元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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三話 アンパンの黒魔術師

「お姉さん、お名前は?」

「お腹が減りました。カツ丼下さい」

 

何度となく続けられる噛み合わない会話に、瞳孔を開いた男——もとい、土方さんが切れる。

 

「テメーはどんだけカツ丼食えば気がすむんだ!」

「朝ご飯は豚の生姜焼きです。昨晩は味噌カツでした。カツ丼は3日ぶりです」

「豚ばっかりじゃねぇか! 少しは栄養考えろ!」

 

あの悪夢のような出来事から早1週間。

私は屯所にいる。

サクッと言えば逮捕されている。

 

最初は前科者になるのか……と、それなりに落ち込んだりしたものの、タダ飯は美味いしお風呂にも入れるし、特に不自由はない。

なんなら前の生活よりも贅沢な暮らしぶりな気がする。

いい歳の大人の暮らしが、刑務所暮らしに負けるってそれはそれで悲しいが事実だから仕方ない。

特にご飯が美味いのが最高だ。

私の希望に沿って、基本的になんでも出してくれる。

しかし、なぜか用意される料理は豚料理に限られる。

これでは屯所ではなく豚所である。

 

「土方さん。名前聞かれてカツ丼と答えるたァ、コイツァ豚扱いしてほしいってことじゃないですかィ?」

 

私たちの会話を横目に聞いていたバズーカ青年——沖田総悟が心底どうでも良さそうに答えた。

まるで他人事のように言っているが、私の食生活が豚料理ばかりなのは、彼が原因だ。

私がどんな料理を所望しようと、彼を通して豚料理にすり替わってしまうのである。

その真意は計り知れないが、豚料理責めで私の胃をムカムカさせ、こんなところ早く出て豚料理以外を食べたい!と仕向ける北風と太陽の太陽的作戦ではないかと踏んでいる。

ちなみに北風はもちろん土方さんの恫喝だ。

そこで彼の作戦にピンときた私は、その挑戦受けて立つと自分から豚料理縛りで注文するようになった次第である。

 

沖田さんには悪いが、私は豚が好きなのだ。

というか、肉から始まり口に入るものは大歓迎だ。

君たちのように毎日肉が出てくる生活が当たり前と思っている税金泥棒警察とは腹の出来が違うのだよ。

給料前の1週間をモヤシと豆腐で過ごし、油揚げをなんとか肉のような味わいにするために休日返上で悪戦苦闘している小市民の生活など想像もつかないに違いない。

こんな作戦で私の口を割ろうたぁ笑止千万。

とはいえ、一週間にも渡る豚責めに、さすがの私の胃も悲鳴をあげている。

くッ……、敵ながらアッパレな作戦だ。

このギリギリの攻防でカツ丼をチョイスするとは、私も腕が鈍っている。

これは作戦変更をせざるをえまい。

 

「分かりました……。注文は酢豚に変更しましょう」

「何を分かったんだよ! 名前教えろって言ってんだろーが!」

 

酢豚ならば、他の豚料理と味の傾向は一線を画す。

さらに豚のみならず、ナス、ピーマンなど豊富な野菜が入っている上、何と言ってもフルーツの王・パイナップルが付いてくるのだ。

私は酢豚には絶対パイナップル派だ。

ククッ……、ここに来て究極の答えに辿り着いてしまったな。

悪いな沖田総悟、この勝負私の勝ちだ。

どこぞのデスノート所有者ばりの悪役スマイルを浮かべた私の前に、豚のみの酢豚が出てきたのは5分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

バズーカの爆風に吹き飛ばされて意識を手放した後、目が覚めると知らない天井だった。

二度寝に旅立ちそうな靄のかかる頭をブンと振って起き上がり、周囲をぐるりと見回す。

アスファルトと鉄が剥き出しになった灰色の空間。

刑務所でよく見るような鉄格子がズガンと設置され、4畳程の狭いスペースと外部を隔てている。

鉄格子の対面にある壁には、天井付近に鉄格子付きの小さい窓。

囲われた狭いスペースにベッドが1つあり、その上に私は腰掛けていた。

 

「よかった。気が付いたんですね」

 

突然声をかけられて、思わずビクリと肩が震える。

 

「すみません。驚かせてしまって」

 

そう言って鉄格子の向こうに現れた気弱そうな男は、申し訳なさそうに頬を掻いた。

黒服に身を包み帯刀をしているものの、およそ刀を抜く姿など想像出来ないような優しげな顔立ちっつーか地味だ。

あと10回は見ないと覚えられないモブ顔。

人畜無害そうな人間にやっと出会えて安堵する。

 

「あの、ここは……?」

「覚えてないですか? ここは真選組の屯所ですよ。攘夷浪士に人質にされていたところを真選組が助けたんです」

攘夷浪士……?

どこかで聞いたことがある名前だ。何かの犯罪組織だろうか。

内心で首をかしげるが、警察の専門用語だろうと推察する。

 

「いえ、そこはバッチリ覚えていると言いますか。忘れることの出来ないトラウマです。途中までは確かに助けて頂いたと思ったんですが、最後に真選組の人にバズーカでぶっ飛ばされたような……」

「ああ、そいつは攘夷浪士ですね」

「攘夷浪士なんですか⁉︎ でも、あなたと同じ制服だったんですけど……」

「間違いなく攘夷浪士ですね。真選組の人間が市民にそんなことするはずないですから」

 

真選組の隊服を盗んで追手の目を欺こうとしたんでしょうと、男は爽やかな笑顔でそう言い切る。

「それよりも体調はいかがですか? 見たところ軽傷だったので、勝手ながら手当てさせて頂きました」

「あ、ご丁寧にどうもありがとうございます」

 

頭や腕に巻かれた包帯を確認する。

綺麗とは言い難いが、素人ながらも丁寧に手当てされていて手際の良さが伺えた。

流血沙汰のわりには確かに大した怪我ではないみたいだ。

 

それよりもスーツが目に見えてボロボロになっているのがショックだ。

スーツ2着でギリギリ着回していたのに……。

そういえばパンプスも逃げている間にどこかに落としてしまったんだったと裸足を見て思い出す。

買い替えが必要だろうか、通帳残高を脳裏に浮かべて胃が痛くなった。

スーツって結構高いんだよなぁ。

私の視線に気付いたのか、男が遠慮がちに話す。

 

「すみません。さすがに女性を勝手に着替えさせる訳にはいかなかったもので。よければコレに着替えてください」

 

照れ笑いを浮かべて、彼は鉄格子の隙間から衣服を手渡してくれた。

 

「いえ、そんな! ありがとうございます」

 

色々と疑問だらけだが、存外紳士な人じゃないか。

本当に久しぶりに出会ったまともな人間にホッとする。

いきなり斬りかかったりしないし、追っかけ回さないし、バズーカ持ってないし、瞳孔開いてないし十分すぎる待遇だろう。

 

今の心境だと、爪楊枝よりも低いハードル設定だから、大体の疑問は無視できる。

気にしなければ平和なままなんだ。

ツッコんだら負けだぞと自分に言い聞かせて、受け取った衣服に目を落とした。

 

「あの……コレなんですか?」

「何って着替えですよ?」

「いや、コレ囚人服ですよね? ものっそいシマシマですよね?」

 

痛いところをつかれたような顔をして、彼は照れ臭そうに笑った。

 

「最近若者たちの間でハロウィンイベントが流行ってるみたいで、ハロウィン当日の歌舞伎町は無法地帯なんですよ。ほら、DJポリスとか話題になったじゃないですか。恥ずかしい話なんですが、うちの局長がそれに憧れちゃって。当日はみんなで『ウォーリーを探せ!』の白黒バージョンのコスプレでパトロールしたんです。それが結構盛り上がってキャーキャー言われちゃってね。楽しかったなぁ〜。その時の衣装の余りなんです。かわいいでしょ?」

「コスプレ衣装じゃなくて、単に囚人服使い回しただけじゃないですか」

 

囚人服を着たオッサン達が町を彷徨くなんて、完全に集団脱獄の絵面だ。

そりゃキャーキャー言われるわ。別の意味で怖すぎる。

 

「あの……もう一つ質問してもいいですか?」

「はい? 俺が答えられる範囲であれば何でも聞いてください」

 

彼は心底不思議そうに首をコテっと傾げる。

そのキョトン顔を憎たらしく思いつつ、ついに無視することが難しくなった疑問をぶつけてみる。

 

「あの、もしかして私って逮捕されてますよね。ここ牢屋ですよね」

 

彼は驚いた表情で、オーバーリアクション気味に両手を前方に突き出してブンブンと振りながら答えた。

 

「まさかそんな! 怪我していたので、手当てして保護しただけですよ! そりゃ重要参考人として事情聴取にはご協力願いますけど。牢屋だなんてやだなぁ〜、俺もよく使うただの仮眠室ですよ」

 

男は心外だとばかりに眉毛を八の字にして困ってみせる。

 

「じゃあ、この壁に書いてある血文字は何ですか? なんかめちゃくちゃ怖いんですけど。完全に呪われてるんですけど」

 

これが証拠だ!とばかりにビシッと牢屋内の壁を指差す。

灰色のコンクリート壁に『たすけて』『痛い』『怖い』『死』『殺』『あんぱん』などと、おどろおどろしい血文字で負の言葉が連なっていた。

ところどころに乾いた血痕とお札が散りばめられ、さらに牢屋の四隅には盛り塩がある。

まるで数多の囚人たちが嘆き怨み嫉み、長い年月をかけて蓄積された怨念を無理矢理封じ込めているような……。

そんな禍々しいオーラを感じた。

 

「ああ、その文字は俺が魔除けで書いただけなんで大丈夫ですよ」

「お前かい!」

 

男は悪びれもせずシレッと答える。

え、なんでさも当たり前のように言ってるの。

こんな呪詛書いといてどんだけ純粋な瞳してんのこの人。

人の良さそうなオーラ放っといて、もう闇落ちにしか見えない。

 

「それに血じゃないので安心してください。ただのアンコですから」

「アンコ⁉︎ あんぱんのか⁉︎ それあんぱんのヤツだな⁉︎」

 

呪詛の中にやたらあんぱん出てくるから何かと思った。

伏線の回収の仕方がワンピース超えてるぞ。

というか、何であんぱん? なにそれめっちゃ怖い……。

いや、アンコが詰まった美味しい菓子パンのはずがないだろう!

私の勘違いだ。きっとそうなんだ。

よくわからないけど、たぶん真選組の専門用語なんだろう。

なんとか理解不能な行動原理に説明をつけて、彼に視線を戻す。

 

第一印象では澄んでいると感じた純粋な瞳をそのままにして、私を真っ直ぐに見つめながら、男は『あんぱん』をムシャムシャと食っていた。

 

普通にあんぱんだった!

もうやだ怖い!

なんで真顔であんぱん食ってるの?

何が彼をここまであんぱんに執着させるの?

すっごい見てくるんだけど、どんな感情⁉︎

引き攣る頬をギリギリで押し留めて、声をかけるのも憚られる彼に頑張って質問を続ける。

 

「あ、あの……。魔除けって言ってましたけど、何を除けてるんでしょうか。やっぱり幽霊ですかね……?」

「幽霊だと⁉︎ そんな生温いもんじゃないですよ!」

 

ガシャーン!と大きな音を立てて、男が鉄格子にへばりつく。

加えたままのあんぱんが鉄格子の柵に沿って、ぐにゃりと形を変えた。

目が一瞬にして血走り、何かに怯えるかのようにギョロギョロと落ち着きなく黒目が動き回る。

 

「奴らはそう……悪魔だ。いつもいつも何かと言えば俺をこき使って……。やれタバコ買ってこいだ、やれマヨネーズ買ってこいだ、イライラするから殴らせろだ、バズーカの的になれだ、ゴリラのお守りしてこいだ。俺のことなんだと思ってるんだっつーの!」

 

男は日頃の鬱憤を吐き捨てるかのように捲したてる。

 

「そこは俺の絶対領域なんだ。その部屋に籠っている限り、どんな悪魔も寄せ付けない。あんぱんが悪魔たちから俺を守ってくれるんだ……」

 

この男、完全に常軌を逸している。

久しぶりに出会った話の通じる人間が、あんぱんを使用した黒魔術の遣い手だったとは。

もはや私に安息の地はないのかもしれない……。

あまりの禍々しさに思わず後ずさると、男はカッと目を見開いて叫んだ。

 

「動くな!五芒星(ごぼうせい)が崩れる!」

 

怖いよぉぉぉぉおおおお!

なんだコイツ!

1ミリも理解できないよ!

怯える私など御構い無しに、男は取り憑かれたようにうわ言を呻く。

 

「あ、沖田隊長。え? これからですか? これから俺ミントンやるんで無理ですね。そんな脅したってダメですよ。大体それやって副長に怒られるの俺なんですから。とにかくダメです。いや、だからダメって……ヒイィッ! 助けてアンパンマン!」

 

何かのショック症状のように、男はアンパンマンに助けを求めて泣き叫ぶ。

 

「あ、副長……。い、いや違うんですよ! 俺は無実です! 沖田隊長に脅されたんです。俺もまさかマヨネーズの代わりにボンド入れるなんて思わないじゃないですか! 俺はただ中身入れ替えろって命令されただけで……ギャァァァアアア!」

 

「いっそ殺せェェェエエ!」とのたうち回る男を見ていると、恐怖の中にフツフツと同情の念が芽生えてきた。

日常的に上司にパワハラを受けているんだろう。

真選組なんてふざけた組織名でも、やはり仕事は辛いものだなとしみじみと彼を哀れに思う。

世の中って世知辛いよね……。

 

「ミントン! カバディカバディ! ミントン! カバディ! ……え、偵察ですか? いや、いまやってるじゃないですか。ミントンとカバディの融合の先に何があるか偵察中ですよ。は? いや……だから、いまカバミントンしてる途中でしょうが! ァァアア俺のラケット折らないでェェエエエエ!」

 

何の話かサッパリ分からないけど、最後のは君が悪いんじゃないかな。

これは上司だけでなく、彼自身にも問題がありそうだ。

すっかり同情してしまったが、よく考えるとアンパン中毒者がまともなはずがない。

 

もう茶番は十分だ。

変人にばかりぶち当たる悲運にイラついていた私は、鉄格子の隙間からヒョイと腕を突き出して、死にかけの虫のように地面でバタついていた男の髪をムンズと掴みあげた。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い! 毛根がァァアア! ぶちぶち言ってるからァァアア!」

 

やっと現実に帰ってきた男がギャーギャーと騒ぎ出す。

騒ぎたいのは私の方だ。

牢屋に閉じ込められて、変人のトラウマショーを見せつけられて、一体私が何をしたっていうんだ。

怒りがフツフツとこみ上げて、男の髪を握る手に力がこもる。

なんとか男を牢屋に引き込めないかと、全体重をかけて引っ張ってみるが、当然頭蓋骨が鉄格子に引っかかってどうしても抜けない。

 

「ほ〜らアンパンマン。新しい顔よ〜〜。古い顔は早く取りましょうね〜〜」

 

アンパンマンネタに乗っかって、なんとなくバタ子さん風に言ってみる。

 

「ああああああああ頭蓋骨ゴリゴリいってるぅぅぅううう! 無理だよ無理無理無理無理! 頭取れないから! アンパンマンこんなグロい頭の取り方してないから! お願い一旦落ち着こう! 俺が悪かったら一回落ち着いてみよう⁉︎ 本当すいまっせんんんん」

 

男が涙ながらに謝罪してくるので、少しだけ力を緩めてやる。

 

「いいですか? 生まれて初めて命の危機に晒されて、起きたら牢屋の中だわ変人が奇声あげるわで、私はとても怖くて怯えています。私の要求は1つだけです。まともな人間と話がしたい。いいですか? まともな! 人間と! 話がしたいんです!」

 

私の熱いパトスを伝えるために、セリフと共にリズムをつけて髪を引っ張りあげる。

 

「痛い痛い痛い! 分かりました! 君の言いたいことは分かったから髪の毛やめて! つーか怯えてる人間の態度じゃねーよ!」

「次ふざけたら、頭の中クリームパンダちゃんにして、体内からジャムおじさん撒き散らして、パンツの中カレーパンマンだらけにした後に、人生とバイバイキンしてもらいますからね」

「たすけてアンパンマン! 俺殺されちゃうよ!」

 

だから助けて欲しいのは私の方だ。

目下でバタつく男を冷めた目で睨みつける。

 

「それで、結局私って逮捕されてるんですよね。 いつ釈放してくれるんでしょうか」

「だから逮捕じゃないですって。怪我してたので保護しただけってァァアアアア痛い痛い痛い!」

 

これ以上、男の戯言に付き合う気はない。

聞こえるようにブチブチと彼の髪を一房むしり取る。

 

「本当は?」

「ウチの沖田隊長があなたをバズーカで吹っ飛ばしました! 表沙汰になると面倒なので、不祥事揉み消すために病院に連れて行かず、こちらで介抱させて頂きました。これも沖田隊長と副長の指示であって俺の責任じゃないです! だから髪むしるのやめてェェェエエ!」

 

揉み消す⁉︎ おいおい、アンタ等本当に警察ですか?

ツッコミどころしかない話だが、どこかで聞いたような単語がさっきから頭の中をグルグルと回って離れない。

そんなわけない。そんなわけがないと頭では否定しつつも、心のどこかで1つの可能性を無視できずにいた。

 

「あの、さっきから出てくる人ですけど。沖田隊長って? あれですよね。文久3年に設立した新選組の一番組組長、沖田総司さんですよね」

 

いや、そもそも新撰組の人間でもおかしいんですけどね⁉︎

本当に彼の有名な沖田総司なら、タイムスリップしたことになっちゃうからね。

しかし、タイムスリップよりも始末の悪い妄想に取り憑かれてしまっているのだからタチが悪い。

どこぞの『仁』のようにペニシリンを製造するために江戸の町を駆け回る運命の方が、よほどリアリティがあるように思えてしまう。

って、私は何をアホなことを聞いているんだ……。

口に出してから気恥ずかしくなり、顔の火照りを感じる。

 

「沖田総司? それ間違えて覚えてますよ。ウチの隊長は沖田総悟です」

 

こともなげに男はサラリと爆弾を投下した。

その衝撃を受け止められないのか、鼓膜から脳までの電気信号がやけに遅い。

思考が追いつかずにたっぷりと間を取った後、急速に乾いていく唇を湿らせて、私は言葉を紡ぐ。

 

「……じゃあ、副長は? 土方歳三ですよね。さすがに土方歳三ですよね?」

「いや、土方十四郎ですよ。なんでちょいちょい間違えるんですか」

 

アンパン大好きっ子が呆れ顔をこちらに向けて、その冴えない地味顔に該当する人物が1名脳裏をよぎる。

 

「……貴方は山﨑丞(すすむ)さんですよね。お願いだから山崎の進んでる方ですよね。イケてる方ですよね。まさか退がってるなんてダサい……いやいやいや。それはない! それはないよ今時〜〜! 今の若い子はみんな進んでますからね。退がってる名前なんてダサダサネームすぎて私なら生きていけないです」

「アンタ絶対知ってるだろ! 知ってて言ってるだろ! 退ですよ! 山崎退です! いや、なんて顔してるんですか。俺の名前って、そんなに絶望するほどダサいかなぁ⁉︎」

 

すみません山崎さん。

絶望してるのは、貴方の名前がやたらトンチきいててムカつくとか、そんな理由じゃないんですよ。

自称:山崎退がギャンギャンと噛み付いてくるが、私の耳はそれを言葉として拾い上げるほど暇ではない。

事実と妄想と理性がせめぎ合い、ほとんどの感覚機能が総出で事態の収拾に努めていた。

バズーカと沖田総悟。

マヨネーズと土方十四郎。

そして、アンパンと山崎退。

バラバラだったピースがカチリと当てはまる音がする。

いやいやいや当てはまるなよ!

某なんちゃって江戸時代ハートフル下品コメディ『銀魂』に似てる世界だからって、銀魂世界にトリップしちゃった☆的なトンデモ展開なわけがない。

そんな非科学的なことがそうそうあってたまるか!

まだ大丈夫だ。まだギリでリカバリー可能な範囲だから、考えることを諦めちゃダメだ。

 

次々に起こる不測の事態に頭を痛めながらも、そうやって自分を何とか励まして1週間。

やたらリアリティのある山崎退の愚痴をBGMに、沖田総悟としか思えないドSをかわして、それでも銀魂トリップなわけがないと否定してきた。

こいつらは銀魂大好きなコスプレイヤーなんだ。

動機は不明だが、私は誘拐されてこの茶番に付き合わされてるに違いない。

完成度たけーなオイ。

 

 

私は、ずっと信じていた。

常識外れのファンタジーが、自分の身に降りかかるわけがないと。

そう、あの男と対峙するまでは……。

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