東方凡庸録   作:バルバドス

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23話 恋

「あなたは、遊の能力を知らなかったの?」

 

「せや」

 

お茶を啜りながら恋は答えた。いつもなら余計な一言二言をつけているかもしれないが、今は空気を読んでそれ以上何も言わない。

 

「遊の過去について、何か知ってるの?」

 

「すまんな、高校の3年間しか知らん。でもその間は何もなかったで。俺の見えてた範囲やけど」

 

「見えてた範囲?」

 

「親友とはいえ四六時中おはようからおやすみまで一緒におるわけやないってこと」

 

「そう、よね。あなたの見えない所で、遊は何かしていたってこともあり得るし」

 

嫌に落ち着いている。いつも笑顔でヘラヘラしている恋がまるで別人だ。背筋も伸びて、正座して、なんだか気味が悪い。

 

「なぁ霊夢、その遊の過去ってなんなんや、ちょっと聞かせてや」

 

「...聞いた話だけど、数人と闘ってる記憶だって。誰とかはわからないけど、確かなことは遊は血が出るほど戦ってたってこと」

 

「...そうか」

 

彼の顔に驚きも何も無い。淡々と私の話を受け止めている。だけどその目だけは少し哀しそうだった。

 

「あなたは、協力してあげないの?親友が苦しんでるって言うのに」

 

「...俺に何もできん。だからこうしてなるべく顔を合わせていつも通りバカやってる。俺ができるのは『日常』を守り続けるくらいや」

 

「日常...」

 

「遊の記憶に何があるかは知らん。けど記憶を取り戻していけば少なからず遊自身は記憶の変化に混乱する。だからいつもの変わらぬ日常だけは、変わっちゃだめなんや。あいつがどうにかなりそうな時、俺たちがしっかり支えてやらんと」

 

「あなた...偶にはいいこと言うわね」

 

「あのね霊夢、俺だって常ふざけてる訳じゃないから」

 

ふふ、と吹き出してしまった。彼の困ったようなツッコミはついつい笑ってしまう。

...さて、恋の言ってることは本当でしょう。遊のために日常を守り続けたいのは本心だ。でも、違和感がある。博麗の巫女の勘なのか、恋の話がどこか嘘くさかった。

 

「何か、隠してる?」

 

「隠す?」

 

「これは博麗の巫女の勘だけど、皆に黙っていることはない?」

 

「ないで」

 

恋はスパッと言い切った。その目は泳いでおらず、表情も特段変化はない。嘘を付いたときに現れる動作らしきものも見当たらなかった。

 

「そう...ごめんなさいね、変な質問して」

 

「気にせんでええよ。疑り深いのはええことよ」

 

湯呑を傾け一気にお茶を飲み干した恋は、突然立ち上がり体を伸ばす。

 

「ほな霊夢、みんなによろしく」

 

「あれ、食べていかないの?」

 

「すまん用事を思い出したんや!堪忍!」

 

居間を出ようとした矢先、恋の進路を阻むように『スキマ』が出現し、そこから妖怪が姿を現した。飄々として掴みどころのないその妖怪は人の家にまるで我が家のように入ってきた。

 

「こんにちは、お二人」

 

「何しに来たの、スキマ妖怪」

 

私の問いに微笑みを返すだけで答えない。

 

「こんにちは、はじめまして、私は八雲紫よ」

 

「...名前は聞いてました。石川恋です。よろしゅう頼みます」

 

私の時とは違う強張った表情と抑揚の少ないおとなしい声で紫に対応した。

 

「私も遊のこと興味あるの、聞いていいかしら?」

 

「用事があるんで急いでますが、少しなら」

 

「...このマーク、知らないかしら?」

 

紫が取り出したのはあの三日月に棒が突き刺さった謎のマークが書かれた紙。恋はそれを見て表情一つ変えず

 

「知りませんね」

 

「...本当にそうかしら?」

 

紫から圧を感じる。幻想郷の大妖怪としての圧倒的な力が空気を震わせる。恋も感じているようで目を細めて見ている。

 

「遊が幻想郷に来た時期とほぼ同じく、貴方はやってきた。それも()()

 

恋は何も言わず黙ったまま紫を見る。

 

「何者なの、貴方!」

 

詰め寄る紫にたじろぐことなく、見ていた恋は沈黙の中突然息を吐きながら天を仰いだ。

 

「...わかりました、言いますよ。俺の正体」

 

「聞かせてちょうだい」

 

「俺は...幻想郷を守るヒ・ミ・ツ組織の一員なんすよねー」

 

「...え」

 

重苦しい雰囲気で彼の口から出たのは子供の話す内容だった。呆気に取られる私達を置いていつもの口調で飄々と語りだした。

 

「幻想郷の影に潜む悪人を見つけては倒す!ってだけなんやけど、これが中々大変なんや!あ、そのマークは俺たち秘密組織のマークや!」

 

「ちょ、ちょっと恋、何言ってるのアンタ!」

 

「そんな怒るなて霊夢、もちろん嘘やで」

 

けたけたと笑う彼を睨みつけるとピースしてきた。あーすごい腹立つ、殴りたい。

 

「いやーあんな重苦しい雰囲気俺無理やわ!冗談の一個許してや!俺はホンマに何も知らんよ!ほなほな!」 

 

「こら、ちょっと!?」

 

あははー、と耳に残る笑い声を残して彼は飛び出していった。

居間に起こった小さな嵐が過ぎ去ると、一瞬にして静寂に包まれた。私はため息をついて紫の顔を見た。

 

「ああ言う男よ」

 

「...霊夢、あの男の気を感じたかしら?」

 

「気?」

 

気とは...私もざっくりとしかわからない。けど、妖怪には妖気、魔法使いには魔力とか、そんな感じで力の種類があるらしい。もちろん大きければ大きいほど強い。普通の人間にもあるけど、感じ取れるか取れないか微妙な強さらしい。

 

「妖気」

 

「え?」

 

「妖気を感じたの。やはりあの男、普通じゃないわね」

 

「え、じゃあ恋は妖怪ってこと!?」

 

「僅かながらに感じ取れた。でも奥底にはかなりの力を隠してるようね。あれ程の力を微塵も感じさせずに一般人のフリをするのは、相当の手練よ」

 

紫が手練というんだ。実力的にはそんじゃそこらの妖怪程度じゃないってことか。あのお調子者のどこにそんな秘めた力があるというのか、疑問ではあるけど。

 

「彼は引き続き監視しなくてはいけないわね...それじゃあね、霊夢」

 

まだ話したいことがあったのに手を振ってスキマ妖怪は消えていった。数分前までごちゃごちゃしていた神社は私一人の空間になった。

神社に一人、前までは普通だったのに今じゃ寂しさを感じる。神社に私以外に誰かいるってのが、ある日から当たり前になっていたのね。

 

「はーくーれーいーれいむー」

 

不意に間抜けな声をかけられたので振り向くと男が居間で座布団に座っていた。優しく笑う彼は、私が来るのを待っていた。

 

「...アンタ」

 

「こっちきてや」

 

私は慎重に居間に足を運び、机を挟んで向かい側の座布団に腰を下ろした。不敵に笑う彼の笑顔が、読めない。

 

「何か用なの?」

 

「なはは、そんな怖い顔しんといてーや」

 

「ふざけないで!どういうことか説明して」

 

「...博麗霊夢、お前になら少し、教えてやってもいい」

 

恋の表情が一変した。仮面を取ったように突然表情が死に、冷たくなった。口調も突き放すような鋭さで、私はたじろいだ。

 

「『空を飛ぶ程度の能力』には俺の力は効かないからな、嗅ぎ回られるのも面倒だ」

 

「...教えなさい」

 

「なら約束しろ、他言するな」

 

強く頷いた。

 

「ならば聞け。俺は...」

 

 

 

 

「イケメンだ、数人に告白された、まぁまぁモテたぞ」

 

真顔で馬鹿言う金髪に飛びかかった。

 

「あぁぁぁ博麗、やめて!髪引っ張らないで!」

 

「何言ってるのこの馬鹿!」

 

「すいませんでした!だから、もう離れてください!」

 

さっきまで風の音が聞こえていた神社にまたも嵐が吹き荒れた。男の情けない悲鳴と巫女の怒声が響き渡る。その時空を飛んでいた妖怪たちは「博麗神社の巫女が男を虐めている」と話したと言う有様だ。

 

 

 

 

「どうしたんだ、恋?」

 

「聞くな、親友」

 

買い物から帰り手早く夕食を作って4人で狭い机を囲んだのだが、恋がガス欠だった。ボロボロで元気のない恋なんて久しぶりだ。高校の時担任に怒鳴られたことが一度あったが、その時もこんな風にしょげてたな。

 

「馬鹿ばっかり言うからしめたの」

 

博麗が侮蔑の目を向けながら言った。しめたって、何したらあのお調子者の元気をここまで搾り取れるんだ。

 

「あははは。恋、霊夢に調子いいこと言ったんだろ」

 

まぁそうだよな、霧雨の言うとおりそんなとこだろうな。二人でいる時に恋が冗談言ったりして博霊をからかったんだろう。

 

「それで恋、アンタ妖...」

 

博麗が何かを言いかけて止まった。恋を見て言ったらしいが、顔が固まってる。

 

「どうしたんだよ、霊夢」

 

「...いえ、あれ、えっと...なんでもないわ」

 

霧雨が声をかけたが、博麗は何も答えずに黙った。何も無いって、何か聞きたいから声をかけたはずなのに。なんだか顔色もちょっと悪いし、どうしたんだろう。

 

「なぁ恋、霊夢が何か聞きたいらしいけど」

 

「そか...何や、博麗霊夢」

 

「なんでフルネームなんだよ」

 

「しめられて霊夢って気軽に呼べんのよ。怖いんやー」

 

何言ってるんだか、余計なこと言うからまた痛い目に遭うんだぞお前。

 

「...あのねアンタ、また適当なこと言ったら次は髪の毛なくなると思いなさい」

 

「な、なんて恐ろしいこと言うんやこの巫女!鬼!」

 

大事そうに頭を抱えて後ろに下がる恋を見て霧雨と腹を抱えて笑った。くだらないことで笑える人が増えただけで、食事もこんなに楽しくなるんだな、幻想郷に来て良かったと思うのはこういう何気ない日常の愉しさかもしれない。

 

こうして日が沈んだ頃、いつもの夜食会は解散となり、二人は帰って行く。僕はその後片付けをしている最中、横になる博麗に聞いた。

 

「ねぇ、そういやさっき恋に何か言おうとしてたけど、何だったの?」

 

「...何だったのかしらね」

 

「覚えてないの?」

 

「覚えてないわね。まぁ覚えてないってことは忘れるくらいどうでもいいってことだし、いいんじゃない」

 

はは、博麗らしいや。皿を盆の上に乗せて流しへと運んだ。

 

 

 

彼が奥に行くのを確認すると私は紙切れを取り出した。

『他言するな、したならば遊を殺す』

くっ、紙を丸めて外に放り投げた。

あの食事中に奴はそっと机の下からこれを手渡してきた。思わず固まってしまったが、なんとか誤魔化せたようだ。

 

石川恋、やはりこいつは...。

 

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