からこぼれる後毛が白い頸にかかる。
……お色気お姉さん系か。
敵だ。
「試してみましょうか?」
「そうねぇ。私、痛いのは嫌いじゃないのよ。けど——まどろっこしいのは苦手なの」
仮面の女が跳躍する。
一瞬で、女は私の目の前に現れた。
ここはもうちょっと会話して駆け引きとか楽しむ場面じゃないの⁉︎
銀さんが私の名を叫ぶ声が聞こえる。
ああ、ごめんなさい銀さん。
時間も稼げない弱キャラで……私の遺産は全部受け取ってくださいね。
——けど、タダでは死ねない!
死ぬ前に一撃だけでも……ッ!
そう願って、私はスタンガンのスイッチを押した。