1話 迷いこんで、幻想郷
大学生になって大きく変わったのは生活リズムだ。
高校生までは周囲の同級生達に合わせればよかったし、小中とやってきたサイクルを継続すればよかった。
一方大学生はこれまでの12年とは違い、多種多様な生活リズムが生まれる。
毎日来る奴もいるし、時々午後に顔をだす奴もいるし、途中から顔を見なくなるやつもいる。
自由を得た代償に求められる自立。
社会人への最終段階。
あと四年もないと言うのに、社会人として働く自分はどんなスーツ来てどんな職場で働いてるんだろうな...。
全く想像がつかない。
別に憂いている訳ではない。他人事のように感じてしまう。
僕の大学は世間一般でいう所謂Fラン、とも言われる大学だ。お世辞にもいい大学ではないが、高望みしなければ就職先はある。
そうしてレールにのってどこかに勤めることになる。
なんにも持たない僕はそうして社会の中へと溶け込んでいく。
自分のことなのに、どうしてこうも軽く考えられるのか。不思議で仕方ない。
話は変わって客が来ない。あぁ、今バイト中です。
個人経営の飲食店で絶賛労働中ですが、かれこれ小一時間はお客が来ないので、考え事をしていました。
「おい遊、暇ならこっちで座ってていいぞ」
店長の前島さんがカウンターから顔をだして手招きしている。お言葉に甘えてカウンターへと入り、厨房から離れた椅子の一つに腰かけた。
「しっかしなんで今日は来ないんだろうな」
「お得意さんも今日は来ませんでしたね。」
この店は駅から徒歩数分にある。距離で言えば勝ち組だ。そんな訳で普段なら会社帰りのお得意さん達が呑みにくるのだが。
「んー、まぁそんな日もあるな。ちょいと早いが閉めるか。」
「わかりました」
こうして僕は最後の一時間、掃除だけで時給980円を手にした。
夜10時、店を出た僕は寝静まらない繁華街を抜け閑静な住宅街へ入った。家々から漏れる明かりと夜光虫飛び交う街灯が夜道を照らしてくれている。
夏間近を感じさせる嫌な湿度に根気負けし、袖を肘辺りまで上げた。
静かだ。僕はこの時間が好きだ。
別に内向的な性格とかいうんじゃない。ただふとした数分、人間一人でいる方が好ましい時間がある。
耳を澄ませば僅かに聞こえる音がある。ただ今だけは聞こえなくていい。
暗い夜道、風と夏間近の熱気だけを感じていたい。
あぁ、なんか良い雰囲気。こう言う時は音楽でも聞こう。
立ち止まりポケットから携帯を取り出すと、音楽アプリを開いて適当に一曲セレクト。そして耳と心をイヤホンに傾ける。
...アニソンか、気分的にはしっとりとした曲を聞きたいな。
また立ち止まり携帯を取り出し次は曲を吟味する。
この雰囲気にあった短調の感じというか、失恋系というか、暗めな奴。
立派な歩きスマホだ。こんな暗い夜道にスマホに意識を向けて危険極まりない。
このまま人や自転車にぶつかったらどうするんだ。
「お、これ良さそう」
やっとイメージ通りの曲が見つかりすぐさま再生。
暗い夜道、孤独な僕、寂しい。曲のイントロはそんな僕と同じ。よし、これ聞きながら帰るか!
顔をあげると、またまた立ち止まった。
歩きスマホで事故や事件に巻き込まれた話はよく耳にしていたが、これは聞いたことがなかった。
いつの間にか日は昇っている。
目の前には石段が上へずらり。何段あるのか数えるのも億劫で、見ているだけで顔がひきつる。
そして僕がいるのは、コンクリートの道路から土の地面。轍が僕を挟むように左右延びていて、道は暫くどこかへと続いている。背後には鬱蒼と木々が生い茂って雑木林となっている。
なんだ、どうしたんだ。
あまりに唐突で意味のわからない場面転換に驚くあまり一周して冷静に現状を把握できた。
人間、度を越えると恐ろしい程冷静になれるのは本当らしい。ゆっくりとイヤホンを取り、ポケットにしまった。
だが冷静に把握するも、結局何がどうなったのかわからない。
さっきまで自宅付近の道を歩いていて、気がつけば目眩がおきそうな石段の前に立っていたと。
おまけにお日様は真上で、整備されてない道に生い茂る木々。
誰か説明してくれ、夢か、夢なのか?
頬をつねるも皮膚を赤くしただけだった。いてっ、と僕の声が虚しく響くだけ。
夢じゃなかったらなんなんだよ。
現実なのか、これが?
ここに突っ立ってゴタゴタ言ってても良い。待っていれば何か起こるかもしれない。そして道もある。
左右の道、そして石段。進むなら三択。
なぜかわからない。理由もない。
僕は兎に角進むこととした。それであろうことか石段を選んだ。
体験したことのない傾斜に開始数歩で選んだ道に後悔するが、体が吸い寄せられるように上へと上っていく。
この先に何かある、かもしれない。
確証もない、根拠のない自信とも言えない。
ただそれ以上に言葉にできない何かがあった。