会議室が静寂に満ちる。これまでの戦争とは一味違う、初めて開始する戦略戦争の前夜のような、極度の緊張感に包まれた。
マオスは今作戦の責任者である、将軍パタジンに向かって話しかける。
『まず・・・ロデニウス大陸統一は目前です。ただ、クワ・トイネ公国とクイラ王国には強い絆があります。同盟を組んでいると差し支えないほどで、片方に戦争を仕掛ければもう一国も参戦してくる可能性が高い。つまり二か国を同時に敵に回す事に成りますが、将軍は二国を相手にしても勝てる見込みはありますか?』
白銀の鎧に身を包んでいるが、その鎧の上からでも鍛え抜かれた筋肉が確認できる程の体格を持つ、黒髭を生やした30代ほどの男、パタジンは自信に満ちた表情で答える。
『一国は農民の集まり、もう一国は不毛の地の貧国。何方も亜人比率が多く、結束は弱いでしょう。負ける事はありませぬ。数においても質においても我が方の優位はゆるぎない。宰相、ご安心召されよ。作戦概要については会議後半にて説明いたす。』
『わかりました。』
将軍パタジンは逆に、宰相に懸念事項を確認する。
『宰相殿、クワ・トイネ公国及びクイラ王国と国交樹立したと言われる新興国【日乃本帝國】とかいう国の情報はありますか?』
晴香の指示によりロウリア王国との接触を避けていたが、クワ・トイネ公国やクイラ王国内にロウリアの構成員でも居たのだろう。例え情報が漏れていたとしても、今後の対応に支障はない。
『ロデニウス大陸のクワ・トイネ公国から東に約1000kmの沖合に出来た新興国家だそうです。1000kmも離れていることから、軍事的に影響があるとは考えられません。間者により情報を集めさせましたが、何でも【クワ・トイネ公国でワイバーンを初めて見た】と証言したと報告が上がっています。竜騎士の存在しない蛮国なのでしょう。情報はあまりありませんが』
ワイバーンはこの世界に置ける唯一と言っても差し支えない、軍隊の航空戦力だ。そのワイバーンがいないということは、地上、洋上における火力支援が受けられない。空爆だけで騎士団は壊滅しないが、常に火炎弾の脅威にさらされ続ける為、精神力が持たない。
「そりゃワイバーンなんて初めて見るよ」
「元の世界には居ませんでしたからね・・・」
晴香の発言には皆、苦笑いを浮かべるしかない。ゲームの中とは言え、現実世界がモデルになっていたこともあり近SF要素は在れどファンタジー要素はなかった。なので、ワイバーンやドラゴンといった存在は全て架空のもの。この世界に来て初めて見るのも当たり前だ。
ワイバーンがいない蛮国と言われたが、ワイバーンを超える航空戦力を保有していることを知らない彼等が滑稽に見え、そしてこれからの戦争で、日乃本帝國の本当の航空戦力を漸く知る事になるだろうと思うと、なんだか不憫に思えてくるのだ。
「三河国防長、対ワイバーン兵器の開発状況は如何なってるの?」
「あ~砲は簡単な調整で問題なし。誘導弾タイプは低速目標で、高度な空戦機能も有さないワイバーンなので大量生産向けの安価な誘導弾を試験中。」
「そう、結果がでたら教えてちょうだい。試験だったら、今回派遣する第三艦隊を使って」
「へい。」
対ワイバーン兵器とは、第4~6世代機を攻撃出来る高価な誘導弾では無く、低速目標だけにしか使えないがとても安価な誘導弾だ。他にも高出力指向性エネルギー兵器(レーザー兵器)で撃ち落とせるのかが不明なため、これは実戦で検証するしかない。
この世界の約9割が航空戦力としてワイバーンを運用しており、多機能で高価な誘導弾で落とすより、より安いコストで迎撃出来た方が無駄にお金を使わないので、コスパがよろしい。
『そうですか。では万が一、クワ・トイネ公国が日乃本帝國に助けを求めたとしても、大したことは出来ないでしょうな』
パタジンは口の端の片方を釣り上げた。
反対に日乃本帝國側は苦笑いした。たかが1000kmである。
『しかし、我が代でついにこのロデニウス大陸が統一され、忌々しい亜人共を根絶やしに出来ると思うと、余は嬉しいぞ』
ハーク・ロウリアが嬉しそうに発言する。
『大王様。統一の暁には、あの約束もお忘れなく―――くっくっくっ』
薄気味悪い声が、横から口を挟む。
『わかっておるわ!!』
本来の王の性格であれば、気味の悪い男をその場で切り捨てている所だ。しかし、今回の作戦はパーパルディア皇国の軍事支援を受けている為、使者を無下に扱う事が出来ないのだろう。
『コホン・・・将軍、作戦概要説明を頼みます』
『はっ!説明いたします』
席を立ったパタジンは会議室の中央に進み出ると、一段低くなった床に置いてある、ロデニウス大陸の地図の乗ったテーブルに駒を並べて行く。
『今回の作戦用総兵力は50万人。本作戦でクワ・トイネ公国に差し向ける兵力が40万人、のこりは本土防衛用兵力となります。初戦、クワ・トイネ国境から近い、人口凡そ10万の都市【ギム】を強襲制圧します。なお兵站については、現地調達いたします』
帝国陣営の表情が強張る。【現地調達】―――つまり、略奪だ。中世レベルの軍隊による略奪と言えば、食料は無論のこと、女の強姦、人攫い、不要な気まぐれの殺人など、堕とした町から徹底的に人間を含めた財産を簒奪することだ。現代の軍隊では在り得ない非人道的行為が横行することとなる、決定である。
ロウリアの領土に置いた、騎士団を表す五つの大きな駒。そのうち四つをギムへと移すパタジン。クワ・トイネ側にも駒が複数あるが、どれも小さい。
『ギム制圧後、東方55kmの城塞都市エジェイを全力攻撃します。540km離れた首都クワ・トイネは、我が国のように街ごと壁で覆う城壁は持ちません。クワ・トイネ公国で最も堅牢なエジェイを攻略すれば、後は町や村を落としつつ進軍するだけで終わります』
ギムに置いた駒で首都を包囲すると、今度は串で高さを付けた駒と海上の船の駒を動かしながら説明を続ける。
『彼等の航空戦力は、我らのワイバーンだけで十分対応可能です。それと並行して、海からは艦船4400隻の大艦隊を北方向に迂回させ、マイハーク北岸に上陸、経済都市マイハークを制圧します。食料をクワ・トイネからの輸入に完全に頼っているクイラ王国は、この時点で全供給が止まって脅威では無くなります。』
・・・と、パタジンが語るが、少々事情が異なる。日乃本帝國はクワ・トイネ公国を経由してクイラ王国と国交締結をした。その際の条件の中に、日乃本帝國は地下資源を求め、代わりにクワ・トイネと同様にインフラの輸出を行っており、その中には大規模流通システム【鉄道】も含まれる。
クワ・トイネ公国とクイラ王国は非常に高い友好関係にあるので、満場一致で【クワ・トイネ公国=クイラ王国間直通鉄道】としての開発がスタート。現在では主要都市間が既に繋がれている為、連日大量の食料がクワ・トイネ公国側からクイラ王国に流れている。更に言えば、日乃本帝國より缶詰を含めた保存食も多数輸出されている。
なので、ロウリアが攻め込んでも数か月は干からびることが無いのである。
閑話休題。
パタジンは騎士団の駒の一つを半分に割り、クイラ王国国境へと置いた。
『クワ・トイネの兵力は全部で5万。即応兵力は一万にも満たないと考えられます。今回準備した我が方の兵力を一気にぶつければ、小賢しい策を講じようが圧倒的物量の前には意味を成しません。この6年間の準備が実を結ぶ事でしょう』
『そうか・・・』
王は先々代からの悲願が達成されると確信し、高揚のあまり歯を見せた。
『今宵は我が人生最良の日だ!!クワ・トイネ公国、並びにクイラ王国に対する戦争を許可する!!!』
『『『『『ははっ―――!!』』』』』
ロウリア王国の御前会議は、王の戦争開始の号令によって終了した。
「―――以上が、今回入手した最重要情報です」
「ありがとう桂木くん。三河国防長、第三艦隊の派遣準備は?」
「抜かりなく」
「三元くん、クワ・トイネとクイラにこの映像を見せてあげて。」
三元とは外務省大臣であり、40代程の初老の男性である。とてもダンディーな感じの男性で、何処か危険な香りが漂うと女性職員からかなり人気な人である。晴香から見ても確かにカッコいい。しかし、妻子を持っているにも関わらず狙って来る女性の多さに辟易してるのだとか。
「分かりました」
「ん。それで援軍を要請されたら直ちに派遣してちょうだい。志野原総理、皆を纏めてね」
「うむ。任せなさい」
60歳と高齢だが、歳など関係ないと言わんばかりにバリバリ働けちゃう凄い人。年齢的みれば57歳と高齢な晴香だが、見た目が完全に子供なので孫娘の様に見ており、偶に飴ちゃんをくれる好々爺である。何故かイチゴ味が多い。
「よし、それじゃぁ解散!」
* * * * *
クワ・トイネ公国 政治部会 会議室
普段の会議室である【蓮の庭園】ではない、数ある会議室の一室。それも最大の大きさを誇る第一会議室であり、室内にはクワ・トイネ公国の国政を司う錚々たる重鎮たちが勢ぞろいしていた。そして、その中には半田と会話した外務卿リンスイと首相カナタ、日本に来たハンキ将軍の姿も確認できる。
何故、このような形で勢ぞろいしているかと言うと、日乃本帝國よりクワ・トイネ公国及びクイラ王国の存続に関わる重大な情報を入手したので、それを説明する為に集められたのだ。最近はロウリア王国の動きが活発であり、何時攻めて来るか分からないので厳重体勢の中に有るにもかかわらず、その指揮を執る将軍も出席するという異例の会議。一体どんな情報を入手したのか。【存続に関わる】と言われる程の凶報なのかと、集まったメンバーは戦々恐々とするばかり。
内心ではそう思って居るが、表に出さないのは流石首相に将軍なだけある。
在鍬日乃本帝國大使として着任した半田は、話し始める。
「御集りの皆様。急な会議に出席なさって下さりありがとうございます・・・前置きはこの位にして、我が国の諜報員が得た情報を公開いたしますが、皆さまにとって大変心苦しい映像であります。ご気分がすぐれ無くなりましたら、遠慮なく申してください。それでは、再生いたします」
半田が再生ボタンをタップすれば、先日帝國議会で流されたロウリア王国の、戦争の許可の映像である。
「「「「「・・・」」」」」
視聴した政治部会の参加者たちが沈黙している。日乃本帝國から輸入している武具を持った精鋭だけでは到底かなわない、兵力40万という圧倒的な数の暴力。更に公国の保有数よりも多いワイバーン。4400隻もの大艦隊。
それが、兵力5万程度でしかない公国で防げるか?
否。無理である。
「・・・半田殿。援軍を、頼めないだろうか?」
「本国に問い合わせます」
冷や汗を流すカナタ首相は、もはやこの事態は公国で解決する事は到底不可能と判断し、国のプライドよりも国家の存続をかけて援軍を要請した。これに晴香皇帝は即座に肯定し、派遣準備が整っていた第三艦隊の派兵がなされる・・・
尚、超技術力を保有する日乃本帝國より派兵させることを知らされると、政治部会の会議室より歓声があがったとか。