元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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三十三話 お一人様でもカッコよく生きたい

 

「桜! しっかりしろ!」

 

激しく肩を揺さぶられ、私は目が覚めた。

「え、あれ……」

頭にモヤがかかったように思考がはっきりしない。

目の前の男性は——銀さんは安堵のため息をつく。

 

「ったく驚かせんなよ! お前は突然倒れるし、あの女は意味わかんねーこと言うし」

「あの女……? ——ッどこですか⁉︎ 彼女はどこに⁉︎」

「もうとっくにいねーよ。飛んでいきやがった」

「……そうですか」

 

まだ聞きたいことは山ほどあったのに、彼女がいないことにホッとしている自分もいた。

 

……そうか。

この世界の姉さんも死んだのか。

もう一人の私——サクラさんは三年前と言っていた。

私の姉も死んだのは三年前——命日も同じだったりするんだろうか。

もしそうなら……姉さんが死んだのは運命と言えるかもしれない。

誰が悪いでもなく、山田春香はあの日に死ぬことが決まっていたのかもしれない。

 

運命論なんて本当は嫌いなくせに、こんな時ばかり都合よく縋り付く

自分に反吐が出る。

 

「……おい、大丈夫かよ」

「あ……ええ、大丈夫ですよもちろん」

 

銀さんが心配そうに私の顔を覗き込む。

彼には似合わない真摯な瞳に見据えられて、私は曖昧に微笑んだ。

気にもしていない服の汚れを丹念に手で払ってから、立ち上がる。

 

なんだっけ……ああ、そうだ。

銀さんにはちゃんと説明しないと。

 

「えーっとですね。今のは……そう、エキストラみたいなものです。異世界妄想を盛り上げるためのちょっとしたスパイス……みたいな? 銀さんに依頼してもいまいちリアリティが足りないんですよね——」

 

いくら依頼とはいえ、銀さんを危険な目に合わせてしまった。

これ以上、彼に迷惑はかけられない。

元の世界に帰りたい、なんて私の個人的事情……もともと一人で解決すべき問題だったのに。

なまじ銀さんの人柄を知っているから——甘えて頼って、自分が弱いことを理由にして……彼を利用した。

目の前に困っている人がいれば、銀さんは愚痴りながら助けずにいられないことを知っているのに。

打算づくしで動く——つくづく私は嫌な女だ。

 

「それよりもケガは大丈夫ですか? まずは手当てを——え? もう歩けます? こんなのかすり傷って……相変わらず驚異的な回復力ですね——」

 

銀さんを頼らずとも——まあ、なんとかなるだろう。

そう悲観することでもない。

敵の正体を暴けたことは大きな一歩だ。

まずはヴァンパイア星人とやらについて調査して、そして……私は何をすればいいんだろう。

……なんにせよ、自分でどうにかするしかない。

もしそれが出来なければ、異世界の地で一人、骨を埋めることになる。

ただそれだけだ。

 

「とにかくまずは病院に行きましょう。でないと——」

 

話を遮って、銀さんは「桜」と私の名を呼んだ。

その声はいつものふざけた感じではなく、かといって高圧的な諌めるような感じでもなく——静かな優しい響きで、自分の名前じゃないような不思議な感じがした。

私は少し驚いて、唇を結ぶ。

喉が乾いて痛い。

しゃべり過ぎていたことに、そこでようやく気付いた。

 

お前さァ……、と銀さんは大きなため息をついたかと思うと突然「ああクソ!」と天然パーマの銀髪を激しくかきむしり、意を決したように私に向き直った。

 

「ったく、わかったよ! ……信じてやるから」

 

……信じる? 何を?

首をかしげる私に、彼は少し怒ったように言う。

 

「だーかーら! 信じてやるっつってんだ。本当に異世界から来たんだろ?」

 

耳を疑う言葉に、私は絶句した。

……この人は本当にお人好しすぎる。

誰のせいで面倒事に巻き込まれたのか理解していないらしい。

私は心底呆れたし、「何をバカなこと言ってるんですか」と流そうとして——声が出なかった。

なんでか唇が縫い付けられたように開かない。

それに心臓が絞られるように痛む。

彼の瞳が胸の奥を覗いているようで、私は懸命に言葉を探した。

 

「……信じるって、何を根拠に言ってるんですか。どこにも証拠なんてないですしそれに」

「根拠なんざいらねーよ。ましてや証拠も必要ねェ」

グネグネ曲がる天然パーマと違って、まっすぐな言葉。

「いいか? オメーが言うから信じるっつってんだ。……だから、世界で一人ぼっちみてーな辛気臭(しんきくせ)ぇ面ァやめろ」

 

いつもの締まりのない顔が、やけに整って見える。

これだからヒーローはずるい。

脇役が一番欲しい時に、一番欲しい言葉をくれる。

渇いた体にすぅっと馴染むミネラルウォーターみたいだ。

 

「まァ、前も言ったけどよ。桜は周りの連中に比べたらかなりマシな頭の部類だし? ギリだぞ。ギリギリのラインでだからな。異世界だから天涯孤独とか思うかもしんねーけど。ほら、うちのガキどももいるしよ。なんなら特別に銀さんの胸貸してやるから!」

 

ほら、と冗談まじりに銀さんは両手を広げた。

私は黙って彼の背中に回る。

 

「……いやなんでそっち?」

「ちょっと正面からは絵面的に耐えられないので」

 

あっそう、と素っ気ない返事。

なのに不思議だ。

手の置き場所ぐらいであんなに歯痒い思いをした背中なのに——今は触れずにいられない。

腕を回して、ぎゅっと抱きしめてみる。

私の腕の中で、彼の背中は少し硬くなったけれど、すぐに柔らかく弛緩した。

 

「あったかいですね。湯たんぽを思い出します」

「何その微妙な感想」

「褒めてるんですよ。落ち着くって意味です」

「そりゃどーも。鼻水はつけんなよ」

「……善処します」

 

銀さんの背中——着物に水滴が落ちる。

あとからあとから落ちては、吸われて消えていく。

ずっと溜まっていた色々なものが剥がれ、落ちて、消えて——その過程を私は眺めていた。

 

ごちゃごちゃした頭の中、丸ごと空っぽにしてるみたいだ。

ダメなのに。ちゃんと考えて、自分で決めなきゃダメなのに。

今だけは何も考えなくたっていい——温かい背中が許してくれる気がした。

 

どれぐらい経ったろう。

小さな嗚咽がようやく吐息に変わる頃、ずっと黙っていた銀さんがボソリと言う。

 

「落ち着いたか?」

「ええ、まあ。……お世話になりました」

 

気恥ずかしさに、私はおずおずと彼の背中を解放する。

銀さんは私に背を向けたまま、

 

「ところで桜。今何時か知ってるか?」

「へ? 何時って……あああああああああああ!」

 

そこでようやく大事なことを忘れていたことに私は気付いた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

真選組屯所内の庭では、久しぶりの娯楽を一目見ようとギャラリーの大きな円ができていた。

 

その円の中心で、鋭気に満ちた男が一人。

スキンヘッドの頭には白い鉢巻。

肉体美を見せつけるように、上半身の裸体を晒している。

原田右之助は誰がみたって決闘(それ)とわかる格好で、男らしく相手を迎え撃たんと仁王立ちに立ち尽くしていた。

 

ひゅるりと冷たい一陣の風が吹く。

 

張り詰めた空気の中、決闘を見守る群衆はこそこそと言葉を交わす。

 

「……おい、山田はいつ来るんだよ。もう1時間も遅刻してるぞ」

「決闘に遅れてくるとは武士の風上にもおけねぇ。まさか佐々木小次郎でも気取ってるつもりか?」

「もう俺見てらんねーよ。この真冬に原田隊長なんかずっと上半身裸だぜ? 鼻水出ちゃってるよ。鳥肌ハンパねーよ」

「誰か言ってやれよ。もう決闘は中止にしましょうって……」

「いやいやいやバカか言えねーだろ! だって原田隊長すっげーやる気満々じゃん! すっげー筋肉パンパンじゃん! あの感じで1時間もいるんだぜ? 今更すごすご服着るって恥ずかしいよ相当なもんだよ。この場を納められる人がいるとすりゃ——」

 

隊士たちの視線は、一人の男に注がれた。

この決闘の審判を申し出た——真選組副長、土方十四郎だ。

男はクールにタバコをふかす。

灰皿にはすでに何十本のタバコの残骸が山盛りになっていた。

土方は静かに「山崎」と部下の名を呼ぶ。

 

「はい。副長、お呼びでしょうか」

「もうシメーだ。これ以上は待てねェ」

「そんな……お願いします! もう少し待ってくださいよ副長! サックーは絶対に来ます!」

「諦めろ。所詮奴ははぐれ者。真選組(うち)の一員にゃなれねーよ」

 

山崎は土方の前に進み出ると、額を地面に擦り付けた。

 

「どうかお願いします。ここで引けば、ますますサックー……山田サク太郎の立場はなくなってしまう! 真選組(ここ)に居れなくなります!」

「くどい! わからねーのか。山田は逃げたんだ。ここにいねーのが奴の出した答えだろ」

「トシ、それは違うんじゃねーかなァ。俺にはどうにもあの子が逃げるようなタマには思えんよ」

 

山崎は顔をあげ「局長……」と呟く。

近藤は顎をさすりながら、チラリと土方に目を向ける。

 

「本当はオメーもそう思ってるんじゃねーのか? だから1時間も待ったんだろ」

「……だとしても、だ。真選組は組織だ。一人の勝手は許されねぇ。そうだろ」

 

土方の言葉に、今度は誰も何も言わなかった。

無言の圧力を跳ね返すように、土方は大きなため息をついてから声を張り上げる。

 

此度(こたび)の決闘! 山田サク太郎の棄権により——」

「待ちなせェ」

 

皆が立ち尽くす中、ブルーシートの上に寝そべっていた男——沖田総悟は緊迫した場に不釣り合いなアイマスクをずり上げて言った。

 

「どうやらおいでなすったようですゼィ」

 

その時、けたたましいエンジン音と共に大きな影が地面に映し出された。

 

「ちょっと待ったァァァァアアアア!」

 

ド派手な登場に度肝を抜かれ、誰もが空を見上げる。

人垣の真上をスクーターが悠々と飛び越え、決闘の地に土埃を上げて降り立った。

スクーターに跨る二人の影。

後方に乗っていた男——いつもの白衣ではなく、隊服姿の男は決戦の地に足をつける。

ヘルメットをはずし、土方の前にツカツカと歩む。

 

「山田サク太郎、ただいま参上致しました」

「……遅ェ。半端なことしやがったら切腹だぞ」

 

不器用に唇を歪ませた男に答えて、山田もニヤリと笑う。

 

「もちろんですよ、副長。僕に任せてください」

 

山田が振り返った先には、雄々しく待ち構える原田右之助。

 

さァ、ここが男の見せ所。

大一番のはじまりだ。

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