元医者のアラサー女が銀魂世界にトリップして、元の世界に帰るまでの話   作:匿名希望くん

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八話 運命とは自分で勝ち取るもの也

「その財布かわいいアルな! ちょっと見せろヨ」

 

可愛らしい声に振り返ると、万事屋の3人目のレギュラー、神楽ちゃんが瞳を輝かせて私の財布を見つめていた。

ちょうど持て余していた時間に割り入ってくれた彼女に安堵する。

とんでもない変顔を披露したり、男の子と取っ組み合いをするおてんばな神楽ちゃんにも、女の子らしい一面があるんだなぁと微笑ましく思う。

「どうぞ」と、その小さな手の平に財布を預けた。

彼女は興味津々で、勝手知ったる自分の財布かのようにパンドラの箱を暴いていく。

早々になけなしの野口を見つけると、神楽ちゃんは大きい瞳をさらに見開いて興奮気味に叫んだ。

 

「おお! 何アルかこの紙! めちゃシブいネ!」

「私の故郷のお金よ。ちなみにコインバージョンもあったりします」

 

神楽ちゃんがしがみ付くように持っている財布に手を伸ばし、小銭入れから500円玉を引き抜く。

姿が見えないように手の平に隠して、神楽ちゃんの目の間に持っていくと、まるで手品師がそうするように光る銀色のコインを優雅に掲げてみせた。

すると予想通り、神楽ちゃんはさらに興奮して身を乗り出す。

 

「うおーーーーっ! かっけーアル!」

「でしょう? とても貴重なコインで、集めてる人も多いんだから」

 

嘘ではない。

500円玉貯金は、庶民に親しまれる由緒正しい貯金方法だ。

 

「マジでか!」

「ほしい? ……それじゃ、かわいい女の子にはプレゼントね」

「本当アルか⁉︎ お前いい奴ネ!」

 

神楽ちゃんは満面の笑みで、すぐさま掲げられた500円玉に手を伸ばす。

素早く伸びてきた手を避けるようにして、私がヒョイと交渉材料を引っ込めると、彼女は不満そうに鼻を鳴らした。

まるでお預けをされた子犬のような彼女に、イタズラっぽく笑いかけてみせる。

 

「そのかわり。あなたの名前、教えてくれる?」

「名前アルか?」

 

意外なお願いだったのか、神楽ちゃんは目をパチクリさせた後、元気よく答える。

 

「そんなのお安い御用ヨ! 私は、万事屋銀ちゃんの社長にして歌舞伎町の女王! 完全無欠の神楽ちゃんアル!」

 

わかりやすい誇大広告が張り付いた自己紹介に、私はクスリと笑って改めて自己紹介を返す。

 

「たくさん役職が付いてるのね。よろしくね、神楽ちゃん。私は山田桜よ」

 

そう挨拶しながら、お預けにしていた500円玉を彼女の小さな手の平に乗せた。

神楽ちゃんは、手に入れた硬貨を指で摘み上げ、頭上に掲げる。

感嘆符をもらしながら、クルクルとコインを動かして、チラチラ反射する光の集合体を楽しげに見つめると、無邪気な子供らしい笑顔を私に向けた。

 

「桜! そこそこ良い名前ネ! よろしくしてやってもいいアル!」

 

彼女の弾ける笑顔を見ていると、その気になれば500円玉硬貨などアルミホイルのように捻り上げられる怪力娘だなんて嘘みたいだ。

まだその現場を見ていないのが救いである。

是非嘘であってほしい。

 

「ちょっと神楽ちゃん。初対面の人のお財布触るなんて失礼だよ」

 

新八くんは、未だブツクサモードの渋い顔をして嗜めると、神楽ちゃんは不服そうにブーたれる。

 

「桜はもう友達ネ。友達の財布をどうしようが私の勝手アル」

「どこのジャイアン⁉︎ たとえ友達でもやっていいこととダメなことがあるでしょ」

「大丈夫ですよ。神楽ちゃんは既に私の姉ですから」

「そうだったネ! 妹の財布をどうしようが私の勝手アル」

「ちょっとアンタ黙っててもらえます⁉︎ ややこしいんで!」

 

助け舟を出したつもりが怒られてしまった。

神楽ちゃんと呼んでいるのも、神楽お姉ちゃんの略なのに。

せっかく妹になるんだからと親交を深めていただけなのに、全く心外である。

そのまま話し込んでしまった二人を見て、なんとなく悔しくなり、私は奥の手を出すことにした。

 

「神楽ちゃん。この激レア&激渋なお札もあげちゃおう」

 

野口柄のお札を献上品としてピラリと見せつけると、神楽ちゃんの瞳は億千万の星の輝きで埋め尽くされた。

 

「うおーっ! マジでか⁉︎ 桜は良く出来た妹ネ!」

「あっ、コラ! 知らない人から物をもらっちゃいけません!」

「さっきからうるさいヨ、ダメガネ。お前はそーやってダメダメばっかり言ってるからいつまでたってもダメガネなんだヨ。サングラスに進化できねーんだヨ」

「メガネの何が悪いんだよ! サングラスがメガネの進化系だと思ってるのはEXILEグループの皆様だけだからな⁉︎」

 

万事屋のオカンは、今日も育児に手を焼いているらしい。

私を警戒しているらしく、神楽ちゃんとコミカルな言い合いを繰り広げながらも、きちんと私に注意を払っている様は、まさに子を守る獣のソレだ。

しかし、本来そうあるべきな保護者は何をしているのかとチラと見ると、ソファにふんぞり返って死んだ目でこちらを眺めているだけだ。

新八くんが万事屋の母ならば、銀さんはリストラされて毎日飲んだくれの父といったところか。

 

「ったく。そんなもん貰って喜ぶなんてお前もまだまだ鼻ッタレのガキだねぇ。んなもん一銭にもなりゃしねー」

「ちなみに神楽ちゃんにあげたお金は、こっちではイチゴ牛乳15本分相当ですよ、銀時兄様」

「散れェ! ガキども! その財布はオレのモンだ!」

「アンタどんだけ浅ましいんですか!!」

 

あちらの世界では紙幣でも、こちらの世界では紙くず同然。

これで信頼を買えるなら安いものである。

 

「これは私が貰った財布アル! 桜のモノは私のモノ、私のモノは私のモノネ!」

「いーや、アイツはオレの妹なんだよ。加えてオレは大人で、お前はガキだ。金の管理は兄であり、大人の銀さんに任せなさい」

「毎日ゲロまみれで帰ってくるマダオを大人とは言わないネ。私の給料払ってから言えヨ! 万年金欠プー太郎」

「プーじゃないですぅ〜。ちゃんと働いた上で、なんやかんやの設備投資でお金が足りなくなっちゃうだけですぅ〜」

「何が設備投資アルか。ただのパチンコだろ」

「ドカンと当たれば、ドカンとお前らにも還元してやろうっていう銀さんの粋な計らいだろーが。ボーナスってやつだよ」

「そんなボーナス今まで貰ったことないネ。やっぱりこの財布は私が管理するアル!」

「1時間あれば、3倍にして返すから! 今日は新台出てっから絶対当たるんだって!」

「オィィイ! アンタら警戒心は0ですか⁉︎ どう見ても怪しいでしょ、この人。関わらない方がいいですって。その財布返して、とっとと追い返して下さいよ!」

「バカヤロー! こんな久しぶりの金ヅルそうそう手放せるわけねーだろ!」

「そうネ! 今夜も卵かけご飯だけなんて御免アル! 骨までしゃぶってダシまで取ってやるヨ!」

「いや、どう見ても僕らよりお金なさそうじゃないですか! 既にシワシワのミイラじゃないですか! こんなミイラから絞れるものなんて厄介事以外ないですよ!」

 

三者三様。好き勝手なことを言いながら私の財布を奪い合う。

アマゾン川に投げ入れられた生肉に群がるピラニアのようだ。

これが銀魂世界で生きていくための野生味なのかと呆気に取られていると、揉み合いになった彼らの腕の中から、渦中の財布が宙に舞った。

勢いよく飛び出した財布は、万事屋の床に不時着すると、中身を吐き出しながら私の足元にスライディングで飛び込む。

 

「あ、すみません……。僕が拾いますから! ちょっと、何やってるんですか。人様の財布なんですから乱暴に扱わないで下さいよ」

 

乱暴に扱っていた内の一人である新八くんが、溜息混じりに苦言を呈して、散らばった中身たちを急いで拾い上げていく。

そして本体の財布を手にすると、申し訳なさそうにポンポンと財布の表面を手で払った。

すると、ある一点を見つめて新八くんが不思議そうな声をあげた。

 

「あれ、コレって桜さんですか?」

 

彼の視線をたどって覗き込むと、本来は定期券などを入れる透明なカードフォルダーに折りたたまれた1枚の写真が飾られていた。

 

それはいつだったか。

珍しく仕事も落ち着いて、よく晴れた桜の美しい日だった。

普段はめったに写真など撮らないけれど、せっかくだからと桜をバックに撮った。

春の陽気にふさわしい太陽光のレフ板が良かったからか、良く撮れているとは思う。

ピンクの花びらが愛らしい桜と、幸福そうな柔らかな笑顔。

今日の私の仏頂面とイメージが違って、新八くんも疑問符が付いたのだろう。

 

「実物よりもかなりかわいく写ってるネ。詐欺も大概にした方がいいアル」

「つーか自分の写真持ち歩くって意外とナルシストなんだな」

 

いつのまにかそばに来ていた二人は、写真を見たとたん求めてもいないコメントをしてくれる。

 

「お見合い用の写真ですよ。いつ運命の人に出会うともしれないじゃないですか」

そう言って誤魔化すと、銀さんは意外そうな顔をして、

「お前ってそうゆうの気にすんの?」

「そりゃ、麗しき年齢の乙女なので。素敵な人がいたらこっそりカバンの中に詰めてあげようと思って持ち歩いてるんです」

「こわ! 知らない女の写真入ってたらすげー怖いだろーが! それホラーだから!」

 

怖いことが苦手な銀さんは顔を青くしてみせる。

そのコミカルな反応にニヤつきかけた口元を正し、わざと渋い顔を貼り付けて、3人から財布を取り上げた。

財布に付けられた赤いキーホルダーが揺れる。

 

「そもそも私は財布をあげるとは言ってませんよ。親しき仲にも礼儀ありです。妹だからってなんでも奪われたら困ります」

 

新八くんはわかりやすくホッとした表情を見せ、銀さんは不満げに鼻を鳴らした。

神楽ちゃんは、名残惜しそうに財布ばかりジッと見つめている。

すると物欲しそうにしていた彼女は、新しいオモチャをみつけたように顔を華やがせた。

 

「そのキーホルダーも可愛いネ!」

 

弾んだ声をあげて、輝く陶器のような白い肌を財布に寄せ付ける。

突然迫ってきた綺麗な顔に驚いて、私は半歩ほど身を引いた。

神楽ちゃんの興味を惹きつけたストラップが、私の動きに合わせて小さく揺れる。

 

「ビンの中には何が入ってるアルか?」

 

彼女のキラリとした瞳を吸い寄せる小瓶。

ちょうど彼女の白く細い小指の第一関節程度の大きさ。

小瓶の中身は、赤い液体で埋められている。

その首に括り付けられたストラップは、まるで中身が滲み染まったような赤色で、財布の金具に繋がっていた。

 

「何が入ってるかは秘密。これは御守りなの。これだけはいくら神楽ちゃんでもあげられないのよ。ごめんね」

「御守りアルか?」

「そうよ。お金が貯まるおまじない」

「どう見たって効果ねーだろ」

 

銀さんがからかい調子に言う。

 

「この御守りは、長期戦なんですよ」

「長期戦?」

「いくらご利益があったって、突然億万長者とはいかないってことです。億への道は1円からですから」

「なるほどねぇ。ま、ともかく億万長者になる前に、きっちり妹分の借金返してくれよ。お前の支払いに俺らの生活かかってんだからな。よろしく頼むぜ、桜」

「任せてください。こちらこそしばらくお世話になります。銀兄」

 

私が丁寧にお辞儀をすると、銀さんは微妙な顔をして、

 

「そのキャラ設定決まってない呼び方やめろよ。俺は万事屋のオーナー。みんなの銀さんだ。お前もそう呼びな」

「なるほど。銀時お兄さんの略ですか」

「いや、全然ちげーよ」

「それでは改めてよろしくお願いしますね、銀さん」

「おう。しっかり働いてもらうぜ」

 

意地悪そうにニヤリと笑う銀さんに、私も作りかけの笑顔を返した。

しばらくすると挨拶もそこそこに、騒々しく、しかし楽しげに騒ぎはじめる万事屋の三人。

私は、万事屋の日常を夢うつつに眺める。

 

そして、見惚れながら思う。

私は、ここに居てはいけない。

取り返した財布を、爪が白くなるまで強く握りしめる。

たしかに手の中に感じる手ごたえ。

この世界に来た時から、暗闇の大海を根無し草のようにゆらゆらと浮いていた心臓が、ようやく小舟を見つけた。

帆を張った。

オールを手にした。

そして、向かうべき進路が決まった。

私は何があっても、元の世界に帰る。

私のことなど誰も待っていない、何もない世界に帰らなければならない。

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