元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
ひとまず飯食って落ち着けと銀さんに諭されて、私は新八くんのご飯を米一粒残さずいただいた。家庭的な味付けがとても美味しい。五臓六腑にしみわたる心地がした。人間どんな状況でも腹は空くし、美味しいものは美味しい。食事の片付けを終えた新八くんが日本茶と和菓子のどら焼きを用意して席に戻ると、それを合図に全員がソファに腰を下ろした。
「そんで?」
銀さんは話の続きを促して早々にどら焼きに手を伸ばした。その隣では神楽ちゃんがもっちもっちとどら焼きを頬張っている。じっくり膝突き合わせというよりも、彼らの聞き流しっぷりが話すのに丁度良く、私は何とか涙をこらえて話し始めることができた。
「十日ほど前に新しい仕事をもらえたんです。ゴリラの介抱とかゴリラのお迎えとかゴリラの餌やりとか鯉に餌やりとかそんなのではなく、ちゃんとした仕事です。といっても、本来の医者としての仕事ではなく書類整理だったんですけどね。私、嬉しかったんです。やっと真選組の一員としてまともなお仕事をもらえたって。今まではただ飯食らいで肩身狭かったですから。でも、そこで私の悪癖が出てしまって」
「悪癖ですか」
新八くんが眉根を寄せて相槌を打った。
「ええ。私は人よりも少しだけ好奇心旺盛なんです。真選組の書庫は、私にとって宝の山に見えました。天人が起こした突拍子もない事件がぎっしり詰まっていて、とても現実とは思えないことばかりが列挙されていて、小説でも読んでいる気分でした。でも、それは決して物語の中ではなくて、この世界で実際に起こった出来事なんだと思うと私は熱中しました。特に天人の生態に迫る報告書は、一介の医者として震えましたよ。どこを捻ればどんな声で鳴くのか、どこが脆いのか、人間と比べた臓器の有無――」
「拷問記録の間違いだろ」
私が恍惚とした声音で言うと、銀さんに白けた声でツッコまれた。
「と、とにかく! 私にとってはお宝だったんです。まあそれでちょーっとだけ熱中しすぎちゃいましてね。ほとんど飲まず食わず寝ておらずで一生懸命仕事に取り組みまして」
みるみる呆れた表情になっていくよろず屋の面々と目を合わせていられず、私は俯いた。この罪の告白で、彼らがどんな反応をするのか恐ろしかったからだ。
「で?」
銀さんの問いかけに、私は意を決した。
「それで、昨日も書庫にこもって報告書を読んでいたんです。そうしたらザッキーが近藤さんたちを……近藤さんと土方さんと沖田さんを連れてきました。けど、その時は私は彼らに気付かなかった。報告書を読むのに夢中になっていたので。それでふと気付いたら目の前に沖田さんがいました。沖田さんがいて……それで……キスしたんです」
ブーーーーーッ!
三人が勢いよく日本茶を噴き出した。新八くんは気管に入ったのがゲホッゲホッとむせている。神楽ちゃんがこんな面白いことはないとばかりに身を乗り出した。
「マジでか!?」
「マジです。し、しかも大人のやつ」
ブーーーーーッ!
気を落ち着けようと思ったのだろうか。今度はどら焼きを口いっぱいに頬張った銀さんがまたもや噴き出して、ウェッホウェッホと咳き込んだ。
「ちょっと待ってください。お、大人のやつとはつまり」
「べろちゅーアル。童貞は黙ってろヨ」
「童貞言うな! ぼ、僕はただ事実を整理しようとしただけで」
顔を真っ赤にした新八くんが童貞らしい動作でメガネを押し上げた。
「ごめんね。こんなアラサーの生々しい話しちゃって……」
「いえいえ! 僕の方こそすみません。桜さんが困っているのに変な反応してしまって……。で、でもそれがどう犯罪に繋がるんです?」
「何言ってるアル。サドが無理やりチューしてきたんだヨ。完全にセクハラネ。訴えて慰謝料ふんだくるアル!」
「……んです」
消え入りそうな声が私の喉から漏れた。聞き取れなかったらしい。新八くんが「はい?」と首を傾げ、神楽ちゃんも不思議そうな眼を私に向けている。十代の、輝くばかりに若々しい彼らの純粋な視線に、汚らわしいアラサーの私は耐えられなかった。目がじわりと潤んだかと思うと、ぽたりぽたりと涙が溢れた。
「わ、私が沖田さんにキスしたんです」
「……マジでか」
「待って引かないで! 違うの! いや違くないけど!」
一瞬言葉を失った様子の神楽ちゃんに、私は必死で言い訳を開始する。
「覚えてないんです! 私ずっと報告書読んでて集中していて、気付いたら……こう……目の前に沖田さんの顔があって……あれ? なにこれ? ナマコ食べてる? みたいな! いや違うか、違うなぁ! ナマコではない! なんかこう……ぬめっとしたぬるっとした……そう! コンビニのおでんに入ってるハンペン食べてるみたいな!」
「ちょっとおおおお生々しいよ! キスの感想とかいいから! リアルなやつやめてぇ!?」
「童貞メガネには刺激が強いアル。性癖ネジ曲がったらどうしてくれるネ」
「本当だね! ハンペンで興奮するようになったらごめんねほんと!」
「ならねーよ! 童貞なんだと思ってんだよお前ら!」
私は号泣して、新八くんは真っ赤になって怒鳴った。
「うっ……ぐすっ……きっと人間は限界を超えると生理的欲求に従うんですよ。食欲、排泄、睡眠、呼吸、そして性欲。私は自分が恐ろしいです。アラサーの性欲をなめていました。わ、私は仕事に没頭し我を忘れてムラムラした挙げ句、未成年である沖田さんを……襲ってしまいましたぁ!!!」
「だから生々しいって! やめて! 性癖ネジ曲がるからお願いだから!」
「なんか新八気持ち悪いアル」
「うおおおーい! マジな悪口やめろ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人の話を黙って聞いていた銀さんが徐ろに立ち上がった。懐手をしてニヤリと笑い、顎をさする姿は悪だくみを思いついた悪人のようだ。
「桜、でかした」
「はい?」
「金の匂いがプンプンするじゃねぇか。そうと決まれば善は急げだぜ。おめーら行くぞォ」
「行くってどこに?」
「あー? やつらのとこに決まってんだろ?」
「さすが銀ちゃんアル! サドのやつギッタギタにしてやるネ!」
「え……あの聞いてました? 沖田さんは被害者なんですけど」
銀さんは私の背後に回ると、慰めるように両肩にぽんと手を置いた。
「大丈夫だ。安心しろ。お前はよく頑張ったよ。怖かったよな。辛かったよな。あとは俺たちに任せとけ」
「いや、怖い。やめましょうマジで! 余計なことしないで!?」
「礼なんかいいって! 俺たちと桜の仲だろ?」
「あれ、ここだけ周波数違う?」
銀さんは木刀を肩に担ぎ、くんと顎を上げた。
「ったく、うちの桜になめたマネしやがってよぉ〜、許せるやついるぅ!? うちの桜が泣かされてんのに、ひよってるやついるぅ!? いねぇよな!?」
「うおおおおおお! かちこみじゃあああああ!」
「ちょっとちょっと! 銀さんも神楽ちゃんも落ち着いて! 桜さんの意思を尊重して――」
「おめーら行くぞぉ!!!」
止める間もなく銀さんと神楽ちゃんと新八くんは飛び出していき、その勢いに呆気にとられた私はよろず屋に取り残された。
「わん!」
僕を忘れるな!と言ったのか。定春の元気な息遣いがハッハッハッと響いて、大きな肉球が私の頬に当てられた。彼はたぶん「どんまい」と言っている。どんまいで済むなら警察はいらない。銀さんたちを追いかけないと……自首か……私は自首をしに行くのか……。ふらふらと立ち上がる私を定春が支え、犯罪者と一匹はのろのろと屯所に向かったのだった。