東方凡庸録   作:バルバドス

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4話 夢か現か

「これなに」

 

「肉抜きチキンライスです。」

 

「白米に、ケチャップつけたの?」

 

「騙されたと思って、どうぞ」

 

日はすっかり沈み、空には星と月が輝いている。

この表現に間違いはない。本当に、星ってこんな綺麗なんだと都会っ子は感心した。

そして場面は博麗神社本殿奥の居間。床は畳、年代物のタンスにちゃぶ台、座布団と内装はシンプルだ、

そこで僕と博麗さんはこれから向かい合いちゃぶ台上の夕食に口をつける。

今晩のレシピはバイト先の前島さん直伝チキンライスだ。これといって特別な隠し味なども入ってないが、基本に忠実な素朴な味に仕上がっている。家でもたまに作るうちの定番料理だ。

 

それにしても、現代の台所とは便利なんだなと都会っ子はしみじみ感じた。と言うのも台所にガスが一切通ってなかった。

竈なんてのは初めて見た。こればかりは博麗さんにご教授頂き、お釜でご飯の方もなんとか炊けた。

ただ道具や調味料等は見覚えのある物が多数。ケチャップなんかもあったし、塩コショウもあった。

あとはニンジン玉ねぎをみじん切りにして、これまた見覚えのあるよくあるフライパンで炒めて、そこにご飯入れて馴染ませた後ケチャップと塩コショウを絡ませる。

シンプル・イズ・ベストだ。

 

悲しいことに肉はなかったので肉抜きにはなったが、失敗はしていない。それでも博麗さんは皿に盛り付けられたチキンライスを訝しげに見る。

 

「それじゃあ僕先に頂きますね」

 

手を合わせていただきます、と。

今日は掃除に食器洗い、洗濯物、料理と中々に頑張ったので空腹だ。これぞ最高のスパイス。

スプーンで早速一口。うん、いつもの味。美味しい。

食べながら満足気に頷く。そしてちらっと前を確認。

僕の反応をうかがっていた博麗さんも恐る恐るスプーンで一口。数秒の咀嚼の後。

 

「へぇ、結構美味しい」

 

「それは良かったです」

 

それから遠慮なく次々に口へ。料理つくってなにより嬉しいのって、こうやって自分の出した料理を美味しそうに食べてくれる、これに尽きる。

 

「遊って、料理得意なの?」

 

「バイト先の店長にあれこれ教えて貰って」

 

「それじゃあ他にもレシピあるの?」

 

「まぁ何種類か」

 

「それじゃあ楽しみにしとく。明日もよろしく」

 

明日、ねぇ。食材、あったかなぁ。結構色々となかった気がする。大丈夫かな。

 

「それなんですけど、食材っていつもどこから調達してるんですか?」

 

「物好きな妖精とか妖怪とかが置いていってくれたり、後は人里で売れない奴貰ったり、安くで買ったり。」

 

「レシピはあるんですがちょっと食材が心許なくて...なので明日その人里って所で食材調達してきても」

 

「それは行ってきて欲しいけど...そうね、わかったわ。私もついていく」

 

「助かります。ありがとうございます。」

 

食材調達のついでに幻想郷を巡れる。里かぁ、どんな場所なんだろうか。楽しみだ。

 

「それと、貴方に渡しておくものがあるの」

 

博麗さんは突然ちゃぶ台の下に手を伸ばし、何かを取り出した。四角く折り畳まれた紺色の布、よく見ると服であった。

 

「貴方のその服装じゃ目立つから。この甚平に着替えた方がいいわ。」

 

「甚平、ですか」

 

いまいちピント来ないが、ひとまず受け取ってから。脇で広げてみる。時代劇や銀幕で見覚えのある半袖半ズボンだ。薄くて見ているだけでも涼しいこの服、襟元から腹部にかけ斜めに切れ込みが入っていて、下に紐がついている。蝶々結びでもして止めて、固定するのか。

 

「なんか、いいですね」

 

「気に入ってもらえたなら良かったわ。それしかなかったから」

 

幻想郷の住人はこれ着てるのか。となるとあの時代劇や銀幕の中の世界ってことになるのかな。甚平をきた僕もこの世界に溶け込み、古き良き町並みと人に触れる。

なんだか気分は遠足前の小学生だ。こんや寝れるかな。

 

「ねぇ、おかわりある?」

 

「え、ちょっとなら」

 

「なら私もらっていい?」

 

「どうぞ」

 

博麗さんは立ち上り台所へ小走りで向かった。一発目チキンライスで大正解だった。これは明日も張り切らなくては。

 

 

夕飯のチキンライスが無くなると、博麗さんは大きなあくびをしながらお茶をすすりはじめた。僕もフライパンや食器を洗った後に居間へ戻ってお茶を一杯頂いた。

 

「どう、幻想郷は?...ってあんまりわからないわよね」

 

「いえ、今日だけでも驚きの連続で疲れました。そしてなにより長閑で落ち着いていて、良いところですね。」

 

「今度紫に言ってあげて、喜ぶから」

 

「で、気になってたけど敬語もいいわよ。見た感じ貴方の方が年上そうだし、私も敬語使ってないし」

 

「そうです、いやそうか。わかったよ」

 

「敬称もとっといてね」

 

「じゃあ、博麗で」

 

そしてお茶をすする。喉を通った後じわーって体に温もりが広がる。あったかいのも、たまにはいいもんだ。

 

「...ねぇ、遊」

 

「うん?」

 

「紫は何で貴方を引き留めたと思う?」

 

「それは、折角幻想郷に来たんだし、ゆっくりしていけばいいって」

 

「...そうね。今はそれでいいのよね」

 

「ただ八雲さんはなんというか、読めない人だし、どうも何かあるんじゃないかって疑ってしまったことはある」

 

「それは正解よ。八雲紫は幻想郷の大妖怪の1人。私だってなに考えてるかわからない。」

 

「博麗と八雲さんはいつから知り合いなの?」

 

「物心ついた時から側にいたわ」

 

八雲さんは博麗が小さい頃から知っていたんだ。

大妖怪だし、やっぱり人間とは違う時間の流れで生きてるんだ。

 

「私が博麗の巫女として自立するまで、何かと世話してくれたのが紫なの。その点には感謝してる」

 

「そういえば、保護者ってのは」

 

会話の流れ的に気になって質問したが、これは気軽に聞いていい質問か吟味する必要があった。

言ってしまったものは取り消せない。反省しなくては。

 

「あ、答えたくなければ無視しても」

 

「親?いないわよ」

 

結構あっさり答えた。この調子だと踏み込んでも、いいのかな。

 

「えっと、どうして」

 

「博霊の巫女は任命制なの。」

 

「世襲制じゃないんだ」

 

「そう。だから先代の博麗の巫女の顔は見たことないし、親の顔も私が幻想郷のどこで生まれたのかも含めて知らない。」

 

「そ、そうなんだ」

 

そう言うのって気になるもんじゃないかな?

まぁ、本人が知る必要ないって感じだしいいんじゃないかな。

 

「遊は、家族いるの?」

 

「両親と僕の3人家族かな」

 

ずず、博麗はお茶を一気に飲み干した。

 

「楽しい?」

 

「色々と衝突はあるけど、まぁなんとかやってる」

 

「そっか」

 

博霊は返事をしてゆっくりと腰をあげた。

 

「私、先にお風呂入らせてもらうわね。おやすみ」

 

「あぁ。おやすみ...って、僕どこで寝ればいいかな?」

 

「あっちの部屋に布団敷いてあるわ。」

 

「博麗はどこで?」

 

「あっちの部屋」

 

ん、それは、あれか?ひとつ天井の下って事か?

 

 

博麗がお風呂に入っている隙に自分の布団を抱え縁側に運ぶとそこへ敷いた。

流石に不味い、年頃の女の子の横で寝ると言うのは、何か色々と不味い。

平然と横で寝ろと言う博麗が間違ってると思うが、ここは幻想郷。僕のいる世界じゃない。この世界では僕が間違っている可能性もある。

郷に入っては郷に従えなんてことわざある。甚平も着るし、台所の不便も新鮮さがあって楽しめた。

しかし、これだけは許してほしい。

 

「そこで寝るの?」

 

「あ、いや、折角星も綺麗だし、見ながら寝たいなーって」

 

我ながらまぁまぁ苦しい言い訳だ。

 

「外は星見えないの?」

 

「見えなくはないけど、ここまで綺麗じゃないよ。か弱くて今にも消え入りそうな光なんだ。だからこんなに力強く輝く星を折角だし眺めたくて」

 

「わかった、風邪は引かないようにね」

 

「ありがとう。おやすみ。それとお風呂、入ったら水抜いて火消ししておいてね」

 

「わかった。おやすみ」

 

それっぽく理由付けできた。よくやった僕。

...けど、居間じゃなくてここを選んだのは、やっぱり星を見たかったのもあるかもしれない。僕の世界では見れなかった星たちもここでは余すことなく見れる。

これを見ながら眠りに落ちるのも、ロマンティックでいいじゃないか。

まずはお風呂に入ろうか。そうだ、もう甚平も着てしまうか。居間のちゃぶ台の下に置いた甚平を手に取り風呂場に向かった。

生まれて初めての五右衛門風呂に困惑しつつも、何故か頭の片隅にあった知識で湯船に浸かることができ、さっぱりとすることができた。

上がった後に火消し、水抜を忘れずに行い、幻想郷で初めての就寝を迎えた。

甚平の着心地はよい。気に入った。ここにいる間はこれを着ていようと決めた。

 

「ふぁ~...綺麗だ」

 

満点に輝く星空、なんて表現を出来る夜空に会うと感動するんだな。そして耳を澄ますと微かに聞こえる虫の奏でる音色。昔の俳人とか、平安貴族達はこんな風景を耳で、目で感じていたのか。そりゃ一句書いたり詠いたくもなるよな。

だんだんと星がぼやける、音色も遠くなる、寝落ち、する。

 

くぅー。静かな寝息。これは朝までぐっすり。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ん?」

 

気配を感じた。なんだろうか、博麗か?

布団をめくり居間の戸を開ける。先程まで照らしていた明かりはなく、月明かりだけが照らしているため薄暗い。

 

「...よぉ」

 

「誰?」

 

そんな部屋に1人、誰かが立っていた。

月明かりは人物の足元だけを照らしていたため、顔も体型もはっきりとわからないが、声は男性だ。身長もそれほど高くはない、僕と同じ位か。

 

「元気か?」

 

「誰、ですか?」

 

男から目を離さず、警戒しながら明かりをつけようとランプに手を伸ばした。

 

「明かりはなくていい。月光で十分だ」

 

「...質問に、答えてください」

 

「俺は、そうだな...高橋遊だ」

 

「やめてください、そんな冗談」

 

「いや、果たして今の俺は高橋遊なのか?どう思う?」

 

なんだこいつ、不審者にしてはあまりに落ち着きがある。まるでこの神社の神主のような、毅然とした佇まい。この神社は博麗神社で、博麗に保護者はいないのは本人の口から聞いた。

だから、ここに人がいるのはおかしいはずだ。なのに、なんでこれ程余裕があるんだ。わからない、全く、こいつが何なのか。

そうだ、博麗を起こすべきだ。そうした方がいい。

 

「いや、起こすな。というか動くな、大声も出すな」

 

「え」

 

「心が読めるというか、俺はお前を知っているからな。誰よりも、お前自身よりも」

 

「さっきから貴方は、何を言ってるんだ?」

 

「...とうとう来たな、幻想郷」

 

「だから」

 

「黙って聞け。お前はやっとスタート地点に立ったんだ。」

 

「スタート地点?」

 

「俺ももう、何もかもわからなくなっちまった。だけどお前なら、高橋遊なら、取り戻せる」

 

「何を、ですか」

 

「こうしてお前と話すのは最後だ。俺が幻想郷にいるのは危険だからな。だから、俺が持っていた物をお前に渡さなければならない」

 

「...受け取れ、そして今度こそ信じる道のために使え」

 

「俺、高橋遊だった男との約束だ、返事!」

 

「え、は、はい」

 

黒い男は僕の返事を聞くと、その場でジャンプし僕に飛びかかってきた。咄嗟のことにたじろぐしかない僕に男は接近してくる。もう、ぶつかる。目を瞑り衝撃に備えた。

 

 

 

 

「いつまで寝てるの」

 

「...あれ」

 

太陽が昇っている。朝だ。

目を擦り上体を起こして博麗に挨拶。

 

「おはよう」

 

「おはよう、ほら、ご飯出来てるから」

 

あ、朝はそっちが作るんだ。ありがたい、朝御飯のメニューは思い浮かばない。

 

「すぐ行くよ」

 

...夢か現か、どっちだったんだ。

夢にしては気味の悪い、意味不明な夢だった。

待てよ、夢なんて大体そんなものじゃないのか?自分を名乗る男との会話、これを夢と呼ばずしてなんと呼ぶ。

ただ、ここは幻想郷。もし、万が一。

 

「なぁ博麗、もしさ、この本殿に変な男が入って来てたって言ったら、どう思う?」

 

「それはない。私はこれでも妖怪退治なんかも生業にしてるの。気配には敏感よ。仮に闇討ちなら返り討ちに出来る自信があるわ」

 

ま、やっぱり夢、だよな。考えすぎか。

布団から立ち上りその場で思いっきり体を伸ばした。うん、いい朝だ。

 

「あれ」

 

「どうしたの?」

 

「居間の扉、明けっぱなし。昨日閉めたはずなんだけど」

 

夢か現か、快晴の空の下、僕の胸中だけはどこか雲がかかっていた。

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