元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話 作:匿名希望くん
社会人たる者、第一印象は最重要。
人は見た目が9割。
見た目とは外見のみに留まらず、表情・声色・醸す雰囲気に滲み出る。
営業スマイルをバリッと貼り付け、これからお世話になる新しい宿主に優雅に挨拶をする。
「万事屋の皆さん。お騒がせして申し訳ありません。本日より坂田銀時様の妹を務めさせて頂く、山田桜と申します。以後、お見知り置きを」
「いや、どんな挨拶⁉︎ なんかとんでもないこと言ってるんですけど⁉︎」
「えっと……、どこか変でしょうか? 誰かの妹になるなんて初めてのことでして……。失礼があったなら申し訳ございません」
「生まれた瞬間から妹じゃない人間は、一生妹にはならないからね。なろうと思ってなるモノでもないからね」
「さすが! お詳しいですね! どうか妹キャラについて、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します!」
「キャラって言っちゃってるよ! この人キャラ付けする気満々だよ!」
「ご安心ください。生計が成り立つまでの間、戸籍を間借りさせて頂くだけなので。早急に対処方法を検討し、速やかに退去致しますので」
「いやいや、間借りって……。そんなアパートじゃあるまいし」
「大丈夫です。先っぽだけなので。先っぽだけ入れたらすぐに抜くので」
「妹キャラはそんなド下ネタ言わねーよ!」
銀魂の要であるツッコミメガネは、その属性を遺憾なく発揮する。
坂田銀時の妹になるにあたり、目下の敵は志村新八かもしれない。
突然現れた女が雇用主の妹になろうと言うのだ。
自分でやろうとしていることだが全く意味が分からない。
彼のような常識人には、さぞ受け入れ難いことだろう。
しかし、戸籍ゲットは最重要ミッション。
私とて簡単に退くわけにはいかない。
なかなか手強い相手にどうしたものかと悩んでいると、鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきた。
「お前、銀ちゃんの妹になるアルか」
その可愛い声の主に目を向ける。
緑がかった異国の瞳が、上目遣いに私を見上げていた。
彼女の目線に合わせるために、膝を折って少しだけ屈みこみ、好奇心に湧く大きな瞳を覗きこむ。
「そうですよ。銀時兄さんの妹になりました、山田桜です。これから宜しくお願いしますね」
「銀ちゃんだけずるいアル! 私も妹欲しいアル。一緒に朝までスマブラとかしたいネ」
「銀時お兄ちゃんの妹になるということは、あなたは私のお姉ちゃんのような方ですね」
「お、お姉ちゃん⁉︎」
「兄上と一緒に、これから色々と教えて下さいね」
「し、仕方ないアル! 銀ちゃんなんか全然頼りにならないヨ! コントローラーの持ち方から復帰の仕方まで私がバッチリ教えてやるネ!」
「わぁい! ありがとうお姉ちゃん! これでより兄者とも仲良くなれます」
「妹キャラぶれまくりじゃないですか。呼び方ぐらい統一してください」
ブレているのではなく、試行錯誤と言って欲しい。
なにせ妹キャラは初体験だ。
どんな妹キャラがしっくり来るのか、試してみないことには分からないではないか。
そう新八くんに切り返そうと口を開く前に、何かが突然目の前に現れた。驚きと同時に反射的に伸ばした手で、ソレを掴む。
「受け取りな。選別でさァ」
つまらなそうな声色に振り向くと、口元だけ微妙にニヤついているドSと目が合う。
そのセリフに、沖田さんが投げて寄越したのモノだと気付いた。
あやうく顔面に当たりそうになったと喉まで出かかった文句をなんとか飲み込む。
やっと解放されたというのに、変にイチャモン付けられては敵わない。
そう思い直して、大人しく沖田さんからの選別に目を向けた。
見慣れた長方形。
薄ピンクのパステルカラーの生地に、若い子達に人気のブランドロゴが刻印されている。
少しは女の子らしく可愛いものを身に付けた方が良いと、誕生日プレゼントにもらったソレは、長年使い込まれて少々黒ずんでいた。
「これは……」
元の世界と今の私を繋ぐ。
あの日、和牛ステーキ定食を食べる為に、唯一握りしめていた長財布。
異常事態のどさくさに紛れて無くしてしまったと、すっかり諦めていた。
いや……違うな。
もはや始めから私の頭の中だけの出来事だったのではないかと。
私が帰る世界は存在しないのではないかと。
そう思ったこともあった。その怯えは、ずっと頭の片隅にあった。
震える指で財布のジッパーに括り付けられた赤いキーホルダーを摘み、パンドラの箱を開く。
「免許証、保険証、社員証、スーパーのレシート。ああ、現金も少し入ってやした」
普段よりも数倍ブサイクな自分の顔が飾られた免許証。
雇用契約満了を控え、廃棄予定の健康保険証・社員証。
合計金額がオール7で、記念にとっておいた近所のスーパーのレシート。
給料日前のせいで諭吉さんがいない、寂しいラインナップ。
全てが懐かしく見える。
確かに私の人生は存在していたと、証明する唯一の証拠。
「おいおい。今時の警察は、被害者の財布まで差し押さえかよ? そんなことして大丈夫なんですかねぇー」
ソファにドカリと座り込んでいる銀さんは、鼻糞を深追いするついでとばかりに問いかける。
「コイツの財布は、この世に存在しねーんですよ。だから貴重品とも言えねぇ。警察が押収したって問題ねぇってことです」
「はー? そりゃ、どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味でさァ。財布に入ってるもの、全部パチモンだ。かといって、偽造したってほど精巧でもねェ。見ればすぐに偽物だとわかる」
「あ、本当だ。この免許証、変ですね。見たこともないデザインです」
背後からヒョイと私の手元を覗き込んだ新八くんが興味深げに呟く。
「それだけじゃねーぞ。記載された氏名・住所・会社。この世界のどこにも存在しねー。そんなもん作って手元に置いて、一体何してたんだか分かりゃしねーよ」
よほど疲れたのか、鬼の副長は咥えていたタバコを一気に吸い込むと、目に見えるデカイ溜息を吐き出す。
「ったく、今時の税金泥棒は本当無神経だねー。人間誰しも人に言えない楽しみの一つや二つあんだろ。リアルおままごとにでも使ってんじゃねーの? コイツの家にはデケー兎のぬいぐるみとかあんだよ。今日帰ったらお前らの名前叫びながらボッコボコにすんのが唯一の楽しみなんだよ。そういう暗いアフター5を楽しむ今時のOLなんだよ」
「残念ながら、その予想はハズレですぜ。旦那」
「なんでだよ」
沖田さんが、真っ直ぐに私を見つめる。
怒鳴られたわけでも、凄まれたわけでもない。
ただ静かに私に瞳を合わせた。
まるで容疑者を追い詰める警察官のようだ。
その正義の視線に、堪らず容疑者は視線を伏せる。
「問題は、長年使い込んだ形跡があるってことでさァ。おままごとでチョチョイと、なんてレベルじゃねぇ。そのパチモンの財布で、普通に生活してたみてーだ」
西日が柔らかに居間を照らし、沈黙が落ちる。
「アンタ、一体何者でィ」
この質問をされるのは何度目だろう。
沖田さんも土方さんも、バカなやりとりをしていたように見えて、私の出方を伺っていた。
まさか財布を盗られているとは知らない私は、まんまと泳がされていたわけだ。
しかし彼らの誤算は、当の本人は全くの無実だということ。
巨大な秘密を抱えていることに間違いないが、私は善良な異世界渡航者だ。
どうせ言っても理解されない秘密を喋る気力も無く、黙秘を貫いていた。
だけど、やっと沈黙とは違う答えが出せる。
一度外した視線をゆっくりと上げ、今度は彼の真っ直ぐな瞳を迎え撃つ。
「……私の名前は、山田桜。坂田銀時の妹です。さっきからそう言ってるじゃないですか」
ニッコリと効果音付きの笑顔で、私は答えた。
「……まぁ、今はそういうことにしといてやりまさァ」
沖田さんは尋ねたわりに、さほど興味なさそうにアッサリと引き下がった。
彼らの元々の目的は、報告書を仕上げて仕事にケリをつけること。
目的を達成した今、少々疑問に思ってはいても興味を引かれる程ではないのかもしれない。
そうであってくれると大変有り難い。
警察に目を付けられるのとはまた別の意味で、沖田さんには敵意を持って欲しくなかった。
少年と青年の狭間にいる、あの頃特有の危うさと鋭利さ。
加えて元々の気質であろう攻撃性があいまって絶妙なバランスの上に、沖田総悟という男が悠々と寝っ転がっているように思える。
そう感じるのは、少なからず彼を知っているからだろうか。
そんな要注意人物の彼が「報告書仕上げなきゃいけねーんで帰りまさァ」と、まるで公務員のようなことを言い出し、本当にあっさりと身支度を整えて帰ってしまったことには拍子抜けしてしまった。
真選組の両名がいなくなった万事屋には、相変わらずくだを巻く坂田銀時と荒れた室内を小言混じりにせっせと片付ける志村新八がいた。
やっと万事屋の日常が帰ってきた空間に、私という異物が混入している違和感。
しかし、その違和感を感じることができるのは、きっとこの世界で私一人だ。
なんとも言えない心許なさに、どうしたものかと居場所を探っていた。