元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
沖田が桜にキスした〜という展開に変更済です。
ガンガンガン。激しく戸を叩く音で銀時は飛び起きた。時計に目をやって、AM10:00であることを確認して舌打ちをする。
「ったくこんな朝っぱらから誰だっつの。おーい新八ィ! 神楽ァ!」
お子様二人に呼びかけてみるも反応はなく、静かなよろず屋に戸を叩く音だけが響き渡っていた。定春がいないところを鑑みると、散歩でもしているんだろう。銀時は仕方なくのそりと起き上がって、微かに痛んだ腹部を押さえた。
「いってぇ。怪我人放ってどっか行くなよな」
また舌打ちをして「はいはい今出っから!」と大声を上げながら玄関へ向かった。なおも戸は叩かれている。
「さっきからうっせーんだよ! つーかインターホンあんだけど!」
勢いよく戸を開けると、そこに立っていたのは女だった。ぐしゃぐしゃになった髪の毛を振り乱し、その僅かな隙間から充血した瞳を覗かせて銀時を睨めつけた。
「ぎゃあああああああ!!!」
銀時は飛び退り背中が壁に激突すると腰が抜けた。足が震え、立つことができない。
「待て待て待て待て! あなたどなたです? 待って言わないで俺知ってっから! あれですねもしかしてもしかしなくてもサから始まってコで終わる方ですよねぇ!?」
女が一歩踏み出した。
「ですよね貞子さんですよねぇ!? 知ってる知ってる超知ってるぅぅぅううう! きっと来るぅきっと来るぅ♪の方ですよねぇ!?」
女がまた一歩踏み出した。
「違う違う違う! 来ないで! 今のは歌っただけなんで! 来ないで頼むから300円あげるから! ブラウン管テレビに帰ってぇ!」
女がまた一歩踏み出した。
「いやわかるよ! この令和の世だもんな! ブラウン管テレビとかもうないよなぁ!? 貞子さんも生息地減らされちゃって大変っすよねぇ! 本当許せねぇよ! 自然破壊とか最低! 抗議するよ俺は! 絶滅危惧種なんとか委員会に抗議するよ!」
女がまた一歩踏み出した。彼女はもう銀時の目の前にいた。
「ひいいいい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 医者に止められてんのに入院中でもいちご牛乳飲みましたごめんなさい! 助けてぇぇぇ!」
その時、ぽたりと地面に何かが落ちた。ぽたり、ぽたり、ぽたり。ひっきりなしに落ちてくる液体が血ではないことに、銀時は心底ほっとした。もし血だったら気絶していた自信があった。慎重にそろりと女の顔色を伺うと、彼女は泣いていた。充血した両眼からひっきりなしに大粒の涙が溢れていた。貞子が啜り泣いていてる。その不気味さに、銀時はまた悲鳴を上げそうになったが既のところで彼女の正体に気付いた。
「……桜?」
銀時が彼女の名を呼ぶと、
「うっ……うえっ……」
桜は両手で顔を覆った。激しく泣く彼女に、銀時は混乱した。貞子でなくてよかったという安心感と、あの太々しい女が子供のように泣いているという衝撃。銀時は戸惑いながら立ち上がり、
「なんだよお前かよ……つか何。なんで泣いて――」
桜は泣きながらもう一歩銀時に近寄ると、額を彼の胸に擦り付けた。ぴしりと、銀時の動きが止まる。
……はぁ!? えっなにぃ!? 怖っ! こえーんだけど! さっきとは別の意味でものっそいこえーんだけど! 何!? 何なのこれ!? ドッキリ!? どっかでガキ共見てんじゃねぇだろうな!
銀時は両手をハンズアップした姿勢で、きょろきょろと周囲を警戒した。が、桜以外の気配はない。
俺はどうしたらいいのこれ!? どうするのが正解なの!? わっかんねーよ! ジャンプしか読まないから! ラブコメはToLOVEるとイチゴ100%しか読んでねぇから!
頭の中で思考が駆け巡る間も、銀時は泣きじゃくる彼女を胸に感じていた。
なんだよこれ。何の羞恥プレイ? 俺の反応楽しんでんの?つか、おかしくね? こいつがこんなボロボロになって泣くような女かよ! くっ……ああもう! しゃーねぇなあ!
銀時は慎重な動きで彼女の背に手を回した。触れる瞬間、桜はびくりと震えた。銀時の大きな手がゆっくりと桜の背にあてがわれ、小さな子をあやすようにぽんぽんと優しく叩いた。
「うっ……うわぁぁぁーーーん!」
なんでだぁぁぁぁぁあああ! さっきより悪化したじゃねぇか! これ以上どうしろっつーの!? 誰か俺に教えて! この警報機みたいな女どうやったら止まるんですかぁ!?
ギュッ。今度は桜が抱きついて来た。銀時は硬直するが、桜は構わずギュウギュウ抱き締めてくる。
え? なにこれいいの? そういうことなの桜さん? いつもの友達ノリな悪態は照れ隠しで、実は銀さんにゾッコンフォーリンラブだったの? マジ? 俺モテてんの? し、しかもガキ共は都合よくいねぇし、まだ布団は敷きっぱなし……。
ごくりと生唾を飲み込んだ。まともな女に言い寄られるのは何年ぶりだろうか。桜の頭を優しく撫でてやると、桜がふっと力を抜いたのがわかった。彼女は顔を上げて、そして濡れた瞳と目が合う。
ああやべぇ。
その引力に逆らえない。二人の顔がゆっくりと近付き鼻先が触れ合い、そして――銀時がポツリと呟いた。
「なんかお前……臭くね?」
「おふ……うっ……うぇっ」
桜が嗚咽以外の言葉をやっと喋った。
「はぁ? おふ? あんたどこのオタクくんですか」
「ちがっ! お、おふろ……うっ……ぐすっ……十日は入ってないです」
「…………」
「うっうう……ふぇぇーーん!」
「ふぇぇぇーーん! じゃねぇよ! 泣きてぇのはこっちだわ! クソッ! ちょっとこっち来い!」
銀時は桜の腕をむんずと掴み、廊下をずんずん進んで風呂場まで来ると、彼女を浴槽に突っ込んだ。そのままシャワーをかける。驚いて暴れる桜を、銀時は一喝した。
「いいからじっとしてろ! ったくテメェはどこの野良犬だよ! そこらの浮浪者長谷川だってもっと入ってんぞ!」
脂ぎった髪にシャンプーをかけてゴシゴシゴシ。一度では泡立ちすらしないので、一旦流してから、またシャンプーをかけて三度も洗うと、ようやく気持ち良い泡がモコモコ育った。
本当に犬でも洗ってる気分だぜ。
銀時はやれやれと溜息をついて「後ろ向けよ」とぶっきらぼうに言うと、桜は鼻をずるずる啜りながら素直に従った。
「で、今度は何。こんだけ泣きついてきて何も聞かないで〜とかなしだぜ」
「……わ、わたし……」
「うん?」
泡だらけになった髪をキューピーみたいにして手遊びしながら、俺は何で付き合ってもねぇ女の髪洗ってんだろとぼんやり考えていると、桜が急に振り返った。またもや大粒の涙を流して、彼女は言った。
「は、犯罪を……犯しました」
「はぁ?」
「私は……私は犯罪者なんです! アラサーにもなって人の道を……外れてしまいました!」
そう一息に言い切ると、桜はまた両手で顔を覆ってわっと泣き出してしまう。こうなってしまえばお手上げだ。銀時はまたかよと大きな溜息をついて、
「あーはいはい。わーったわーった。お前は罪な女なのね」
「うっうう……わ、わたしはしんけんに……ほんきなんですぅ! うわぁぁぁん!」
「あーはいはい。お前が罪な女っつーのはわかった。ついさっき思い知ったところだぜ。もういいからちょっと黙ってろ。銀さんすげぇ疲れたから。疲労困憊だから」
まだ何か言いたそうな桜にシャワーをかけて黙らせると、銀時は濡れてぐしゃぐしゃになった彼女の白衣に手をかけた。
「ほら。これも洗ってやるから」
何の気なしに手早く脱がせて、ギクリとした。透けている。濡れたワイシャツが彼女の素肌に張り付いて身体の輪郭を縁取り、薄く透けた肌が艶めかしい。何よりも胸にまかれたさらしが下着よりもむしろ生々しくて、先ほど引いていった熱が銀時に戻ってきたようだった。急速に顔が熱くなるのを感じて、銀時は慌てて桜から目を逸らし、そしてシャワーを取り落とした。銀時の目線の先には、脱衣所に立ち尽くす二匹と一匹がいた。真っ赤な顔の新八と般若のような顔の神楽ときょとんとしている定春である。
「ちょっと待て! 誤解だ!」
「何が? 何が誤解アルか?」
その通りである。浴槽の中で服も脱がずに水浸しになっている桜。しかも桜は「犯罪……犯罪なんですぅ」と啜り泣いているのだ。これの何が、どこが誤解になるのか。
「わかる! お前らがそう思うのももっともだ! だが俺は無実だ! お前らの銀さんは理性ある大人だから! むしろ褒めてほしいぐらいだぜ! マジでこの女の性悪さといったらなぁ!」
「敵アル」
問答無用。神楽に銀時の言い訳など届かない。
「やることやっといて女のせいにするなんて……銀ちゃん最低アル! 女の敵ネ!」
「ちょっ! 俺まだ怪我人だからぁぁぁぁあああ!」
銀時の叫びも虚しく、最大限まで振りかぶられた右ストレートが銀時の頬に叩き込まれたのだった。