「...おはよう」
「おはよう」
一段と重い体を起こして博麗に挨拶、あちらは何ともないようで普段通りの挨拶だった。
「朝食べられそう?」
「うん、少し貰おうかな。」
太陽は既に高いところまで昇っている。昼前か、セミの鳴き声が境内に響く。
博麗と共に居間へ入り、少し遅めの朝を腹に納める。
「紫から聞いたわ、外には帰らないって」
「決めたんだ。僕は自分のことを知りたいから」
「それで、衣食住はどうするの」
「...どうしよう」
博麗神社は滞在する間に一時的に居候させて貰っているに過ぎない。こちらに移るとなると、自分の住む場所くらいは確保しないと。
「遊が望むなら、ここにいてもいいわよ」
「え、そんな迷惑じゃ」
「今さらじゃない。以前のように家事を分担してくれるなら私としても助かるし、なにより貴方の過去、私も気になるから」
「...それじゃあ、よろしくお願いします」
「じゃあ早速掃除お願いね」
こうして幻想郷での僕の生活は始まることとなった。
自分探しの新生活、果てに待つ真実。
とりあえずは、境内を綺麗にすることから始めようか。
最早慣れた手付きというか、いかに効率的に出来るかを求めるようになっていた。しかし夏だと言うのに、妙に葉が落ちていると思うのは考えすぎだろうか?
機会があれば博麗に聞いてみようか。
「宴会翌日なのに精が出るな」
聞きなれた声、振り向くと霧雨が今日も神社に遊びに来た。一週間も経ってないが最早恒例とも言える顔になった。
「お、なんや掃除してるんか」
ともう一人、金髪の男がへらへらしながら登場。相変わらずシャツにジーパン姿だが、様になっているのが妙に腹立つ。
「お、君昨日会ったよね?俺石川恋って言うんや、名前は?」
「霧雨魔理沙、普通の魔法使い...って遊の知り合い、なんだよな」
「そうそう、親友や。なー、遊」
「違う」
「なんでや!高校2年の時修学旅行同じ班やったやん!」
「それはお前と一部の連中が勝手に班を決めたからだろ」
「ええやん、どうせ他におらんねやし」
「殴るぞ」
「おー怖、お口ちゃっくー」
恋は口の前で人差し指でバッテンを作って大袈裟に距離をとる。グーだけじゃ足りないなこりゃ、蹴りも入れないと。
「なるほど、親友らしいな」
「ほら、魔理沙には伝わってる!」
「わかったから、掃除させてくれ」
こいつのペースに巻き込まれると終わるものも終わらない。兎に角掃除だけは終わらせたいので、背中を向けて掃いたものを固める。
「霊夢はいるのか?」
「いるわよ。騒がしいと思ったら、変なの増えてるじゃない」
博麗が縁側からこちらに気づいて寄ってきた。朝からテンションの高い金髪2人組を交互に見てから、軽くため息をついた。
「お、霊夢。おはよう」
「おはよう魔理沙、でアンタは恋だっけ。ほら、賽銭箱はあそこよ。早く入れて」
「そうやな、折角やし神頼みさせて貰うかな。ここって御利益何があるん?」
「望めば何でもいけるわ」
「へぇ、コンビニ神社やな」
そういえば以前この神社は何を奉っているのか聞いたことがある。博麗もわからないらしい、じゃあ誰が知っているのか。
恋は賽銭箱に硬貨を投げ入れると2礼2拍1礼した。へらへらした金髪の恋がきっちりと参拝の基本に乗っ取ってお参りしているのは絵面的に中々ギャップがあって面白い。
「参拝完了!ほな遊、どこか行こうや」
「いや、今日は無理だ。家事が溜まっている。このあと掃除も境内だけでなく倉庫もやらないと、あ、縁側も雑巾で綺麗にしないとな、それで居間も、あとはそうだな」
「わかったわかった、今日はええわ。がんばりや」
「手伝ってくれよ親友」
「それは時給発生するか?」
「するわけないだろ、ボランティアだ」
「じゃあ1人で頑張れ」
暇なら手伝っていけば良いのに。昨日の宴会だってあれだけ飲んで片付けはやらなかったし。昔から何かとこいつは面倒事になると行方をくらましている。
兎も角手伝ってもくれない親友を名乗る男にはとっととご退場願います。
「じゃあ邪魔」
「はいはい、ほな俺は魔理沙とデートしてきます」
「いや、なんでそうなるんだよ」
霧雨も呆れ顔でやれやれといった仕草。ブラックホールかこいつ、すぐに回りを巻き込みやがって、話が膨らんで終わらないだろ。
「じゃあ魔理沙は手伝ってくれるの?昨日の宴会の片付け実はまだ残ってるのよね」
「おおっと、デートなんてものじゃないが、こいつに幻想郷のアレコレを教えてやろうと思ってな」
博麗の笑顔の誘いを笑顔でかわす霧雨。2人の金髪が掃除の魔の手から逃げた。
「それじゃ行こうや」
「そんじゃな、遊、霊夢」
そして笑顔のまま2人は石段を降りて消えていった。ぴゅーっなんて擬音がよく似合う軽快な逃げ足だ。
「どことなく、似てるわね」
「うん、少し思ったよ」
嵐のように去っていった金髪2人、その親友達は苦笑いを浮かべた顔で、見合わせていた。
ふー、危ない危ない。片付けの手伝いをやらされるところだったぜ。
石段の真ん中辺りまで来てから一息ついた。
「そんじゃ行きたいところある?」
「まぁ暇だし付き合ってやるよ。そうだな...恋は?」
「おすすめの団子屋あるんや。俺の奢りで行かへん?」
「団子屋か、宴会でも食ったが奢りなら大賛成だ」
「決まりやね、ほなら人里行きましょか」
行き先も決まったところで私は箒に跨がってからハッと気づいた。そういやこいつも飛べないんだよな、また私は後ろに乗せることとなるのか。人を乗せて飛ぶのは中々気を遣って精神的に疲れるので嫌だが。
しかし、恋を見るとさも当然のように浮いていた。
「お前、飛べるのか?」
「え、幻想郷の人は飛べるやろ?」
「いや、そうだが...だって外から来たばかりなんだろ?」
「そうやけど、簡単に飛べるようになったからなぁ。そんなもんやと思ってたけど、違うの?」
「...どうなんだろうな」
確かに飛ぶのも才能によるものが大きい。遊は能力を使わないと飛べないし、なら逆に簡単に飛べるようになる奴がいてもおかしくはないってことか。
にしても簡単に飛びすぎというか、どういった経緯で飛べるようになったんだろうか。
「いつから飛べるんだ?」
「えっと、二日前かな、近所のお爺さんとこの木の手入れ頼まれたから切ってたら足滑って落ちたんよ。あ、これは死んだかなって思って眼を瞑ったんやけど中々衝撃が来なくてどうしたんや思って目を開けたら浮いてたんよ」
「そ、そうか」
「そっから自由に飛べるで。これが俺の隠された才能やったんや」
理由としてはありそうな話だ。人は死を感じると思ってもない力が出てきたりする。火事場のバカ力はその代表例、こいつも死ぬと直感がしたから急に飛べるようになった、のかもしれない。
「魔理沙のは魔法やろ。ええな、俺も使いたいわ」
「なら私の魔法食らってみるか?もしかしたら使えるようになるかもな」
「遠慮するわ、もう怖い眼にあうのは懲り懲りや」
こいつなら魔法も簡単に使えたりな。霊夢と同じタイプなんだろ...才能かぁ、私には無縁の言葉だ。
もしそんなもの私にあれば、今頃霊夢を越えていたり、なんてな。
「ほな行こか」
「あぁ、案内よろしく」
人里の住宅エリア手前にひっそりと構える店、三日月。外から店内の様子が丸見えだ。
中は木の椅子と机が数個セットで配置されている殺風景なもので、私たち以外に客がいない。
「ここか?」
「そ、入ろか」
ま、こいつの懐事情的に期待はしていなかったが。ともあれ食べに来たんだし、肝心の団子が旨ければ店の外観なんてどうだっていいか。
「いらっしゃい」
そこにいたのは黒のエプロンを着た黒髪のショートカットの女だった。小さな声で迎えた彼女は背は低く目付きはどことなく鋭く、接客にあまり向いてない雰囲気。
「...なに?」
「...なんでいるんや」
「私の勝手」
「...はぁ、とりあえず俺は三色、魔理沙はどうする?」
「え、そうだな、何があるんだ?」
「お品書き」
恋と会話していたのに突然あの女が横から紙を差し出してきた。変な声が寸でのところまで出かけたが、なんとか飲み込めた。そんなニュッと突然出てくるなよ。
黙って受けとり、メニューを確認。
「みたらし、かな」
「わかった」
メニューを返すと女はそそくさと店の奥に消えていった。とりあえず近くの椅子に座ると、恋も私の正面の椅子に座った。
「なぁ、お前あの女と知り合いか?」
「まぁな」
「なんだよ、気になるじゃん」
「なんか、近くに住んでる奴。何度か会ってるくらいや」
「ふーん、でお前金とかどうしてるんだ?」
「人里で何でも屋まがいなことしてる。言っても庭の手入れだの運搬の手伝いだの、そんな感じ」
..,近くに住んでる奴か。お前があいつをみた時、普段はヘラヘラして締まりのない顔から一瞬感情が消えた。
冷たく生気のない顔、生きてるか死んでるかわからない顔。なんであんな表情になったんだ?
あえて掘り下げなかった。なんとなく踏み込んではいけない禁足地であると直感が働いたからだ。だからなんとなく話題を変えた。
「はい」
いつの間にか現れる女。盆に乗せた皿を机の上に置いていく。団子はうまそうで文句はないが。
「あ、ありがとな。えっと」
「桜です」
「そうか、桜か、団子うまそうだな!頂くぜ」
桜と言えば春の風物詩、桜舞い散る中の花見はなんとも言えない風情がある。こいつが桜ねぇ、散った後の地味な木の方だろ。
「...じゃあ」
無愛想なまま奥に去っていった。なんなんだあいつ、良くわからない。ま、わからないと言えばこっちもだけど。
顔を正面に向けると恋が店の奥をずっと見ている。数分前までの浮かれた様子はなく、妙に落ち着いている。
「食わないのか?」
「え、あぁ!ほな頂きます」
声をかけると慌てて団子にかじりついた。そう言えばこいつ、一週間前に偶然幻想郷に来たとか言ってたな。
遊よりも先にここにいた訳か、いや、タイミング的にはほぼ同じか。偶然か、そうなら恋と遊は相当な腐れ縁だな。もしくは、必然なのか。
...石川恋、気になるな。
それからは団子を食べながら恋の話の相手をした。結構話上手で聞いていていい時間潰しにはなった。
団子だが美味しかった、どこかで食べたことあるなと思ったら宴会と同じものらしい。そんな小話も耳に挟みつつその間に一挙一動見逃さずに観察していたが、飄々としたお調子者って感じを崩さなかった。
「美味しかった、御馳走様だ」
「ええてええて。そや、これから博麗神社で遊の飯食べに行くけどどう?」
「もう夕食かよ。って今食べたばっかりじゃないか」
「実は朝と昼抜いてるからお腹空いてるんよ、今ならなんでも食べれそうや」
「...いいぜ、私も飯の事考えると腹減ってきた」
こうなったら徹底的についていってやる。
博麗神社には徒歩で向かうことになった。これは私が腹を空かせて行った方がいいと提案した、勿論本意は団子屋での表情の意味を聞きたいからだ。
辺りは既に日が落ちようとしていた。思ったよりも長居していたようだ。人里から博麗神社への何もない道を2人で並んで歩いている。いつ話を切り出すか、私はそのタイミングを伺っていた。
そして半分まで来た頃に、恋は突然立ち止まった。
「どうしたんや魔理沙、何かあるんか?」
「ちょっと気になったことがあってな」
「気になったこと?どないしたん?」
「あの桜って奴を見た時、お前スゴい顔してたよな」
「スゴい顔って、どうゆうこと?」
「感情が死んでた、まるで別人だった」
「俺は明るく楽しくがモットーやから、そんな顔しないしない」
大袈裟に手を振って否定するが、見てしまったものは誤魔化せない。
「近くに住んでいるだけって言ってたけど、それだけじゃないよな?なんとなく、お前の桜への見方がおかしいんだよ」
「彼女苦手なんだよね。なんていうか暗いし、なに考えてるかわからないし、だからちょっと態度に出たんじゃないかな?」
「違う。お前は明らかに桜へ殺意を持っていた。」
死んだ表情、だが目だけは鋭く生きていた。そこに宿っていたのは、僅かながらの殺意。
「...ダメだね。俺も、離れてるとこんなもんよ」
頭をかきながら乾いた笑いを漏らす。なんだ、笑っているのに心底恐ろしい。ヘラヘラしているのに身構えてしまう。
「おい、なんだよお前」
「殺意なんてのは一番持っちゃいけない。こうなるからね。暫くやってなかったからどうも忘れてた...にしても霧雨魔理沙、君はスゴいや。きっと気配に人一倍敏感なんだね。よく言われない?」
「それ以上近づくな、撃つぞ」
にじりよってくる恋に八卦炉を取り出し向け警告を出した。奴は八卦炉を一瞥するが、気に帰さないように少しずつ前進する。
「来るな」
「ところで、後ろの人は誰だい?」
えっ、反射的に振り向いた。しかし誰もいない。
途端、頭に何かが接触した。痛みはない、ただよくわからない物が頭のなかに入ってくる奇妙な感覚がした。
頭が掻き乱される。ゴチャゴチャして記憶が散らかる。
「なんだ...これ」
「大丈夫、もう少しで落ち着くからね」
博麗神社での飯は旨かった。まぁなんていうか普通だったが無難に仕上がっていて満足いく品だった。
「というかなんで来るんだよ!」
「いやー、遊の手料理が恋しくなったんや」
「恋しいって、お前に作ったことないぞ」
「頼むで遊!楽しみにしてるから!」
「おい、せめて手伝えよ!」
どこかで見覚えのあるやりとりをして、結局遊は四人分作ってくれた。霊夢の奴が文句ブーブー垂れていたが、今度酒を分けてやるといったら座布団を敷いてくれた。わかりやすくて良い奴だ。
そうして狭いちゃぶ台で飯を頬張り、適当に雑談して日が落ちた頃博麗神社を出た。
「ほな魔理沙」
「あぁ、じゃあな」
後は帰って寝るだけだ。おっとその前に本を読まなくては。
にしても今日は恋と食べ歩きした一日となった。
...