17話 宴会
何度目かの目覚め、何度目かの欠伸。
今は何時だろうか、夢の中にいた時間が長いものだから朝も昼も夜もわからない。
八雲さんが去った後、僕はベットで眠った。
起きては寝て、起きては寝てを繰り返し、惰眠を貪っていた。
流石にもうゴロゴロするのが辛くなってきた。ベットから体を起こして部屋の外に出てみることにした。
廊下は相も変わらず赤ばかり、寝起きには刺激が強い。
このままあてもなく彷徨えば部屋に戻ってはこれないだろう。ちょっと、軽く散歩なら大丈夫かな。
「あ、どうも」
「どうされました?」
近くをウロウロしていると十六夜さんに出会った。掃除中か箒とちりとりを手にしている。
「いえ、ずっと寝てたものですから軽く歩こうかなと」
「体調の方はどうでしょうか?」
「もうすっかり大丈夫です」
「そうですか、でしたら今夜の宴会はいかがされます?」
「宴会?」
「博麗神社で異変解決の宴会が開かれるそうです。お嬢様も参加されますがご一緒に行きませんか?」
「はい、是非連れていってください」
宴会か、楽しそうでいいじゃない。体の方も疲れはとれたし、お腹も減ってるし、是非ともご一緒したい。
「でしたら準備が出来次第博麗神社へ向かいます。支度をお願いします」
「えっと、もう夜ですか?」
「はい」
もう紅魔館に丸一日以上滞在してることになるのか。寝てばかりだから実感湧かないが久しぶりの外だ。
支度と言っても僕が持ち込んだものはないし、このまま行っても問題はないかな。いつもの甚平だけ着て行けば...いつもの、甚平、そうか。
「すいません十六夜さん。シャワーって、借りれますか?」
「はい、ご案内します」
シャワーを浴びて身体の汗を流したところで、もう一つ小さな問題が発生した。流石に昨日も着ている甚平とパンツをまた着るのは些か抵抗がある。しかし代え等ない。
とりあえずシャワー室から出るとタオルと見慣れない服が折り畳まれ置かれていた。
「服は紅魔館にあった物です。よければお使いください」
扉越しに十六夜さんの声がした。ありがたい、ご好意に甘えて使わせてもらおう。どんな服か持ち上げて広げてみると。白シャツに黒のジャケット、黒のズボン、ネクタイ、そして革靴が見えた。
かなり、改まった服だ。格好としては別段恥ずかしくないので、これを着てみようか。
着替えて更衣室から出ると十六夜さんはお似合いですと声をかけてくれたが、僕にこんな礼装っぽい服は似合わないんじゃないかな。
「それでは行きましょうか」
十六夜さんに連れられ、紅魔館の門の前へ向かった。
外はすでに日が落ち、月が昇り星が輝いていた。僅かな明かりに照らされた門前には、吸血鬼姉妹、門番と見知った顔が僕たちを待っていた。
「あら、中々にお似合いじゃない」
「そうですか?」
「ええ、良い従者になれそうね。紅魔館で働いてみる?」
「考えておきます」
レミリアさんに早速からかわれた。良い従者か、レミリアさんの下で全てにイエスで答えてあくせくと働く自分の姿が簡単に浮かぶ。確かに個人の能力は別として僕みたいなイエスマンは使いやすい良い従者になれそうだ。
「それじゃあ行きましょうか」
4人はさも当然のように空を飛ぶ。もう見慣れた光景になってしまった。昨日までの僕ならその姿に憧れ、羨望の眼差しで見ていたが、今日の僕は違う。
地が足から離れる。身体がふわふわとして、落ち着かない。浮いているのを身体と心で感じて、意を決して上昇する。肌で感じる風、髪は揺れ空気は冷たい。
この感覚は、生身の身体で飛ばないと絶対に知り得なかった。間違いなく、僕は自分の身体一つで飛んでいると実感できる。
「遅れないように」
吸血鬼である今の僕には、空はあまりにも近かった。自由自在に空を駆けられる幸せ、自然と笑みが溢れた。
博麗神社の境内は既に灯りで満たされ、騒がしさと共に盛況ぶりを物語っていた。
階段近くに降り立つと、多くの人や妖怪が酔いしれ、料理を口へ運んでいる。
「盛り上がってるわね」
「御姉様、私お腹減った!」
「そうね、咲夜、美鈴!適当に料理を取ってきてくれないかしら」
「お任せください!」「了解です」
2人は別方向へ喧騒な宴会場の中央へ姿を消した。
「遊、貴女はこっちに来なさい。フランもね」
「はい」
手招きされ付いていった先は境内の端の薄暗い木の下だった。そこにレミリアさんとフランドールさんが僕に向かい合ったまま木にもたれた。
「まずは改めて礼を言わせてほしいの」
「礼なんてそんな」
「いえ、フランの記憶を知っている貴女ならわかるでしょ。姉妹だけの問題じゃないってこと」
「...はい」
「ありがとう、高橋遊」
「私も言うね。ありがとう、遊」
改めて礼を言われるのは、むず痒くて照れ臭くて、真正面から顔を向けられない。慣れてないからかな、こんなに面と向かって感謝されるの。
「長い間フランとこうして外に出るのが夢だった。それが叶ったの。何百年も待ち望んでいた」
「部外者である貴女が私たちのために命を懸けて、悪役を買って出てくれたおかげ。紅魔館の全員が感謝しているわ」
「遊が私に狂気を見せてくれたから、私は壊される恐怖を知ることが出来たの。とても怖かった、恐ろしかった、だからもう私はやらないよ」
「何て言うか、僕はただただ夢中でやっただけなので、結果としてハッピーエンドになったというか」
「スカーレット家当主の私がこうして直々にお礼してるのだから、もう少し胸張って答えていいのよ」
「何て言うか、こう言うのに縁がなかったもんで...やっぱり当然のことをしたまでって言うか」
「もー、遊ウジウジしすぎ!」
しどももどろな答えを繰り返しているとフランさんに笑われた。
「今日は無礼講よ。遊、私たちも飲みましょう」
神聖なる神社の境内というのに、乱れようは凄まじい。
僕のいた世界でもこんなに顔を真っ赤にして酔うのは珍しい、はず。少なくとも僕の回りではなかった。
「よぉ、ゆう」
「き、霧雨...」
レミリアさんとフランドールと軽くお酒を嗜んでいると耳まで真っ赤にした霧雨が声をかけてきた。
「もう出来上がってるね」
「なにいってんだ、これからだ」
手に持ったグラスを一気に胃に納めるとそこへ更におかわりを注ぐ。
「そうだ、なんかあっちで遊をさがしてるやついたけど、誰だっけな」
「探してる?僕を?」
「あぁ...確かあんな感じの男だったような」
霧雨が指を指した先に見えたのは、博麗の真横でグラスを煽る金髪の男。白いシャツとジーパンを着こなした中々に顔立ちのよいそいつは、博麗と仲睦まじそうに会話していた。
「あ、あいつだ」
「...うそ」
「え」
「あいつ、なんでここにいるんだ?」
立ち上がると二人のもとに小走りで向かった。近くまで寄ると博麗はこちらに気づいた。
「あら、遊じゃない。体はもういいの?」
「心配かけたよ...それと、そっちの男は」
「なーに、まさか俺のこと忘れたん?」
「関西弁...やっぱり恋か」
「久しぶりやな!元気しとったか!」
僕が恋と呼んだ男は立ち上がると、僕の肩をバシバシと叩いてきた。相変わらず、テンションの高い奴だ。
「お前、なんで幻想郷に」
「そりゃお互い様やろ」
「...それもそうか」
「なに、あなた達知り合い?」
「あぁ、石川恋(いしかわ れん)だ。えっと外の世界か、にいた頃の友達。高校卒業してからここ数年は会ってなかったけど」
「じゃあアンタも外来人なの?」
「そーなんや霊夢!俺もつい一週間前に外から来たんや!」
下の名前呼びに一切抵抗はないらしい。流石だ、僕とは生きる世界が違う。
「最初はなにがなんやらわからんかったけど、里の心優しい人に住むとこ貸して貰って、なんとか生きてるんよ」
「帰りたかったら帰してあげるけど」
「帰りたいなんて微塵も思ってない!ここは長閑でゆっくり出来るし、なにより女の子めっちゃ可愛いしもう最高や」
なにも変わってない。変わったのは髪が金髪になっただけだった。国公立に行ったのにノリが高校のままだ。
「霊夢もタイプだし」
「はいはい、それじゃ頑張って貢いでね」
「ははは、ほな頑張るわ」
「そうね、具体的には毎日あのお賽銭箱をパンパンにしてね。本気だから、明日からお願いね」
「...そういうとこも可愛いと思うよ」
流石幻想郷、恋のノリでも一筋縄ではいかないようだ。
特に博麗なんて、酒が入ってても無理だろうな。
「なぁ遊、久しぶりに水入らずで2人っきりで話そうや」
「僕も、話したいことあるし」
博麗に離席する旨を伝え、ついでにレミリアさんにも少し時間を貰うことを伝え、博麗神社の入り口、心臓やぶりの石段に2人揃って腰かけた。
「これ美味いんや」
差し出されたのは三色団子。酒と三色団子、初めての組み合わせだ。
「お前、酒は飲めるんか?」
「そこそこ、かな」
「の割には結構飲んでるけどな」
4杯は飲んだかな。この量ならまだ、そこそこでしょ。
何杯も浴びるように飲んでいる人達を見ていると僕なんてまだまだ嗜む程度だ。
「...なぁ、1年前から急に音信不通になったのは理由があるのか?」
丁度良い感じに酔いが回ってきた。すると口から聞きたいことがすぅーっと出てくる。これがお酒の力。
「すまんな、やりたいこと見つけたんや。だから大学やめて世界一周の旅に出てたんや」
「え、大学辞めたの?」
「おう、勿体ないけどこれも俺の人生やな。その代わり世界一周はよかったで、日本にいる間は見れなかったもの色々見てきたし」
「それで、やりたいことって」
「...どこか遠くの国で静かに暮らす。それだけなんやけど」
「なんか、お前からは想像がつかないな」
「うるせー、まぁだから結局幻想郷に入ってきたのは俺としては夢かなったりなんだ。良い場所やここは」
「そうだな、幻想郷は平和でいい人ばかりだ」
「...遊、これからもよろしくな」
「あぁ、またよろしく」
グラスをぶつけ合い乾杯した。空に浮かぶ三日月は煌々と輝き、空の星も宴会に混じってはしゃいでいるように一段と光を放っている。
「紫ね」
「あら霊夢、飲んでるかしら」
賽銭箱にもたれて酒を煽る巫女の横に突然現れて腰かけたのは幻想郷の大妖怪だった。
彼女も姿こそ表に出さないものの、手に酒をもち宴会を満喫しているようだ。
「遊の知り合いがいたわ、貴方が連れてきたの?」
「知らないわ、誰なの?」
「石川恋って名前」
「石川恋...遊の知り合いが、
「...そうね」
2人はそれ以上会話を続けることはなく、その話題を終えた。
宴会は佳境に入ると、異変を起こした者、解決した者、全く関係のない者が入り交じり酒と食事を共にする。
騒ぎは深夜になっても収まらず、日が昇るまで続いた。