元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
「……そんな名、知らねぇな」
たっぷりと間を取った後、土方さんはそう言って懐からお馴染みのマヨネーズ型ライターを取り出し、タバコに火をつけた。
てか、え、ウソ、銀さんと知り合いじゃないの?
想定外のセリフに内心動揺しまくる。
「何言ってるんでィ。土方呆けたかコノヤロー。そりゃ、万事屋の旦那のことだろ」
「そうです!それです!江戸で万事屋やってるって聞いたので、警察の方ならご存知かと思いまして!」
思わず身を乗り出してブンブンと首を縦に振る。
よかった、とりあえず漫画の知識通り知り合いではあるらしい。
「バッ……総悟!アイツと関わると碌な目に合わねぇんだ!」
土方さんは、苦虫を10匹ぐらい噛み潰したような顔で、忌々しそうに私を睨みつけた。
そういえば土方さんと銀さんは犬猿の仲だったっけ。
漫画で見てる分にはケンカするほど何とやらに見えるため忘れていた。
「……あの男とはどういう関係だ」
完全に開いた瞳孔を向けられて、その迫力に思わず喉がなる。
さすが泣く子も黙る鬼の副長。
その気になれば私のような一般人吐かせることは容易いという訳か。
しかし私もここで引くわけにはいかない。
異世界に1人きりで放り出されたんだ。
自分だけが頼りだ。
震える手をぎゅっと握り込み、爪が手のひらに食い込む。
痛みは、緊張を和らげるに長ける。
この男相手に無駄な足掻きな気もするが、 努めて平静に、私は口を開こうとした。
「そんなの旦那に聞きゃァ分かりまさァ。行くぜェ、トン子」
緊迫した場に不釣り合いな楽しげな声を上げ、沖田さんは牢屋を飛び出していく。
私の首に繋がる鎖を握ったまま。
「ぐぇッ、ちょ、沖田さん締まってます!」
突然の行動に対処しきれず、私は引きずられるように牢屋を出た。
もちろん思わぬ釈放を喜ぶ余裕はない。
そうだった、この青年はドエス同士通じるものがあるのか、坂田銀時にはそれなりの好意を持っていた。
「おい、総悟! 何勝手なことしてやがる!」
「何って仕事でさァ。ちょっくら旦那の所に行って、トン子との関係調べてきやす。土方コノヤローは待ってて下せェ」
鼻歌交じりに歩く姿は、とてもこれから仕事に行くとは思えない。
その楽しげな後ろ姿に心底関わりたくないと思いつつ、今夜締め切りの報告書が、その願いが叶わぬと告げている。
男は面倒なことになったと頭を掻きむしると、一人と一匹の後を追うのであった。
ピンポーン。
鳴り響くインターホン。
『万事屋銀ちゃん』の看板を掲げる昔ながらの日本家屋は、アニメや漫画で描かれた印象よりもずっと立派に見えた。
年季の入った木製の建物は、古びているというよりも良い具合にこなれて味が出ている。
意外と良い家に住んでるなぁと、そろそろマイホームを意識し始める年齢の性で、なんだか普通に羨ましい。
ピンポーン。
沖田さんが再度インターホンを鳴らした。
磨りガラスの向こうには未だ人影は現れない。
埒があかないと思ったのか、沖田さんがドアを叩く。
「旦那ァ、俺です。総悟です。開けてくだせェ」
いつもの間延びした声を上げると、にわかに人の気配がしてガラガラとドアが開く。すると、気だるそうに一人の男が出てきた。
「……なぁんだ、総一郎くんね。あんまりしつこいからババアの取り立てかと思ったぜ」
「旦那。総一郎じゃなくて総悟です」
「あー? ンなのどっちでもいいだろーが。朝っぱらから何の用だよ。こちとら二日酔いで気分最悪なんだからよー。手土産にイチゴ牛乳持ってきただろうな? ウチの玄関はそういう仕組みだからね。イチゴ牛乳1個につき入国を許可してるから。持ってきてねーなら帰れ。そしてイチゴ牛乳を手に入れてそっと玄関の前に置いて帰れ」
「ただの配達じゃねーですか」
冷静に沖田さんがツッコむと、「イテテテでっけー声出すんじゃねーよ……。俺の頭は割れ物なんだよ」などと呻きながら頭を抑える。
昨日はどれほど飲んだのか、だいぶ具合が悪いらしい。
ちなみにとっくにお昼は過ぎており、そろそろ3時のおやつの時間だ。
全く朝っぱらではない。
「げっ……、なんだよテメーもいんのかよ。何? 暇なの? 暇すぎて遊びに来ちゃったの? 友達いないの?」
土方さんを見つけると、銀さんは露骨に嫌な顔をする。
負けず劣らず鬼の副長も渋い顔をして、今にも噛みつかんばかりに低く唸った。
「ンなわけねーだろ。テメーみたいな万年プー太郎と一緒にするんじゃねェ。仕事だ」
「ちょっと……。マジで今日はお前の相手する元気ないんだって。見りゃわかんだろ。今日は店じまいだ」
そう言って銀さんがガラガラと引き戸を閉めようとすると、「そうはさせるか」と土方さんは右足をねじ込んで阻止する。
「仕事持ってきてやったんだから有り難く引き受けやがれ! どーせ碌に依頼も来ねーんだろーが!」
「いえ、本当に結構ですんで。ウチそういうの間に合ってるんで」
なおも戸を閉めようとする銀さんにムキになって、土方さんは力任せにこじ開けようとする。
2人の男の馬鹿力で、戸がミシミシと心配になる程の音を立てはじめた。
「何なんだよテメーは⁉︎ 帰れっつってんだろーが! 住居不法侵入で訴えんぞ税金泥棒!」
「テメーこそいい加減にしとけよ……。捜査に協力しないなら公務執行妨害でしょっぴくぞ糖尿野郎」
「頼むから帰ってくれ! お願いだから酢あげるから!」
「なんで酢⁉︎ 数ある調味料の中でなんで酢⁉︎ 作れってか? 帰ってマヨネーズ作れってか⁉︎」
「うるせーーー! だから頭に響くっつってんだろ! デケー声出すんじゃねーよ!」
一番うるさいのはアンタの方ではと思うが、ある意味阿吽の呼吸の応酬に口を挟む隙もない。
ギャンギャンと大人気なく罵り合う2人の声が聞こえたのだろう。
磨りガラスの向こうで、ドタドタと足音が近付いてくると、銀さんの影に並んだ。
「アンタは何やってるんですか! 玄関のドア壊れたらまた修理費かかりますよ! 先々月の家賃もまだ払えてないのにお登勢さんに何て言う気ですか!」
男性の割には特徴的な高い声。
なおもウニャウニャと文句をたれる銀さんをあしらうと、途端に戸がシャッと開いた。
「あれ、土方さんと沖田さんじゃないですか。どうしたんですか、お揃いで」
万事屋の訪問者としては珍しい組み合わせらしい。
真選組の凸凹コンビをメガネに写すと、志村新八は不思議そうな声をあげた。
やっとマトモに話ができる奴が出てきたかと、土方さんはタバコの煙を深く吐き出す。
「仕事だ。お前らに聞きたいことがあんだよ」
すると新八くんはすぐに合点した様子で眉毛を八の字にしてみせる。
「そうでしたか。ウチの馬鹿が本当すみません……。どうぞ、上がってください」
新八くんの言葉に誘導されて万事屋に踏み込もうとすると、ゾンビが生き返ったかのようにゆらりと新八くんの背後に佇む男がいた。
この家の主人であるマジでダメな大人、略してマダオだ。
家主であるマダオは、自分を蔑ろにして場を取り仕切る歳下の従業員を睨みつける。
「新八ィ! 何勝手なことしてやがる!」
「勝手なのはどっちですか。平日から飲み歩いて、二日酔いも自分のせいでしょ。依頼選り好みしたいんなら僕らの給料払ってからにしてください」
新八くんがド正論を叩きつけると、心外だとばかりにマダオは眉をしかめた。
「何言ってやがる。昨日お前には払っただろーが」
「はァ? アンタ昨日はシコタマ飲んで帰ってきてゲロしか吐いてないでしょーが」
「だから現物支給だろ」
「ゲロで現物支給って何⁉︎ まさか僕の給料で飲みやがったな⁉︎」
「ネチネチ細かいことでウルセーんだよ。現金だろーが、物だろーが価値は同じだろ。お前の給料で手に入れた食材をお前に返したわけだからね。世の中等価交換なの。エドも自分の身体の一部と等価交換で弟の魂取り戻したわけだからね。あの子は立派だよ。普通そこまで出来ねーよ」
「うん、同じじゃないよね。さすがのエドもゲロからは何も錬成できねーよ」
「何言ってんだよ。あの子の本名知らないの? エドワード・ゲロリックだからね」
「エドワード・ゲロリックって何⁉︎」
新八くんはガミガミと一回りほど歳上のマダオを罵倒はしても、どことなく諦念のオーラが見え隠れしている気がする。
どうやらこの職場では給料のピンハネが慢性化しているらしい。
若い身でありながらとんだブラック企業で働いているようだ。
彼のような真面目っ子下っ端タイプは、こき使われた挙句に安月給で過労死する運命にある。
早急に転職をオススメしたい。
「さっきからうるさいネ。NHKの回し者アルか?」
透明感のある透き通る肌。
一度見たら忘れられない綺麗なピンク色の髪。
パジャマ姿の美少女が、銀さんの背後からヒョッコリと顔を出した。
「神楽! いいとこに来た。お前の天敵が来てんぞ! 砂糖まけ! 砂糖!」
「銀さん。そういう時は塩です」
少女はまだ事態が飲み込めていないのか、銀さんと新八くんのやり取りにキョトン顔を向ける。
ちょっとした仕草が愛らしい。
絵に描いたような美少女だ。
寝癖頭とヨダレの跡さえなければザ・ヒロインである。
そして、お人形のような青い双眼がこちらに向けられると、彼を発見した途端、大きな丸い目は三角に吊り上がった。
「オイコラ。ここを誰の島だと思ってるネ」
「テメーみたいなガキに用はねェ。話ややこしくなるから引っ込んでろ鼻糞女」
「お前みたいなションベン臭いガキに言われたくないアル」
さっきまでの美少女は裸足で逃げ出したのだろうか。
女の子としてはNGすぎる顔で、沖田さんにメンチを切っている。
あまりに衝撃的な変顔に思わず周りの様子を伺うが、誰も気にしていないところを見ると序の口らしい。
神楽ちゃんと比べると沖田さんは冷静に見えるが、その目は爛々と光っている。
彼の眼差しに、ついさっき刀を向けられたことを思い出して背筋が冷たくなる。
これが殺気という奴なんだろうか。
「フハハハハ! そうだ、ゆけ神楽! この馬鹿共を追い返せ!」
「なんだと⁉︎ 総悟いけ! 小娘なんか今すぐぶった斬れ!」
無責任な保護者2人が、ヤイヤイと喧嘩を煽る。
沖田さん今にも刀抜きそうな勢いだけど大丈夫なの⁉︎
こんな殺伐とした喧嘩が日常なの⁉︎
これでもライトな方なの⁉︎
止めた方がいいのではとチラッと思っても、私が割り込めば確実に死ぬ気がする。
プロレスのガヤのような声援を背負って、鼻を膨らませた神楽ちゃんが咆哮する。
「今日という今日こそ許せないヨ! ブチのめすアル!」
「上等だァ。やってみやがれ」
「言ったアルな! ボッコボコにしてやるヨ!」
威勢良く叫ぶと、彼女はクルリと回れ右をしてドカドカと家の奥に走り入った。
間髪入れず、沖田さんが当然のように彼女の後を追っていく。
一瞬の出来事に呆気にとられた後、まさか家の中で大喧嘩でも始めるのではなかろうかと心配に思っていると、2人の言い争う声が聞こえてきた。
「後で吠え面かいても知らないヨ」
「バカ言ってんじゃねェ。俺ァ64の頃からやり込んでんだ。Switchから入ってきた素人に負ける訳ねーだろ」
「そうやって古参ぶってる奴に限ってピチューにボッコボコにされて涙目になるアル」
言い争う声だけを捉えるとまるでチンピラの喧嘩だが、その内容は仲良く某ゲームについて話しているようにしか聞こえない。
お子様二人とは対照的にしばしの沈黙が降りると、いつもの死んだ魚の眼で家の奥を見つめていた銀さんがポツリと呟いた。
「……何アレ?」
「スマブラですね」
「いや、それは分かってんだよ。なんでゲーム? なんでスマブラ? 何平和的な大乱闘始めようとしちゃってんの。つーかなんでSwitchなんて持ってんの」
「前田くんをボコボコにして貰ったみたいですよ」
「カツアゲじゃねーか!」
「違いますよ。なんでも賭けスマブラで勝ったらしいです。Switchだけじゃないですよ。酢昆布から洋服まで、神楽ちゃんは最近ありとあらゆるものを賭けスマブラで奪ってるらしいんです」
「いちいちスマブラで勝負しなきゃいけないの? スマブラ内の力関係はリアルに直結してる仕組みなの?」
「銀さんが悪いんですよ。いくら年の瀬だからって飲み歩いてばかりで、神楽ちゃんの面倒みないから……」
「俺のせいかよ⁉︎」
「そうですよ。昨夜も一晩中スマブラやってたみたいで、今朝なんか大変だったんですよ。僕と目が会う度に賭けスマブラ仕掛けてくるんですから」
よほど大変だったのか新八くんがゲンナリした様子で答える。
出会ってまだ数分なのに、彼が相当な苦労人だということはよくわかった。
まるで子供の面倒を見ない夫に小言を言う主婦のようだ。
生活への疲れを滲ませる主婦は「さて」と言って場を区切ると、トレードマークのメガネを定位置に押し上げた。
「何にせよ、話の続きは家の中でしましょう。いいですね? 銀さん」
すでに沖田さんが家に上がってしまった以上、自然な流れだろう。
忌々しげに舌打ちをしても何も言わないところを見ると、銀さんもようやく観念したようだ。
それでも最後の抵抗とばかりに、ガチャリと鞘を揺らして敷居を跨ぐ土方さんを濁った瞳でじっと睨みつけている。
「そちらの方もどうぞ入ってください」
「……」
「あの……、どうかしましたか?」
「…………え⁉︎」
遠慮がちにかけられた声が、まさか自分へ向けられた言葉だとは露ほども思わず、奇妙な間をおいて頓狂な声をあげてしまった。
すっかり銀魂の演劇を見ているような感覚に陥っていた。
完全に傍観者と化していたが、これは現実なんだと戸惑う新八くんを見て再認識する。
いかんぞ。
土方さんや沖田さんのような変人にどう思われようと痛くも痒くもないが、新八くんのような常識人に怪しまれるのは胸が痛い。
さらにこれから行う予定の愚策を思い出して、胃が急速に悲鳴をあげる。
やっと出会えたまともな人間の前でとんだ羞恥プレイだ。
生き恥を晒すような真似が、私に出来るのか……?
いや、今更計画を無に帰すことは出来ない!
あの冷たい監獄の中で誓ったじゃないか!
「えーっと……。大丈夫ですか?」
「やらなければ」と「でもでもだって」を繰り返して完全にフリーズした私に、そうとは知らない新八くんの戸惑った声が降ってくる。
思いっきり不審がられている!
居た堪れない!
一体どうすればいいの⁉︎
羞恥と目的達成の狭間で葛藤を繰り返していると、遠ざかっていたはずの鞘の音がガチャガチャと近付いてきたのに気付く。
どうやら土方さんが見かねて戻ってきたらしい。
「おい、メガネ。不用意に近づくなよ。その女は身元不明の不審者だ。普通の女に見えるが、腹の中では何企んでるかわかったもんじゃねェ」
その言葉を聞いて、冷水をぶっかけられたように急速に心が冷えていくのを感じる。
「厄介事を持ち込むな」と三度はじまった喧嘩の声がやけに遠くに感じる。
真選組から借りていた安っぽい草履を見つめながら、私は考える。
そうだった。
私は不審者だった。
突然異世界からやってきた女。
この世界では、家族も知り合いも金も職も戸籍すらもない。
それが私。
初期設定からして間違いなく異常じゃないか。
ならば、今更何を躊躇することがあるのか。
視線の先はゆっくりと角度を上げて、戯れているのか暴れているのか理解できない三者を捉える。
異常量のマヨネーズ・タバコを常に摂取していないと生きられない男。
異常量の糖分・酒・ギャンブルを常に摂取していないと生きられない男。
メガネ。
こんなデタラメな連中よりも、私の方が異常だなんて全く受け止められない。
しかし、現実は残酷だ。
この世界の住人にとって異端分子は私。
その事実を受け止めてこそ、前に進める。
さぁ、胸を張ろう。
不審者は不審者らしく、立派に不審な行動でもしてみようではないか。
すっと息を目一杯飲み込み、酸素を全身に巡らせる。
そして男たちの小競り合いに負けないように、私は大声で叫んだ。
「兄さんッ!!!」
もちろん涙声の演出も欠かさない。
呆気に取られる面々を前に、私は悠然と走り出し、銀髪の侍めがけてタックルをお見舞いする。
演じきろう。
最高にキュートで健気な妹を。
身元は、自分で作り出すものだ。