9話 帝国会議と御前会議
中央歴1639年3月22日午前 クワ・トイネ公国
日乃本帝國という国と国交を結んでから、一ヶ月が経とうとしていた。
クワ・トイネ公国はこれまでの歴史上、もっとも変化した一ヶ月であった。
2ヵ月前、日乃本帝國はクワ・トイネ公国と国交締結してから、クワ・トイネ公国の仲介の元、隣国のクイラ王国と二国にほぼ同時に接触して双方と共に国交を結んだ。
日乃本帝國からの食料の買い付けの量は膨大な量であったが、大地の神に祝福された土地を有するクワ・トイネ公国は日乃本からの受注に―――種類によっては無理なものがあるものの―――特に困る事無く応える事が出来た。
クイラ王国は元々作物が育たない不毛の大地だったが、日乃本帝國の調査によれば地下資源の宝庫らしく、鉱物や原油と言った大量の資源を、クワ・トイネ公国と結んだ通商条約とほぼ同じ条件で日乃本帝國に輸出する事を決定。さらに日乃本帝國の技術供与を受けて採掘を開始した。
一方、日乃本帝國はこれらを輸入する代わりに、やはりと言ってかインフラを輸出する。
大都市間を結ぶ、石畳が進化してつなぎ目の無い道路。そして鉄道と呼ばれる大規模輸送システム、さらに大規模な港湾施設が築かれようとしていた。これらが完成すると、国内での移動が活発になり、今までとは比較にならない発展を遂げるだろうとの試算が、経済部から首相カナタの元へと上がってきている。
武器の輸出も求めたが、こちらは法で禁じられているとの事で応じてもらえなかった。それならばと各種技術の提供も求めたが、日乃本帝國には新たに【新世界技術流出及び漏洩防止法】【技術輸出及び移転制限法】と呼ばれる法律が出来たため、様々な技術の輸入が困難となってしまった。
しかし『火器は無理ですが・・・』と、クワ・トイネ公国在住日本大使の半田殿が我が国に、軍事技術では無いが一応武器として使用可能な、と言うか我が国では主力と言っても差し違えない剣や弓等の輸出は出来ると言われ、その現物を数本、輸出モデルとして掲示されたが、これには政府も軍部も驚愕した。
半田殿が用意したのは、ヘンテコな形状をした弓矢と、直ぐに折れそうな細剣、槍の様で違う大きな包丁を括り付けた棒のような何かであり、集まった重鎮は皆一様に訝し気な表情を浮かべたが、使用してみると途端、用意されたものが超技術の産物であると強制的に認識された。
【こんぱうんどぼう】と呼ばれた、端に輪っかが付いており、複雑に付けられた舷の弓とは思えない形状のこの武器は、有効射程距離が200mという超長射程に加え、威力は公国が用いる青銅鎧を易々と貫く。【ぽんど】という威力調整の様なモノの数値を上げると、最大飛距離は1000mを超えると言う矢とは思えない超兵器である。
【日本刀】と呼ばれた、細く反りのある細剣は、叩き付ける剣ではなく【斬る】剣であり、包丁で野菜を切るように様に、案山子に向かって振り抜くと、有り得ない事に案山子は横一閃で上半身が泣き別れ。
【薙刀】と呼ばれた、日本刀の刃の構造をした刃を、棒の先端に括り付けた様な槍も、同じように対象を切り裂く事も、突き刺す事も、間合いを十分に取る事も出来る優れものであった。
その結果、財務局が許す限りの予算で大量注文が入った。現在クワ・トイネ公国はロウリア王国との緊張状態が過去最低レベルで悪化の都度を辿っているので、かなりの予算が下った。刀剣類の所持が比較的緩い帝國では、刀剣類所持資格さえ持っていれば所持出来るので刀剣類界隈はそれなりに盛んだが、この大量注文には業界もてんてこ舞いする事となるが、それはまた別の話。
火器は残念であったが、それでも日乃本帝國から入ってくる便利な物は、クワ・トイネ公国、クイラ王国の生活様式を根底から変えるものばかり。いつでも清潔な水が飲めるようになる水道技術(元々水道はあったが真水ではとても飲めるようなものではなかった)、夜でも昼間の様に辺りを照らして、様々な機器の動力となる電気技術、手元のスイッチを操作するだけで火が灯り、一瞬で温かいお湯を沸かすプロパンガス。余らせていた資源と引き換えにするには十分な新技術の数々。
まだ一ヶ月しか経っていないので、大規模に普及していないが、それらのサンプルを見た経済部の関係者は驚愕で、放心状態になったという。国が途轍もなく豊になる、と。
「凄い物だな、日乃本帝國という国は。明らかに三大文明圏を超えている。もしかしたら我が国の生活水準も、三大文明圏を超えるやもしれんぞ」
カナタが興奮冷めやらぬ語気で秘書に語り掛ける。使節団が戻って来て以降、彼はずっとこの調子だ。
「辺境国家が文明圏内国を超える生活水準を手に入れるなど、世界の常識からすれば考えられない事ですが、使節団の報告書・・・何度読んでも正直信じられません。もしもこれが全て本物ならば、国の豊かさは本当に文明圏を凌駕すると、私は思います。」
「ははは。私は年甲斐ものなくわくわくしてしまったよ。少年の頃の心を取り戻したかのような気分だ。私が首相の時に国が劇的に発展する・・・これ以上他にやりがいのある仕事はあるだろうか」
カナタと秘書は、この国の行く末を見据え、期待に胸を躍らせていた。
しかし、戦雲の怪しい影が、徐々に迫って居る・・・
* * * * *
日乃本帝國 帝都【日之出】 帝國議会
全員が会議室に集まり、開始時間となったので、桂木情報大臣が話し始める。
「―――それでは報告させていただきます。現在のロウリア王国・・・いえ、武装勢力ですね。」
何れ戦争になると理解していた晴香が外務省に根回しして、外交官らを【ロウリア王国】に派遣しておらず、日乃本帝國は彼の土地に住まう人々を国と認証していない為、それが完全に国で有ったとしても武装勢力と認定している。国交締結してないので武装勢力!という史実日本と同じ様な対応である。
「情報省構成員を秘密裏に派遣し、重大な情報を確保しましたので、此方のディスプレイをご覧ください。」
巨大ディスプレイに映し出されるは、豪華絢爛な装飾が施された中世の城の中のような、歴史を感じる会議室内。映し出される会議室に集まる人物たちは、衣装や装飾が凝っており、いずれも有権者か貴族か。そして、映像越しにもわかる程の覇気を纏う人物が、王座のような椅子に座っている。
「武装勢力圏の暫定首都【ジン・ハーク】の、武装勢力最高権力者の住まう【ハーク城】内部の会議室の一室です。この映像は、この武装勢力の行く末を決める御前会議です。参加者の名前ですが―――」
・ロウリア王国第34代目大王、ハーク・ロウリア34世
・王国防衛騎士団将軍、パタジン
・宰相、マオス
・三大将軍、パンドール
、ミミネル
、スマーク
・王宮主席魔導士、ヤミレイ
その他国の幹部たち。
「この中の真っ黒なローブを纏った、その、気持ちの悪い者は表向きは五大列強の一国【パーパルディア皇国】の使者とだけで、素性が判りません―――」
「その黒ローブは【パーパルディア皇国】の第三外務局隷下の国家戦略局局員の人だよ~」
桂木の言葉を遮って、この場に似合わない可愛らしい少女の発言したのは、何を隠そうこの国の最高権力者、晴香陛下である。確か2巻で明らかになる事実だったかな?なんて思い出しながらの発言だったが、この場にいた閣僚たちは『何故知っている!?』と、引きつった表情をしていた。
それは桂木情報大臣もであり、桂木隷下の特殊構成員である王城に忍ばせた者ですら確かめられなかった情報を、映像も今回初公開なのに何故か知って居るからである。
「・・・何処で、その事を?」
「秘密っ♪」
エージェント、と名高い部下ですら得られなかった情報を何故か知って居る陛下ちゃん(57歳)。若干震え声で問いただそうとした桂木大臣に各省庁の閣僚が同情の眼差しを向けた。
皇族であり、日乃本帝國の皇帝たる晴香は、閣僚にすら言えない秘密がある。それは、この世界がどういった世界で、今後どのような事が発生するのかと言った未来知識を有している点だ。覚えている内容を出来るだけ紙媒体に記録し、それを今後に役立てるべく暗躍中であるが、先程言った国家戦略局局員の事も、その情報の一つである。
仮に本当の事として『本で読んだ』なんて言っても信じる人はいないだろう。
「それより続き続き」
なので、取り敢えずにっこり笑っては話を逸らした。皇帝とはいえ、見た目は10代前半の少女そのもの。無邪気に見える笑顔も武器の一つだ。
しかし、このような国家機密級の会議に紛れ込む形で参加できたエージェントも流石と言えよう。名も知らぬ彼は、泣いていい。
「あ~、え~それでは再開し、映像を流します」
物凄く気になる!でも、聴いたらヤバそう!と言う葛藤に悩まされ、同情の眼差しを向けられる桂木大臣は居心地が悪そうにデバイスより再生ボタンを押した。
『―――これより会議を始めます』
宰相マオスが進行で、厳かに口火を切った。
『まずは国王からお言葉があります』
国王ハーク・ロウリア34世が話し始める。
『皆の者。これまでの準備期間、ある者は厳しい訓練に耐え、ある者は財源確保に寝る間も惜しんで奔走し、またある者は命を賭けて敵国の情報を掴んで来た。皆、大儀であった。亜人―――害獣共をロデニウス大陸から駆逐することは、先々代からの大願である。その意思を継ぐ為、諸君らは必至に取り組んでくれた。まずは諸君らの働きに礼を言う』
王は少し頭を下げた。
『おお・・・・・・』
『なんと恐れ多い・・・』
皆が恐縮する中、王は続ける。
『全ての準備が整ったと報告を受けた。諸君―――会議を始めよう』
両会議室が静寂に満ちる。晴香たちは、映像を無言で見守った。