元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
1月13日 監察1日目
一回目の監察日記は破かれてしまったので、今日から新しくサックーの監察日記をつけることになった。
というのも、昨日の決闘を受けて副長からキツくお叱りを受けたからだ。
なんでも「山田は何をするかわからないからよくよく見張っておけ」とのこと。
サックーがいい奴なのはもちろん親友である俺が一番わかっているけれど、仕事とあらば仕方ない。
ちなみに副長とサックーの仲が誤解であることは、当然親友として説明を受けている。
まぁ、説明などなくとも親友である俺は一瞬で見抜いていたけれど。
何せ先日も「副長のタバコを電子タバコに変えるにはどうすればいいか」という議題で飲み明かしたばかりだ。
タバコに薬物を混ぜるのはどうかと張り切っていたサックーが手のひらを返すとは思えない。
今日はただならぬ様子で副長から呼び出しがあった。
俺が駆けつけると、廊下のど真ん中で真っ赤な副長と真っ青なサックーと(腹の)真っ黒な沖田隊長が並んで突っ立っていた。
一体何があったんだろう。
1月14日 監察2日目
今日からサックーは仕事を始める。
沖田隊長が口利きしてくれた仕事らしい。
その時点で嫌な予感しかしないが、サックーを見捨てるわけにはいかないだろう。
沖田隊長から受け取った鍵は書庫の鍵。
扉を開くと、そこには本や書類、解決済みの事件簿などが山となっていた。
よく使う資料や捜査中の書類は別室にて保管しており、書庫は言うなれば倉庫扱い。
まさかここまで手遅れの状態とは思わなかった。
この量をたった二人で片付けるのか……完全に貧乏くじだ。
さぞかしサックーも気落ちしているだろうと顔色を伺うと、彼は見たこともないほど喜色満面にあふれていた。
上擦った声で「一週間で片付けましょう」と彼は言う。
どう見たって無茶だけど、サックーは出来る男だ。
彼の気が済むまで付き合おうと思う。
〈特記事項〉
サックーは何か心に傷を負ったようで、昨日のことを聞くと瞳が薄暗く濁る。何があったんだろう。心配だ。
1月17日 監察5日目
もう俺はダメかもしれない。
正直限界だ。
あれから三日三晩ぶっ通しで書類整理をしている。
俺はほとんど寝てないし、サックーに至っては一睡もしないどころか食事すらしていない。
なのに彼の集中力は一瞬たりとも途切れず、ものすごいスピードで書類の山を片付けていく。
このペースでいけば本当に一週間で片付くかもしれない。
「少し休もう」と言っても聞く耳を持たず、サックーは書庫から一歩たりとも出ようとしない。
試しにちぎったあんぱんを口元に持っていくと口を開いた。
どうやら書類整理の邪魔にならない程度なら食べてくれるみたいだ。
同じ要領で水を飲ませようとストローを彼の口元に運ぶ。
……途中から動物の世話でもしている気分になってきた。
弱音を吐いている場合じゃない。
俺がなんとかしないと。
1月21日 監察9日目
やった……やったぞ!
まさか本当に一週間で片付くなんて……!
奇跡だ。
しかも仕上がりも美しい。
天井まである棚には、分類されたファイルがア行から並んでいるし、テプラで揃えてある背表紙も見やすくて綺麗だ。
素晴らしいビフォーアフターに俺はボロボロになって泣き崩れていると、信じられない発言を聞いた。
分厚いメガネ越しにもわかるほど真っ赤に充血した眼をギラつかせて、サックーは笑いながら言った。
「一週間で全てに目を通します」
彼は自分の背よりも高い脚立を持ってくると、その最上部に座って本棚のア行の一番端の本を手に取った。
2、3回パラパラめくると、元の位置に戻し、また次の本に手を伸ばす。
どうやら彼は速読を身につけているらしい。
時折「実に面白い」とか「なるほど」とか独り言レベルでない興奮した声を漏らしている。
親友の俺から見ても、それは狂人の域に達している。
しかし、見捨てることはできない。
朦朧とする頭を叱咤して親友の行く末を見守ろうと思う。
1月22日 監察10日目
底無しに思えたサックーの体力もさすがに陰りが見えてきた。
新たな奇行が現れる。
彼は速読により約100冊に目を通すと——時間にして約15分ごとに意識を失って5分だけ眠る。
眠っている間に、記憶の定着と体力の回復を同時並行させているようだ。
俺の仕事は、眠るたびに脚立から転げ落ちる彼を怪我のないよう受け止めることである。
万が一にも取りこぼすわけにいかないが、ぶっちゃけ俺も体力の限界だ。
そこで彼の腰にロープを結び、天井の柱に引っ掛けて、その端を手に持って眠ることにした。
彼が脚立から落ちればロープが引かれる。
手のひらに伝わる感触に、反射的に目覚めてロープを握れば、無事に彼をつり上げられるという寸法だ。
……HUNTER×HUNTERでこんな修行があった気がする。
俺はこの先に何を手に入れるんだろう。
念能力なんてなくてもいいから今すぐ眠りたい。
1月23日 監察11日目
過去の事件簿に目を通していたサックーがボソリと呟いた。
「補足説明が必要ですね」
何冊かピックアップして小脇に抱えると、10日ぶりに書庫を出た。
乱れ髪に眼は血走り、白衣はシワだらけで身体を引きずるように歩く——彼の鬼気迫るオーラに気圧され、隊士たちは飛び退いて道を開けていく。
もはや腐れ神レベルだ。
どこに行くかと思えば、行き着いた先は沖田隊長のところ。
変わり果てたサックーの風貌と噛みつくほどの勢いに、沖田隊長はめずらしく驚いてギョッと目をむいた。
以下が二人の会話の内容である。
「〇月×日のバルタン星人の事件の容疑者……拷問担当は沖田さんですね?」
「まあな。その事件に関わらずほとんどの拷問は俺が担当だ」
「実に素晴らしいッ! 彼らの生体について是非詳しくお聞かせください!」
「——……斬った時は
「なるほど。では、
(あまりに過激な内容のため記述は控えることにする)
食堂で楽しそうに話し込む二人。
俺には既にそれを止めるだけの元気はなく、こうして記録することしかできない。
およそ食事中に聞くべきでない言葉の応酬だ。
食堂にいる隊士たちが続々と口元を押さえてトイレに駆け込んでいく。
そうして沖田隊長が話疲れると、サックーは取り憑かれたようにまた書庫に帰っていく。
1月24日 監察12日目
今日も沖田隊長に話を聞きに行く。
終わると、サックーは書庫に帰る。
1月25日 監察13日目
同上。
1月26日 監察14日目
同上。
1月27日 監察15日目
同上。
俺は土に帰ることにした。
****
真っ赤に充血した目で、山崎は庭に穴を掘り続ける。
どこか嬉々として顔色は妙に明るく、それが彼の狂気を際立てていた。
「早まるな山崎ィィィィイイイ!」
近藤が懸命に山崎を引き止めている。
その様子を不機嫌そうに眺める土方は、タバコを深く吸い込みさらに深く吐き出すと、こちらを睨みつけて言った。
「どうすんだよ」
「どうするって、なんで俺に聞くんでさァ」
「なんでもクソもねーだろ。テメーがあんなことすっから山田が変なんだろーが」
「……俺のことは関係ねーと思うんですけどねィ」
沖田は愛刀の刀身を綺麗に磨き上げながら、土方に答えた。
恨まれることの多い仕事だ。
いつ斬りかかられてもいいように刀の手入れは抜かりない。
刀は武士の魂だと近藤はよく言うが、愛刀にそこまでの思い入れは必要ないと沖田は常々思っていた。
斬れ味がよけりゃー問題ねェ、敵を仕留められるなら何でもいい。
しかし、自分の殺意を乗せるには幾ら刀を磨き上げても足りないような、そんな焦燥感に駆られることがたまにあった。
最近で言えば、山田桜という女。
あの女がいると、同じような焦燥感に駆られることがある。
今までどんなに刃を向けようとも、あの女は本当に怯えたことなどなかったように沖田には思えた。
もちろん本気で嫌がってはいるし、殺意を向ければ怯えて震えもする。
けれど、感じないのだ。
命のやりとりの刹那、死に抗う人間の必死さを桜からは感じない。
バケモノに襲われ死の淵に立たされた時でさえ、彼女の顔に浮かんだのは諦念だった。
「頑張ったけれど、死ぬのなら仕方ない」とでも言っているような——。
あの女は図太くて強い。
が、その一点に関しては儚くすら思える。
ついでに言えば、幸薄そーな地味顔も良くない。
「俺ァ、幸薄い女と儚い女は苦手なんでさァ」
ボソリと呟いた声は、誰にも聞こえなかった。
****
穴を掘ることに執着する山崎を引きずって、書庫に赴く。
到着すると、真選組幹部の3名は驚きの声を上げた。
「おおーっ! さっすが山田先生!」
「……まぁ、悪くねーな」
「こんなことなら早くこき使っときゃーよかったですねィ」
この間までは、昼間でもなぜか薄暗くて、湿気のせいか紙と墨汁の臭いが充満して、本棚に収まりきらない書類が机や床に平積みにされていた書庫。
今では、太陽光が差し込んで明るく、清涼な空気が流れ、本棚には整頓されて全てきっちり収まっている。
ほう……と素直に感心する彼らの視線が、書庫の奥に邪気を見つけて止まった。
小さく丸まった生物。
それが、本棚の影に隠れて這いつくばっている。
黒髪は乱れて散り、その合間から血走った目がこちらを一瞥する。
が、すぐに興味を失った様子で手元に目線を落とした。
どうやら本を読んでいるようで紙をめくる音が静かな書庫に響いている。
涙目の近藤が土方に声を潜めて言う。
「ねぇ……なんかあそこだけ空気濁ってない? すげー怖いんだけど。あれなんかいるよね? 見えてるの俺だけじゃないよね⁉︎ 生きてんだよね妖怪とかじゃないよね⁉︎」
「バババババッカ言ってんじゃねーよ。大丈夫だろ。落ち着けよ。とりあえず寺に電話してくれ」
もはや見慣れた桜の姿に、沖田だけは冷静だった。
ほらな。俺のせいとかの次元じゃねーだろ。
震えた指でタバコを吹かす土方に、心の中で言う。
書庫の怪異と化した女を眺めながら、沖田は考えていた。
別に意味のあるキスではなかった。強いて言えば、どことなく柔らかい雰囲気になっている二人——特に土方の面にムカついたからだろう。
しかし、こうまで何事もなかったようにされるのは、なんとなく気に入らない。普通に……ではある意味なかったが、忘れたみたいに話しかけて来やがって。三十路女がみっともなく慌てる姿を密かに楽しみにしていたのに。
山崎の報告通り、近藤と土方がどんなに話しかけても桜は無反応で、彼女の耳には何も届かないようだった。
「俺に任せてくだせェ」
そう言って沖田はおもむろに彼女に近付くと、彼女の後頭部をがしりと掴んでそのまま唇と唇を合わせた。接吻である。背後から近藤の「キャー!」という乙女な悲鳴が聞こえた。
それから一秒、二秒。無反応な桜になんだかムカついたので、これでどうだとばかりに舌を入れてみる。縮こまっていた彼女の舌を、沖田は舌先で突いて柔らかく絡め取った。しばらく堪能してからようやく口を離して、沖田は意地悪な笑みを浮かべた。
「どうですかィ? さすがのあんたも目が覚めたんじゃ――」
桜の顔を見て、沖田は口をつぐんだ。桜は泣いていた。瞳を見開いて沖田を見つめ、大粒の涙をポロポロ流していたのだ。
「さ、桜さん!?」
近藤が大声で呼びかけると、桜はびくりと身体を震わせた。近藤も土方も沖田がキスをしたことよりも、桜が泣いていることの方に驚いているようだった。桜はなんとか口を開こうと頑張っている様子で、ようやく震えた声を絞り出した。
「わ、わたし……ごめんなさい!」
桜は唇を押さえ、泣きながら書庫を出ていった。