そういえばうたわれるもの斬2はとらのあな完走しました。
もう、俺たちが見たかった原作の続きを見せてくれてありがとうという気持ちでいっぱいです。
あれで料理けっこう出てきたから、こっちにも還元したいですね。
夜更けに一人、白楼閣の欄干に腰かけながら月見酒なんて洒落込んだ真似もしたくなるが、今晩は先客がいたらしい。懐に差した太刀は立てかけられ、外套とその長髪をはためかせながら猪口を手にする彼の姿は、悔しいが様になっている。
「おんや、旦那も月見酒とは風情だねぇ」
「たまにはしんみり飲むのだって悪かないだろ」
「あぁ、今宵は良い月じゃない」
プログラムされた満ち欠けとはまた違う、ぼんやりと薄曇りの空に浮かぶ白月は綺麗な円弧を描き俺たちを照らしている。しかしながら先客が居たならば邪魔するのは無粋と言うもの、部屋に戻って上着を着込んでから、まだ眠らぬ帝都の夜を楽しむことにしようか。
踵を返し部屋へと戻ろうとしたその時、彼の体がふと起き上がりこちらを呼び止める。結構な量を飲んだはずというのに、ヤクトワルトの足取りはしっかりとしたものだった。
「この時間から帝都で飲むってのに、呼んでくれないのは無粋じゃない」
「ん、いや。先客が居たなら立ち去るのが粋ってもんじゃないのか。それにシノノンも居ることだ」
「今日は姉ちゃんたちが可愛がってるようだから、俺は不要だと。全く、いつの間にそんなオトナになったのやら」
ため息をついてみせるも、その表情はむしろ明るい。後顧の憂いがなくなった今、ヤクトワルトを誘わず立ち去るというのはむしろ無粋というもの。側に置いてあった太刀を脇差の横に差し直し、後ろをついてくる彼を連れて帝都の夜へと足を進める。
立ち並ぶ提灯の光が煌々と照らす道、普段はシノノンの子守をしているヤクトワルトにとっては珍しい光景なのだろうか。俺よりも遥かに背丈がある偉丈夫があちらこちらを見て回るその様子は、街往く人々の注目を集める。
「おいおい、そんなにキョロキョロしてたら目立つだろ」
「そうは言っても、旦那と違って俺がここに来るのは珍しいじゃない」
顔なじみの店主から声をかけられるたびに立ち止まり、そのたびに後ろから好奇心を隠すことのない彼が見てくる。どこの店に行ってもそんな調子だから、とりあえずは馴染みの店にさっさと入ることにしよう。
「へぇ、旦那の行きつけって聞いてたけど、結構洒落たところだねぇ」
「マロに連れてこられたんだが、中々良い酒を取り揃えてる穴場だぞ」
適当に店主のおすすめを頼み、そして酒とつまみがやってくる。豚の煮込みに、香草のサラダ、晩飯は済ました後の俺たちだったが、匂いだけでよだれが止まらなくなりそうな料理と、そして徳利から注がれる澄んだ酒。美味いものを前にしたヒトの反応なんておおよそ決まっているようなものだ。たちまちにつまみと酒に手が伸びる。
「この酒に柔らかく煮込んだ肉、これのために生きてるってもんよ」
「こりゃ美味いじゃない。俺の故郷じゃ、こんな美味いものにはめったに巡り会えるわけないじゃない」
「帝都名物ってわけじゃないが、これだけ市場が栄えたところじゃないとこれだけのものは取り揃えられないからな」
丸々と肥えた豚や、良質な香草、どれも巨大な市場があるこの帝都だからこそ仕入れられるルートが確保出来るというもの。口に含むとその濃厚な脂が溶け出し、それでいてタレの旨味に混ざって主張しすぎない、獣臭さを微塵も感じさせない。噛まずとも舌の上で溶けていくそれを一気に酒で流し込む。キリッと冷やした酒は口の中で油に混ざり、得も言えぬ香りを醸しながらからだの奥底へとしみていった。
「それにこの酒、田舎なら偉いもんの饗宴で出てきてもおかしくないぐらい上質だ」
「その分値は張るがな」
ふと盃を見るとすでにその中は空っぽになっていて、自分で徳利を取ろうとする。その動きを制するようにヤクトワルトの手が伸び、そしてそっと俺の目の前まで徳利を差し出してくる。
「手酌だなんて、それは無粋じゃない」
「へへっ、そうだな」
「応さ、ささ、ご一献」
トクトクと注がれる酒が杯を満たし、零れそうになるところを啜るように飲む。机の上に広がっていた酒菜はいつしか消え、頼まずとも店主は次なる料理を持ってきてくれていた。行きつけの店に感じる居心地の良さってのは、こういうところもあるのだろうか。
「今日は珍しいものが入荷しまして、お口に合えばと」
「これ、見たこと無いがどこから仕入れてきたんだ」
「別のお客さんから、差入れと狩りの獲物を」
恐る恐る箸を伸ばし、添えられた香辛料をまぶして口に含む。野性味溢れたその味わいはたしかに市場に出回る家畜の肉とは違う。しかしそれがまた食欲をそそるというものだ。遅れてやってきた女中が持ってきた酒は少し褐色に色づいていて、古酒であることがすぐにわかった。
「へぇ……まさか帝都でこれに出くわすとは、奇遇なものじゃない」
「知ってたのか」
「ああ、俺のいたところじゃこれが出るのは祭りのときと決まっていた」
久しぶりの故郷の味に、彼もまた何か思うところがあったのか。ヤクトワルトは口に含んだ後にその味を確かめるように何度も咀嚼して、そして飲み込む。古酒を口に含んで、またそれもすぐに飲み干す。どこか懐かしむようなその表情は今まで見たことが無かったが、邪魔をするほど野暮なものはない。
俺もまた酒を飲む。口の中に漂う蜜のようなねっとりした感触はたしかに長い年月寝かされたことをすぐに感じさせる。薬っぽいような香りもまたこの濃厚さにはちょうどいい。先に食べた肉の獣臭さなんてすぐに消し去り、旨味だけ残していくその酒は間違いなく、これを食べるために用意されたかのような調和を生み出していた。
「旦那は、こういうのも行ける口かい」
「ああ、美味いものなら何でも」
「そうかい」
言葉少なげに料理を楽しむ彼、どこか遠くを見るような表情をしていた。深くは聞くまい。今はただ、互いに目の前の料理と酒に集中するべき時なのだと。
「そうだ、そろそろシメを頼む」
「かしこまりました」
すぐに饅頭と酒がやってくる。ヤクトワルトはというと、その取り合わせにちょっと驚いているような様子だった。普段から甘味と酒の組み合わせを味わっているはずだというのに、それでもやってきた酒には想定していなかったのだろうか。
「酒に甘いものが合うことは知ってるが、それがシメとはちょっと驚きじゃない」
「へへ、見てなって」
饅頭を頬張り、酒を流す。柔らかな生地に酒が染み、その香りを一層立たせてから甘みと一緒に飲み込む。癖になるようなその味わい、俺が美味そうに食べるところを見せてやったら、すぐに彼も真似してくる。
「どうだ、美味いだろ」
「……結構行けるじゃない」
新しい発見にまだ驚きを隠せないような様子のヤクトワルトと、いつものシメにとその味を楽しむ俺。一泡吹かせようなんて思っていたわけじゃないが、今日は普段見れない彼の素顔を見られただけで十分意義のある日だったと思う。