東方凡庸録   作:バルバドス

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3話 憧れて、空

竹ほうきなんて持ったのはいつぶりだろう。小学生以来だろうか。あの頃はこのほうきは大きくて掃くのに一苦労だったが、今では難なく扱える。

季節は夏前、木々に囲まれたこの博麗神社の境内には若々しい緑の葉があちこちに散らかり、なんとも掃除のやりがいがある。

さて、始めますか。まずは境内の奥にある倉庫付近から本殿へと集めていこう。

しゃっしゃっ、竹箒の先が地面に擦れるこの音は、掃除しているって音で良いもんだな。

そんで、この音を遮る物はない。静かだ、長閑だ。

 

八雲紫、幻想郷の創造に関わったとされる大妖怪。

表面は決して悪い人ではない。無愛想でもないし、威圧感もない。ただ話しているうちに違和感を覚える。

こちらの話している以上の情報を与えているような、話の主導権を全て奪われているような、兎に角会話しているって感じじゃなかった。

読めない人、何考えてるかわからない。

 

だから僕を幻想郷に留まらせたのも、何か意図があるんじゃないかって、勘ぐってしまう。

本当にただの好意か、物好きか、それならそれでいい。

目的があって置いていたとしたら、なんか怖い。

幻想郷の全貌を知らないから、何が起こって誰と出会うのか、期待より不安が大きい。

 

「さぼらないで掃除」

 

「す、すみません」

 

本殿の縁側に腰掛け監視している博麗さんに釘を刺され止まっていた手を動かす。

今のところ、霧雨さんに博麗さんと怖い人にはあってない。特に博麗さんはなんだかんだここに暫く居候させて貰えることになったし、感謝しかない。

それと博麗さんを根気よく説得してくれた八雲さんにも感謝しないと。

面倒な家事全般を彼に押し付ける。

これは博麗さんにとっては中々の条件だったらしい。

事実この境内の掃除は骨が2、3本折れそうだ。

 

「そこ、まだ汚い」

 

「はい」

 

そう言えば彼女たちの外見、どう見ても僕より年下だ。

実年齢とか単刀直入で聞ければいいんだけど、僕にそんな度胸あれば楽しい幻想郷ライフになっていた。

んー、ざっと中学、高校?そんなとこかな。

年にして13~18か、大分触れ幅あるな。最低で2歳差、最高で7歳差か。

7歳差ともなるともうジェネレーションギャップが生じる差だな。

 

しゃっしゃっ、しゃっしゃっ。

つまらないことを考えながら黙々と掃除をする。別に掃除しながらでも会話出来るんだけど、掃除ってなんとなく黙ってしまう。

博麗さんの方から声はかからないし、兎に角居候の身としてはあくせくと働かねば。

 

「掃除が終わったら食器洗ってね。」

 

「わかりました」

 

「じゃあ私ちょっと寝るから」

 

大きなあくびをした博麗さんはそう言い残して本殿の奥へ姿を消した。

監視の目は消えたが、これでサボるほど恩知らずではない。とっとと終わらせて、台所の食器を洗ってと。

 

「よ、外来人。」

 

「あ、霧雨さん」

 

振り替えると白黒の魔法使い、霧雨魔理沙が立っていた。

 

「霊夢のやつ、早速仕事押し付けてるのか」

 

「居候の身なので、これくらいは」

 

「まぁ頑張れよ...って名前、聞いてなかったような」

 

「あれ、名乗ってなかったですか?」

 

「悪い悪い、聞いてなかった」

 

名前、僕のか。そう言えば博霊さんとの会話の流れで名乗ったっけ。ここは改めてきっちりと名乗っておいた方がいいか。

 

「高橋遊です。」

 

「そっか。遊、しばらくよろしく。」

 

いきなりファーストネーム呼びか。距離をぐいっと縮められた気がする。

 

「それと私の名前は呼び捨てで構わないぜ。それと敬語もなし。」

 

「いや、それは...」

 

会って一日もしない女性を下の名前で、しかも呼び捨て。童貞の僕には中々ハードである。

別に女性とは普通に話せるし女の友達もいたし、そこは大丈夫なんだが。

 

「じゃあ、霧雨で、いいかな?」

 

「名字かよ、まぁさん付けなんて気持ち悪いし、敬語はむず痒いしそれで妥協しよう」

 

良かった。これなら学校のノリでいける。

 

「で、気になったこと質問して良いかな」

 

「良いけど、私別に幻想郷の全てを知っている訳じゃないって断っておく」

 

「いや、霧雨自身のこと」

 

「私か、答えられる範囲でなら。」

 

「博麗神社来るまでに階段あるよね。すっごい数の」

 

「まぁな」

 

「見たところ汗1つかいてないけど、本当に上ってきてるのか不思議になっちゃって」

 

「は~ん、なるほどね。私は階段上ってないぜ。上らずにここまできた。」

 

上らずにここにくる方法があるというのか!?

 

「ど、どうやってここまで」

 

「空を飛んできた。」

 

「...なるほどね。」

 

空を飛ぶ。秘密道具があるわけじゃあるまい、はっはっは。と笑い飛ばすのが世の常識だが、僕はこの言葉を素直に受け止めた。

なんとなく、この幻想郷という世界がただならぬ空気を醸し出していたのを肌で感じていたからだ。

現に突然現れ突然消える八雲さんも見てきたし、霧雨もまたこうして汗1つかかずにこの博霊神社に現れる。

その理由が空を飛ぶならなんとなく納得してしまう自分がいた。

 

「驚かないんだな。外も1人で空飛べるようになったのか?」

 

「そうじゃないけど」

 

「ふーん、面白くないやつ」

 

改めてとんでもない世界だな。妖怪がいて、人が空を飛ぶ世界。僕にとっては異世界と言ってもあながち間違いでもない。

 

「そうだ!遊も幻想郷でなら空を飛べるぜ。私みたいにその箒で」

 

「え、これで飛べるのか?」

 

手に持っているなんの変哲もない竹箒。確かに霧雨のも至って普通の箒だ。

 

「まずそれに跨がって、次に翔べって念じながら助走をつけて両足で思いっきり前にジャンプするんだ」

 

うぉぉ、すごいありきたりだけどやっぱりこうやって飛ぶんだな。なんか年甲斐もなくワクワクしてきた。

言われた通り手に持っていた箒に跨がり、頭で強く飛びたい飛びたいと念じる。

飛べるのかこれ、いや何かいける気がしてきた。

あとは助走、勢いよく駆け出してからの、両足で一気に踏み切る。

ぴょん、と体が宙に浮く。飛んだ?...いや、これは跳んだだけだ!足を完全に曲げていたため地面に脛をぶつける羽目になった。さらに股の箒が衝撃で上がり当たってはいけないデンジャーゾーンへヒット。

脛の鈍い痛みと説明できない股間のあの痛みに悶絶し、のたうち回っていた。

それをケタケタと腹を抱えて大笑いする霧雨。

人の純情を弄んだ嘘つきに一言なんとか言ってやりたかったが、今僕は自分のことで精一杯だった。

 

「いやー悪い。ちょっと騙そうと思ったんだが、こうも上手くいくとは。」

 

「ほ、ほんとうに、翔べると思った、僕がば、かでした」

 

「悪い悪い。でも幻想郷で飛べる様になるのは嘘じゃないぜ。」

 

「それって、やっぱり、練習というか、修行が、必要なんでしょ」

 

「そうだな。それに幻想郷で全員が全員飛べるわけでもないし、可能性の話だな」

 

痛みがだいぶ収まった。ゆっくりと腰を上げズボンについた汚れを手ではたき落とす。...石畳に跳ばなくて良かった。

はぁ、僕の場合飛べない可能性の方が高いでしょう。

だって普通の人間だし。妖怪でもないし。

 

「私みたいに魔法使いになるか、霊夢みたいに能力で飛ぶやつもいる。飛ぶ方法は人それぞれだぜ」

 

「霧雨、やっぱり魔法使いなんだ」

 

「普通の魔法使い、だな」

 

普通じゃない魔法使いってなんだろうか。

霧雨は確かにあの服装で箒に跨がって空を飛んだりするんだろうから万人の想像する一般的な、普通の魔法使いなのは理解できる。

 

「それと、博麗さんの能力ってのは」

 

「私の場合魔法を扱う程度の能力。霊夢は空を飛ぶ程度の能力って感じだな」

 

「程度って、十分凄いよ」

 

「因みに八雲紫は境界を操る程度の能力」

 

「それも程度なんだ」

 

「幻想郷じゃ能力の名称に程度を入れるんだ。詳しく知らないけど、そうなった。」

 

「じゃあ僕も能力が使えるようになったら程度の能力ってことか」

 

「そうなるな」

 

そんなことはないだろう。僕はきっと能力を使えない程度の能力なんだ。

 

「それで、掃除しなくていいのか?」

 

「そうだった!早く終わらせて食器洗わないと」

 

「霊夢で暇潰そうと思ったが、どうもお昼寝かな。それじゃあ香林の所でも行くかな」

 

「それじゃあね、霧雨」

 

僕に小さく手を振った霧雨は箒に跨がると軽く地面を蹴った。

すると地に足をつけていないのにふわふわと浮いているじゃありませんか。

そして一気に上昇し、小さくなった霧雨はそのまま鳥のように空を駆けていった。

気持ち良さそうだな、と僕には眺めながら短い感想を漏らすしかできない。

本当に空を飛べたなら、あんな風に飛べるんだな。

霧雨を、幻想郷で空を翔べる全員を羨望する。

...もしかして、もう一度試せば飛べるんじゃ。

 

ごん、またも悶える僕。バカだ。

 

「掃除は、どうなったの?」

 

「す、すみません!」

 

しかも見られた。最悪だ。

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