元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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四十話 恋愛リアリティショーが本当にリアルなのかは人による

 身内のキスなんて本来なら一番見たくないものを目の前で見せつけられて、それだけでもキツイというのに、あの太々しい女代表の山田桜が泣いて出て行ったのを見て、土方は固まった。地獄の空気が書庫に流れる。渦中の沖田総悟はキスのために屈んだ姿勢のままこちらに背を向けていた。とてもじゃないがその表情を確認することなどできない。

 

 気っまずううううううううううううう! 何この地獄の空気!? 頼む! 誰か何か言ってくれ!

 

 土方が胸中で叫ぶと、ばちりと近藤と目が合った。

 

 トシィィィ! 気まずいんですけど! ものっそい気まずいんですけど!

 

 わかってる! 大丈夫だ落ち着け! こんな時こそ近藤さんの出番だろ!

 

 俺ェ!? ムリムリムリムリ! 俺こういうの苦手だから! 知ってるよねぇ!? 人様のやらかしのフォローとか上手くいった試しねえから!

 

 ああ。わかってる。だが、ここは近藤さん……あんたの一言が必要なんだ。総悟が唯一耳を貸すのは、近藤さん……あんただけだ。

 

 ト、トシ……。

 

 何でもいい。この地獄の沈黙を破ってくれ。一言でも言ってくれりゃあ、その後のことは俺に任せろ! 全力でフォローしてみせる。

 

 トシ……。わかった。この背中、お前に預けるぞ。

 

 アイコンタクトの応酬を終えると、二人は決意の眼差しを交えて、深く頷き合った。そして、近藤が重い口を開いた。

 

 「あ〜その……なんだ。俺も若い頃にはな、キスの一つや二つの失敗は当たり前でなぁ! そんな大したことじゃないっつーか、まあ男と女の間には色々あるっつーか……その……な、なあトシ!」

 

 しかし、肝心の土方は黙ったままだ。ただ何とも言えない表情で近藤を見つめていた。

 

 トシィィィィィ! 裏切ったな貴様ァァァァ! なんだその『マジで言ったわこいつ……うっわやっば』みたいな表情をやめろ! 信じてたのに! 俺信じてたのに!

 

 「何を百面相してるんでさァ」

 「えっあっ!?」

 

 いつのまに近寄って来たのか。慌てふためく近藤を一瞥してから、沖田は呆れたように言った。

 

 「さて、一件落着ですねィ。んじゃ、俺ァちょっくら休ませてもらいまさァ」

 

 そう言ってアイマスクを額に装着する沖田に、近藤は「えっ!? でもその」と言い淀む。沖田は不思議そうに首を傾げた。

 

 「まだ何か問題ですかィ?」

 「いやその……問題っつーか。山田先生泣いて出て行っちゃったし……追いかけた方がいいのかな〜〜〜とか…………トシが言ってました」

 「おいクソゴリラァァァ! 言ってねえよ! 俺ホント言ってないからね!?」

 「言ってましたァ! 目で語ってましたァ!」

 「はァ!? ふざけんなテメェ! 俺のせいにすんのやめてくれる!? 巻き込まないでくれる!? 俺ホントに関係ないから! 恋愛リアリティショー見てるぐらいの気持ちでいるから傍観者だから! マジであいのり! あいのり見ながらポテチ食ってマヨネーズ飲んでるぐらいの感覚でいるから!」

 「うっわ古ッ! あいのりとか超古いわマジでトシおっさんだわァ! イマドキは『今日好き』だからァ! まうバオしか勝たんからァ!」

 「まうバオって何ィ!? いい歳したおっさんがティーン向けの見てんじゃねぇよ! あいの里見とけ! あんた みたいなおっさんが勘違いしてるから人の振り見て我が振りなおしとけ!」

 「はァ!? 俺はギタリンさんの悪口だけは許さねえから!」

 「シーズン2まで見てるんかい! そんで何も学ばねぇなテメェは!」

 

 罵り合う上司二人に、沖田はやれやれと溜息を吐いた。

 

 「わざわざ追いかける必要はねェでしょう。アイツに任せてた仕事はほらこうして終わってることですし。むしろ丁度いいんじゃないですかィ。働き過ぎてた分ちょっと休暇ってことで。放っといてもあの女のことだ。すぐに帰ってきまさァ」

 

 何を大袈裟なと言わんばかりに沖田が淡々と言うので、なんだか本当に大したことがないように思えてきて、近藤も土方も戸惑いつつ曖昧に頷いた。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 そして次の日。

 

 「帰って来ねぇじゃねーか」

 

 誰もいない自室で、土方は独りごちた。

 結局、昨日泣いて出て行ってから山田桜は一晩帰って来ず、今朝万事屋のメガネから今日は欠勤する旨の連絡が入った。桜が万事屋に身を寄せていることはわかったのでヴァンパイアに襲われる心配はないし、成人した大人が一晩帰って来ないところで何の問題もないのだが、その対応は自分の知る山田桜とは幾分違う気がして、土方はなんだか落ち着かなかった。

 

 山田桜なら昨晩のうちにけろりと帰ってきて、何食わぬ顔で新しい仕事をくださいと言ってくると思っていた。もちろん沖田に対しては立腹するだろうし、色々と文句は垂れるだろうけれど。そう例えば。

 

 「いくら沖田さんが美青年だからって、あんなのセクハラ案件ですよ。この令和の世なら普通に訴えられて負けますからね。これは由々しき事態ですよ、土方さん。上司として、きちんとした教育と研修が必要では? いざという時に責任を負うのは上司である近藤さんや土方さんなんですから。私が相手だからまだ良かったものの、部下の監督には気をつけた方がいいですよ。今回は示談金でケリをつけてあげます。そして私の寛大さに大いに感謝してボーナスにも反映してくださいね。いえいえ。決して口止め料というわけではないですよいやホントに」

 

 とかなんとか言って。いやに脳内再生が余裕で、想像上の桜に少しイラッとしたぐらいだ。土方は舌打ちをして、ガシガシと後頭部を掻いた。目の前の書類が一向に片付かない。

 

 そもそも一晩帰らないなら、昨日のうちに連絡ぐらいして来いよ!

 

 報連相は社会人の基本だとかなんとか抜かしていたのはあの女の方ではなかったか。しかも次の朝になってメガネから電話させるとは、ズル休みを母親に連絡させる中学生みたいではないか。もしくは退職代行サービスを利用する新社会人みたいな。せめて自分で連絡ぐらいしろよ! それぐらいの常識というか、気遣いはできるやつだと思っていた。いや、別にあの女を理解してるとか思っているわけでもないが。そうだ。もともとそういうヤツだったってだけの話だ。もしくはそれができないほど傷付いているか。

 

 土方は咥えていた煙草を灰皿に押し付けて、新しい煙草を取り出そうとして、今のが最後の一本だったことに気付いた。灰皿には碌に吸わずに長く残った吸い殻がこんもりと山になっている。

 

 「山崎ィ!」

 

 廊下にまで響く声で土方が怒鳴ると、すぐに山崎が姿を現した。

 

 「煙草買ってこい」

 「ええ〜またですかぁ? さっき買いに行ったばかりじゃ ないですか。勘弁してくださいよ副長ォ〜〜。夜中に何度も呼び出して茶入れろだ、マヨネーズ持ってこいだ。俺だって暇じゃないんですから。というか一晩中何やってたんですか。先日の大捕物終わったばかりでそんなに仕事溜まってないですよねぇ? しかも徹夜してるわりに進んでないみたいですし」

 

 書類の山を眺めてぼやく山崎を、いいから買ってこいよと土方が睨みつけると、山崎は渋々出掛けていった。

 

 「今日に限ってサックー非番なんだもんなぁ。あ〜〜〜副長の愚痴聞いてほしかったぁ」

 「聞こえてんだよさっさと行け!」

 

 そのサックーのせいでこちとら寝不足なんだっつーの。

 

 昨日のキス事件の間、気を失っていて何も知らない呑気な山崎に殺意が湧いてくる。

 

 いや俺は別に全然心配してなかったけどね? 決して心配で眠れなかったとかではなく、そうそう。帰ってきたら文句の一つでも言ってやろうと思って待ってたわけで。…………待って…………。

 

 ドガシャーーン!!!

 凄まじい音を立てて、土方は額を文机に打ちつけた。

 

 ウソウソウソウソ! 今のナシ! 待ってねーよ全然待ってねーから! 危ねえ間違えたわ危ねぇぇぇええ! 冷静になれ。ひとまず冷静になるんだ。わざわざあんな女夜通し待ってるわけねーだろ! いや、そりゃあ知らねえ仲でもねーし? 俺という男は人格者なもんでちょっとだけな? ほんのちょっとだけあの女を心配している事実は認めよう。あえて認めてやるわ。でも別にその気になりゃ全然寝れたし? そこをあえて逆に寝なかっただけっつーか? 俺は俺の選択の結果今に繋がってるっつーか? 俺の俺による俺のための徹夜っつーか? つーか俺は誰に言い訳してんの?

 

 「副長」

 「今話しかけんな! なぜ人は眠るのか考えている途中だ!」

 「急に哲学!?」

 

 戻って来た山崎が顔を引き攣らせた。挙動不審な上司に八つ当たりされないか怯えつつ、山崎は報告した。

 

 「あの〜正門に万事屋の旦那たちが来てまして。ウチの桜を泣かせた落とし前をつけろと怒鳴り散らしているんですが。桜さんってどなたか心当たりあります?」

 

 きょとん顔でムカつく山崎の顔をとりあえず殴ってから、土方は正門に向かった。懐を探った左手が煙草がないことを思い出して、「今すぐ煙草買ってこねーと殺す」と土方は山崎に言い捨てる。

 

 「うっ……うっ……早く会いたいよサックー!」

 

 背後から聞こえる泣き声に、土方は大きな溜息を吐いたのだった。

 

 

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