帝都美食珍道中   作:しゃもじん

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ハクトル主役回。書いてる本人も飲酒してるので短めのお話。


過日の思い出-トゥスクルにて

 船での長旅はこの身体にもそれなりに応えたらしく、トゥスクル入りしてから数日経ったこの頃になってようやく疲れが襲ってきた。筋肉痛が遅れてやってくるのは老化の始まり、なんて兄貴が言っていたのが思い出され、ため息の一つでも付きたくなる。

 

「あはは、オシュトルはこれまで、陸続きのところしか行ったことなかったかな」

「しかし、船旅でこれまで消耗するとは思ってなかったが」

「まぁ、そりゃ私からしたら慣れっこだけれども」

 

 そう言って胸を張ってみせるのはこの国の皇女様。実家では居心地がちょっと悪そうにしていたのを見かね、強引に散歩だと言って連れ出してみたが、かくいう某がこの調子では散歩にもならなさそうだった。

 空に輝く太陽はもう天上を過ぎ、まもなく傾いて紅い光をこの城下に射し込もうとしている。まだ夕餉には早いが、かと言って何も食べずにはいられない程度の空腹を抱えながらフラフラと進む二人。この国に賓客としてやってきた総大将と皇女の二人組に見えるわけもなかった。

 

「そうだ、せっかくだからたまにはこんな時間から飲んじゃおっか」

「クオン殿からの誘いとは珍しいな」

「私だってたまにはハメを外したくなるかな」

 

 たまには、という言葉に僅かな引っ掛かりを覚えたが多くは語るまい。彼女に誘われ赤のれんをくぐると、中の店主はほんの少し驚いて見せたものの、すぐに柔和な笑みに戻ってみせた。

 

「いらっしゃい、今日は旦那さんも一緒かい?」

「だ、だ、旦那なんて、その……」

「あぁ、いや。彼女のお勧めと聞いて連れてきてもらったのだが」

「そうかな! 私のおすすめでつれてきただけかな!」

 

 慌てふためくクオンを尻目に、机に置かれたお品書きに目を通す。異国の地とはいえ文字は共通なのか、注文には苦労しそうにない。まだ日も高いうちに飲む酒、久しく味わっていなかっただけにその背徳の味が恋しく思えた。

 

「それじゃ、これと、これを。あといつものもお願いしたいな」

「はいよ、今日は上物を仕入れてきたんだ。それにお客さん、旨いものを前にして金に糸目をつけないと見た」

 

 さすが商売人とでも言うべきか。貰った小遣いをすっからかんにして帰って怒られた日々を思い出す。苦笑いする某にクオンは何か思うところがあったのか、そっと耳打ちした。

 

「今日は私が全部出しちゃうかな」

「む、それは真か」

「もちろん、このぐらいはしなきゃ」

 

 こちらの様子を伺っていた店主も、クオンの耳打ちを見届けた後に裏へと下がっていく。しばらくして年季の入った古酒がやってきた。ツンと鼻をつくような酒精の香りと、同時にやってくる焦げた木の風味。琥珀色の液体は普段飲むそれとは大きく異なる何かだった。

 

「ここいらじゃもうこれを残してる酒蔵は少なくてねぇ。うちも上客にしか出す余裕はないんだが」

「これは……」

 

 思わず口に含むと、普段の酒を遥かに上回る強い酒だということが一口で分かった。それでもふわりと消え、口の中に乾いた果物や香辛料のような香りを残して喉へと流れていく。ねっとりと濃密な蜜のような甘みがあるかと思えば、軽やかに流れていく香草のような風味もある、言葉に表しがたいその琥珀色の液体は、クオンにとっても初めてのものだったようだ。

 

「なにこれ、すごい!」

「前の皇がまだ在位だった頃に仕込んだ上物でしてねぇ。その味わい、まさに酒の中の皇とでも言うべきかもしれませんな。酒菜にはこれを」

 

 そう言って店主が差し出したのは干し肉だった。噛みしめれば旨味が溢れ出る、良質な肉を丁寧に干したことがわかるそれは、これだけの酒を飲むのに丁度良い塩梅だった。噛みしめるたびにやってくる旨味と一緒に酒を流し込むと、口の中にやって来る至福の瞬間。これは旨い。

 しかし酒精が強い酒にしては勢いよく飲みすぎた。すでにクオンの目は据わっていて、某もまもなく酒に飲まれてしまいそうなところだった。店主もそんな様子に気付いたのか、いつしかクオンの前には冷えた水を置いてくれていた。

 

「クオン殿……」

「あれ、私、オシュ……トル」

「飲みすぎだ。全く、飲みすぎるのは某の方だというのに」

 

 その言葉が不用意であることは、言った本人ももう気付いている。しかし、口をついてでたその本心は誤魔化しきれるようなものではなく、どこか嬉しげなクオンの表情ですべてなかったことにしてしまいたくなった。

 

「お客さんはまだ行けるかい?」

「ん、あぁ……それならば、もう一杯」

「よし来た、それじゃ、これは俺からのおまけだ」

 

 上機嫌の店主はそっと机に小皿を置く。煎った木の実たちは酒の旨味に混ざって、丁度いいその香りを醸し出してくれた。さっきまでの旨味が溢れ出る肉とはまた違った、目まぐるしく変わる食感に香ばしい香りはより一層この酒が進むというものだ。

 

「クオン?」

「オシュトル……私は、ハク……」

 

 まだ太陽は空に輝いているというのに、彼女はその眠気に身体を委ねてしまった。こうなってしまっては起きないことは、某も良く知っている。担いで連れて帰るのも難儀だが、店で酔い潰れてなんて姿を見られようものなら、それこそ国の威信にも関わる。

 店主は笑顔で見送ってくれたが、あれはおそらくツケ払いだな。少し悪いが、後からその分はしっかり払ってもらうことにしよう。

 

 

 

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