東方凡庸録   作:バルバドス

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19話 遊のごとく

「聞こえなかったかしら?」

 

「あの...え?」

 

「執事をやりなさい」

 

場所は紅魔館、レミリアさんの個室。湖を見渡せるベランダに置かれた椅子に座っている僕は固まっていた。

 

「いいかしら?貴方にしか頼めないの」

 

「...執事、ですか?」

 

「そう執事よ。それともメイドがいいかしら?」

 

「いえ、執事でお願いします」

 

これは、からかわれているのか?遊ばれてるのか?

 

「すみません、私からもお願いします」

 

十六夜さんまで頼むってことはこれはからかってる訳じゃない。本気で僕に執事してほしいのか。

な、なんで服を返しに来ただけなのに、こんなことになるんだ?

 

 

 

金髪組が夕食に飛び入りで参加したのが昨日、まぁ文句は言うけど大勢で食べるのは好きだから何だかんだで楽しかった。

そして今日、紅魔館に借りた服を返しに訪れたのだがそこで個室に招かれ、こうして今に至る。

 

 

 

「咲夜に幻想郷を把握してもらう必要があるの。食材の調達もそうだし、何かあれば指定した場所にいってもらうかもしれないし」

 

「なので、私がいない間紅魔館の仕事を貴方にやって頂きたいのです」

 

事情は十分理解した、理解はしたが...。

 

「いきなり執事なんて、そんな...なにもわからないのに」

 

「はぁ...遊、貴方の能力は?」

 

「あ、そうでした」

 

素で忘れていた。確かに僕の能力を使えば即座に代役は可能だ。ただ引っ掛かる点が。

 

「十六夜さんを演じてほしい、と」

 

「そうよ、頼めるかしら?」

 

「博麗に話を通してくれるなら僕は全然構いません。ただ...」

 

「ただ?」

 

「違和感しかないと思うので」

 

「どう言うことよ」

 

「演じれば多分僕の姿形で十六夜さんになると思いますので、なんていうかその」

 

「あのね、協力してくれるんだから私はなんとも思ってないわよ。それに、貴方に借りがあるのよ」

 

「借り、ですか?」

 

「私とフランのこと。感謝してるのよ。そんな貴方に更に頼みごとするのは一方的で申し訳ないけど、御願いするわ」

 

レミリアさんに目を瞑り軽く座りながら頭を下げられる。彼女ほどのカリスマある人に下げられるとどうも断りづらい。それに十六夜さんまで頭を下げている。

 

「僕は構いません。今日だけ執事、やります」

 

「貴方なら引き受けてくれると思ったわ、お願いね。咲夜、彼を着替えられる部屋へ」

 

「承知しました」

 

「着替えるって、もしかしてこれに、ですか?」

 

「ええ」

 

それは僕が借りた服、まさかこれを着て本当に執事をやることになるとは。嘘から出たまこととはこの事か。

服を持って十六夜さんと部屋を出た。廊下を歩いている時に十六夜さんがこちらに顔を向け声をかけてきた。

 

「すみません高橋様、巻き込む形になってしまって」

 

「いえ、どうせ暇なんで。...それと高橋様って」

 

「それがどうかされましたか?」

 

「何て言うか、落ち着かなくて。様付けされるほど偉くもないし、慣れなくて」

 

「...わかりました。それではどのようにお呼びすれば」

 

「高橋とか、遊でいいです」

 

「わかりました、では遊で」

 

「なんか、敬語もいらないですね」

 

敬語なのに下の名前を呼び捨てなのは不思議な感じだ。

こうなればいっそ、どちらかに統一すべきだろう。もちろん高橋様なんて落ち着かないし慣れないのは御免だ。

 

「よろしいのですか?」

 

「僕は全然、そちらの方が気楽でいいので」

 

「わかったわ、これでいいのね」

 

砕けた十六夜さんの顔は少し柔らかくなった気がする。従者とはいえ年頃の女の子、それも十六夜さんのような綺麗な女性なら控えめな笑顔も絵になる。

 

「遊も私のことは敬称なしで」

 

「それなら、十六夜で」

 

「下の名前でいいのよ?」

 

「ごめん、それはちょっと...」

 

「なら私も高橋様に戻すわよ?」

 

「それは勘弁してください」

 

紅魔館の主人に、その従者にからかわれる。いいように弄ばれるが、口で敵う相手じゃないのはなんとなくわかっている。

 

「ねぇ、貴方の能力を疑っている訳じゃないけど本当に任せて大丈夫かしら?」

 

「必要最低限のことは出来ると思います」

 

「なら見せてもらえるかしら、貴方の演じる私を」

 

「ここで、ですか?」

 

「遅かれ早かれ演じるのだし、まずは本人が確認するのが筋じゃないかしら」

 

それもそうかもしれない。自分のマネされるのだし、気にもなるか。特に言動が一挙一動大切な仕事でもある、これを未経験の男に任せるのだ、心配にもなる。

さて、それじゃあ能力を発動させて信頼してもらいますか。

とんとん、額を人差し指で数回突く。意図してやったわけじゃない、本能的に動作が行われた。今の僕が知らないルーティーンだったもの、だろうか。

何かが自分の体に宿る不思議な感覚がする。後はもう全身に行き渡らせるだけ。血管を通して全身に十六夜咲夜が駆け巡るなんとも言えない奇妙な感覚。それに身を任せ、数秒待つ。

 

「...お待たせしました」

 

丸くなっていた背筋を伸ばし、深くお辞儀した。

 

「今日1日紅魔館の執事を勤めさせて頂きます高橋遊です。十六夜様、私にお任せください。」

 

「い、十六夜様って、貴方それは」

 

「今日は私が紅魔館の従者ですので、十六夜様は勤務を気にせず疲れをとってください」

 

「...気づいていたのね、これが休暇も兼ねたものだって」

 

「はい」

 

お嬢様のお心遣い。このところ働き詰めの十六夜様への強制有給休暇。

 

「きっと十六夜様に休暇を言い渡されても紅魔館が気になって休みにならないでしょうから、『仕事』として休暇を与えられたのかと、あくまで私の憶測です」

 

「さすが、と言ったところかしら...言い方が悪いけど、気味が悪いわ。紅魔館に私の知らない人間が突然現れて住み着いたような、奇妙な感覚ね」

 

「それは間違いではありません。貴方の知らない人間が貴方と同じ仕事を同じ様にこなすのですから。」

 

「同じ仕事、ね。なら仕事の内容を確認してもいいかしら?」

 

「はい、まずはホール含む各部屋の清掃、ベットメイキング、そして...」

 

まるでこれまでの十六夜の仕事を監視して覚えたようにスラスラと遊の口から出てくる。

演じる程度の能力、あらゆる力や特技体術様々なものを己に取り込む力。その実態を目の当たりにすると、ましてや自分を取り込んだ姿を見ると容姿が不出来なドッペルゲンガーを見ている錯覚に陥る。

 

「以上です、どうでしょうか」

 

「完璧よ。恐ろしい能力ね」

 

「恐れ入ります」

 

お辞儀も様になっている。注意する点もない。このまま任せても問題はなさそう、だが。

 

「まるで私の居場所を取られたみたいね」

 

「私はあくまで1日執事に過ぎません。私にも博麗神社という帰るべき場所があるように、十六夜様の居場所は紅魔館に変わりありません」

 

「そうね、では今日1日お願いするわ」

 

「お任せください」

 

門まで十六夜様をお送りした。私と言う代役がいるので紅魔館のことを忘れて羽を伸ばすようです。

 

「じゃあ」

 

「いってらっしゃいませ」

 

普段とは違う軽い服を着られ紅魔館を離れられた。お見送りも終わり私は一息つく間もなく仕事に取りかかった。

 

「美鈴さん」

 

「ひゃぁ!」

 

まずは綺麗な形のはなちょうちんを膨らませ夢から帰ってこない門番さんを起こします。お見送りの際に十六夜様から「多少痛い目に合わせても問題ないわ」とのお言葉を頂きましたが、私にはそのような解決方法は出来ません。

 

「おはようございます。警備よろしくお願いしますね」

 

「あ、話は聞いてます!今日1日よろしくお願いします」

 

私のような若輩者にも頭を下げられるのだから、仕事もサボってやろうなどと邪な考えをお持ちではないと思いたいのですが。

 

「昼寝は厳禁で、よろしくお願いします」

 

「あはは...でも紅魔館に地上から侵入してくる人はいませんからね、ウトウトしてしまうのも仕方ないんですよ」

 

「その言い方ですと、他に侵入経路があるようですね」

 

「はい、あれですよ。さすがの私もあれは無理ですね」

 

美鈴さんが指差す方向を見るとちょうど紅魔館の上空に見たことのある人物が浮いていた。

 

「あれは、霧雨様でしょうか」

 

そして敷地内に降下していった。わざわざ空から紅魔館へ、まるでこそこそと泥棒のようです。用があるのならば門で用件を伝えれば入れるはずです。

 

「あの魔法使い、ここの所よく来てるけど何してるんでしょう?」

 

「何かよからぬ事が起きそうなので様子を見てきます。警備よろしくお願いしますね」

 

「わかりました、では~」

 

「もし次居眠りしている姿を見た場合、十六夜様に報告させていただきます、そのおつもりで」

 

「...うぅ」

 

私が去ったあともう一眠りしようか、などと考えられていたかもしれませんが、どうやらこの一言で釘をさせたようです。当分はきっちりと仕事を勤めるでしょう。

さて、私は霧雨様を追わなくては。

 

館内の妖精メイドたちに霧雨様の行方を聞きつつ仕事を割り振っていく。彼女たちは簡単な仕事ならばこなしてくれるので今日1日の指示をここで全て与えておく。

それを済ませて妖精メイドの言葉通り図書館へ向かう。

僕としては初めて行くが、最早行き慣れた道のように迷うことなくたどり着いた。

背丈の何倍もある本棚が奥にずらりと並ぶ圧巻の本の世界、本来ならば静寂な空間であるはずがドアを開けた瞬間から慌ただしい声と音が響いていた。

 

「また来たのね!この前貸した本をまずは返しなさい」

 

「いや、あれはまだ読んでいる。でもあの本の中に出典でこの本の名前が書かれててな、これも読まないと中身が理解できなくて」

 

「じゃあいつ返してくれるの!まさか奪うなんて言わないでしょうね?」

 

「奪う?私は泥棒じゃないぜ。死ぬまで、借りるだけだ」

 

「死、死ぬまで?ふざけないでよ!」

 

「魔理沙、流石にこれあかんと思うで」

 

「おいおい恋、お前は私の味方してくれよ」

 

霧雨様、石川様、パチュリー様がなにやら揉め事でしょうか。どうも霧雨様とパチュリー様が対立しているように見えます。

 

「どうかなされましたか?」

 

「おぉ、遊!こんなところでなにしてるんだ?」

 

霧雨様はいつものテンションで私に話しかけてこられました。ただそれを見るパチュリー様の視線がとても痛いです。

私はひとまずお二人に事情を説明しました。面白いことになってるな、と霧雨様にからかわれましたが、石川様は黙って私を見つめていました。

 

「遊、お前能力思い出したんやってな?」

 

「はい」

 

「そか...」

 

それ以上何も言われませんでした。普段よりおとなしい様子が気掛かりではありましたが、今は私情よりも優先すべき事があります。まずはご挨拶から。

 

「お初お目にかかります。高橋遊です。訳あって1日十六夜様の代理となりました。」

 

「話は聞いてるわ、パチュリーノーレッジよ。早速だけどこの泥棒に貴方からも言って頂戴」

 

「泥棒、ですか?」

 

「ええ、うちは貸し出しやってないのに、この金髪魔法使いが無断で館外に持ち出すのよ。」

 

「おいパチュリー、私は借りるぜってちゃんと言ってるだろ」

 

「あなた私の話聞いてた?」

 

「魔理沙、そもそもここは貸し出しやっとらんのや。だから図書館内で読まんとあかんねや。それがパチュリーちゃんの決めたルールやで」

 

「そこの男の言う通りよ、ただちゃんはやめなさい」

 

石川様が正論を言われている。なんて光景でしょう、普段は言われる側なのに、正論を言うだけで面白いのは卑怯です。

 

「わざわざここに通うの面倒だろ。私だって他にやることあるのに」

 

「面倒でもルールはルールよ。そもそもその本はあなたが読んでいいものでもないわ、返しなさい」

 

「ケチだな、もういい!これは借りるぜ」

 

箒に跨がると空いている窓から逃げ出そうとスピードを上げた。これでは本当に泥棒になってしまう。

致し方ありません、手荒ですが実力行使といきましょうか。

時を止めて宙に浮き霧雨様の高さまで上がると、まずは窓を全て締め切り脱出経路を塞ぐ。そして不意打ちの一発を仕込んでおく。

 

「うぉ!」

 

霧雨様にとって突然現れた私とナイフ、しかし慌てながらも持ち前の機転のよさで回避されてしまう。

 

「おい遊、まさか私を止めるつもりか?」

 

「今の私は紅魔館の執事です。申し訳ありませんがその本返して貰いましょう」

 

「上等だぜ!来い!」

 

十六夜様から借りたナイフを手に身構える。初めての弾幕ごっこ、ですが負けられません。

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