そういえば新アニメ制作が決定しましたっけ、利根健太朗ハクトルも結構サマになっていたので、非常に楽しみです。
どういう風の吹き回しか、白楼閣の最も高いところ――もっとも更に上があることは俺と女将さんの秘密だが――にしかめ面の男と二人。下の部屋で酒盛りをしたときの粗相があまりにひどいものだったからと、半ば追い出されるかのようにここにやってきたわけだが、オシュトルとマロロは急な当番だからと今日の酒宴を欠席してしまった。
むしろ左近衛大将の座につくミカヅチが呼ばれず、どうしてここにやってきたか。剣呑な空気を漂わせる彼にそんなことを聞くわけにもいかず、こうして二人で二人板敷きの床に腰を据えている。
「貴様、賓客を饗さぬとは見上げた根性だな」
「そもそもいつの間に仮装を解いたんだよ」
「ふっ……世を忍ぶ仮の姿、ここまできて今更偽る必要もなかろう」
そもそも賓客などという高尚な存在ではなく、ただの酒客だろうに。オシュトルとウコンの欠席を聞いた宿の人達は、間違いなく酒宴は中止だと思っているのだろう。現に、この夜風吹きすさぶ屋上に人の気配は一つも感じられない。
「仕方ない、オシュトルがいる時に開けるつもりだったが、こうも寒くては温めるものがなくてはな」
「持ってきたのか」
「まぁな。酒の一つ、持ち込めぬ男と思われては敵わん」
そうして懐から取り出した酒瓶、装飾まで十分に凝られているそれが贈答品だと察するまで時間はそうなかった。立場を考えれば当然だが、やはり彼もまた帝都に並び立つ双璧の片側。決して権力欲なんてないのだが、こういう役得にはどこか羨ましさを感じずにはいられない。
そんな心のうちを透かしたかのような、不気味な笑みを浮かべる彼だったがすぐに徳利を二つ取り出し、とくとくと注ぐ。澄んだ色に穀物の香り、間違いなく上物に違いない。少なくとも夜の見張り番をしている時、景気づけに持ち込むような酒とは違う。
「そうだな……ならば我らを照らす月に乾杯するか」
「流石、武を極めた左近衛大将ともあれば風流も解するというところか」
「出はそれほどだが、俺もこの帝都で生きてきたのだ。馬鹿にするな」
清廉潔白、文武両道のオシュトルに比べればどこか武を誇る印象が強いミカヅチだが、それでもやはりこういうときはどこか相好を崩し、酒を楽しむ程度の風流を解するだけの度量がある。
軽く音を鳴らし、軽快な音を聞きながらグイっと喉に酒を流す。口の中に広がる穀物の香り、複雑かつ絶妙な調和を奏でる味わい、決して感じることのないはずの郷愁をどこか感じさせるような香りが五感を一気に刺激してくる。
「悪くない」
「うん、旨い」
素直に感心するのは左近衛大将の誇りが邪魔をするのか、どこか控えめな言葉で誤魔化す彼だが、それでも明らかに感心したかのような表情で杯をすぐ空にする。そんな折に、階下からひょっこりと顔を出す人影に気づいた。
「ミカヅチ様……」
「ネコネか、こっちに来ないのか」
「大丈夫だ、別に取って食おうってわけじゃない」
一瞬怯えが見えた彼女を諌め、身じろぎした所を強引に呼び寄せる。手にした酒菜を俺たちの前に置いて、ミカヅチが手にした瓶をぎこちない手付きで傾け、酌をはじめた。
「む……酌を頼むつもりではなかったが」
「い、いえ。ミカヅチ様の杯が乾いていたので」
「気にするな。そう言うところは兄譲りといったところか」
威圧的な空気を漂わせているが、ネコネの酌で明らかに気をよくしているのが見え見えだ。膝を崩し、ポンと叩くその動作は明らかにネコネを招き膝の上に座らせたがっているのが分かる。一瞬俺の方を見たネコネだったが、しばらくして決心したのか、彼の横にゆっくりと体を任せた。
「ふふ……旨い酒に、ネコネか。悪くない」
「お前、わかり易すぎるだろ」
「貴様と二人で酌をするだけでは満足できんだろう」
ごもっともな意見だが、ネコネがやってきたお陰で場の空気は明らかに緩やかなものになった。もっとも、彼女はまだ縮こまって落ち着きなくこちらをチラチラ見てきているのだが。
しばらくして女官さんたちが三人の酒宴に酒菜を持ち込む。今日は中止だと伝えてはいたものの、ちょうど通りかかったところを呼び止め少量でいいからと頼んでおいたのだが、やはり彼らの少量は明らかに俺の胃袋を超えてくる。
「どうした、食べないのか」
「い、いえ。今日の酒宴はミカヅチ様とハクさんのものですから」
「旨い飯が目の前にあるのに食べないのは損だぞ」
「それにネコネはまだ小さい。食べ盛りの頃だというのに」
野郎共が勧めるがまま、皿の上に載った煮付けに手をのばす。酒の席に合わせていつもより味付けが濃く作られていることもあってか、一口だけでわかりやすいほどに彼女の顔がほころぶ。
「ん……美味しいのです」
「そうかそうか、他にもこれなんかおすすめだぞ」
喜ぶネコネにすっかり気を良くしたミカヅチがまた別の皿を引き寄せる。その間に俺も味見と軽くかけらだけ摘む。海からそれなりに距離があるはずの帝都だが、生臭みが全く感じられない魚の旨味が口の中に広がる。濃い味付けというのもあるが、そもそもの素材が良い。口に入れればかんたんに崩れてしまうほどによく煮込まれた身からは特製のタレが染み出し、素材の味を潰すことなく口の中を幸せへといざなう。
「さながら、ネコネの笑顔に乾杯、といったところか」
「違いない」
「んなっ、からかっているのですか」
彼女の手にはいつしか杯が握られ、そして三人で小気味よい音を立てる。もっとも、ネコネのそれはお酒ではないが、この空気にあてられればほろ酔い心地とでも言うべき気持ちになったのだろうか。今では出された酒菜をより好みしながら口に運んでいる。
宴も闌になってきた頃、モロロの粥が出てくる。いつもの澄まし汁に見えるそれとは違い、汁にもしっかりと色がついている。どういう味だろうかと想像するよりも早く、ミカヅチはそれをかきこみ始めていた。
「救荒食だと言われていたが、こういう味付けをすればしっかりと食えたものだな」
「ただのモロロ粥じゃないのか?」
「しっかりと味わえ、戯け」
鼻に香るのは香ばしい茶の匂い。普段ルルティエが入れてくれる甘いお茶とはまた違う、はるか昔に飲んだきりの玄米茶やほうじ茶を思い出させるような香り。程よく塩気が効き、口の中に含むたびに酔いが覚めていく。それでいて体はポカポカと温まる、酒宴の最後を飾るのにふさわしい味わいだった。
「しかしこれだけの香り、なかなか高級な茶葉を入れたか」
「あら、味音痴かと思えばそんなことはなかったのですね」
階段から現れたのはこの楼閣の主、普段ならば更に上にいるだろうに、流石に左近衛大将の来訪とあれば、といったところか。
「俺を誰だと思っている」
「ふふ、冗談が過ぎましたかしら」
奇妙な二人の取り合わせ、挟まれる俺とネコネは気が気じゃない。とはいえ、すでに酒の入った男たち二人に彼女は取り合う様子もなく、縮こまるネコネにこっそり耳打ちをする。
「……不潔なのです」
「待て、一体何を聞いた」
「それは、乙女の秘密というもの」
突然の襲来者に一瞬場がざわめいたが、すぐにまた空になった杯には酒が満たされる。どうやらこれで締めかと思ったが、彼はまだやる気らしい。受けて立たねば男が廃るというもの、結局お互いの気が飛ぶまで、ひたすらに酒をすすり続ける事になってしまったのは俺達だけの秘密だ。