東方凡庸録   作:バルバドス

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16話 エピローグでありプロローグ

知らない天井だ。

...言ってみたかっただけ。忘れてほしい。

目が覚めると見覚えのない部屋にいた。とりあえず上体を起こしてみる。個室のようで広さはないが部屋全体をすぐに把握できた。

赤いベットに赤い机に椅子2つ、赤い化粧台、間違いなく紅魔館の部屋の一室だ。

気を失って、ここに運び込まれたのか。

 

「よぉ」

 

突如気配がした。声の方を向くとそいつはいた。

 

「...」

 

「おい、話しかけてるんだぞ」

 

話しかけて来たそいつは、真っ黒だった。辛うじて僕と瓜二つの容姿をしていることだけはわかるが、明らかに人ではない。

 

「貴方は、博麗神社にいた」

 

「高橋遊、だったものだ」

 

影、この表現がしっくり来る。地面に伸びていた影がにゅうっと生えてきて人の形になってこうして僕としゃべっているイメージ。

 

「何か思い出したか?」

 

「少しだけ」

 

「そうか」

 

能力、過去、全てを思い出した訳じゃない、ピースの一欠片程度だ。

そしてやはり、あの夜にあった出来事は夢なんかじゃなかった。

この異形の存在と会うのは2度目、前回は能力云々言っていたが、これもあれも全部現実だったんだ。

 

「貴方も高橋遊、ですよね」

 

「初めからそう言っているだろ」

 

うっすらと、こいつの存在を思い出した。と言っても認識程度だけど。

おかしな話であるが、間違いなくこいつも高橋遊だ。

 

「俺は、自分の力だけで高橋遊を探すと決めた」

 

「貴方も、自分がわからないんですね」

 

「お前も、自分を探すのか?」

 

「そうします。幻想郷で見つけられそう?」

 

「あぁ」

 

「...一緒に、行動しませんか?」

 

「不安なのもわかる。しかし俺は表に出ちゃいけないんだ。」

 

「あの夜にも言ってましたよね、その理由って」

 

「それも含めて自分で探す。なーに、根拠はねーが自信はあるんだ」

 

けけけ、と耳に残る笑い声をあげた。

腰に手を当て、口調も強め。自信に溢れた態度が僕とは真反対。

高橋遊が何者かを僕より先に知ってしまいそうだ。

 

「それじゃあな、いつかまた会うだろう」

 

「...はい、いつか」

 

そうして、消えた。最初からいなかったように、音もなく姿を消した。

もう一人の高橋遊。なんだろうか、あいつを見ていると良くない感情が沸いてくる。怒り、憎しみ、悲しみ、人をここまで不快にさせるのは何故だ?

...とりあえずあいつのこと、暫くは周囲に黙っていよう。表に出ちゃいけないらしいし。

 

一旦深呼吸する。どうもまだ夢の中にいる気分だ。

でも夢じゃない、現実だ。僕にはもう一人の自分がいて、数時間前まではなかった過去があって、おかしな特殊能力がある。

なのに、静かに受け入れていた僕もいる。自分でも驚いた、こんなにすんなりと受け入れられるものかと。

夢の中にいるみたいだが、これを現実と受け止めている僕もいる。身体はフワフワしてるのに、頭はどっしりと地についている、みたいなものかな?

...もうわからなくなってきた。

 

こんこん

 

すると戸を叩く音がした。返事をすると外から声がした。

 

「十六夜咲夜です。」

 

「ど、どうぞ」

 

布団から身体を出してベットに腰掛けた態勢で彼女を迎え入れた。

 

「お身体の方は」

 

「大丈夫です。」

 

「朝食のご準備が出来ました。どうぞ」

 

「ちょ、朝食...」

 

「はい、朝でございます」

 

と言うことはアレは昨日の出来事、なのか。

そんなに眠っていた感覚もない、数時間昼寝したような軽いものかと思っていたけど。

 

「食欲があるのでしたら、朝食の場までご案内させて頂きますが」

 

「お、お願いします」

 

十六夜さんの案内で朝食の会場へ歩きだした。

 

 

 

 

 

「高橋遊さん、でお間違いなかったでしょうか?」

 

「はい」

 

「...ありがとうございました」

 

足を止め振り向いた十六夜さんは深くその場でお辞儀した。

 

「突然お礼なんて」

 

「お聞きしたいのですが...貴方はお嬢様と妹様を救うために動いたのでしょうか?結果的にそうなっただけなのでしょうか?」

 

「どちらも、です。衝動的に行動していた部分もありますが、彼女達のために動いたのも事実です」

 

「...本当に、ありがとうございました」

 

目から溢れ落ちた涙。表情は崩れてないが、頬を何度も涙が伝う。

 

「人生で初めて、同じテーブルを囲うお嬢様と妹様を見ました。仲睦まじく話されていて、夢物語が現実になったようで感無量でした。」

 

涙を指で拭い、にっこりと微笑む。いつも硬い表情の彼女だったが、笑顔は年相応の可愛らしい少女の顔だった。

 

「長々とすみません、ご案内します」

 

一礼してからまた歩きだした。後を追いながら、自分のしたことを振り返ってみる。

スカーレット姉妹の問題は、当事者2人だけの問題じゃない、紅魔館に住むすべての人が協力し、解決の糸口を探っていた。それも何百年。しかしふらりと現れた男がデリケートな問題にずかずかと踏みいると解決まで導いてしまった、と。

...勢いに任せてよくやったよ、僕。

 

しばらく歩くと、大きな扉の前まで来た。相変わらずの赤い扉、そこを開けると知った顔が椅子に座り朝食を頬張っていた。

長方形の机に博麗と霧雨が並んで左側に座り、一番奥の誕生日席には当然とも言えるレミリア、右側一番奥にはフランドールが座っている。

 

「あら、おはよう」

 

「おはようございます」

 

レミリアさんに挨拶されたので丁寧に挨拶する。

 

「座りなさい、冷めるわよ」

 

「はい、失礼します」

 

面接しに来たんじゃないぞ僕。と自分に突っ込みつつも、このレミリアという少女から溢れるオーラと言うのか、これが人の上に立つ存在かと思い知った。

で、座る場所は...博麗の横でいいのかな?

 

「おはよう遊」

 

「おはよう、霧雨、博麗」

 

「おう、おはよう」

 

博麗と霧雨に挨拶してから席に着く。何を食べてるのか横目でみるとトーストと目玉焼き、サラダ、スープ、紅茶が並べられている。シンプルだけどホテルみたいにお洒落な朝食となっている。

 

「ただいまお持ちしますので少々お待ちください」

 

十六夜さんは一礼してから

 

「おまたせしました」

 

いつの間にかトレーを持っていて、僕の前には朝食セットが置かれていた。

そうだ、彼女は時を止める能力を持っている。配膳も一瞬で済ませられるとは、恐るべし。

 

早速椅子に腰掛け、手を合わせていただきます。

ナイフとフォークの西洋スタイルに馴染みのない東洋人は、フォークと机に置かれていたスプーンで朝食を頂く。

うわ、凄い美味しい。昔家族旅行で行ったお高いホテルの朝食よりも美味しいかもしれない。

これを個人の雇うメイドさんが作ってるわけか、一体どうすればこんな朝食が作れるんだろう?

夢中で頬張っていると、ふと視線を感じた。顔を上げるとフランドールが様子をうかがうように時折視線を向けていた。

...そりゃ、気になるよね。昨日はあんなに暴れていたのに、今日は人が変わったように覇気のない普通の男になってるんだし。

 

「ねぇ」

 

声をかけられた。流石に無視はできないので返事をした。

 

「貴方、高橋遊?」

 

「は、はい」

 

「なんか、昨日と違う」

 

「...昨日はすみません」

 

彼女にした仕打ち、覚えてない訳ない。それを思いだし、直ぐ様謝罪した。

 

「気にしてないよ。今はこうしてみんなとご飯食べられてるし」

 

昨日とは違い容姿相応の可愛らしい笑顔で僕を許してくれた。

 

「それでね、教えて欲しいの。貴方は何者なの?」

 

質問と同時に僕に視線が集まった。レミリアさんも十六夜さんも博麗も霧雨も、黙って僕をみている。

こちらの体調を考慮して積極的に口にしなかっただけで、本当は聞きたかったんだな。

僕としても話しておきたい、フランドールのおかげできっかけが貰えた。伝えなくちゃ。

 

「僕は高橋遊、普通の人間...だと思っていた。だけど、僕には能力があったんだ。」

 

「能力?」

 

「うん...そうだな、演じる程度の能力ってとこかな」

 

「演じる?」

 

「対象とした人になりきる、それだけ。容姿は変わらないけどその人の能力や身体能力を自分の物にできる」

 

「へぇー、だから私の能力を使ったり吸血鬼の身体になったりしてたんだ」

 

「昨日は突然能力を思い出して、パニックになってしまって、見た者を次々に演じていたんだ。十六夜さん、そしてフランドール...さん。それで、昨日はあんな風に暴れてしまったんだ」

 

「...なるほど、質問いいかしら」

 

そこへレミリアさんが声を出した。

 

「はい、答えられる範囲なら」

 

「そうね、貴方の思い出したって部分。能力を忘れていたってことかしら?」

 

「不思議な話しですが、そうなります」

 

「能力なんて忘れるかしらね?」

 

「変な話ですよね。でも、僕は昨日思い出したんです。その証拠に、初めてみせた自分の能力を、僕は口で説明できますので」

 

「確かに...昨日初めて使ったとすれば説明が具体的だわ。」

 

「次!私いいか?」

 

今度は霧雨が身をのりだし手を上げた。

 

「じゃあ、遊の昨日の様子はフランドールを演じていたってことか?」

 

「そうなるかな。ただ、僕の能力は少々厄介で」

 

「厄介?」

 

「僕の能力はどこまで演じるかってのも調整できる。本来だと軽く自分を見失わない程度に演じなければならないけど、昨日はパニックになって、フランドールさんを本気で演じてしまったんだ。あのまま本気で演じ続けていると『僕』と言う人格は消え『フランドール』の人格に上書きされてしまうんだ。」

 

「便利だと思ったけど、中々に癖のある能力だな」

 

「すみません、私からもいいでしょうか?」

 

次は十六夜さん。予想はしていたが、質問に答えるのも大変だ。

 

「お嬢様と妹様の過去を知っていましたのも、能力ですか?」

 

「はい、フランドールさんを本気で演じた際に彼女の知る情報はそこそこ頭に入ってきました。最初は能力に振り回されていましたがだんだん制御がきくようになってきて、それで昨日の様な行動をとった訳です。」

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

「...次、私」

 

博麗も質問するのか。多分大体答えたと思うが。

 

「能力以外の何かを、思い出した?」

 

そうだった。博麗と八雲紫は、僕を知りたがっていたんだ。

 

「...あぁ、ちょっとだけ」

 

「話して」

 

「と言ってもうっすらと、ぼんやりとだけど」

 

「構わないわ」

 

「今僕には、2つの記憶がある。これまで歩んできた普通の僕の記憶とは別に、変な記憶が混じっているんだ」

 

「変な記憶?」

 

「何かと闘っている。血だ、なんだ、これは...わからない。」

 

ズキン、思い出そうとすると酷い頭痛に襲われた。思わず頭を抑え顔を歪めた。

 

「大丈夫?」

 

「ごめん博麗、思い出せなくて」

 

「いいの、それを知れただけでも十分よ。もう聞かないわ」

 

思い出したい。だがまるで身体がそれを拒むように頭痛が激しくなる。

 

「今日はあの部屋でゆっくり休みなさい。わかったかしら、遊?」

 

「...すみません、お言葉に甘えて休ませてもらいます。」

 

レミリアさんに促され、十六夜さんの案内で寝ていた部屋の前まで連れてきてもらった。

 

「何かあれば、お呼びください」

 

「ありがとうございます」

 

十六夜さんは一礼して顔を上げた瞬間に姿が消えた。

もう何度も見ていると人が消えるのも慣れてしまう。なんのリアクションを見せず部屋に入った。

 

「...あ」

 

「ごめんなさい、お話ししたくて」

 

そこにいたのは、微笑みながら椅子に座って僕を待っていた八雲さんだった。

 

「体調、大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

「今お話し、できるかしら?」

 

「はい」

 

空いている椅子に腰掛け、彼女と向かい合う。

最後に会ったのは昨日なのに、どこか裏のありそうなこの笑みも懐かしく感じる。

 

「演じる程度の能力、それが貴方の隠された力なのね」

 

「はい、僕の能力です」

 

「...遊、貴方を幻想郷に引き留めた理由はね、このマークなの」

 

机に置かれた紙には三日月に棒が一本縦に突き刺さったマークが描かれている。僕の携帯のケースにもある謎のマークだ。

 

「私はこれが何を意味するのか、知らなくてはいけないの。理由はわからないわ。でもわからないままではいけないと、強く言えるの」

 

「だから私は幻想郷の中を、外を探した。そしてやっと、貴方を見つけたの」

 

「それで、僕を幻想郷に」

 

「嘘をついたこと、幻想郷に強制的に連れてきたことを謝罪するわ...ごめんなさい」

 

椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。ここまで下げられると僕としてもバツが悪い。

 

「あの、頭を上げてください。僕はなんとも思ってないので」

 

「優しいのね。罵倒の一つや二つ、覚悟してたのに」

 

「暴言とかはちょっと...いえ、いまはそれよりも自分のことでいっぱいいっぱいで」

 

面と向かって悪口なんてヘタレなんで言えない。仮に言えたとしても、今の僕の問題はそっちじゃない。

 

「そうね。貴方は思い出したのでしょ?」

 

「あまりこの話をすると、頭痛がしますので深くは言いませんが...血、誰かと殴り合いとか、ぼんやりとですがそんな記憶があります」

 

「血、殴り合い、それも確かに気になるわ。それじゃあ、このマークについて何でもいいの、もし小さなことでも思い出したら」

 

三日月に刺さった棒。意味がわからないこのマーク。

僕の携帯のケースにもある、だから無関係じゃない。何でもいい、僕もこのマークを知りたい。

顔を近づけ凝視する。

 

「...朧」

 

「な、なにかしら」

 

「え、あ、えっと、何か言いました?」

 

「朧、そう言わなかったかしら?」

 

ふと口から独り言でも漏れたか。八雲さんは確認のため尋ねてくるが、無意識のうちに出たようで、答えられない。

 

「朧、ですか?」

 

「そう、朧」

 

朧って、なんだろうか。わからない。

 

「朧ははっきりしない、物がかすんでいる状態を表す言葉...それがこのマークの名前?」

 

「あの、独り言だったと思うんで、それに僕も思い出したわけじゃないので」

 

「無意識のうちにでた言葉、なのよね」

 

どうやら八雲さんは本気らしい。笑みは消え固く引き締まった表情でマークを見つめている。

 

「潜在意識に深く刷り込まれた言葉、だからマークを見つめて無意識で口からでたと思うの」

 

「だとしたら、僕はこのマークを昔から知っている可能性があると」

 

「だと思うわ」

 

そう聞くとこのマークがなんだか馴染み深いものに見えてくる。朧という言葉にも、懐かしさを覚える。

不思議だ、普段口にしない言葉なのに、どうして朧は頭から離れないんだ。

 

「ねぇ遊、これからどうするの?」

 

「...え?」

 

「今更だけど、貴方の意思を尊重したい。外に戻るのも貴方の自由、ここに残るのも貴方の自由よ」

 

八雲さんは僕に選択肢を与えた。僕はどちらを選んでもいいらしい。外には家族がいて、友人がいて、僕の居場所がある。

 

「...卑怯ですよ、八雲さん」

 

「卑怯?」

 

「帰るに帰れないですよ。自分が何者なのか、わからないまま」

 

居場所を捨ててまで、僕は自分が知りたい。

マークも、朧も、記憶も、全て真実をこの目で確かめたい。

 

「残ります。幻想郷に、いたいです」

 

「歓迎するわ、高橋遊。そしてありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗」

 

黒のローブを着た人物は一言呟いた。紅魔館外れの森の中だろうか、辺りは薄暗く、そのためローブの人物の顔は完全に隠れてしまっている。

 

「次」

 

「お前、いたんかいな」

 

突然現れたのは金髪の男。どこにでもあるシャツにジーパンでも着こなせるあたり顔立ちは中々に良いようだ。

 

「へぇ、生きてたんだ」

 

「勝手に殺すな」

 

「どうでもいいや」

 

「おい、話おわってない」

 

男に微塵も興味がないようで去ろうとしたローブの人物を強引に肩を掴んで引き留めた。

 

「お前がやったんやな?」

 

「それで?」

 

「手を出すな、わかったな」

 

「嫌」

 

「ええか、まだ事態は動き始めたばかりや。下手に手を出して爆発したらどーするねん」

 

「爆発する前に処理する」

 

「やめろって言ってるやろ」

 

「それが、残された私のやるべきことだから」

 

肩にかかった手を振りほどいてローブの人物は去っていく。

 

「やるべきこと?何言ってるんや、あの時の選択には意味があるんや!おい、聞いてるか!」

 

背中に向かって叫ぶも止まる気配はない。諦めたように木にもたれ掛かり、金髪は深いため息をついた。

 

「...あいつ、本気か。なら、俺も出るしかないな」

 

 

 

 

紅霧異変はこうして幕を閉じ、幻想郷に平和が訪れた。

しかし物語は、プロローグを終えたに過ぎないのだ。

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