元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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三十八話 アラサーにもなって人の道を外れてしまった

 目が覚めると、知らない天井だった。

 

 「桜さん?」

 「これは知ってるメガネ」

 「知ってるメガネって何?」

 

 新八くんが呆れたような視線を私に向けていた。

 

 「ごめんね。なんだか頭がぼうっとして……もしかしてここってよろず屋?」

 「もしかしなくてもよろず屋ですよ。昨日桜さんが来てくれたじゃないですか。覚えてませんか?」

 

 そう言いながら、新八くんは慣れた手つきで洗濯物を畳んでいる。昨日……か。昨日って、私何してたんだっけ。

 

 「それにしてもよく寝ましたね。少しは元気になったようでよかったです。お仕事も大事ですけど、ちゃんと休まないとダメですよ」

 「しごと……仕事……」

 私はハッとして、思わず新八くんの腕を掴んだ。

 「いいいいいま何時!?」

 「えっ!? えっと、いまからお昼ご飯なので……たぶん12時ぐらいかと」

 「じゅうにっ!?」

 私の勢いに新八くんが引いているがそれどころではない。やってしまった。完全にやらかした。無断欠勤である。土方さんにどんな嫌味を言われるかわかったものではない。確実に士道不覚悟切腹を言い渡されるだろう。

 青くなった私を見て、新八くんは困ったように笑った。

 「大丈夫ですよ。土方さんには僕の方から事情を説明しています。体調不良なのでよろず屋で看病しますと伝えておきましたから」

 「さ、さっすがママァ!」

 「誰がママですか」

 

 そこはせめてパパにしてくださいよと言いながら、新八くんは綺麗に畳まれた白衣と隊服を私に差し出した。どう見たってオカンである。

 

 「さて、目が覚めたならまずは顔を洗ってきてください。お昼ご飯――桜さんにとっては朝ご飯ですね。もう出来てるので一緒に食べましょう」

 「もはや義理の娘にしたい」

 「何ですかその微妙なポジション」

 

 新八くんは私を部屋から追い出すと、さっと布団を片付けていた。至れり尽くせりすぎて、なんだか申し訳ない。せめて新八くんのミッションをテキパキこなそうと洗面所に入り鏡をのぞいてぎょっとした。もともと大きくない私の目はもはや無に等しく、瞼がパンパンに腫れていたのだ。昨日の記憶がふと思い起こされる。メンタルボロボロになって銀さんに泣きついて、泣き喚いてそれで――羞恥で死んでしまいそうになった時、新八くんがひょいと顔をのぞかせた。

 

 「よかったらこれどうぞ」

 

 新八くんが気遣わしげな表情で、蒸しタオルを渡してくれた。じんと胸が熱くなる。それと同時にいたたまれない、この世界から脱兎のごとく逃げ出したい気持ちになった。

 

 「私は……蒸しタオルになりたい」

 「なんで!?」

 

 貝になりたいなんておこがましい。私なぞ無生物でいるべきなのだ。新八くんにレンチンされて、誰かの瞼を押さえる蒸しタオルになれたらどんなにいいだろう。きっと私自身でいるよりも、蒸しタオルになった方が人様の役に立てそうである。

 また滲んできた涙を隠すように蒸しタオルで瞼を押さえると、じんわりと温かくて視神経までほぐれるような気がした。

 

 

 

 お昼ご飯は和食だった。茄子と油揚げのお味噌汁、鮭の塩焼き、舞茸の炊き込みご飯。私はお味噌汁の御椀を両手で持って口をつけた。出汁と味噌の香りがふわっと広がり、お味噌汁の温かさがじんわりと身体をほぐす。

 

 「しばらくまともな食事をしていないとお聞きしたので、胃に優しいものにしてみました。なんだか朝食みたいな献立になっちゃいましたけど」

 

 照れ笑いを浮かべる新八くんを見て、私の目から一筋の涙が溢れた。新八くんがぎょっとする。

 

 「桜さん!?」

 「ご、ごめ……お味噌汁が美味しくて……」

 「ほっとけよぱっつぁん。そいつの涙腺壊れてんだから。今なら何したって泣くよ。ダークマター食ったって泣くよ」

 「それは別の意味で泣きますよ」

 

 銀さんはいつもの席にふんぞり返って座り、机の上に足を投げ出していた。いちご牛乳のストローをがじがじかじっているところを見ると、あまり機嫌がよくないらしい。

 彼の着流しの隙間から包帯が見えて、私はぎくりとした。先日もう一人の私――もといサクラさんと戦った際に負った傷だろう。筋を通すなら、菓子折り持って見舞いに行くべきだった。なのに私ときたら、久しぶりにもらった仕事に浮かれ、好奇心を満たすことを優先し、銀さんのことをすっかり忘れていたのだ。無礼千万すぎる。私は申し訳なさに深く頭を下げた。

 

 「銀さんごめんなさい。その傷……」

 「大したことねーよ」

 「そんなわけないです!」

 「もういーって」

 「だってまだ包帯巻いてるし、よほどの大怪我だったんじゃ――って顔!? ええっ!? 顔どうしたんですか!?」

 「いや、今かよ」

 

 リアクションおせーよと銀さんは投げやりに言った。銀さんの左頬は痛々しく腫れていた。

 

 「桜が気にする必要ないアル。全部銀ちゃんが悪いネ」

 

 神楽ちゃんは丼に白米をこんもり盛りながら言った。既に三杯目のおかわりである。

 

 「なんで俺なんだよ。お前らが勝手に早とちりしたんだろーが」

 「早とちりじゃないアル。銀ちゃんスケベな顔してたネ」

 「はァ!? してねぇーよ! してないからねマジで! 適当なこと言わないでくれる!?」

 「慌てるところがますます怪しいアル」

 「桜! お前からも何とか言えよ。俺は無実だってな!」

 「はぁ……えーっと」

 急に水を向けられて、私は口ごもった。銀さんが頬を引きつらせる。

 「桜……お前まさか昨日のこと」

 「実はここ十日ばかりほとんど飲まず食わず寝ておらずで仕事に没頭しておりまして。昨日はメンタル崩壊してから銀さんを頼りによろず屋へ赴き、大泣きして喚いたことはなんとな〜く記憶しているのですが……え〜っと」

 「つまりほとんど覚えてねーって?」

 「ええまあ。つまるところを申し上げると」

 ガツーーン! ものすごい音がしたかと思えば、銀さんが壁に額を打ち付けていた。

 「銀さん!?」

 「いやいやいやいや。なんつー恐ろしい女だよ。普通忘れるか? 忘れねぇよ。忘れるわけねぇよ。なかなかのイベントだったろ。ジャンプならセンターカラーぐらいのイベントだったと思うよ俺は!」

 「す、すみません。また私は何か粗相を……」

 「うるせええええ! なんもねーよ! お前が忘れたんなら俺も忘れた! はい終わり終了!」

 「あんた中学生じゃないんですから」

 

 新八くんが呆れたようにツッコむ。当惑する私に神楽ちゃんが「銀ちゃんが桜をお風呂に入れてたネ」と爆弾発言を投下した。

 

 「ちょっと待てぇぇぇぇええ! その言い方には語弊がある!」

 「嘘は言ってないネ」

 「嘘では――ねぇけど! 風呂という大きな括りで言えば間違ってはねえけどな!? 服着てたから! そうそう服着てたよ! 焦ったぁぁぁ! 服着ててよかった! セーフセーフ全然セーフ! なぁ!?」

 「完全に犯罪者の焦り方なんですけど」

 

 新八くんが疑わしい視線を銀さんへ向けた。私はその単語に身を震わせ、ボソリと呟いた。

 

 「犯罪者」

 「だからちげーって言ってんだろ!」

 「犯罪者は私の方です。私は……銀さんにまでそんなセクハラを……もう救いようがありません。有罪です。しかも二度目。再犯で執行猶予もつきません。不同意わいせつ罪で逮捕……士道不覚悟で切腹です!」

 

 私は堪えきれず、昨日の繰り返しのようにわあっと大泣きした。よろず屋の面々は顔を見合わせると、子供たちが心配そうに桜に視線を戻したのを見て、社長は諦念の表情で言った。

 

 「いいから話してみろ。ただし依頼料はきっちり頂くからな」

 

 

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