元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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四話 豚にとっても沈黙は金なり

男は、タバコの端を噛みちぎらんとばかりにギリギリと歯を擦り合わせた。

長時間続く取り調べに辟易としたのだろう。

まるでタバコの灯火が彼の鬱憤に火をつけたかのように、怒りは口元だけに収まらず、ピクピクと痙攣する筋肉を通って鍛え抜かれた右腕に宿る。

逞しい右腕に誘われて、ついに皮の厚い掌が丸みのある愛くるしいフォルムを握りつぶした。

 

ぶりりゅりゅりゅりゅぶりぃぃぃぃぃいいいいいいい

 

耳を塞ぎたくなるような下品な音を撒き散らして、乳白色のソレがお椀の中にブチまけられる。

ダシ汁の黄金比率がシットリとしみ込み、なおかつ揚げ物の命である衣はさっくりとした食感を失わず、優しく閉じられた卵の中で悠然と座していた世紀の大発明、カツ丼。

美味しく食べられたいという料理の本願は叶わず、カツ丼は無念の表情でマヨネーズの海に沈んでいった。

男は口元からタバコを引き抜き、乱暴に銀の灰皿に押し付ける。

タバコの代わりに割り箸を手に取ると、いよいよカツ丼……いやマヨ丼に向かう。

パキンと小気味良い音を立てた割り箸が、どこから箸を付ければ良いか悩むほどのマヨネーズマウンテンに踏み込む。

常人では戸惑うだろうに、男は慣れた手つきで山を切り崩し、とても美味しそうに頬張った。

……鼻についたマヨネーズが、ラブリーである。

 

私の視線に気付いたのか、男がこちらに視線をよこす。

 

「なに見てんだよ」

「……」

 

 

コンビニの前にたむろす不良のように男がメンチを切ってくる。

こんな悪人面がNo.2の警察ってどうかしてる。

私の心情をどう捉えたのか、男は突然嬉しそうな訳知り顔で言う。

 

「ったく……、しょーがねェなー。まァ、普段だったら不審者の頼みなんて聞かねーんだけどな? お前がどーーーーーーしてもっつーならマヨネーズかけてやってもいいんだぜ? ……ほら、早くその酢豚よこせよ」

「……お願いだから死んで下さい土方さん」

「なんでだ!」

 

絶望のため息を吐き出す私に、土方さんが怒鳴る。

柄にもなく頬染めて嬉しかったんか?

マヨネーズ求められてツンデレっちゃうぐらい嬉しかったんか?

こちとら土方さんのマヨネーズボケにツッコム余裕ないんですよ。

 

だって貴方のマヨネーズボケのせいで確信しちゃったもの。

こんなドギツイマヨネーズ丼を「わぁ〜〜ご馳走だァ!」顔して食べれる人間、私の世界に絶対いないもの。

こんな犬の餌好んで食べれる人間存在しないもの。

絶対この人、土方十四郎だもの!

 

今まで必死になって否定していた銀魂トリップを、思わぬベクトルから確信させられてしまった。

少しぐらい悪態ついたって許されるはずだ。

 

「なんでィ。口きけるんじゃねーか。ビビっちまって言葉忘れてんのかと思ったぜィ」

 

沖田さんが取調室の壁に背を預け、色のない瞳でこちらを見やる。

 

「黙秘しますって最初に言ったじゃないですか。それに必要な時には話してましたよ」

「テメーが口開くのは飯の注文だけだろ」

「ご飯以上に大事な用事なんてないです。それよりも沖田さん、カツ丼食べないんですか? それなら私にください」

「そのカツ丼は俺のモンだ」

 

伸ばした手がカツ丼に届く前に、沖田さんがヒョイと掠め取っていく。

私の方が距離的に近かったのになぜだ。

腕のリーチの問題か。

さほど腹が減っているわけでもないだろうに、優しさの欠片もない男だ。

ジト目で沖田さんを軽く睨むが、彼はさして気にした様子もなく私の隣にあるパイプ椅子にドカリと座る。

 

「だいたいテメーが酢豚がいいって言ったんじゃねーか」

「甘酢ダレに揚げた豚を入れただけのモノを酢豚とは呼びません。いいですか。ナス・ピーマン・ニンジン・タマネギ・そしてパイナップルが入って初めて酢豚と——ッ! なにするんですか!」

「いらねーなら俺が頂きまさァ」

 

沖田さんはそう言うと、豚のみの酢豚の中から素早く豚を掠め取っていく。

私が必死になって両手で阻んでいるのに、上手いこと間をぬってさらっていくのだ。

ひどすぎる!

肝心の豚を取り上げられたら、残るのはただの甘酢ダレではないか。

 

「なんて事するんですか! この鬼畜! 警察が泥棒なんてして許されるんですか⁉︎」

「ここでは俺が法律でィ」

「横暴だ! おまわりさん逮捕してください!」

 

あまりの蛮行に頭にきて、土方さんに助けを求める。

そもそもなんで私には白米がないんだ⁉︎

酢豚の相棒は白米だと古来から決まっている。

チャーハンでも可だ。

 

「うるせェェェエエエ! テメーら何をほのぼのしてんだ!」

「これのどこがほのぼの⁉︎ 土方さんは部下の監督もまともにできない無能ですか⁉︎」

「テメーいい加減にしろよ⁉︎ しょっぴくぞ!」

「既にしょっぴかれてます!」

 

ハードな怒鳴り合いにゼェゼェと肩で息をする。

朝から続く取り調べ。

未だに名前すら名乗らない町娘に土方さんは手を焼いているらしい。

とはいえ、黙秘権は庶民に与えられた立派な権利だ。

自分の思い通りにならないからといって八つ当たりはしないでほしい。

そんなだからチンピラ警察と言われるんじゃないか。

 

「チッ……急にベラベラ喋りやがって。俺たちもなァ、暇じゃねぇんだよ。お前の身元さえハッキリすれば、釈放してやれんだ。いい加減名前ぐらい吐きやがれ」

 

大抵の攘夷浪士が竦み上がるだろう鋭い眼光は、鼻についたマヨネーズで台無しだ。

これがデートでパフェでも食べてるシュチュエーションなら胸キュンの一つもするだろうが、ここは屯所で目の前には食べかけのマヨ丼。

胸焼けはすれど、胸キュンなど程遠い。

むしろ可哀想なカツ丼を思うと無い胸が痛む。

漫画を読んで知ってはいたが、なんて残念な人なんだと自然と溜息がこぼれた。

 

「おい。なんでやれやれこの人は……顔されなきゃならねぇんだ。何を困った人ねぇ顔してんだ。腹立つなお前!」

 

私の態度が癇に障ったのか、青筋を立てて怒鳴り散らす。

チラリと隣を見ると、ハッスルする上司を呑気に見物しながら、沖田さんはカツ丼と酢豚をガツガツと食べている。

あぁ……、私の酢豚とカツ丼……。

食に貪欲な私が譲ってやったんだ。

食事分ぐらいの働きはしてほしいと、沖田さんを睨み付けていると、私の視線に気付いたのか鬼畜がカチャンと箸を置いた。

どうやらやっと助け舟を出す気になったらしい。

 

「まあまあ、土方さん。落ち着いて下せェ。トン子も反省してるじゃねぇですか」

 

なぁ? と優しく微笑みかける慈愛顔の沖田さんの手には、いつのまにか鎖が握られている。

伸びる鎖の先は私の首につながり、ご丁寧にも首に掛かる木製の名札には『トン子』と手書きで記されていた。

この一瞬でいつ仕込んだのか。

さすが沖田総悟。

目にも留まらぬ早業だ。

 

「トン子ってなんだァ! なんで不審者を調教してんだァ!」

「何ってこいつの名前でさァ。なぁ、トン子?」

「ぶー」

 

不審者扱いは大変遺憾だが、ひとまず沖田さんの作戦に乗っかっておこう。

豚の真似事ぐらい造作ない。

 

「ほら、返事したじゃねぇですか。こいつの名前はトン子。好物は豚でさァ。名前も分かったことだし、コイツァ俺が釈放しておきやす」

 

ほ〜ら野生に帰ろうなァ、と優しく引く鎖に連れられて出口に向かう。

 

「ちょっと待てェェェ!」

 

案の定かかる待ったの声に、私と沖田さんの溜息がシンクロする。

意外にもこの三人の関係図は、土方さんVS沖田さん&私だ。

 

 

 

あの日、重要な攘夷浪士の取り調べを土方さんが担当し、私の取り調べは早々に終わるだろうと沖田さんがやってきた。

しかし、予想に反して黙秘権を主張する私に少々驚きはしたものの、これ幸いとばかりに取り調べと称して堂々とサボっていたのである。

私としても、この異常事態について考えたいことは山ほどあり、愛用のアイマスクで惰眠を貪る沖田さんの存在は都合が良かった。

WinWinの関係という奴だ。

 

この関係に変化が訪れたのは、今朝のことだった。

攘夷浪士への取り調べが終わり、数日経っても被害者の女の情報が上がってこない。

沖田さんに聞いてものらりくらりとはぐらかされる。

痺れを切らした鬼の副長が朝一番に私の取り調べに乗り出したのだ。

こうなっては格好のサボり場を確保することも難しく、頑なに黙秘権を貫く私が面倒になった沖田さんは適当な理由を付けて釈放しようとしていた。

 

「おい、総悟。今回はただの浮浪者を保護したって訳じゃねぇんだ。こないだの大捕物、あの報告書仕上げるために被害者の身元も書かなきゃいけねぇんだよ! それぐらい分かってんだろ!」

 

被害者の身元。

土方さんの言葉を脳内で反芻する。

私が頑なに黙秘権を主張する理由はここにあった。

素直に名前を言って調べられては困る。

この世界に、私の戸籍は存在しないのだ。

ここが銀魂世界だと確定したならなおさら、目下の目標として、ここで生きる足掛かりが必要だった。

真選組の仕事を邪魔してしまって申し訳ないが、私も譲るわけにはいかない。

ただでさえ残念なステータスに『戸籍無し』が追加されてしまったのだ。

この先が不安すぎて心臓の辺りがキュッとなる。

 

「本人が黙秘するってもんは仕方がねぇでしょう。誰でも言いたくない名前の一つや二つあるじゃねぇですか。それを無理矢理言わそうなんざァ、土方さんは俺以上の鬼畜ですゼ。なあ、トン子」

 

とりあえずここは沖田さんに任せようと、ぶんぶんと肯定の印に首を振る。

跪き、主人の顔色を伺う姿は待てをされた犬、いや、豚だ。

豚扱いに抵抗すると思いきや、思いの外ノリがいいものだから、沖田さんも満更ではなさそうだ。

 

「なんでお前は無駄に従順なんだよ!」

 

土方さんがツッコミを入れてくるが、私にとってこれは当たり前のことだ。

私は、こう見えて常識人である。

受けた恩を返すぐらいの仁義はある。

バズーカで吹き飛ばされたが、あそこで沖田さんに出会っていなければ死んでいただろう。

それにサボりたい一心の沖田さんがいたからこそ、この一週間平穏に暮らせたのだ。

豚三昧とはいえ、タダ飯の恩も忘れていない。

原作では何かと危険人物だったが、私はこの青年にそれなりの恩を感じていた。

彼を喜ばせるためならば、豚の真似事ぐらい造作ない。

大した言葉は交わしていないが、二人の間には言葉にしがたい絆が確かにあった。

そう、それは主従関係で——

 

「そんな歪な関係作ってんじゃねぇよ! 思い直せ! そいつは1番主人に選んじゃいけない男だぞ、トン子! 帰ってこいトン子!」

 

誰がトン子だ。まったく失礼な男である。

 

「とにかく、この雌豚……じゃなかった。トン子が、瞳孔開きまくりの変態侍には身元明かしたくねぇって言ってるんでさァ。そんなに書類仕上げてェなら、アンタがトン子の身元保証人でもなってやらぁいいじゃないですか」

「そんなコロコロ飼い主代わってたらトン子が可哀想だろうが。身元保証人ならご主人様であるテメェが適役だろうよ」

「恥ずかしがらなくていいでさァ。こないだ豚プレイにハマってるって言ってたじゃねぇですか。トン子ぐらいいつでもあげまさァ」

「どんなプレイだァァァ! テメェいい加減にしろよ⁉︎」

 

土方さんの怒声が響くと、上司煽りが趣味のドSは煩わしそうにやれやれと鞘から愛刀を抜いた。

 

「ったく。土方さんは解決策も出さねーくせに文句ばっかりでイケネーや。分かりやしたよ。とりあえず豚足の1、2本飛ばせば吐くでしょう」

 

触れるだけでスッパリいってしまいそうな光る刀身を見て、私と土方さんがギョッと目をむく。

 

「バカか⁉︎ 一般人にそんな事してみろ! さすがに揉み消せねーぞ!」

「そ、そうですよ! 今は無能な上司の言うこと聞いときましょうよ! 普段どんだけ下に見ててもここぞという時に従っとけば、後々上手いこといきますから!」

「よし、豚足3本までならいいだろう」

「ちょっと⁉︎ なんてこと言うんですか土方さん! この鬼!」

 

ユラユラと獲物を狙うように刀を揺らして、ドSがにじり寄ってくる。

ヒイイッッ! 目がマジだ!

予定とはだいぶ違うが、作戦に移るほかあるまい。

黙秘権を主張する事で出てくる代替措置。

真選組が焦れて、妥協案を提案してくる時を待っていた。

 

「ちょっと待ってください! 私の知り合いが歌舞伎町にいます! その人が身元保証人になってくれるかもしれません!」

 

恐怖のあまり叫び声に似た声を上げて、私は訴える。

思わぬ話の進展に、土方さんは目を白黒させ、脱力した。

 

「お前……、そういうことは早く言えよ……」

「すみません。聞かれなかったもので」

「総悟……テメェ。取り調べサボってやがったな」

 

土方さんが鬼の形相でドSを睨みつけると、彼は渋々といった風に刀を鞘に収めた。

舌打ちが聞こえたのは気のせいと思いたい。

下げられた刀にホッと息を吐き、『沖田さんには絶対服従』と固く決意する。

こんなお手軽に刃物向けられるとトラウマになってしまいそうだ。

私の話が気になるのか、沖田さんは目線で話の続きを促す。

 

「そもそも私が江戸を訪ねたのは、その人に会うためです」

 

なぜ私は銀魂の世界に来てしまったのか。

何を信じて良いのかも分からない。

しかし、少なくともあの男には会うべきだろう。

 

「坂田銀時という名前に、お心当たりはありませんか?」

 




土方さんの扱いがひどいかもしれません。
作者は土方さんとても好きなので、愛故ですが苦手な方はご注意ください。
作者はケンカップル好きなので、各キャラとも基本喧嘩腰からはじまりがちです……
愛故ですが苦手な方はご注意ください。
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