ネコネとお酒が飲みたい、そして酔っ払った彼女を布団に運んで寝かせたいという気持ち。ときに辛辣なみんなの妹キャラですね
辺りはすでに宵闇に沈み、虫の音が心地よい音を奏でている。廊下の灯りは輝きを灯し、まだ起きる時間には早いことを知らせてくれた。しかしながらそうそう簡単に再度の眠りにつくことなんてできるわけもなく。いかんせん今日は政務に頭を使いすぎたか、普段なら少し多いと感じるはずの夕餉を済ませてもなお満たされない空腹感。
かつてなら、こんなときは白楼閣の炊事場に忍び寄ってはつまみ食いなんて狙っていたところだが、いかんせん今の立場でおいそれとそんな真似はできない。
「……いや、これは二度寝できないな」
しばらく逡巡した後に、戸棚を開く。前にこっそりとしまい込んでおいた蜂蜜をひとすくい、そして口に含む。決してやましいことをしているわけではない。これは正当な個人資産だ。そう言い聞かせつつ、また一口。そんなとき、部屋の戸を叩く音が聞こえてきた。
「だ、ど、何方だ」
「兄さまも起きていらっしゃいましたか」
ホッと胸を撫で下ろすのはまだ早い。隠し持っていたこれを見られたら何を言われるか。しかし当然ながら、彼女の目にその壷はしっかりと写り、瞬間顔には驚きとも怒りともつかない表情が見えた。こうなってしまえば作戦その弐、共犯者を増やすまで。
「ささ、ネコネも廊下は寒かろう。早く入るが良い」
「……はいなのです」
隠しても意味がないならば、出したそれを彼女に見せつけるように置く。彼女もその中身が何か、言葉にしなくても理解しているようだ。ならば、あともうひと押し。むしろ深夜のつまみ食い、一人ではその罪悪感も強いが相伴者がいるとなれば話は別だ。
「しかし、某が起きているとなぜわかった」
「そ、それは……なんでもないのです。偶然廊下を通りかかったら物音が聞こえただけなのです」
ここに来てからすぐの緊張感が少し解れたからか、改めてこの暗闇の中、厠に向かうのは少し恐ろしくも感じる。この様子では概ね終えて戻ってきたところ、といったところだろうか。
「それより兄さま、それは」
「いざというときの非常食として、蜂蜜に果実を漬け込んでおいた。保存も効き、滋養にも良い一品だ」
さも当然かのように言ってみせる。もう少し後ろめたい代物かと思っていたネコネも、その態度を前にどこか疑念を抱いているようだった。これは軍を率いるものとして非常時の食糧、その様子を見るためだという詭弁を立てる。
しばらく困惑した様子だったが、嘘と真実がないまぜになったその説明に一つ大きなため息をついてジトとした目でこちらを見てくる。
「はぁ……ですが、それなら台所で良いではないですか」
「保存食とはいえ時折中身を替える必要があるからな、今日はちょうどその頃合いだ」
「まさか、今から食べるのですか」
その質問には答えず、棚から箸と皿を取り出し、しっかりと浸かった果物を取り出す。長い保管期間に少し色が変わったそれだが、決して傷んだわけではない。軽く匂いを嗅いでから、そのまま口に含む。蜂蜜ゆえのドロリとした甘さに、熟成された果物の、官能的とも言える香りが混ざって口の中を幸福にさせる。
当然、そんなものを美味しそうに頬張ってみせようものだから、ネコネの目は完全に釘付けだ。しばらく逡巡した後に、また彼女は口を開く。
「わ、私にも一口ほしいのです」
「ネコネであれば……これが良いか」
小ぶりだが熟しきって甘みを存分に含んだ果実を選ぶ。そして箸でつまみ上げ、そして彼女の口へと運ぶ。まさか食べさせられるような形になるとは思っていなかったらしく、彼女の表情には明らかな驚きが見える。それでもこの魅力には抗えず、しばらくのためらいの後すぐに食らいつき、しっかりとその味を確かめるように咀嚼する。
パッと表情が明るくなり、そしてすぐ元の落ち着いた顔に戻るものの、口角はまだ下がったまま。一度咎めるような真似をした手前か、素直にその甘味に舌鼓を打つわけにはいかないようだった。
「ん……美味しい、のです」
「そうか、ネコネも気に入ったか。どれ、某も一つ」
ネコネに渡したのよりも少し大きな塊を舌に転がす。蜂蜜の甘みの中に、確かな香りがやってきて疲れた体に染み渡った。ただ甘いだけではない、滋味あるその味は少し癖があるものの、それがむしろ酒菜に丁度いいというもの。
「なっ、そんなものまで」
「滋養のために少しだけなら悪くなかろう」
小さな杯に入れた酒と果実を一気に含む。口の中で出来上がる薬酒とはまさにこのことか。蜂蜜に混ぜた香草の香りが酒精に混じって立ち、心地よいぬくもりが体を支配していく。元は空腹を満たすためだったが、これなら数日の書類仕事で痛めつけた体にも効く。
「ネコネには……いや、少し早いか」
満足げなこちらが少し気になるのか、ちらりと某の杯に目が移る。あまり酒には強くないネコネだが、少しぐらいならこれも悪くないだろうか。もう一つ、小さな杯を取り出して彼女にそっと差し出す。
「これぐらいなら、さほど酔いも回らないだろう」
「いただくのです」
中身を確かめた後、そばに置いた箸で小さな果実をつまんで口に入れすぐ流し込む。もぐもぐと、しばしの間咀嚼してから飲み干したら、彼女もまたその効能に感嘆の声を上げていた。
「これは、姉さまの薬にも似ているようで……なんだか元気になった気がするのです」
「そうか、ネコネにもわかるか」
コクリと頷いた後、彼女は傍にあった徳利からまた少し酒を注ぐ。某の杯と、彼女の杯。これ以上はというよりも先に、ネコネが杯を手にして乾杯のような構えを取る。こうなっては応じるのが粋というもの。あまり飲みすぎないよう見てやらねばと思いつつも、ささやかな深夜の乾杯を交わした。
「乾杯」
「乾杯なのです」
しばらくして、彼女の顔が紅潮し目尻が下がってきていた。当然というべきか、まだ酒に弱い彼女がこの速度で飲んでしまえばどうなるか火を見るよりも明らかだ。部屋に一人で返すのも少し不安になるほど、彼女の言葉は弱々しく見えた。
「今日は某の部屋で寝るか」
「いえ……わたしは、ふわぁ……部屋まで」
「無理することはない、布団なら用意している」
彼女を抱きかかえ、そして布団に寝かせる。すぐにすやすやと寝息を立てるネコネを見守りつつ、某ももう一度布団へと潜った。その音に少し目を覚ましたのか、彼女がこちらを見る。
「やっぱり、兄さまは優しいのです」
「無理することはない、今日はぐっすり休め」
少しでも、オシュトルの代わりができているだろうか。今はそれよりも、一人の大事な妹として見守ってやりたいと思う。