「あまいものがたべたい」
ハツユキが突然言いだした。たしかにこの島には甘味が足りていない。昔は窪地にみかんのようなものを見つけて喜んだものだが非情にも不味かった。みかんではなく橙だったのだ。
なんとかえぐ味を出して食べようと試行錯誤したものの、できた物と言えば強烈な苦味を持つ見た目オレンジジュースらしき何か。
それを伝えるとハツユキは露骨に嫌な顔をしたが文句を言う事はなかった。
「かえったら…いちばんにアイスたべる」
むしろ帰るための理由の一つになったようだ。私も久しぶりに甘いものを腹いっぱい食べたくなってきた。あまり好きではなかったチーズケーキもいまなら1ホールくらい楽勝だろう。
話は次第に甘味談義になった。私の娘がそうだったようにハツユキも甘いものが好きなようだ。
アイスクリンの話から始まり、水羊羹、ラムネなどと渋いチョイスの話題が続いた。ハツユキは特に『マミヤ』なるアイスが好きなようだ。
そういえば炭酸飲料も長い事飲んでいない。今日は縁日の屋台で出る瓶ラムネの事を思い浮かべながら床に就いた。今日はいつもよりハツユキの距離が近かった。
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ギソウの修理はあと一週間で終わる。そう宣言したがそうはいかなかった。ガス溶接用の溶接棒が無くなったのだ。
未だ不完全なままのハツユキのギソウ。島中探し回れば溶接棒の一束や二束、あると思うのだが。
そんなことを彼女に話してみると明日から探そうと提案してきた。ハツユキのおかげで魚は腐るほど干物にしてあるので備蓄には困っていない。
私はその案に賛成し、粗末なベッドに横たわった。
「…ん」
そして一緒に入ってくるハツユキ。このような奇行も慣れたもので、この時ばかりは頭を撫でても何も言わない。彼女もまた人恋しいのだろう。
翌朝、島の捜索は朝食を食べ終わってすぐに始まった。元々広い島ではない。一日歩けば三週は見回れるだろう。昼に拠点に戻ることを約束して二手に分かれ、思い思いの場所を探すことにした。
結果、私の成果はなし。屋根の付いた家屋など拠点ぐらいのものだし他は特になにも無いのだから当然といえば当然だった。一方ハツユキはというと島の真ん中にある大きな岩の下に秘密の地下室を見つけたという。
昼食を食べてすぐにそこに行ってみると確かに岩に穴のようなものがあった。だが小柄なハツユキだから通れるのであって私では無理だ。
そう言うと彼女は薄い胸を叩いてこう言った。
「まかせて」
何を任せろと言うのか。そう思ったのもつかの間、彼女はなんと岩を押しどけてしまったのだ。形状、大きさから見て5トンはありそうな岩を少女一人が、である。
彼女にはとんでもない秘密がありそうだ。だが、そんな考えも得意げなハツユキの顔を見ていればなんだかどうでも良くなってくる。
恐らくだが、彼女は私に悪意をもって何も語っていない訳では無いのだろう。
岩の下は武器庫のようだった。大半は錆びて駄目になっているが、使えるものも探せばあるのかもしれない。ただ、今の生活には不要な物なので救援用の信号銃だけ拾って後はそのまま放置した。
溶接棒は合計で10束見つかった。これだけあれば足りないことはあるまい。
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今日は気分転換に月を見に行った。ここの拠点には単眼鏡、いわゆる望遠鏡があるのだ。埃をかぶっている上に精度もよろしくないが、哨戒程度には使える。そんな物だった。
ハツユキはそんなものに興味がないのか、さっさと寝入ってしまった。私は拠点の屋根の上の特等席に椅子を置いて月と海を眺めた。月並みではあるが、とても綺麗だった。
しばらくしている内に私も眠くなり、そのまま寝入ってしまった。
次の日の朝、目覚めてみるとハツユキが私の膝の上で寝ていた。
起こして理由を聞いてみると、私が死んでしまう夢を見て怖くなったと言っていた。恐らくは心細くなって私を訪ねてみるも、寝ていたので起こすのも気が引けて抱きついて寝たのだろう。
そう聞いてみるとハツユキは一回だけ頷いた。彼女の体はまだ震えていた。
今日はギソウを直すのを休んだ。連日の作業で肩が凝った。そう言うとハツユキが私の肩を揉んできた。
一瞬岩を押しのけた出来事を思い出して戦慄したが、ちょうどいい圧力で揉んでくるのでホッとした。力加減はできるようだ。
揉んでもらったら肩がスッとしたのでお礼を言いながらハツユキの頭を撫でる。
今日は憎まれ口は無かった。それはそれで寂しいが。
次の日は揉み返しがひどく、また休んだ。
「ごめん、なさい」
ハツユキに初めて謝られた。
私は気にしないように伝えるとそっぽを向かれてしまった。女心というのはよく分からん。
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ハツユキのギソウが直った。完璧とは言い難いが一先ず普通に動くようにはなった筈だ。
早速彼女を呼んで直った事を告げると珍しく、嬉しそうにしていた。
「…ありがと」
ハツユキにお礼を言われたのは彼女を拾った初日を含めて二回目である。それだけ嬉しかったのだろう。
ただ、今日はもう遅い。島を出ていくのは明日にするよう勧めた。
「あたま、なでて」
この日、彼女は柄にもなく甘えてきた。
次の日は雨だった。
私はもう一日後にするように勧めた。
なにかと気まずい日になったが、ハツユキの赤くなった顔が見れたので良しとしよう。
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今日は快晴だった。ハツユキは今日こそ此処を出立する。
朝のうちに機動チェックを行い、簡単な練習をしてからお昼を食べた。
弁当を持たせたりハツユキの要求に応えている内に陽が傾きかけたが、無事に送り出すことができた。
ハツユキが言うには一日あれば帰れると言っていた。救助が来るのは三日と掛からないだろう。
今日はなかなか寝付けなかった。隣に誰も居ないのは寂しいものだ。
爆音が聞こえた。
日を跨いでようやく寝つけた私にとっては寝耳に水もいいとこで、驚きすぎてベッドから落ちてしまった。
急いで爆音の音の正体を確かめる。爆音は連続して響き、その全てが初雪が出て行った方角から聞こえた。
嫌な予感がした私は屋根に上り、海上にチカチカと灯る何かに向けて単眼鏡を覗いた。
そこにいたのは真っ白な少女。夜半でありながらその体は存在感に溢れており、体に取り付けたハツユキのような装備から次々と火を放っている。
そして見つけたのがボロボロになったハツユキ。せっかく修理したギソウも所々ボロボロになっている。
私は居ても経ってもいられなくなった。あの白い少女が何者かは知らないが、ハツユキに危害を加えているのは事実。かといって私にはあいつに対する攻撃手段など持ち合わせていないと考え付き──足元に転がっている信号銃に気が付いた。
こんなもので狙える距離でないのは判っている。だが、あいつの気を逸らすことが出来ればハツユキを逃がすことくらい出来るはずだ。
私は信号銃を持って駆け出し、砂浜の一番目立つ場所に陣取った。
そして上に向けて信号弾を放つ。
それは綺麗な、花火のような輝きだった。信号弾と思っていたが、これは曳光弾だ。だが、これだけ明るければ私も目立つことだろう。
曳光弾を放ったその数瞬後、海がチカリと二回光った。
そして私はいきなりの爆風に吹き飛ばされ、気を失った。
次に目を覚ました時。ハツユキが私を見つめながら目に涙を溜めていた。
ハツユキのギソウはボロボロだ。顔に煤もついている。だが、生きていた。
良かった。そう声を出そうとしたが、苦しそうな息が口から漏れ出るだけ。
しょうがないのでハツユキの顔の煤を拭ってやった。代わりに赤い物が付いた。
「………。……!」
今気が付いた。これは私の血だ。
ハツユキが何かを言っているが、まるで聞き取れなかった。
次第にハツユキは大泣きしてしまい、私の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らし始めた。
私はまどろみに身を任せるように、意識を手放した。