東方凡庸録   作:バルバドス

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20話 遊のごとく②

手にもったナイフをばら蒔き、動きを抑制させるも霧雨様は涼しい顔ですり抜け高速の弾幕を展開する。

出してはすり抜け、すり抜けては弾幕を打つ。シンプルなせめぎ合いだが、三次元の動きが可能なため避け方は無限にあると言ってもいいでしょう。

見ているだけならごっことも言える華やかなものだが、実際やってみると頭と体をフルに使わなくては勝てそうにありません。

そんな全くの初心者の私がここまで経験者の霧雨様に食らいついていけるのは他でもなく『十六夜咲夜の力』に間違いないでしょう。

時を止める能力もそうですが基本的な身体能力などもオリジナルの私では到底及びそうにありません。空を飛び自在に弾幕を避ける、これができなければ土俵にすら立てないのです。弾幕ごっことは想像以上にハードです。

 

「やるじゃないか、遊。あのメイド長の能力もあるけど、初めてにしては上出来だな」

 

「恐縮です」

 

「じゃあ、私もギア上げていくぜ」

 

取り出したのはスペルカード、やはり避けては通れませんか。私の知る限りは超火力のレーザーのようなスペルカードがありましたが、十六夜様のように複数枚持っていてもなんら不思議ではありません。私の知らないスペルカード、それが何よりの不安要素です。

 

「挨拶代わりだ!恋符 『マスタースパーク』!」

 

向けられた魔法具から飛び出たのはあらゆるものを飲み込まんとする極太のレーザー。これならまだ避けられます。

時を止めてすぐに横へ抜ける。何度かこの時を止める能力を使用していますが、連発すると自然と息が切れてきます。少し横に逸れただけなのに、短距離を全力疾走した疲労感がします。

なるほど、こうなると持久戦は不利ですね。未知のスペルカードの存在もありますしここで決着をつけましょうか。

 

私にもスペルカードがあればここで使用するのですが、どうにも道具までは一緒に演じられないようです。そこまでいくと演じるというより変身に近いですが。

となるとこの能力を利用した不意打ちで決めるしかありません。

 

「へへ、まだ私のとっておきはあるぜ」

 

「...それは、残念ながら見ることはないでしょう」

 

ありったけのナイフをばら蒔く。これは退路を塞ぐナイフであり、相手の意識をナイフに向けさせるため。

霧雨様がナイフに意識をとられた瞬間が勝負です。時を止めて一気に距離をつめ、上空からと背後からナイフを投擲。完全なる死角からの一撃、意識外からの刺客。先程までいた位置に戻り、時を進める。

これで、決める。

時は動き出した、そこで取った霧雨様の動きは予想外のものだった。

 

「勝負を焦ったな!」

 

「な!?」

 

「顔に書いてたぜ、次で決めるってよ!」

 

なんとその場でスペルカードを取り出して掲げたのです。

 

「くらえとっておき!魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

虹の七色の弾幕が霧雨様を中心にあらゆる方向に散らばる。背後と前方と上からのナイフを相殺し、さらには通り抜けてきた弾幕がこちらにも襲い来る。かわさなくては、と頭では理解しているが最早体がついてこない。

ここまでですか、敗けを受け入れ項垂れた。

被弾音が響いた。しかし私に当たった感触はなかった。

頭を上げると霧雨様が地面に座り込んでいた。

 

「おいパチュリー、横やりなんて汚いぜ」

 

「私の本がかかってるの、何とでも言いなさい」

 

どうやらパチュリー様に助けられたようです。ひとまず地面に降りてお二人に近づく。

 

「はぁ、でも楽しかったしそこは良し。じゃあ本は借りてい...あれ?」

 

「本なら回収済みよ。ほら、手ぶらで帰りなさい」

 

「いつの間に!?おい、恋あいつどこに隠したんだよ」

 

「魔理沙が被弾して本落とした時誰かが回収してたで、ほんでどこか持っていっちゃったで」

 

「そうよ、小悪魔に回収させたわ」

 

「はぁ?弾幕ごっこは実質私の勝ちだろ?だから約束通り貸してくれよ~」

 

「そんな約束してないわよ。そもそも弾幕ごっこは勝手に始めたでしょ」

 

もっと言えば私が仕掛けた、と言うのが正解でしょう。

それにしても中々の執念ですね、全く引き下がる様子がありません。それほど読みたいのでしょうか。

 

「はぁ、したかない。今日は引き上げるか、それじゃあな」

 

「魔理沙、持ち出した本返しなさいよ」

 

「はいはい、死ぬまでだからちゃんと返すって」

 

果たしてそれは借りるというのか否か...所謂借りパク、って奴ですかね。

霧雨様は未練たらしく何度も振り返っていましたが窓から外へお出になられました。

 

「...ほな、俺も帰ろうかな」

 

「でしたら、扉までご案内します」

 

「はは、遊のその話し方なんか慣れんわ...見送りはええよ。頑張れよ、遊」

 

石川様は徒歩で図書館を後にされました。そう言えばなぜあの人はここにいたのでしょうか?霧雨様に強引に誘われて連れてこられたのでしょうかね。

まぁ、今となってはもういいでしょう。ひとまず図書館の本が持ち出されなかったので一安心です。

 

「出すぎた真似でした。お許しください。」

 

「いえ、ああでもしないと魔理沙は止められないから助かったわ。」

 

「ありがとうございます」

 

「少しお話がしたいの、来てちょうだい」

 

パチュリー様に呼ばれたので図書館の奥へ、扉の先には個室があり、部屋の椅子に座るよう促された。一礼してから腰を下ろす。

 

「飲み物です」

 

そこへピンク髪とぴょこぴょこ動く尻尾に目が行ってしまう小悪魔さんが淹れたての紅茶を置いてくださった。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、私は本の整理がありますのでごゆっくり」

 

小悪魔さんはそう言って部屋を出られた。パチュリー様が紅茶を一口飲んでから

 

「普段のあなたに戻れないかしら?」

 

「普段の私ですか」

 

「そう、一度高橋遊と話がしたいの」

 

それを希望されるなら、丁度いいタイミングです。そろそろ戻っておかないとだんだん私を忘れてしまいますから。

胸に手を当て数回深呼吸をする。平凡な普通の『僕』を思い浮かべ、先ほどまでの『私』を身体から切り離す。

 

「...おまたせしました。僕です」

 

「容姿は変わってないけど、確かに雰囲気は変わったわね」

 

興味深そうにじろじろと顔を近づけけきたパチュリーさんに眺められるので落ち着かない。先ほどまでの執事から気の抜けた平凡な男に早変わりしたのがそんなに面白いのかな。

 

「ごめんなさい、失礼だったわね」

 

「いえ、大丈夫です」

 

戸惑う僕を察して引いた。ただ目は以前キラキラと輝いている。大分興味を持たれているようだ。

 

 

「その能力でフランとレミィを救ってくれたのね」

 

 

「結果的に、そうなりました...えっとレミィ、とは」

 

「レミリアスカーレットのことよ...そして結果論とは言えどのような過程があっても、現状ハッピーエンドなら私は貴方にお礼を言わないといけないわ。ありがとうね」

 

またも頭を下げられる。もう元いた世界にいた時よりは頭を下げられている。

頭を上げてください、と言うのも苦手だ。上に立って発言してるみたいで慣れない。とことん僕は人の上に立つのが苦手らしい。

 

「謙虚なのね、レミィも興味を持つわけね」

 

「レミリアさんが、興味を?」

 

「えぇ、人間にあそこまで興味を持つレミィは初めてよ。気に入られたのね」

 

...嫌われなかっただけいいとして、興味を持たれるとは。いったい僕のどこが面白いんだろうか。やはり能力、か?そこしかないんじゃないかな。

 

「きっとレミィが貴方の運命に面白いものを感じたのでしょうね。だから私も貴方に興味が出てきたわ」

 

「運命、ですか」

 

「レミィの能力は運命を操る程度の能力よ。と言っても自由自在に相手の運命を弄り倒すのではなく、ぼんやりとした未来やこれまでの運命をある程度読み取る、そんなところよ」

 

運命、そんな形も影もない目に見えないものを読み取る。不思議な話だ。一体どんな風に見えているのか、皆目検討もつかない。ともあれ僕の運命をある程度読み取っているなら、僕がこれから先思い出すであろう失った過去をもう知っているんじゃないだろうか?

そんな都合のよい話でいいのかな?レミリアさんのことだからはぐらかされて終わる可能性もある。

 

「きっとこれから先、貴方は苦労するわよ」

 

パチュリーさんにがくすくすと笑いながら紅茶を飲み干した。もう既に色々と苦労してきたが、この先に更なる困難が待ち受けている、ともなると微苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

パチュリー様の図書館で紅茶を頂き、暫く休憩をとった後に仕事に戻りました。館内の部屋の清掃、ベットメイキング、消耗品の入れ替えなど普段の仕事をこなしていきます。

 

「あ、遊」

 

仕事が終わりお嬢様の所へ向かっていた途中、フラン様にお会いしました。

 

「こんにちは、フラン様」

 

「なんか、前の遊と違う。能力使ってるの?」

 

「少々事情がございまして...」

 

私はフラン様にこれまでの事情をお話ししました。私の話に何度も相づちをうたれた後。

 

「じゃあ今は遊が咲夜なのね」

 

「そうですね、代理となります」

 

「で、これからどうするの?」

 

「レミリア様の元に向かいます、仕事が一段落ついたのでそのご報告に」

 

「じゃあ、私もついていく」

 

フラン様はそう言いながら私の手を握られました。不意でしたので驚きましたが、嬉しそうにこちらを覗かれていましたので黙って握り返しました。

手を繋ぎ廊下を歩いている最中も、楽しげにスキップされながら、私と顔が会うとにっこりと笑みを浮かべられる。少女らしい可愛い仕草ですが、こんなフラン様を見られるようになったのはつい最近からと考えると、あれ程頭を下げられるのも、わかる気がします。

 

「遊、あれどうなの?」

 

「あれ、ですか?」

 

「ほら、変な記憶とか言ってたの」

 

「はい、今私には二つの記憶があります。それまであった記憶とは別に同じ時間に別のことをしている記憶です。それがなぜ存在しているのか、そしてなぜ血を流して闘っているのか、知りたいのです。」

 

「記憶喪失、とは違うよね...なんだろう」

 

「全くわかりません。手がかりも少ないですが、この幻想郷でなら答えが見つかると信じています」

 

「そっか、その記憶の謎を解き明かすのが遊のするべきこと、なんだね」

 

「はい」

 

「私ね、これまでずっと地下にいたからこれからはもっと色んな物や人を見ようかなって、それが私のするべきこと」

 

「幻想郷の人は優しいので、きっとすぐ仲良くなれますよ」

 

「ちょっと不安だけど、遊がそう言うなら大丈夫よね。私もがんばるから、遊も記憶の謎、頑張ってね」

 

私のやるべきこと、フラン様のやるべきこと。お互い幻想郷でやるべきことを確認しあい、目標のため励まし合いました。

 

こうして手を繋いだままお嬢様の部屋に到着。ノックして返事を聞いてから中へ。ベランダに置かれたパラソルの下の椅子に座り、地平線へ消えていく太陽を眺めていた。

 

「来たのね、遊。今日はありがとうね」

 

「恐縮です」

 

「それじゃあ代理として最後の仕事、お願いしていいかしら」

 

「はい、なんなりと」

 

「じゃあそこに正座しなさい」

 

いわれるがままにお嬢様の前で正座する。お嬢様は私が座ったのを見て立ち上がられると、横から回り込み私の視界から消えた。何をされるのだろうか、というのも十六夜咲夜の仕事にこのような態勢で行うものはなかったはず...!?

途端、肩と顎辺りを手で抑えられ、首根っこに何かが突き刺さった。鋭利なそれは二本、深く突き刺さっているが、不思議なことに痛みはあまり感じない。

そして首の中の血液が外に吸い出されている奇妙な感覚、力を奪われていく感じです。

 

「ごちそうさま」

 

突き刺さった物が抜かれ、お嬢様は満足そうに一言呟いた。

 

「今のは、もしかして」

 

「忘れたかしら、私は吸血鬼よ」

 

「そうでした。すみません、何もありません」

 

「まぁ突然吸血したのは悪かったわ。でも興味があったの、貴方の血」

 

椅子に座り直したお嬢様の口元は、赤く濡れていた。その姿は幼くとも、吸血鬼の本能をよく表されている。

 

「美味しかったわ」

 

「お姉さまだけずるい、私も」

 

今度は逆の首根っこに牙が突き刺さった。そしてまた私の血が吸い出されていく。

 

「...えへ、美味しい」

 

腕で口元を拭いながら満足そうな笑顔を浮かべているフラン様。私と励まし合ったあのときの笑顔と変わらないのに、口元の血のせいで異様な光景となっている。

 

「遊、ごちそうさま」

 

「は、はい」

 

正座した上体が左右に振れる。どうやら血を抜かれて貧血になっているようです。とりあえずゆっくりと慎重に立ち上がる。なんとか真っ直ぐ立っている、そんな状態です。

 

「...大丈夫?」

 

「は、はい...」

 

従者として、主人に気を遣わせるのは申し訳ない。気丈に振る舞おうとしたが、ぱたん、とその場で倒れた。こうして僕は人生二度目の気絶、もとい失神をまたも紅魔館ですることとなった。

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。そうだ、ここで僕は前に寝ていた。

 

「起きたのね」

 

体を起こして声の方を向くとレミリアさんがいた。

 

「すみません、倒れてしまって」

 

「調子にのって2人で血を貰いすぎたわ、フランも反省してる。こちらこそ申し訳ないわね」

 

「いえ、仕事中なのにすみません」

 

「それなら問題ないわ、咲夜はもう帰ってきてるわ。夕飯も作ってくれてるし」

 

「そ、そうですか」

 

ということは代理としての僕は終わったってことか。

すると疲れがどっと押し寄せてきた。能力の疲労もあるが掃除による全身運動も今ごろきいてきた。

 

「...私の能力、知っているかしら」

 

「え、はい。運命を操る程度の能力、ですよね」

 

「あら、どこで知ったの?」

 

「パチュリーさんから聞きました」

 

「そう、じゃあ単刀直入に言うわ。貴方の運命を少し覗いたの。と言っても映像で見れる訳じゃないから具体的にはわからないけど。それとなく、貴方の未来過去の雰囲気を感じ取れたわ」

 

「ぼ、僕の過去ですか」

 

「今からその内容を教えて上げる。これは私からの礼よ。個人的興味もあったけど、普段あんまり人の運命は覗かないって決めてるの。」

 

「どうしてですか?」

 

「...知って、私はどうすればいいのかしら?未来を伝えて変えることも出来るけど、それが正解かしら?本来の運命をねじ曲げて進んだ未来が必ずしもより良い道になるとは限らないじゃない。私は運命に触れる。だけどそれが+になるか-になるかなんてわからない。運命なんてそんなものよ、気まぐれで変わり者、だから面白いじゃない」

 

気まぐれで変わり者か。そうだ、僕の運命も紅魔館のあの日から大きく動き始めた。これまで予測できなかった運命が既に始まっている。だから、レミリアさんの覗いた過去を聞いても、この記憶の謎の答えは僕の予想を越えた先に繋がるのだろう。

意を決して、僕は過去を尋ねた。

 

「それで、僕の過去は」

 

「...貴方は、何と闘ってたの?見たところどこかの森らしき場所で1人と数人が対峙していたわ」

 

「その記憶は、僕にもあります。と言ってもぼんやりとしていて、殆ど中身がありませんが」

 

「...1人は言ったわ、化け物ってね」

 

「化け物?」

 

「でも、そこにいたのは五人、全員人間よ」

 

なんだ、化け物?五人?森らしき場所?

ぼんやりしていたもうひとつの記憶がだんだんと形作られていく。あぁ、確かに森らしき場所だ、そして人がいる。化け物はいない。

 

「男3人、女2人、確かそんなとこね」

 

男3人で、女が2人。森らしき場所に人が配置されていく。それで、僕はそのなかにいた、ってことか。

ずきん、突如頭に痛みが走る。

あぁ、頭が痛い。割れるように痛い。思わず頭を抱えて座り込む。

 

「遊!」

 

「すいません、また頭痛が」

 

「...これ以上はやめましょう、一度落ち着いてから」

 

「そ、そうです、ね。ありがとうございます」

 

「いいから横になりなさい、ほら」

 

「はい」

 

なにか掴めそうなのに、この頭痛に邪魔される。どうして過去を知ろうとすると頭痛がするんだ。

悔しい、だが今は割れるような頭痛で愚痴の1つも言えなかった。

頭痛が収まってくると疲れからか夢の世界に入ってしまった。寝るつもりはなかったが、ベットに入ってしまったので身体が睡眠を求めた。今日中に帰る予定だったが。こうして紅魔館でまた一夜を過ごしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「遊」

 

すぅすぅと寝息を立てる彼の顔を覗き込む。さきほどまで苦痛の表情だったが、今は穏やかな寝顔だ。ひとまず、今は心配しなくてよさそうだ。

 

「...誰!」

 

レミリアは僅かな気配を読み取った。振り向くとそこには部屋の隅に立つ金髪の男が立っていた。そしてその金髪男には見覚えがあった。

 

「貴方、遊の知り合いの」

 

「石川恋でーす、よろしく」

 

手を振ってフレンドリーな挨拶してくるが、私は一切気を緩めない。この男、門番は知らず咲夜やフラン、パチュリー、更に私に一切気配を気づかれずにここまで侵入してきた。気配を消すことに関しては人間の領域を越えている。

 

「用は何かしら」

 

「レミリアさん、それ以上は遊に言わないでね」

 

「どういうことよ」

 

「そのまんまの意味。貴方の見たものは胸にしまっといてねってこと」

 

「...この過去は何を意味するの?答えなさい石川恋、貴方はあそこにいた5人の中の1人なのでしょ?」

 

「それだよ、それを黙っていてほしいの」

 

「...貴方、何者なの」

 

「ごめんねー、言えないや」

 

「貴方は遊の敵なの?味方なの?」

 

「敵じゃないよ、俺は遊の親友だし」

 

へらへらした態度、だが感じる。あちらも一切気を許していない。何かあれば、すぐさま行動に移せる態勢を崩さない。

 

「俺も望んでないよレミリアさん。お互い損するだけだし手を出すのはやめよーね」

 

「...そうね」

 

「色々とさあると思うよ。でも俺も結構苦しい立場にあるんよ、だからここはだまーって、胸のうちに閉まって置いてくれると助かるなー」

 

「もう一度確認するわ。遊の敵じゃないのね」

 

「それは嘘じゃないよ、親友として大事にしているのは本当だよ。このままレミリアさんが黙っていてくれたらなにも起こらない平和なまま」

 

「わかったわ、黙っておく」

 

今は遊の敵じゃない。黙っていれば敵にならない。何が目的か聞き出したいけど、それで遊に、私の従者や親友や妹に危険が及ぶならこらえるしかない。

 

「さっすがー、ありがとうね。お礼に俺の血でも吸う?」

 

「いらないわ。貴方の血、穢れてるもの。吸血鬼は人の血しか吸わないわ」

 

「穢れてるか、結構グサッときたよ。でも事実だし仕方ないね」

 

腐った血の匂い、彼からはその匂いがする。こう言った匂いのするやつは大抵人の道を踏み外した輩か、人外だ。こいつの場合どっちでもありえる。

 

「じゃあ俺は帰ります。遊によろしく」

 

「最後に答えて、貴方は遊をどうしたいの?」

 

「...このまま無知でいて欲しい、今のままを維持したい。ただ俺の願い虚しく真実へと進んでいってますけど」

 

「やはり、貴方は遊に過去を知って欲しくないってことなのね」

 

「それが多分正解なんですけど、現実そうはならない。なら、少しずつ真実を解き明かして貰うことにしたんすよ。こいつの頭痛のこともありますからね。今回レミリアさんにお口チャックして貰ったのは今の遊にはまだ刺激の強い部分だったので」

 

「じゃあいずれ、この事も話すのかしら」

 

「話す、というかまぁどこかで知るでしょうね。その時は腹くくって遊に話しますわ」

 

石川恋、謎の男だが1つ言えることがある。奇妙だがこの男は遊の味方だ。いや、遊のために1人ここまで行動している。私たちの誰よりも遊を理解している、理解しての行動である。

この男自体は信用できないが、私はこの男が信じている遊を信頼している。遊のために動いているなら、これ以上私が口を挟むのも野暮だ。

 

「石川恋、私は貴方を完全に信用したわけじゃないけど、もし遊の身に何かあれば私を頼りなさい」

 

「スカーレットデビル様のお力添えを頂けるとは嬉しい限りです。...ほなほな、俺はこれで失礼」

 

手を振りながらベランダから飛び降りた。やはり、人の道を外れた輩、化け物ね。

最後の最後まで奴のペースだった。石川恋、奴と話しているとどこか疲れる。

いや、それ以上に心を抉られたのは奴の運命。会話中少しだけ覗かせてもらった。中身は赤と黒、いや無だ。

奴のこれまで歩んできた人生は私にとっては赤子がやっと立ち上がったに過ぎない年数だ。ただその短い数十年で奴の人生は狂って歪んでしまった。

赤、黒、色しかない人生。中身のない無。

淡々と人を拷問し、殺す機械。

私は見るのをやめてしまった。とてもじゃないが直視できなかった。私達吸血鬼は生きるために血を吸う、いたぶり、悲鳴を聞くために人の命をもらうことはない。吸血鬼に少し残っていた良心という奴か。

そんな男が笑顔で会話していた事実。そしてそんな血まみれの男が遊を守るために行動している真実。

 

とんとん、考え事に耽っていると戸を叩く音がした。

 

「お嬢様、夕食ができました」

 

「わかったわ」

 

...まだわからないことが多い。だけど真実に向かう遊を私は支えて上げたい。私が見たあの過去が真実なら、遊はなぜあの位置にいたのか、他の人間は何者なの?

謎は深まる、しかし私は待つしかない。

これからさきの遊の運命は、果たしてどう動くのか。

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