元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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三十五話 再現Vは本当に必要なのか

 

真選組の朝は早い。

 

桜はいつものように身支度を整える。

慎ましい胸をさらしで潰し、隊服に身を包む。

ジャケットを着ないかわりに、白衣を羽織る。

手ぐしで整えた髪はローポニーテールにまとめ、仕上げにアラレちゃん眼鏡を装着し、前髪を無造作に崩す。

 

自室を出て、桜はまっすぐに食堂へ向かった。

 

早朝にも関わらず、すでに大勢の隊士たちが食卓についていた。

ただし、どこかいつもと様子が違う。

いつもならガヤガヤと賑やかなはずなのに、今日ばかりは皆の食器の音ばかりが響く。

その音の合間に、忍ぶように隊士たちは囁き合い、顔を青くしたり赤くしたりしていた。

 

そんな異様な雰囲気の食堂に、桜は足を踏み入れる。

——と、真っ先に彼女に気付いた一人の隊士はヒィっと小さな悲鳴をあげた。

 

「お、おはようございます! 山田先生!」

 

バカでかい挨拶が響くと、軍隊のように皆が一斉に立ち上がって野太い声を合わせる。

 

「おはようございます、山田先生!」

 

桜は「おはようございます」とポーカーフェイスに挨拶を返し、クロワッサンとコーヒーを受け取ると、席を探そうと振り返った。

すると、まるでモーゼが海を割るがごとくザァっと人垣が左右に割れる。

奇妙な現象を気に留める様子もなく、彼女はちょうど空いた手近な席についた。

その様子を見守る隊士たちがヒソヒソと言葉を交わす。

 

「……今日は山田先生お一人なんだな」

「そりゃそうだろ。お二人の関係をカミングアウトなさったのは昨日だぞ! 突然開き直られても我らも反応に困るというもの。だいたい副長はご多忙だ。乳繰り合っている暇などなかろう」

「おい、待てよ。副長と山田先生の場合は、乳繰り合うという表現であっているのか? 繰り合う乳はないのでは……」

「口を慎め! 副長がいらっしゃったぞ」

 

しんと静まる食堂。

隊士たちの注目を一身に浴びて、鬼の副長——土方十四郎がまっすぐに桜に近付く。

瞳孔の開いた瞳で彼女を見下ろし、「局長がお呼びだ」と短く告げた。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

眉間にしわを寄せて、真面目な顔で座り込む近藤さん。

その脇に沖田さんと土方さんが控える。

なんだかデジャヴを感じるなァと思いつつ、一応私も畏って着座する。

 

「局長、お呼びでしょうか」

「うむ。ご苦労。——それにしても昨日の決闘は実に見事だった。まさか山田先生が勝ってしまうとはなァ」

「もったいなきお言葉。昨日の勝利は、日頃からお目をかけてくださる局長のおかげですよ」

「そんなに畏まらんでくれ、山田先生。隊士たちとも無事に和解できたようだし、これで名実ともに真選組(おれら)の仲間じゃねーか」

「仲間……そうですね。嫌がらせもなくなりましたし」

「いやー、良かった良かった! なんだかんだで丸く収まって!」

「じゃねぇだろォォォォオオオオオ!」

 

ガッハッハ! と豪快に笑い声をあげた近藤さんに向かって、土方さんが青筋を立てて怒鳴り散らす。

 

「何なかったことにしちゃってんの? ぜんぜん丸くねーよ。犠牲者がいるだろーが! 俺という屍を踏み台にしてんだろーが!」

「おいおい。みっともねーですゼィ。終わったことにぐちぐち言うのはやめなせェ、ホモ方さん」

「総悟……次同じこと言ってみろ。叩っ斬るぞ」

「沖田隊長に八つ当たりはやめてくださいよ。僕たちの問題でしょう。ホモ方ゲイ四郎さん」

「お前ら実は仲良いよね? 綿密に打ち合わせ重ねてるよね?」

 

土方さんの怒りは想定内……というか当然の結果だろう。

鬼の副長と恐れられていたのに、今では新参の隊士と夜な夜なチョメチョメするド変態だと思われている。

どんなに取り繕ったって一度バレてしまった性癖は、彼のイメージとして付いて回ることになるだろう。

尊敬していた上司に失望した隊士も多いに違いない。

 

しかし、だからといって私を責められても困る。

本来ならば正々堂々決闘で勝つべきところを、カラクリの充電切れによって絶体絶命。

そこに渡りの船があれば飛び乗ってしまうのも仕方ないじゃないか。

そう考えるならば、平等に私だって被害者だろう。

 

温かい日本茶をずずーっと一口すすり、ほうっと息を吐いてから私は口を開く。

 

「お怒りはごもっともですが、よく考えてくださいよ。決闘の目的は、真選組内で私の立場を確立すること。その点で言えば大成功と言ってもいいじゃないですか。鬼の副長の後ろ盾のおかげで、私に逆らう隊士はいなくなりました。あとは経費を掌握すれば権力は確固たるものになります」

「お前は何を目指してるんだ。どこのホリエモン?」

「何を寝ぼけたこと言ってるんでィ。ホモエモンはアンタの方でしょう」

「お前は本当に黙っててくれるかな。ろくなこと言わねーから話が進まねーから」

 

横から茶々を入れる沖田さんに、土方さんは怒気を強める。

私はやれやれと肩をすくめて、

 

「そもそも風呂場に入ったところを見られたのが原因ですよね? それなら土方さんの責任でもあるじゃないですか。もともと私は万事屋に行こうとしてたんですし。……そういえば、ふと思い出したんですけど。なんか風呂場で言ってましたよね。『俺がお前を守るのは仕事なんだから勘違いして惚れるんじゃねーよ』的なこと言ってましたよね」

「え〜⁉︎ そんなこと言ってたのォ⁉︎ あいたたたた! いったいよォ〜! モテ男気取ってるのきっついよォ〜!」

「あいたたたたた! 絶対インスタとかで高級ブランドの酒のボトルとか見切れさすタイプですよ! 怖いよォ! 酒の肴にされてるのは自分の方だって気付いてないタイプだよォ!」

「殺す。ゼッテー殺す」

 

今日の沖田さんと私のシンクロ率は200パーセント。

どこぞのシンジくんも驚きのシンクロ率だ。

いよいよブチ切れて抜刀寸前の土方さんを、「待って待って待って! 落ち着いてトシ! 話せばわかるから! きっとわかってくれるから!」と近藤さんが必死に止めてくれる。

 

冗談が通じない人はこれだから困るなぁと思いながら、私はもう一口と日本茶をすする。

職場の人間関係が良好になるというのは、やはり精神衛生上良いものだ。

目下の問題が一つ片付いたことに私は安堵していた。

……まぁ、代わりに別の問題が浮上しているのだが。

 

「冷静になって考えてみろ。むしろこれは好機。恋人という形なら堂々と山田先生を守れるじゃないか。吸血鬼はどこから襲ってくるかわからんからな」

 

心を読んだかのようなタイミングで近藤さんが深く頷くものだから、日本茶が変なところに入ってむせてしまう。

ようやく怒りのおさまった土方さんにすかさず突っ込まれる。

 

「何焦ってんだよ」

「いえ、何でもないです。恋人とか言われて、私の乙女の部分が照れちゃっただけです」

「……乙女?」

「シンプルなキョトン顔はさすがに傷付きますよ、土方さん」

 

副長の探るような視線。

それをさらりと躱して、なんとかポーカーフェイスを保つ。

 

……とてもじゃないが言えない。

渦中のヴァンパイア事件の犯人が、もう一人の私だなんて。

というか、説明しようにも「私の出身は異世界です☆きゃぴ☆」から始めることになるわけで——想像しただけで頭が痛くなる。

話したところで信じてもらえるとも思えない。

 

そこまで考えたところで、ふと銀髪の間抜け面が脳裏に浮かんだ。

……たしかにあの人は信じてくれたけれど。

 

「わかりやした。愚痴ばかり言ってても仕方ねーでしょう。山田の処分は俺に任せてくだせェ」

 

ドSの緩い声に、私はハッとした。

……いま何と仰った?

「俺に任せろ」史上、一番任せてはいけない人間に不吉なことを言われた気がする。

恐る恐る顔をあげると、愉快そうに光る眼が私を見つめていた。

拒絶する暇もなく、彼はあっという間に私の首根っこを捕まえるとずるずる引っ張っていく。

 

「ぐぇ——ッおおおお沖田さん! マジで首締まってます! 私の首取れやすいんで気をつけて下さい! 繊細なんでリカちゃん人形と同じぐらい取れやすいんで!」

「安心しろィ。俺ァ小さい頃からあらゆる人形の首をもぎ取って遊んでたんでねィ。そこらへんはプロ並みだぜィ」

「殺されるゥゥウウウ! 私殺されますよ助けてステディィィィィイイイ!」

 

窒息で()られないように必死で首と襟の間に指を入れる。

私の抵抗もむなしく、ソリでも引いているみたいに廊下を引きずられていく。

かつてこんなに分かりやすい殺害現場があっただろうか。

普通なら現行犯逮捕だ。

しかし犯人はズブズブの警察関係者である。

この世界にまともな警察はいないのかァァァアアアア!

 

本格的に意識が遠のきそうになったその時、腕を掴まれる感触があるとふわりと身体が浮いた。

自然と床に足がついて、私はよろけながら腕を引かれるままに歩き出す。

 

「こいつは俺の監督下にいる。勝手なことしてんじゃねーぞ」

 

瞳孔を開いた瞳が沖田さんを睨みつけていた。

私は涙声で「トシさぁん……」と呟くと、「次にその名で呼んだら即刻叩っ斬る」なんてつれない返事が返ってくる。

 

鋭い殺気を向けられた沖田さんはすぐに私を解放して、余裕たっぷりにニヤついた。

 

「さすが恋人ですねィ。山田のことがそんなに心配ですか」

「俺が心配してんのはテメーの方だ。一体何する気だ」

「俺ァただこいつが望みのものを与えてやろうとしてるだけでさァ」

 

心外だとばかりに沖田さんは肩をすくめた。

 

望みのもの……?

 

眉根を寄せた私を見て、沖田さんは満足げに唇をつりあげる。

 

「仕事でさァ」

そう言って、彼はチャリンと鍵を振って見せた。

「こいつが問題ばかり起こすのは、要するに暇だからでしょう。それなら他に何もできないぐらい暇なしにしてやりゃーいいじゃねぇですか。本人も仕事したいって言ってたぐらいだ。文句はねーでしょう」

「仕事⁉︎ ……それは一体どういうものでしょう」

「そんなに警戒すんなよ。ただの書類整理でィ。真選組(うち)は体育会系ばかりだからな。ちまちました仕事は柄じゃねーんで、雑多のまま放置されてるんでさァ」

 

書類整理。

もしかして捜査資料とかだろうか。

そこにヴァンパイア事件の手がかりがあるかもしれない。

もしくはもっと直接的に元の世界へ帰るヒントがあるかも——。

いや、なかったとしても問題ない。

少なくとも暇で死にそうだった日々から解放されることは間違いないのだから。

 

好奇心に胸が躍る。

華やいだ顔色を察して、沖田さんは「決まりだな」と呟いた。

相変わらず仏頂面の土方さんが何も言わないところを見ると、一応は納得してるんだろう。

 

また歩き出した沖田さんの後を、私は軽やかに、土方さんはしぶしぶついていく。

 

「そういや本当に何もなかったんですかィ?」

「あ? 何の話だ」

「深夜の風呂場に男女が二人っきり……。何もねー方がおかしいでさァ」

土方さんは眉間にシワを寄せて、

「バカ言うな。あるわけねーだろ」

「……ふーん。土方さんはむっつりですからねィ。でも、さすがにこれぐらいはしたでしょう」

 

これぐらいとは、どれぐらいだ?

 

私はまだ見ぬ仕事に期待を寄せて、いつもの二人の掛け合いを聞き流していた。

だから反応が遅れたんだろう。

沖田さんの顔が急速に近付いたかと思うと、彼と私の唇がくっつく。

自然と歩みを止める二人。

ゆっくり唇を離して、伏し目がちの沖田さんがにやりと笑った。

 

えーっとこの行為は俗に何と言うんだったか。

……マウストゥーマウス?

 

土方さんはギョッと目をむいて、

 

「テメー何やってんだ総悟!」

「え? 土方さんもやりましたよねィ?」

「やってねーよ! バカか!」

 

悪びれもなくしれっと答える沖田さんに、土方さんは真っ赤になって怒鳴る。

 

ギャーギャー騒ぐ二人とは対照的に、私は呆然と立ち尽くしていた。

 

……アラサーにもなって久しぶりの接吻が、再現Vみたいな流れってどういうことなの?

 




遅くなりまして申し訳ないです。
若干スランプでした。
話の流れは決まってるんですけどね……いまいち進みが悪いのはなぜなのか。
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